この記事の概要
「思春期の悩み」の代表ともいえるニキビ。実はその原因の多くは“遺伝”によって決まっていることをご存知ですか?最新の大規模な遺伝学研究により、ニキビになりやすい体質を決定づける遺伝子が多数明らかになりました。本記事では、ざ瘡の原因に迫る最新の科学的知見を、やさしく丁寧に解説します。
背景|Background
尋常性ざ瘡(acne vulgaris)は、毛包とそれに付随する皮脂腺からなる「毛包皮脂腺ユニット(pilosebaceous unit)」の炎症により発症する多因子的な皮膚疾患です。面皰(comedone)、丘疹(papule)、膿疱(pustule)、硬結(nodule)、嚢腫(cyst)など、さまざまな皮膚病変を呈します。特に顔面、頸部、胸部、背部など皮脂腺が活発な部位に好発し、思春期のホルモン変化に伴って発症するのが一般的です。

世界的に最も有病率の高い皮膚疾患であり、思春期の約85%が何らかのざ瘡を経験し、そのうち約8%が重症型であると推定されています。2019年の「世界疾病負荷(Global Burden of Disease, GBD)」研究によると、ざ瘡は全世界で約500万の障害調整生命年(disability-adjusted life years, DALYs)をもたらしており、対象年齢の中心は15〜49歳で、乾癬や関節リウマチなど他の慢性炎症性皮膚疾患よりも高い負担を示しています。
重症ざ瘡は瘢痕形成を伴うことが多く、特に成人では永久的な皮膚障害に加え、うつ病、不安障害、自殺念慮などの精神的影響が強く報告されています。ざ瘡のある若年者は、ざ瘡のない同年代と比較して最大3倍の精神疾患リスクがあるとされ、学業や仕事のパフォーマンス低下とも関連します。

乾癬やアトピー性皮膚炎などの炎症性皮膚疾患に対する新規治療法は進歩していますが、ざ瘡治療の選択肢は依然として限られています。標準治療には、局所あるいは全身性の抗菌薬、レチノイド、ホルモン療法、光線療法などが含まれます。中でも最も効果的とされるのがイソトレチノイン(isotretinoin)であり、表皮分化の正常化と皮脂分泌の抑制を通じて寛解を導きます。しかしながら、口唇炎や皮膚の乾燥、筋肉痛、頭痛といった副作用があり、さらに催奇形性(teratogenicity)もあることから、重症例に限定して使用されています。より安全かつ効果的な新たな治療選択肢の開発が喫緊の課題です。

双生児研究では、ざ瘡の罹患に対する遺伝的寄与率(遺伝率)は約80%と一貫して高く、明確な遺伝的背景が存在すると考えられています。これまでに行われたゲノムワイド関連解析(Genome-Wide Association Study, GWAS)では、ヨーロッパ系集団において15カ所、漢民族において2カ所、計17カ所の関連遺伝子座が報告されていますが、ざ瘡の遺伝的全体像は未解明のままです。
関連遺伝子&SNP(Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型)|Associated Genes & SNPs
本研究では、計43の遺伝子座において46の独立した一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)がざ瘡と有意に関連し、そのうち29座は新規に同定されました。また、既報の17座のうち14座において関連を再確認しました。

代表的なSNPと関連遺伝子は以下のとおりです:

- rs1256580(TGFB2遺伝子、1q41):後方確率(posterior probability)0.9962と非常に高く、原因候補変異と考えられます。TGFB2は「Transforming Growth Factor Beta 2」の略で、上皮組織の成長や分化を制御するサイトカインです。皮膚バリアの形成や創傷治癒に関与しています。

- rs260643(EDAR遺伝子、2q12.3):後方確率0.9581で、イントロン内の転写因子結合部位に位置します。EDAR(Ectodysplasin A Receptor)は毛髪、汗腺、歯などの外胚葉由来組織の形成に必要で、遺伝性疾患「外胚葉形成異常症(ectodermal dysplasia)」の原因遺伝子でもあります。このSNPは髪のカールとも関連しており、多面的表現型(pleiotropy)を示します。

- rs74333950(WNT10A遺伝子、2q35):WNTシグナル経路に関与する遺伝子で、毛包の発生や皮脂腺機能の調整に重要です。脱毛症、髪質、外胚葉形成異常との関連が知られています。

- rs6842241(EDNRA遺伝子近傍、4q31.22):この変異のリスクアレル(risk allele)はEDNRA(エンドセリン受容体A型)の発現低下と関連し、後方確率は0.98です。EDNRAの機能異常は「顎顔面異形成(mandibulofacial dysostosis)」を引き起こし、脱毛を伴います。

- rs17265703(CSTA遺伝子、3q21.1):CSTA(Cystatin A)はプロテアーゼ阻害因子で、皮膚細胞間接着を維持します。発現低下により角化異常や皮膚剥離を起こし、剥離性皮膚症候群(peeling skin syndrome)の原因にもなります。

- rs6735739(IL36RN遺伝子近傍、2q13):このSNPはIL36RNの皮膚におけるeQTL(遺伝子発現量とSNPの関連)と共局在し、発現低下が観察されました。IL36RNは炎症性サイトカインの拮抗因子で、稀な変異は膿疱性乾癬(pustular psoriasis)の原因となります。
その他、細胞接着、免疫応答、上皮分化に関与する多くの遺伝子(LAMC2, LGR6, GLI2, PRDM1, FGF10など)が関与しており、ざ瘡の病態には皮膚構造と免疫の双方が関与していることを示唆します。

