この記事の概要
心筋梗塞や冠動脈疾患のリスクが、遺伝子によって高まることをご存知ですか?とくに「9p21」と呼ばれる遺伝子の変異は、中年期だけでなく高齢期にも影響を与える可能性があると、20年間にわたる大規模な高齢者研究で示されました。本記事では、リスク遺伝子「rs1333049」と心疾患死亡率の関係、80歳を境に変化するリスク、そして将来的な予防への応用可能性について、専門用語をかみ砕いてわかりやすく解説します。
背景|Background

冠動脈疾患(CAD: Coronary Artery Disease)は、動脈硬化によって冠動脈が狭窄または閉塞する疾患であり、特に高齢者において主要な死亡原因となっています。近年、ゲノムワイド関連解析(GWAS: Genome-Wide Association Studies)により、CADのリスクに関与する特定の遺伝的変異が明らかになってきました。その中でも、染色体9番短腕のp21領域(9p21)に位置する一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)であるrs1333049およびrs10757278は、さまざまな人種においてCADおよび心筋梗塞(MI: Myocardial Infarction)との強い関連が報告されています。

これまでの多くの研究は中年層を対象としており、9p21遺伝子多型が高齢者の長期的な死亡率に与える影響については不明な点が多く残されています。さらに、遺伝的リスク因子の効果は加齢とともに弱まる可能性があるという仮説も存在しています。本研究では、CADの診断を受けていない71歳以上の高齢者を対象に、9p21のrs1333049多型が20年間の全死因およびCAD特異的死亡率に与える影響を検討しました。あわせて、このSNP情報を従来のCADリスク評価ツールであるフラミンガムリスクスコア(FRS: Framingham Risk Score)に加えることで、予測精度が向上するかどうかを検証しました。
関連遺伝子&SNP(Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型)|Associated genes & SNPs

本研究で注目された9p21領域は、細胞周期の制御や老化に関与するCDKN2AおよびCDKN2B遺伝子に隣接しており、これらは細胞の増殖停止やアポトーシス(プログラム細胞死)に重要な役割を果たします。rs1333049やrs10757278といったSNPは、タンパク質コード領域には存在しないものの、これらの遺伝子の発現を制御する非コードRNA(例:ANRIL; antisense non-coding RNA)を介して、疾患リスクに影響を与えると考えられています。

rs1333049では、グアニン(G)がシトシン(C)に置き換わる変異があり、Cアレルがリスクアレルとされ、CADやMIのリスク上昇と関連づけられています。従来のリスク因子(脂質異常症や高血圧、喫煙など)とは独立した経路で疾患進展に関与しているとされ、特に血管内皮細胞の炎症応答や損傷修復能力の低下を通じて、動脈硬化の促進に寄与している可能性があります。
さらに、Cアレルはインターフェロン-γ(IFN-γ: Interferon-gamma)シグナル伝達系に干渉し、炎症への応答や血管の修復過程を阻害することが示されており、これが冠動脈に特異的な病変進行の一因と考えられています。
考察:この研究から何が分かったのか?|Discussion

本研究の結果から、rs1333049のCアレルは、CADの診断歴がない71〜80歳の高齢者において、全死因およびCAD特異的死亡率の上昇と有意に関連していることが明らかになりました。このリスクは、喫煙歴、血圧、体格指数(BMI: Body Mass Index)、コレステロール、トリグリセリド、糖尿病といった従来の危険因子とは独立しており、新たな生物学的メカニズムの存在を示唆しています。

また、この遺伝的リスクの影響は年齢依存的であり、71〜80歳群で明瞭に認められた一方、80歳を超える高齢者では効果が減弱しました。これは、感受性の高い個体が早期に死亡することによる「選択的生存」や、極高齢者における非遺伝的因子の相対的な影響増大などが背景にあると考えられます。
注目すべき点として、rs1333049と脳卒中による死亡との間には有意な関連が見られませんでした。この結果は、これまでの研究で一貫しない所見が得られていた点と一致し、本SNPが冠動脈特異的な病態に関与していることを支持するものです。

一方、すでにCADの診断を受けていた群においては、本SNPによる死亡リスクの上昇は認められませんでした。これは、初回の心血管イベントを乗り越えた「健康な生存者」に特有の選択バイアスの影響と考えられます。このような対象を含む従来の症例対照研究では、生存率との関連が過小評価されていた可能性があります。

さらに、本研究では、rs1333049の遺伝情報をFRSに加えることで、CADによる10年以内の死亡を予測する精度が6%向上することが示されました。これは、従来中等度リスクと判定された高齢者の一部を高リスク群に再分類できたことによるものであり、臨床上の意思決定に役立つ可能性があります。
研究方法|Methods

