別名・関連疾患名
- 16p13.2欠失症候群
- 16p13.2微細欠失症候群(16p13.2 microdeletion syndrome)
- Hao-Fountain症候群(Hao-Fountain syndrome; HAFOUS)※
- USP7関連神経発達障害(USP7-related neurodevelopmental disorder)
- 16p13.2モノソミー(Monosomy 16p13.2)
- 関連:GRIN2A関連言語障害・てんかん(GRIN2A-related speech disorders and epilepsy)
※重要な注釈:
近年の遺伝学研究により、16p13.2領域に含まれるUSP7遺伝子の欠失が、この症候群の主要な症状(発達遅滞、知的障害、特徴的な顔貌など)を引き起こす中心的な原因であることが判明しました。そのため、現在ではこの領域の欠失は、臨床的に「Hao-Fountain(ハオ・ファウンテン)症候群」と診断・分類されることが増えています。本記事ではこの最新の知見に基づいて解説します。
対象染色体領域
16番染色体 短腕(p)13.2領域
本疾患は、16番染色体の短腕にある「13.2」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細】
- 位置: 16番染色体の短腕の中ほどに位置します。
- 欠失サイズ: 患者さんによって欠失の大きさは異なります。数十キロベース(kb)の小さな欠失から、数メガベース(Mb)に及ぶ大きな欠失まで様々です。
- 含まれる重要な遺伝子:
- USP7 (Ubiquitin Specific Peptidase 7): タンパク質の分解や制御(ユビキチン化・脱ユビキチン化)に関わる非常に重要な酵素を作ります。この遺伝子の機能喪失が、本症候群の中核的な症状(Hao-Fountain症候群)の原因となります。
- GRIN2A: 脳内の神経伝達(NMDA型グルタミン酸受容体)に関わる遺伝子です。この遺伝子が欠失範囲に含まれる場合、てんかんや重度の言語障害のリスクが高まります。
- C16orf13: 機能は完全には解明されていませんが、この領域に含まれる遺伝子の一つです。
欠失の範囲がどこからどこまで及んでいるかによって、合併症のリスク(特にてんかんの有無など)が変わってくるのが特徴です。
発生頻度
非常に稀(Ultra-rare)
16p13.2欠失症候群は、希少疾患(Rare Disease)の中でも特に頻度が低い疾患の一つです。
正確な疫学的な頻度は確立されていませんが、世界的な報告数は数百例未満のオーダーと考えられています。
しかし、近年のマイクロアレイ染色体検査(CMA)や全エクソーム解析(WES)の普及により、原因不明の発達遅滞や知的障害とされていた方の中から発見されるケースが徐々に増えています。
臨床的特徴(症状)
16p13.2欠失症候群の症状は多岐にわたりますが、特に「発達の遅れ」「言葉の問題」「消化器症状」「特徴的な顔貌」が中核的な特徴として挙げられます。
症状の現れ方や重症度には個人差(可変表現性)があります。
1. 神経発達・認知機能
ほぼ全ての患者さんにおいて、何らかの発達への影響が見られます。
- 全般的な発達遅滞(GDD): 首すわり、お座り、歩行開始などの運動発達のマイルストーンが遅れる傾向があります。歩行開始が2歳〜3歳以降になることも珍しくありません。
- 知的障害(ID): 軽度から重度まで幅がありますが、中等度の知的障害を伴うことが多いと報告されています。
- 言語発達の著しい遅れ: 本疾患の大きな特徴の一つです。
- 言葉の理解(受容言語)に比べて、話すこと(表出言語)が特に苦手な傾向があります。
- 発語失行(Apraxia of speech): 言いたい音をうまく作れない症状が見られることがあります。
- 全く言葉が出ない(Non-verbal)場合や、数語の単語のみでコミュニケーションをとる場合もあります。
2. 行動・精神面の特性
- 自閉スペクトラム症(ASD): 社会的コミュニケーションの難しさや、こだわり行動、反復行動など、ASDの診断基準を満たす、あるいはその傾向を持つ患者さんが多く見られます。
- 行動の問題: かんしゃく(Tantrums)、攻撃的行動、多動、衝動性、注意力の持続困難(ADHD様症状)が見られることがあります。
- 感情の起伏: 不安を感じやすかったり、逆に非常に人懐っこかったりする場合もあります。
3. 神経学的症状(てんかん・筋緊張)
- 筋緊張低下(Hypotonia): 乳幼児期に体が柔らかい、抱きにくい、哺乳力が弱いといった症状が見られることが一般的です。これは運動発達の遅れの一因ともなります。
- てんかん(Epilepsy):
- 欠失範囲にGRIN2A遺伝子が含まれる場合、てんかん発作のリスクが有意に高まります。