考察:この研究から何が分かったのか?|Discussion
本研究は、ざ瘡に関連する遺伝子座の同定数を従来の4倍に拡大した点で、遺伝的理解に大きな進展をもたらしました。特にEDARおよびWNT10Aといった毛包の構造と分化に関与する遺伝子座が強く関連しており、皮膚および皮脂腺の形態的特性がざ瘡の発症に深く関与することを裏付けます。

また、IL36RNを含むいくつかの遺伝子は膿疱性乾癬などの自己炎症性皮膚疾患とも共通する経路を示しており、ざ瘡が炎症性疾患のスペクトラム上にあることを示唆しています。

さらに、ざ瘡と以下の疾患・表現型との間に有意な遺伝的相関(genetic correlation)が認められました:
- クローン病(Crohn’s disease):相関係数rg = 0.19
- 統合失調症(schizophrenia):rg = 0.18
- 乳がん(breast cancer):rg = 0.16
- 双極性障害(bipolar disorder):rg = 0.12
- 慢性疼痛(頭痛、関節痛)
これらの所見は、ホルモン応答、免疫系、神経精神機能など、ざ瘡の発症に多様な生物学的経路が関与していることを示しています。

なお、中国・漢民族において報告された2つのSNP(1q24.2、11p11.2)は本研究では再現されませんでした。これは人種間の遺伝的背景の違いを示唆しており、非ヨーロッパ系集団における研究の必要性が強調されます。
研究方法|Methods
本研究はヨーロッパ系集団を対象とした9つの独立した研究センターから14のGWASデータセットを統合したメタ解析です。ざ瘡の定義は、皮膚科医による診断、電子カルテの病名コード、あるいは自己申告のいずれかで判定され、症例20,165例、対照群595,231例、合計615,396人が解析対象となりました。

解析は以下の手順で行われました:
- メタ解析:METALを用いた逆分散加重法により解析。MAF(最小対立遺伝子頻度)1%未満およびインピュテーション精度0.7未満のSNPを除外し、9データセット以上で検出された約707万SNPを対象としました。
- ファインマッピング:Wakefieldの近似ベイズ因子(Approximate Bayes Factor)を用いて各座の原因候補SNPを特定し、95%の確率で真の原因変異を含む「クレディブルセット(credible set)」を作成しました。
- 共局在解析(Colocalisation):GTEx(Genotype-Tissue Expression)v8の皮膚組織におけるeQTLデータを用い、colocパッケージによりGWAS信号とeQTL信号の重なりを検証。後方確率0.5超を有意な共局在と定義しました。
- 遺伝率とポリジェニックスコア(Polygenic Risk Score, PRS):LDスコア回帰によりSNPベース遺伝率(h²_SNP)を推定。さらに独立コホート(PISA研究、N = 2,058)を用いて、PRSのざ瘡予測能を評価しました。

研究結果|Results

- GWAS結果:全体で43座、46個の独立したSNPがざ瘡と有意に関連(P < 5×10⁻⁸)。うち29座は新規に同定。
- 再現性:既報の17座のうち14座で再現。漢民族由来の2座(1q24.2、11p11.2)は再現されず。
- 遺伝率:
- GWAS有意SNPによるざ瘡の責任割合:6.01%
- 総SNPベース遺伝率(h²_SNP):22.95%(標準誤差0.02)
- ポリジェニックスコア:
- 有意SNPに基づくPRSは2.8%(標準誤差1.32%)を説明。
- SBayesR法では5.6%(標準誤差1.79%)を説明。
- 中等度~重症ざ瘡群は無症状群に比べ、平均PRSが有意に高い(P = 2.4×10⁻¹³, P = 1.6×10⁻¹⁶)。
- 重症例での予測精度(AUC)は0.719と最高。
結論|Conclusion
本研究は、ざ瘡の遺伝的背景を大規模に明らかにし、疾患関連座の数を46に拡大しました。毛包や上皮構造の発生維持、免疫応答に関与する多数の遺伝子が関与しており、ざ瘡が皮膚構造異常と慢性炎症の両面から形成される多因子疾患であることを示しました。

また、精神疾患やホルモン関連疾患(乳がんなど)、自己免疫疾患との遺伝的関連も明確となり、ざ瘡が単なる皮膚病にとどまらず、全身的な生物学的ネットワークに関与することが明らかとなりました。
ポリジェニックスコアの予測力は限定的ながらも、重症例での予測精度が高く、今後の予防的ケアや個別化医療(precision medicine)への応用が期待されます。今後はより多様な人種・年齢・性別における研究が求められます。

キーワード|Keywords
一塩基多型, アクネ, ニキビ, GWAS, 多因子性疾患, 精密医療, エンドセリン受容体, 脂腺, ホルモン, 毛包, 精神疾患, 慢性炎症, 多型, ポリジェニックスコア, single nucleotide polymorphism, acne, GWAS, polygenic disorder, precision medicine, endothelin receptor, sebaceous gland, hormone, hair follicle, psychiatric disorder, chronic inflammation, polymorphism, polygenic score

引用文献|References
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