別名・関連疾患名
- 16p11.2 distal microduplication(16p11.2遠位微細重複)
- 16p11.2 BP2-BP3 duplication(16p11.2 BP2-BP3重複)
- SH2B1-containing 16p11.2 duplication(SH2B1遺伝子を含む16p11.2重複)
- Dup16p11.2 distal
対象染色体領域
16番染色体 短腕(p)11.2領域(Distal:遠位部)
この疾患は、16番染色体短腕の「11.2」領域の中でも、より末端(テロメア)側に位置するBP2(Breakpoint 2)からBP3(Breakpoint 3)と呼ばれる区間の重複によって引き起こされます。
- ゲノム座標の目安(GRCh37/hg19): chr16: 28,800,000 – 29,050,000 付近
- 領域のサイズ: 約220キロベース(kb)
※重要な区別: 16p11.2領域には「近位(Proximal / BP4-BP5)」と「遠位(Distal / BP2-BP3)」という2つの主要な変異多発領域があります。
一般的に「16p11.2重複」と言われるものの多くは近位(Proximal)型ですが、本疾患は遠位(Distal)型であり、含まれる遺伝子(SH2B1など)や臨床像が異なります。両者は近接していますが、異なる疾患単位として区別されます。
発生頻度
一般集団での正確な頻度は未確立(非常に稀)
Proximal(近位)型の重複に比べると報告数は少なく、稀な疾患と考えられています。しかし、症状が軽微であるため診断されていない潜在的な保因者が相当数存在すると推測されています。
近年の大規模な遺伝子解析研究(UK Biobank等)や臨床コホート研究により、自閉スペクトラム症や発達遅滞を持つ集団の中で特定されるケースが増えています。
臨床的特徴(症状)
16p11.2遠位(distal)重複症候群の症状は非常に幅広く、「不完全浸透(重複を持っていても症状が出ない)」と「可変表現性(症状の重さに個人差が大きい)」が大きな特徴です。
全く無症状の親から発見されることもあれば、発達の遅れや健康上の問題を抱える場合もあります。
1. 発達・神経学的特徴
- 発達遅滞・知的障害: 約半数の患者さんに、軽度から中等度の発達遅滞が見られます。特に言語発達の遅れ(話し始めが遅い)や、学校での学習障害(LD)が報告されています。
- 行動特性(ASD/ADHD): 自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)の診断を受ける、あるいはその傾向(社会性の未熟さ、落ち着きのなさ)を持つ場合があります。
- 精神症状: 不安障害や強迫性障害、また成人期以降に統合失調症などの精神疾患を発症するリスクが一般人口より高い可能性が示唆されています。
2. 身体的特徴・骨格異常
この「Distal(遠位)」領域の重複において、近年特に注目されている特徴です。
- 脊柱側弯症(Scoliosis): 背骨が左右に曲がる側弯症のリスクが有意に高いことが報告されています。ある大規模研究では、この重複を持つ人の約30%に側弯が見られたというデータもあり、重要なチェック項目となっています。
- 小頭症: 頭囲が平均よりも小さい(小頭症)傾向が見られることがあります。
3. 体重・代謝(低体重の傾向)
同じ領域の「欠失(Deletion)」が重度の早期肥満を引き起こすのに対し、この「重複(Duplication)」では低体重(Underweight)や痩身傾向を示す患者さんが多いと報告されています。
これは、領域に含まれるSH2B1遺伝子のコピー数が増えることで、エネルギー代謝や食欲制御のシグナル(レプチンシグナル)が過剰または異常に働くためではないかと推測されています。ただし、全ての患者さんが痩せているわけではなく、標準体重の方もいます。
4. その他
- 筋緊張低下: 乳幼児期に体が柔らかい(フロッピーインファント)場合があります。
てんかん: 一部の患者さんでけいれん発作が報告されていますが、必須の症状ではありません。
原因
16番染色体短腕(16p11.2 distal)における、約220kbの微細重複が原因です。
発生機序
この領域(BP2とBP3の間)には、DNA配列が非常によく似た「分節重複(Segmental Duplications)」が存在します。精子や卵子が作られる減数分裂の際、この似た配列同士が誤って結びつき、染色体の組換えミス(非アリル間同源組換え:NAHR)が起こることで、遺伝子領域の重複が生じます。
遺伝子の影響(用量効果)
重複した領域には約9つの遺伝子が含まれており、これらの遺伝子が3コピー(通常は2コピー)になることでバランスが崩れ、症状が現れると考えられています。
- SH2B1遺伝子: レプチン(満腹ホルモン)やインスリンのシグナル伝達に関わる重要な遺伝子です。この遺伝子の異常は体重調節やエネルギー代謝、脳の発達に影響を与えるとされ、本疾患における低体重や行動特性、骨格異常との関連が強く疑われています。
- ATXN2L, TUFM: これらの遺伝子も神経機能に関与している可能性があります。
遺伝形式
- 常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式: 親から子へ50%の確率で遺伝します。
- 家族性: 本疾患は、無症状または軽微な症状の親から遺伝しているケースが多く見られます(親自身も自分が重複を持っていることを知らない場合が多い)。
De novo(新生)変異: 両親は持っておらず、突然変異で発生するケースもあります。
治療方法
染色体の重複そのものを治す根本的な治療法はありません。症状に合わせた対症療法と早期療育が中心となります。
- 発達・教育的支援:
- 療育: 言語聴覚療法(ST)や作業療法(OT)を通じ、言葉の発達や微細運動、社会性をサポートします。
- 学習支援: 学習障害がある場合、学校と連携して個別の学習計画や環境調整を行います。
- 行動・心理面のサポート:
- ASDやADHDの特性がある場合、専門医による評価とペアレント・トレーニング、必要に応じた薬物療法を検討します。
- 不安や精神的な不調に対しては、心理カウンセリングや精神科的ケアを行います。
- 身体的サーベイランス(定期検査):
- 整形外科的チェック: 脊柱側弯症のリスクがあるため、学童期以降は定期的に背骨の状態をチェックし、早期発見・早期治療(装具療法など)に繋げます。
- 発育・栄養管理: 低体重や摂食の問題がある場合、栄養指導や体重モニタリングを行います。
- 遺伝カウンセリング:
- 次子の再発リスクや、家族(兄弟姉妹や親)への遺伝学的検査の必要性について、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーと相談します。特に、臨床症状の幅が広いことを理解することが重要です。
まとめ
16p11.2 duplication (distal) syndromeは、16番染色体の一部の遺伝子(SH2B1等)が増えることで生じる先天性の体質です。症状には大きな個人差があり、発達の遅れや行動の特性が見られることもあれば、ほとんど無症状で社会生活を送る方もいます。特徴的な点として、脊柱側弯症や低体重の傾向が挙げられます。診断後は、それぞれの特性に合わせた教育的・医学的サポートを受けることで、その人らしい生活を送ることが可能です。
参考文献
- Simons Searchlight: 16p11.2 Distal Duplication Syndrome (BP2-BP3).
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 16p11.2 Microduplications (Distal).
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: 16p11.2 distal (BP2-BP3) duplication.
- Sadler B, et al. (2019). Distal chromosome 16p11.2 duplications containing SH2B1 in patients with scoliosis. Journal of Medical Genetics.
- Loviglio MN, et al. (2016). The 16p11.2 locus modulates brain structures common to autism, schizophrenia and obesity. Nature Genetics (Referencing the distal locus effects).
- Bachmann-Gagescu R, et al. (2010). Recurrent 200-kb deletions of 16p11.2 that include the SH2B1 gene are associated with developmental delay and obesity. Genetics in Medicine.
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