- 発作タイプは様々ですが、睡眠中に脳波異常が見られるタイプ(CSWSなど)や、ローランドてんかんなどが報告されています。
- また、USP7単独の欠失でもてんかん発作(熱性けいれんを含む)の報告があり、約40〜50%の患者さんに何らかの発作が見られるという研究データもあります。
- MRI所見: 脳のMRI検査で、脳室拡大、脳梁の菲薄化(脳梁が薄い)、白質体積の減少などの非特異的な所見が見られることがありますが、構造的な大奇形は少ないです。
4. 身体的特徴・顔貌
「Hao-Fountain症候群」として定義される特徴的な顔つきが見られることがあります。ただし、これらは成長とともに変化したり、目立たなかったりすることもあります。
- 顔貌:
- 深い眼窩(目が奥まっている)
- 吊り上がった眉毛
- 鼻梁が高い、あるいは鼻先が目立つ
- 薄い上唇
- 耳の形や位置の異常
- 小頭症: 頭囲が平均よりも小さい傾向が見られることがあります。
5. 消化器系・摂食の問題
多くの患者さん(特に乳幼児期)で消化器系のトラブルが見られます。
- 胃食道逆流(GERD): ミルクや食べ物を吐き戻しやすい。
- 便秘: 頑固な便秘に悩まされることが多いです。
- 摂食障害: 噛む力や飲み込む力が弱く、食事形態の調整が必要な場合があります。
6. その他の合併症
- 性腺機能低下症(Hypogonadism): 特に男児において、停留精巣(タマが降りてこない)や小陰茎、陰嚢低形成などの性器の発達不全が見られることがあり、USP7遺伝子の機能不全との関連が示唆されています。
- 眼科的異常: 斜視、屈折異常(近視・遠視・乱視)、皮質視覚障害(CVI)など。
睡眠障害: 入眠困難や中途覚醒など。
原因
16番染色体短腕(16p13.2)における微細欠失が原因です。
1. 主要な責任遺伝子:USP7
近年の研究で、16p13.2欠失症候群の症状の大部分は、この領域にあるUSP7遺伝子のハプロ不全(片方の遺伝子がなくなることで、必要なタンパク質量が半分になり機能しなくなること)によって説明できることが分かってきました。
【USP7の役割とは?】
USP7(HAUSPとも呼ばれる)は、「脱ユビキチン化酵素」です。
細胞内では不要になったタンパク質に「ユビキチン」という目印をつけて分解処理を行いますが、USP7はこの目印を取り除くことで、「重要なタンパク質が分解されないように守る」役割をしています。
特に、以下のタンパク質の制御に関わっています。
- p53: 細胞のガン化を防ぐ重要なタンパク質。
- WASH複合体: エンドソーム(細胞内の物質輸送)の機能を調節し、神経細胞の受容体リサイクルに関わります。
- MAGEL2: プラダー・ウィリ症候群に関連するタンパク質。
USP7が不足すると、これらのタンパク質が適切にリサイクルされず、神経細胞の発達や機能維持、性ホルモンの制御システムに異常が生じ、症状が現れると考えられています。
2. 遺伝形式
- De novo(新生突然変異): 16p13.2欠失症候群の大部分は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子の形成時、あるいは受精直後)で偶然生じた突然変異です。この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(1%未満)とされています。
家族性(遺伝): 稀に、親が症状を持たない(あるいは軽微な)保因者であったり、親の生殖細胞の一部にのみ変異がある(性腺モザイク)場合があります。
治療方法
現時点で、欠失した染色体や遺伝子を修復する根本的な治療法は確立されていません。
治療は、患者さん一人ひとりの症状に合わせた対症療法と、発達を促すための療育的支援が中心となります。
「Hao-Fountain症候群」としての診断がついた場合、以下のような管理が推奨されます。
1. 発達・教育的支援(早期介入)
診断後、できるだけ早期から療育を開始することが、予後を改善するために重要です。
- 言語聴覚療法(ST):
- 最も重要な支援の一つです。発語失行や表出言語の遅れに対し、口腔体操や発声練習を行います。
- 言葉が出にくい場合、サイン言語、絵カード(PECS)、タブレット端末(AAC)などの代替コミュニケーション手段を導入し、意思伝達ができる環境を整えることで、かんしゃく等の行動問題が減ることがあります。
- 理学療法(PT): 筋緊張低下や運動発達の遅れに対し、体幹機能の強化や歩行訓練を行います。
- 作業療法(OT): 手先の微細運動の訓練や、感覚統合療法を通じて、日常生活動作の自立を目指します。
2. 神経学的管理(てんかん対策)
- 脳波検査: 診断時および発作を疑う症状(ボーッとする、急に力が抜けるなど)があった場合に実施します。特にGRIN2A欠失を含む場合は注意深いモニタリングが必要です。
