別名・関連疾患名
- SMA1
- ウェルドニッヒ・ホフマン病(Werdnig-Hoffman disease)
- 乳児型脊髄性筋萎縮症
- 重症型SMA
- 5q-SMA(5番染色体関連SMA)
対象染色体領域
5番染色体 長腕(q)13.2領域
SMA1は、5番染色体上の「5q13.2」という領域に位置する遺伝子の異常によって引き起こされます。
【ゲノム上の詳細と複雑な構造】
5q13.2領域は、ゲノム構造が非常に複雑で、逆向きの重複配列(inverted repeat)が存在します。この領域には、以下の2つの極めて重要な遺伝子が存在します。
- SMN1遺伝子 (Survival Motor Neuron 1):
- 運動ニューロン(神経細胞)の生存に不可欠な「SMNタンパク質」を作るためのメインの設計図です。
- SMA患者では、このSMN1遺伝子が欠失、あるいは変異しているため、必要なタンパク質がほとんど作られません。
- SMN2遺伝子 (Survival Motor Neuron 2):
- SMN1の「バックアップ」のような遺伝子ですが、設計図にわずかな違い(一塩基置換)があるため、正常に機能するSMNタンパク質を全体の約10%程度しか作ることができません。
- SMA1(I型)の患者様では、このSMN2のコピー数が通常2コピーと少なく、バックアップ機能が不十分であるため、重症化します。
発生頻度
出生児 10,000人 〜 20,000人に1人
- 全体像: SMA全体の中では、このI型(SMA1)が最も多く、全体の約50〜60%を占めます。
- 保因者頻度: 約40人〜60人に1人が、SMAの原因となる遺伝子変異を片方の染色体に持っている「保因者(キャリア)」であると推定されています。
- 日本国内: 日本国内の発生頻度も欧米とほぼ同様であり、年間約100人程度の新しい患者様が生まれていると推測されています。
臨床的特徴(症状)
SMA1は、出生直後から生後6ヶ月までに発症する最重症型です。「運動発達の停止」と「全身の進行性筋萎縮」が主徴となります。
1. 運動機能の低下
- フロッピーインファント: 「ぐにゃぐにゃした赤ちゃん」と呼ばれ、抱き上げた時に体が非常に柔らかく、首がすわりません。
- 運動マイルストーンの未到達: 自力で寝返りを打つことや、支えなしで座る(独歩・独坐)ことができません。
- カエル様肢位: 仰向けに寝かせると、足の力が弱いため、カエルの足のように股関節を外側に開いた状態で平べったく寝る姿勢をとります。
2. 呼吸器系の症状
- 鐘状胸(ベル型胸郭): 肋間筋が萎縮する一方で、横隔膜による腹式呼吸は保たれるため、胸がへこみ、お腹が膨らむ独特の呼吸様式(シーソー呼吸)となり、胸郭がベルのような形になります。
- 呼吸不全: 咳をする力が弱いため、痰を出すことができず、肺炎を繰り返します。これがかつての主な死因でした。
3. 摂食・嚥下障害
- 哺乳困難: 飲み込む力が弱いため、ミルクを飲むのに時間がかかる、あるいは誤嚥(むせる)を起こしやすくなります。
- 舌の線維束性収縮: 舌が細かくピクピクと震える現象が見られます(脳神経の変性を示唆する徴候)。
4. 知能と感覚
- 知能は正常: SMAは運動神経のみの疾患であるため、知能や感受性は完全に保たれています。非常に表情豊かで、聡明な瞳を持つお子様が多いのが特徴です。
- 感覚神経の保持: 痛みや触れられた感覚などは正常に保たれています。
原因
SMN1遺伝子の欠失・変異によるSMNタンパク質の不足(常染色体潜性遺伝形式)
- 遺伝形式:常染色体潜性(劣性)遺伝 です。
- 両親がともに保因者である場合、25%の確率でお子様が発症します。
- 分子メカニズム:
- SMN1遺伝子がないために、運動ニューロンを維持するためのタンパク質が作られません。
- 運動ニューロンが死滅すると、脳からの指令が筋肉に伝わらなくなり、使われない筋肉がみるみるうちに痩せ細って(萎縮して)いきます。
- SMN2コピー数の影響:
- SMAの重症度は、バックアップ遺伝子であるSMN2の数に依存します。SMA1の多くはSMN2が2コピーであり、タンパク質の供給が極めて低いため、早期に発症します。
治療方法
2010年代後半から、SMAの治療は「不治の病」から「治療可能な疾患」へと劇的に変化しました。現在は以下の3つの主要な治療薬が承認されています。
1. 遺伝子治療薬:オナセムノゲン アベパルボベク(ゾルゲンスマ)
- 仕組み: ウイルスベクター(無害化したウイルス)を用いて、正常なSMN1遺伝子を直接細胞内に導入します。
- 投与: 生涯に一度だけの点滴静注です。
- 効果: 早期に投与するほど、劇的な運動機能の改善が見込まれます。