本研究は、全米高齢者疫学研究(EPESE: Established Populations for Epidemiological Study of the Elderly)のアイオワ・サイトに参加した高齢者を対象としています。1981年に開始されたこのコホートは、地域在住の65歳以上の高齢者を対象とし、老年期における健康と疾患に関する縦断的データを収集しています。本解析では、1988年に行われた第6回フォローアップ調査時に血液サンプルが採取された71歳以上の参加者1,752名のうち、DNA抽出に成功した1,708名を母集団としました。

このうち、死因情報が得られなかった135名と、心筋梗塞や狭心症の診断または疑いがあった478名を除外し、最終的に1,095名が解析対象となりました。CADの既往を持つ参加者を除外することで、疾患進行後の生存バイアスを最小限に抑えました。
遺伝子型判定はTaqMan法を用いたPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)により行われ、rs1333049はハーディ・ワインベルグ平衡に合致していました。GG型はリスクアレルを持たない群、GC型はヘテロ接合体、CC型はリスクアレルを2コピー持つ群と定義しました。

死因は、死亡診断書およびNational Death Indexから取得し、国際疾病分類第9版(ICD-9-CM)コードに基づいて分類されました。CAD関連死は、コード410、413、414に該当するものと定義し、脳卒中による死亡はコード430〜438に基づいて特定しました。
共変量としては、年齢、性別、喫煙状況(非喫煙者、元喫煙者、現喫煙者)、BMI、収縮期および拡張期血圧、血清コレステロールとトリグリセリド(それぞれ四分位に分類)、および糖尿病の既往(あり、疑い、なし)を含めました。欠損値や外れ値は「欠測」として独立カテゴリーに分類し、除外せず解析に含めました。

統計解析には、Cox比例ハザードモデルを使用し、全死因、CAD特異的、脳卒中特異的死亡についてハザード比(HR: Hazard Ratio)を算出しました。Kaplan–Meier曲線とログランク検定により、生存曲線の差を検討しました。年齢による交互作用も事前仮説に基づき評価され、71〜75歳、76〜80歳、80歳超の3群で層別解析を実施しました。
また、FRSによるCAD死亡予測の妥当性を評価するため、71〜80歳の参加者に対し、FRS単独モデルと、FRSにrs1333049の遺伝情報を加えたモデル(FRS+SNPモデル)で10年以内のCAD死亡を分類し、両者の予測精度を比較しました。
研究結果|Results

解析対象となった1,095名のうち、278名(25%)がGG型、570名(52%)がGC型、247名(23%)がCC型でした。合計10,218人年の追跡期間中、259名がCADにより死亡し、117名が脳卒中により死亡しました。
ベースラインの年齢、性別、喫煙歴、BMI、血圧、脂質、糖尿病歴などの分布は遺伝子型間で有意な差はなく、交絡の可能性は低いと考えられました。

CAD特異的死亡率は、GG型で1,000人年あたり22件、GC型で25件、CC型で30件と、Cアレルのコピー数に応じて上昇し、統計的に有意でした(P=0.01)。一方、脳卒中による死亡率に有意な差は認められませんでした。
Cox回帰モデルにおいて、Cアレル1コピーあたりの全死因死亡リスクは19%増(HR: 1.19、95% CI: 1.08–1.30、P<0.01)、CAD特異的死亡リスクは29%増(HR: 1.29、95% CI: 1.08–1.56、P<0.01)でした。脳卒中による死亡との関連は認められませんでした(HR: 1.07、P=0.63)。

CAD死亡における遺伝子と年齢の交互作用は有意であり(P=0.05)、年齢層別解析では71〜75歳群でHR: 1.59(P=0.02)、76〜80歳群でHR: 1.52(P=0.01)とリスク増加が見られましたが、80歳超では有意な関連は認められませんでした(HR: 1.02、P=0.91)。
10年以内にCADで死亡した81名を対象としたリスク分類解析では、FRS単独モデルでは17名(21%)が高リスク群と分類されましたが、FRS+SNPモデルでは22名(27%)が高リスク群に分類され、6%の再分類改善が得られました。
結論|Conclusion
本研究は、CAD未診断の高齢者において、染色体9p21のrs1333049リスクアレルが20年間の全死因およびCAD特異的死亡率の上昇と独立して関連していることを示しました。このリスクは80歳未満で顕著に認められ、それ以降では減弱する傾向がありました。さらに、従来の危険因子に加えて9p21の遺伝情報を加えることで、フラミンガムリスクスコアの予測精度が高齢者においてわずかに向上することが示されました。

高齢化社会におけるCADの予防および早期介入の重要性を踏まえ、遺伝情報の活用は臨床的に有用な手段となりうる可能性があります。今後は、より大規模かつ多様な集団を対象とした追試により、今回の所見の一般化可能性と臨床応用性を検証する必要があります。
キーワード|Keywords
冠動脈疾患(coronary artery disease), 遺伝的変異(genetic variation), 心筋梗塞(myocardial infarction), 生存率(survival), フラミンガムリスクスコア(Framingham Risk Score)

引用文献|References
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