別名・関連疾患名
- 16p13.11欠失症候群(16p13.11 deletion syndrome)
- 16p13.11微細欠失(16p13.11 microdeletion)
- 16p13.11再発性欠失(16p13.11 recurrent deletion)
- 神経認知障害感受性遺伝子座2(Neurocognitive disorder susceptibility locus 2)
- NDE1関連欠失症候群(NDE1-related deletion syndrome)※主要遺伝子名に基づく呼称
対象染色体領域
16番染色体 短腕(p)13.11領域
本疾患は、16番染色体の短腕にある「13.11」と呼ばれる特定の領域において、DNAの一部が欠失すること(コピー数が1つになること:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細】
この欠失は、染色体上の特定の反復配列(LCR: Low Copy Repeats)に挟まれた領域で発生しやすく、典型的な欠失サイズは約0.8メガベース(Mb)〜1.65Mb程度、あるいは約3Mb以上に及ぶこともあります。
【含まれる重要な遺伝子】
欠失領域には複数の遺伝子が含まれていますが、特に疾患の症状(表現型)に関連すると考えられているのは以下の遺伝子です。
- NDE1 (Nuclear Distribution Protein nudE homolog 1):
- 脳の大脳皮質が形成される際の神経細胞の移動や分裂に不可欠な遺伝子です。この遺伝子の機能低下は、脳のサイズ(小頭症)や知能発達、てんかん発症に深く関与していると考えられています。
- MYH11 (Myosin Heavy Chain 11):
- 平滑筋(内臓や血管の壁を構成する筋肉)の収縮に関わるタンパク質を作ります。この遺伝子の欠失は、胸部大動脈瘤(血管のコブ)や大動脈解離のリスク上昇と関連していることが知られており、本症候群における長期的な健康管理の重要ポイントとなります。
- ABCC1 / ABCC6:
細胞内の物質輸送に関わる遺伝子です。ABCC6の変異は弾性線維性仮性黄色腫(PXE)の原因として知られていますが、本症候群のように1つのコピーが欠失しただけ(ヘテロ接合体)では、通常PXEの典型的な症状は出にくいとされていますが、保因者としての考慮が必要です。
発生頻度
一般集団では稀だが、臨床集団(てんかんや発達遅滞)では頻度が高い
16p13.11欠失は、いわゆる「感受性因子(リスクファクター)」としての性質が強いため、一般集団の中にも無症状または軽微な症状で生活している保因者が一定数存在します。
- 一般集団での頻度: 推定で約2,000人〜3,000人に1人程度と考えられていますが、正確な実数は不明です。
- 臨床集団での濃縮:
- 原因不明の全般てんかんを持つ患者群においては、一般集団に比べて有意に高い頻度(約10倍以上のオッズ比という報告もあり)で検出されます。
- 統合失調症、自閉スペクトラム症(ASD)、知的障害を持つ患者群でも、一般集団より高い頻度で見つかります。
- これは、この欠失が「脳機能の脆弱性(弱さ)」を生み出す強力なリスク因子であることを示唆しています。
臨床的特徴(症状)
16p13.11 deletion syndromeの特徴は、「不完全浸透(Incomplete Penetrance)」と「可変表現性(Variable Expressivity)」にあります。
すなわち、「欠失を持っていても症状が出ない人がいる」、そして「症状が出る場合でも、その重さや種類は人によって全く異なる」ということです。
主な臨床像は以下の通りです。
1. 神経学的特徴:てんかん(Epilepsy)
本疾患において最も特徴的かつ医学的に重要な症状です。
- 発症率: 症状のある患者さんの多くでてんかん発作が見られます。
- タイプ: 様々な発作型が報告されていますが、特に「全般てんかん」(欠神発作、ミオクロニー発作、強直間代発作など)や、部分発作(焦点発作)など多岐にわたります。乳児期に発症する「点頭てんかん(ウェスト症候群)」の報告もあります。
- 経過: 薬物療法で良好にコントロールできる場合もあれば、難治性の経過をたどる場合もあります。原因不明のてんかんとして治療を受けていた成人患者さんが、後の遺伝学的検査でこの欠失が見つかるケースも増えています。
2. 発達・認知機能・精神医学的特徴
- 知的障害(ID) / 発達遅滞(DD): 軽度から重度まで幅広いです。言葉の遅れや学習の困難さが見られることが一般的ですが、知的能力が正常範囲(Normal IQ)の方もいます。
- 自閉スペクトラム症(ASD): 社会的コミュニケーションの苦手さやこだわりなど、ASDの診断基準を満たす、あるいはその傾向を持つ場合があります。
- 注意欠陥・多動性障害(ADHD): 不注意、多動性、衝動性が見られることがあります。