- 薬物療法: てんかんと診断された場合、発作型に応じた抗てんかん薬による治療を行います。
3. 消化器・栄養管理
- 胃食道逆流: 薬物療法や、ミルクのとろみ付け、授乳後の姿勢保持などで対応します。重症の場合は外科的治療を検討することもあります。
- 便秘: 緩下剤や食事療法でコントロールします。
- 摂食指導: 嚥下機能に合わせた食事形態の調整を行います。
4. 内分泌・泌尿器科的管理
- 性腺評価: 特に男児で停留精巣がある場合、手術時期を検討します。また、思春期の発来やホルモンバランスについて、内分泌科医によるフォローが必要な場合があります。
5. 行動・心理面のサポート
- 環境調整: ASDやADHDの特性がある場合、刺激の少ない環境を作ったり、見通しの持ちやすいスケジュール提示を行ったりします。
- 薬物療法: 衝動性や睡眠障害、不安が強く生活に支障が出る場合、医師の判断のもとで薬物療法を検討します。
6. 遺伝カウンセリング
- 家族計画(次子の妊娠など)における再発リスクや、将来の予測、きょうだいへの影響などについて、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーと相談する場を持つことが大切です。
- 親が「自分のせいで」と責めないよう、疾患のメカニズム(多くは偶然の変異であること)を正しく理解するサポートが行われます。
まとめ
16p13.2 deletion syndrome(Hao-Fountain症候群)は、16番染色体上のUSP7などの遺伝子が欠けることで生じる希少な疾患です。
言葉の発達の遅れや、筋緊張の弱さ、消化器症状などが特徴ですが、お子さんはそれぞれ豊かな個性を持っています。
言葉で伝えることが苦手でも、理解する力は育っていることが多いため、絵カードやジェスチャーなど、その子に合ったコミュニケーション方法を見つけることが成長の鍵となります。
てんかんや消化器症状などの身体的なケアと、早期からの療育支援を組み合わせることで、その子らしい発達を支えていくことができます。
参考文献
- Hao YH, et al. (2015). USP7 acts as a molecular rheostat to promote WASH-dependent endosomal protein recycling and is mutated in a human neurodevelopmental disorder. Molecular Cell, 59(6), 956-969.
- (※USP7遺伝子の変異が神経発達障害の原因であることを初めて明確にし、疾患メカニズムを解明した記念碑的な論文です。「Hao-Fountain症候群」の名前の由来となった研究の一つです。)
- Fountain MD, et al. (2019). Pathogenic variants in USP7 cause a neurodevelopmental disorder with speech delays, altered behavior, and neurologic anomalies. Genetics in Medicine, 21(8), 1797-1807.
- (※多数の患者データを解析し、USP7関連疾患(Hao-Fountain症候群)の臨床的特徴、顔貌、MRI所見などを詳細に定義した重要論文です。)
- Simons Searchlight: USP7-related neurodevelopmental disorder.
- (患者家族向けに、症状や生活の質に関する情報を分かりやすく提供している国際的なレジストリ・支援団体。)
- Myers, et al. (2019). De novo mutations in GRIN2A in patients with epilepsy, intellectual disability, schizophrenia, and autism.
- (16p13.2領域に含まれるGRIN2A遺伝子とてんかん・言語障害の関連についての文献。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 16p13 deletions (2023).
- (染色体欠失に関する包括的なガイドライン。p13.2領域の情報も含まれます。)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: USP7 (Haploinsufficiency score: 3 – Sufficient evidence), GRIN2A.
- (各遺伝子の欠失が疾患原因となることの証拠レベルを評価した専門データベース。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


