「眼の色」はなぜ人によって違う?遺伝と科学が解き明かす私たちの虹彩の秘密

Posted on 2025年 5月 21日 虹彩異色症を持つ猫の顔の写真。片目が青、もう一方が黄色く異なる色を持ち、眼の色における遺伝子の多様性とモザイク遺伝の可能性を示す例として視覚的に表現。

この記事の概要

青い眼、茶色い眼、緑の眼──眼の色にはどんな意味があり、どのようにして決まるのでしょうか?この記事では、色覚と眼の色をめぐる最新の遺伝学研究から、メラニンの役割、多遺伝子の複雑な相互作用、そして人気を博した「#TheDress」現象まで、科学の視点で深掘りします。私たちの見た目に隠された、目に見えない遺伝子のストーリーをご紹介します。

遺伝学への入口としての「眼の色」

あなたの眼の色は何色ですか?──この素朴な問いは、日常生活では当たり前のようでいて、実は私たちの体の中でも最も興味深く、複雑な遺伝的特徴のひとつに直結しています。かつて、眼の色は単純なメンデル遺伝の例として扱われてきました。すなわち「茶色が優性(dominant)で、青色が劣性(recessive)」という理解です。また、色覚異常(特に赤緑色盲)はX染色体連鎖性(X-linked recessive)として、遺伝の講義で定番の題材でした。

しかし、現在の遺伝学はそのような単純なモデルでは説明できない、はるかに複雑な実態を明らかにしています。眼の色や色覚の理解は、多遺伝子性形質(polygenic traits)、エピスタシス(epistasis:遺伝子間相互作用)、遺伝子発現制御(gene regulation)、表現型模倣(phenocopy)、環境と遺伝子の相互作用(gene-environment interaction)、さらにはエピジェネティクス(methylationや遺伝子不活性化)といった、現代の遺伝学の重要概念を包括的に反映する、理想的な教材とも言える存在です。

加えて、ゲノム情報(genomic data)や人工知能(AI)の活用が進む医療分野、特に眼科においては、こうした遺伝的知識がますます重要になっています。

「色」とは何か?──物理学と生理学の融合

色とは、物理的には「光」そのものの属性ではなく、人間の脳が知覚する現象です。光の波長は連続的ですが、私たちの脳はそれを「赤」「緑」「青」などの色(hue)として知覚します。色には以下の3つの要素が関与しています:

  • 色相(Hue):主波長、つまり赤や青といった「色味」
  • 彩度(Saturation):色の純度(白色がどれだけ混ざっているか)
  • 明度(Brightness):光の強さや明るさ

人間の網膜には3種類の錐体細胞(cone cells)が存在し、それぞれ赤(L型:long-wavelength)、緑(M型:middle)、青(S型:short)の光に反応します。この仕組みはヤング=ヘルムホルツの三色説(trichromatic theory of color vision)に基づいており、ヒトの色覚の基本構造です。

このような構造があるため、色情報は単に物理的な光の波長だけでなく、視覚の処理系(網膜→視神経→脳)との相互作用によって決まるのです。

青い眼はなぜ青く見えるのか?

実際には、「青い眼」には青い色素は存在しません。青い眼が青く見えるのは、チンダル散乱(Tyndall effect)という光の物理現象により、短波長の光(青)が散乱されるからです。これは空が青く見える理由と同じです。一方で、茶色い眼はメラニン色素(melanin)が豊富に存在し、光を多く吸収するため暗く見えます。

眼の色は遺伝で決まる?──メンデルを超える複雑さ

初等遺伝学では「茶色が優性、青が劣性」と教えられますが、これは現実には当てはまりません。すでに1966年、遺伝学者ビクター・マッカスィック(Victor McKusick)は「青い眼をもつ両親から茶色い眼の子どもが生まれる可能性がある」と報告しており、このことが多遺伝子性(polygenic inheritance)の概念を強く示唆しました。

主な関与遺伝子:

  • OCA2(oculocutaneous albinism II):眼・皮膚・毛髪の色素形成に関与する重要な遺伝子。色素小体(melanosome)のpH調整により、チロシナーゼなどの酵素活性を維持します。
  • HERC2:OCA2の上流に存在し、OCA2の遺伝子発現を制御する調節領域を持ちます。

SNP(一塩基多型)の例:

  • rs12913832(HERC2内)
     - Tアレル:OCA2が活性化 → 茶色い眼
     - Cアレル:OCA2が抑制される → 青い眼

この単一変異だけで、青~茶色の眼色の74%を説明可能とされます。しかし、それ以外にも50を超える遺伝子座(loci)が関与しており、緑、ヘーゼル、灰色といった中間色は、これらの複雑な相互作用(遺伝子×遺伝子、遺伝子×環境)によって決まります。

虹彩(iris)の模様:色だけでなく、個性が刻まれている

人間の虹彩は単なる色だけではなく、極めて個性的な模様を持ちます。以下はその代表的なパターンです:

  • フックス裂孔(Fuchs’ crypts):虹彩の組織が薄くなった領域
  • ウォルフリン結節(Wolfflin nodules):コラーゲンが蓄積された部分
  • ネヴィ(nevi):色素を含む小さな斑点
  • 収縮皺(contraction furrows):虹彩筋の動きによって形成される溝

これらは指紋と同様に個体固有であり、生体認証(バイオメトリクス)にも応用されています。これらの構造は高い遺伝率(最大78%)を持ち、幼児期から安定しており、性別による影響もほとんど見られません。

双子研究とゲノム解析:遺伝の力を裏付ける証拠

オーストラリアの大規模双子研究では、眼の色の約74%がOCA2の変異によって説明され、18%が他の遺伝要因、8%が環境要因であると推定されました。

また、38,000人以上のデータを用いたゲノムワイド関連解析(GWAS:Genome-Wide Association Study)では、50を超える新たな遺伝子座が眼色と関係していることが判明しています。

特定のハプロタイプ(SNPの組み合わせ)が、バルト海周辺の集団で高頻度に見られ、創始者効果(founder effect)の存在も示唆されています。

環境や加齢の影響:色の変化は一生続く?

出生時に青い眼を持つ乳児は、成長とともに茶色くなることが多く、これは主にメラニン生成の進行によるものです。

  • Newborn Eye Screening Test(148人):青い眼の新生児の多くが1歳以内に色が変化
  • Louisville Twin Study(1,513人):約10〜20%の子どもに思春期まで変化が見られた

また、外傷や病気により虹彩の色が変化するケースもあります。たとえば、アルビニズム、神経線維腫症、色素散布症候群などの疾患では、眼色に明らかな異常が見られます。

#TheDress現象:色は見る人によって違う?

2015年にインターネットで話題となった「#TheDress(あのドレス)」事件では、一枚の写真が「青と黒」「白と金」に見えると人々の間で大きく意見が割れました。この現象は色恒常性(color constancy)と呼ばれ、視覚情報の脳内補正によって起こるものです。

双子研究では、この知覚の違いの34%が遺伝的要因に由来するとされましたが、年齢や居住環境(都市 vs 地方)などの環境的要素も関与していました。

メンデルを超えて:非メンデル型遺伝とエピスタシス

遺伝子の組み合わせ次第では、「青い眼の両親から茶色い眼の子どもが生まれる」こともあります。これはHERC2とOCA2のエピスタシス(相互作用)により説明されます。

また、異なる遺伝子に変異があるアルビニズムの両親が正常な色素を持つ子どもを持つ現象(非対立遺伝子相補性(non-allelic complementation))も知られています。

臨床・法医学への応用:ゲノム情報の実用化

  • 法医学(forensic science):SNPデータにより、眼の色の予測精度が90%以上に達しており、欧州系集団において特に高精度です。
  • 医学:OCA2やMC1Rなどの遺伝子は皮膚がん(メラノーマ)のリスクにも関与しており、眼の色の遺伝学が皮膚科学や腫瘍学にも波及しています。
  • 眼科臨床:加齢黄斑変性、緑内障、近視、糖尿病性網膜症、白内障など一般的な眼疾患に対しても、遺伝的素因の理解が不可欠となりつつあります。

結論:眼は遺伝子の「窓」

眼の色と色覚は、単なる外見的特徴にとどまらず、現代遺伝学の集大成とも言える存在です。HERC2とOCA2という2つの主要遺伝子を中心に、多数の補助的な遺伝子が関与し、さらには発生学的・環境的要因が重層的に絡み合っています。

このような形質を通じて、遺伝子と表現型の関係(genotype–phenotype relationship)がいかに多層的かつ動的であるかが理解され、個別化医療(personalised medicine)の未来像が見えてきます。

「眼は心の窓」と言われますが、現代では眼はゲノムの窓でもあるのです。

引用文献