- その他の精神症状: 成人期以降、統合失調症や気分障害、攻撃的行動などのリスクが一般よりも高い可能性が示唆されています。
3. 身体的特徴(顔貌・形態)
「この病気特有」というほど決定的な顔つきはありませんが、いくつかの微細な特徴(Dysmorphism)が報告されています。
- 小頭症(Microcephaly): 頭囲が平均よりも小さい傾向があります。これは領域内のNDE1遺伝子の欠失に関連していると考えられています。
- 顔貌: 短い鼻、耳の形や位置の異常、眼間開離(目が離れている)などが報告されることがありますが、親に似ている範囲内であることも多いです。
- 骨格・四肢: 手指の異常(短指症、第5指の湾曲)、多指症、合指症、関節の過伸展(体が異常に柔らかい)、脊柱側弯症などの報告があります。
4. 循環器系のリスク(重要:大動脈瘤)
欠失範囲にMYH11遺伝子が含まれている場合、特に注意が必要なのが血管系の合併症です。
- 胸部大動脈瘤・解離(TAAD): 大動脈(心臓から出る一番太い血管)の壁が弱くなり、コブができたり(動脈瘤)、裂けたり(解離)するリスクが上昇します。
これは小児期にすぐに発症するというよりは、成人期以降の長期的なリスクとして考慮すべき点です。しかし、早期発見できれば血圧管理や手術で命を守ることができるため、極めて重要な情報です。
原因
16番染色体短腕(16p13.11)における微細欠失が原因ですが、なぜ発症するのかについては「多因子的な要因」が絡んでいます。
1. 発生メカニズム:NAHR(非アリル間同源組換え)
16番染色体短腕には、DNA配列が互いによく似た「LCR(低コピー反復配列)」が多数存在します。細胞分裂の際に、この似た配列同士が誤って結びつき、その間の領域が抜け落ちてしまうエラー(NAHR)が起こりやすい構造になっています。
これは、他の16p関連症候群(16p11.2欠失など)と同様のメカニズムです。
2. 「神経感受性因子(Susceptibility Factor)」としての性質
この欠失は、単独で必ずしも重篤な疾患を引き起こすわけではありません。
遺伝学では、これを「リスク因子」や「感受性ローカス」と呼びます。
- 脳の発達において、「予備能力」や「回復力」を低下させる要因となります。
- そこに、別の遺伝的要因(セカンド・ヒット:他の染色体の微細な変異など)や、環境要因(妊娠中の母体の状態や出産時のトラブルなど)が加わることで、閾値(いきち)を超え、てんかんや知的障害として発症すると考えられています(多因子遺伝・2ヒット仮説)。
3. 遺伝形式
- 常染色体顕性(優性)遺伝形式をとります。
- De novo(新生突然変異): 両親は持っておらず、突然変異で発生するケース。
家族性(遺伝): 両親のどちらかが同じ欠失を持っているケース。本疾患では、親が同じ欠失を持っていても「無症状」あるいは「軽度の学習障害のみ」である場合が非常に多いのが特徴です。
治療方法
染色体の欠失そのものを修復する治療法はありません。
治療の目的は、現れている症状への対応(対症療法)と、合併症の予防・早期発見、そして発達支援によるQOL(生活の質)の向上です。
1. てんかんの管理(最優先事項の一つ)
- 早期発見・治療: けいれん発作や、ボーッとするような発作(欠神発作)が見られた場合、速やかに脳波検査を行います。
- 薬物療法: 発作型に合わせた抗てんかん薬(AEDs)によるコントロールを行います。難治性の場合でも、複数の薬剤の調整や、ケトン食療法などの専門的な治療を検討します。
- てんかんを適切にコントロールすることは、脳の発達を守る上でも極めて重要です。
2. 発達・教育的支援(療育)
- 発達評価: 定期的に発達検査を行い、得意・不得意を把握します。
- 療育: 言語聴覚療法(ST)、作業療法(OT)、理学療法(PT)などを通じて、コミュニケーション能力、運動能力、日常生活動作の獲得を支援します。
- 教育環境: 知的障害やADHD特性がある場合、特別支援学級や通級指導教室など、個々の特性に応じた教育的配慮を受けられる環境を整えます。
3. 循環器サーベイランス(MYH11遺伝子関連)
欠失範囲にMYH11遺伝子が含まれていることが確認された場合、以下の管理が推奨されます。
- 定期的な画像検査: 心エコー検査や、必要に応じてCT/MRI検査を行い、大動脈基部や上行大動脈の太さをチェックします。
- 血圧管理: 高血圧は大動脈への負担となるため、適切な血圧コントロールを行います。
4. その他
- 整形外科: 側弯症などの骨格異常があれば経過観察を行います。
精神科的ケア: 思春期以降、行動面や精神面の不安定さが見られる場合は、心理カウンセリングや精神科医によるサポートを行います。
遺伝カウンセリング
本疾患における遺伝カウンセリングは、一般的な遺伝性疾患よりも複雑な説明を要します。
- 「親も持っているかもしれない」:
- 子供が診断された場合、両親の遺伝子検査(マイクロアレイ検査やFISH法)を行うことが推奨されます。
- もし親が同じ欠失を持っていたとしても、それは「親のせいで病気になった」わけではありません。 親自身の体質の一部であり、たまたま子供に受け継がれ、他の要因と重なって症状が出たという自然のメカニズムです。
- 親が保因者の場合、親自身にも「隠れたてんかん素因」や「大動脈瘤リスク」がある可能性があるため、親自身の健康管理(脳波検査や心エコー)にも繋がる重要な情報となります。
- 再発リスク:
- 親が保因者の場合:次子へ遺伝する確率は50%です。ただし、遺伝しても同じような症状が出るとは限らず、軽症や無症状の可能性もあります(予測困難)。
- De novoの場合:次子への再発リスクは一般集団と同程度(非常に低い)ですが、稀に親の生殖細胞モザイク(精子や卵子の一部だけ変異を持つ状態)の可能性も考慮されます。
- 出生前診断:
- 羊水検査などで胎児の染色体を調べることは技術的に可能です。しかし、「欠失が見つかっても、どの程度の障害が出るか(あるいは出ないか)」を正確に予測することは現代の医学でも不可能です。この不確実性について、十分な話し合いとサポートが必要です。
まとめ
16p13.11 deletion syndromeは、16番染色体の一部が欠けることで、脳の発達や血管の形成に影響を与える可能性がある体質です。
特に「てんかん」との関連が深く、適切な医療管理が必要です。また、欠失範囲によっては将来的な血管の病気(大動脈瘤)のリスクも考慮し、定期的な検診を受けることで健康を守ることができます。
この欠失を持っていても症状の出方は人それぞれで、社会で自立して生活している人もたくさんいます。
「病気」という側面だけでなく、「その人の個性・体質の一つ」として捉え、てんかん管理や療育、定期検診といった具体的なアクションを通じて、お子さんの健やかな成長をサポートしていくことが大切です。
参考文献
- Ullmann R, et al. (2007). Array CGH identifies reciprocal 16p13.1 duplications and deletions that predispose to autism and/or mental retardation. Human Mutation, 28(7), 674-682.
- (※16p13.11領域のCNVが自閉症や知的障害のリスク因子であることを示した初期の重要論文)
- Heinzen EL, et al. (2010). Rare deletions at 16p13.11 predispose to a diverse spectrum of sporadic epilepsy syndromes. American Journal of Human Genetics, 86(5), 707-718.
- (※この欠失が様々なタイプのてんかん(特に全般てんかん)の強力なリスク因子であることを大規模研究で証明した論文)
- Hannes FD, et al. (2009). Recurrent reciprocal deletions and duplications of 16p13.11: the deletion is a risk factor for MR/MCA while the duplication may be a rare benign variant. Journal of Medical Genetics.
- Kuwano A, et al. (2016). MYH11 mutation in a patient with 16p13.11 microdeletion syndrome.
- (※MYH11遺伝子と大動脈病変の関連についての報告例)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 16p13 deletions (2023).
- (患者家族向けのガイドライン。生活面でのアドバイスや多様な症状について詳しく記載あり)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: 16p13.11 region (haploinsufficiency score for NDE1, MYH11).
- (各遺伝子の欠失による影響度を評価した専門データベース)
- Tropeano M, et al. (2013). Male-biased autosomal effect of 16p13.11 deletion in a family with intellectual disability.
- (性差や家族内集積についての研究)
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