2. 核酸医薬:ヌシネルセン(スピンラザ)
- 仕組み: バックアップ遺伝子であるSMN2から、正常なタンパク質が多く作られるように書き換え(スプライシング調節)を行います。
- 投与: 髄注(腰椎穿刺により髄液に直接投与)を定期的に継続します。
3. 経口薬:リスジプラム(エブリスディ)
- 仕組み: ヌシネルセンと同様にSMN2に働きかけますが、全身に行き渡る飲み薬(散剤)です。
- 投与: 毎日自宅で服用します。
4. 多職種による包括的ケア
- 呼吸リハビリテーション: 排痰補助装置(カフアシスト)や非侵襲的陽圧換気(NPPV)の使用。
- 栄養管理: 経管栄養や胃瘻による栄養サポート。
- 整形外科的介入: 関節の拘縮(固まること)を防ぐためのリハビリや装具。
予後
- 治療を行わない場合: 以前は、生後2歳までに人工呼吸器が必要になるか、死に至るケースが90%以上でした。
- 現在の予後: **「早期発見・早期治療」**がすべてを左右します。発症前、あるいは発症直後に治療を開始したお子様の中には、独歩(一人歩き)が可能になったり、通常の学校生活を送れるようになったりする例が増えています。
重要:新生児スクリーニングの意義
SMA1において最も重要なのは、**「症状が出る前に治療を始めること」**です。一度死滅した運動ニューロンは再生しません。そのため、現在日本各地で自治体による「新生児スクリーニング(生後すぐの血液検査)」へのSMA追加が進められています。これにより、発症前に診断し、即座に治療を開始することが可能になっています。
まとめ
Spinal muscular atrophy, type 1 (SMA1:脊髄性筋萎縮症 I型) は、筋肉を動かす神経がうまく働かず、全身の筋力が低下していく重い遺伝性の病気です。
かつては非常に厳しい予後が語られてきた疾患ですが、今、その歴史は大きく塗り替えられようとしています。革新的な遺伝子治療や新しいお薬の登場により、早期に治療を開始すれば、お子様が座り、立ち、歩くという未来が現実のものとなってきています。
「早期発見」こそがお子様の未来を守る鍵です。新生児スクリーニングで診断を受けた、あるいは授乳や動きに不安を感じて診断を受けたご家族は、非常に大きな不安の中にいらっしゃることでしょう。しかし、今の医療には、お子様の生きる力を引き出す強力な武器があります。専門医、リハビリスタッフ、地域社会と手を取り合い、最新の治療とケアを届けていきましょう。お子様の瞳に映る輝きを、社会全体で支えていく時代が来ています。
参考文献元
- Werdnig, G. (1891). Two early infantile hereditary cases of progressive muscular atrophy. Archiv für Psychiatrie und Nervenkrankheiten.
- (ウェルドニッヒによる最初の症例報告。SMA1の歴史的基礎論文。)
- Lefebvre, S., et al. (1995). Identification and characterization of a spinal muscular atrophy-determining gene. Cell.
- (SMN1遺伝子の同定。SMAの分子メカニズムを解明した極めて重要な論文。)
- Finkel, R. S., et al. (2017). Nusinersen versus Sham Control in Infantile-Onset Spinal Muscular Atrophy. New England Journal of Medicine (NEJM).
- (ヌシネルセンの有効性を証明した大規模臨床試験の結果。)
- Mendell, J. R., et al. (2017). Single-Dose Gene-Replacement Therapy for Spinal Muscular Atrophy. New England Journal of Medicine (NEJM).
- (ゾルゲンスマによる遺伝子治療の劇的な効果を報告した革新的な論文。)
- GeneReviews® [Internet]: Spinal Muscular Atrophy. (NCBI).
- (最新の診断・管理・遺伝カウンセリングの世界的データベース。)
- Cure SMA (International Support Group): Comprehensive Guide to Spinal Muscular Atrophy Type 1.
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