別名・関連疾患名
- クーレン・デ・フリース症候群(Koolen-de Vries syndrome; KdVS)※現在最も一般的な臨床診断名
- 17q21.31欠失症候群
- 17q21.31微細欠失症候群(17q21.31 microdeletion syndrome)
- KANSL1関連障害(KANSL1-related disorder)
- 17q21.31モノソミー(Monosomy 17q21.31)
※疾患名の変遷について:
この症候群は2006年にKoolen博士、Sharp博士、de Vries博士らによって報告されました。当初は「17q21.31微細欠失症候群」と呼ばれていましたが、後にこの領域内のKANSL1遺伝子の変異だけでも同じ症状が出ることが判明したため、欠失型と変異型を合わせて**「クーレン・デ・フリース症候群(KdVS)」**という名称で統一して呼ばれることが一般的になっています。本記事では、染色体欠失によるタイプを中心に解説します。
対象染色体領域
17番染色体 長腕(q)21.31領域
本疾患は、ヒトの17番染色体の長腕にある「21.31」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細】
- 欠失サイズ: 典型的には約500キロベース(kb)〜600kbの微細欠失です。
- 責任遺伝子(KANSL1):
- この欠失領域には、少なくとも4つの遺伝子(KANSL1, CRHR1, MAPT, SPPL2C)が含まれています。
- その中でも、本症候群の症状(知的障害、特徴的な顔貌、筋緊張低下など)を引き起こす決定的な原因となっているのがKANSL1遺伝子です。
- KANSL1は、クロマチン(DNAとタンパク質の複合体)の構造を調整し、他の遺伝子のスイッチをON/OFFする役割を担っています。これが不足することで、脳や体の発達に必要な遺伝子制御がうまくいかなくなると考えられています。
- MAPT遺伝子:
- タウタンパク質を作る遺伝子で、神経変性疾患との関連が研究されていますが、本症候群における直接的な寄与については議論が続いています。
発生頻度
約16,000人に1人(推定)
以前は極めて稀な疾患と考えられていましたが、診断技術の進歩により、実際にはもっと頻度が高いことが分かってきました。
- 推計頻度: 一般集団における出生頻度は約1/16,000 〜 1/55,000と推定されています。これはダウン症候群などに比べれば少ないですが、染色体微細欠失症候群の中では比較的頻度の高い部類に入ります。
- 診断の現状: 特徴的な顔貌や症状があるものの、見過ごされている(軽度の知的障害のみと診断されている)ケースも多いと考えられており、実際の患者数は報告数よりも多い可能性があります。
臨床的特徴(症状)
17q21.31 deletion syndrome(KdVS)の症状は、全身の多臓器にわたりますが、特に**「特徴的なお顔立ち」「人懐っこい性格」「発達の遅れ」**の3つが大きな特徴です。
1. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)
成長とともに変化しますが、多くの患者さんに共通する愛らしい特徴があります。
- 洋ナシ状の鼻(Pear-shaped nose): 鼻先が丸く膨らんでおり、医学的に「球根状鼻」とも表現されます。最も特徴的な所見の一つです。
- 顔の形状: 長い顔(面長)、高い前頭部(おでこが広い)。
- 目: 眼瞼裂斜上(つり目)、眼瞼下垂(まぶたが下がる)、内眼角贅皮(目頭のひだ)。
- 耳: 耳が大きい、耳の位置や形の特徴。
- 口元: 下唇が外側にめくれている(Eversion of the lower lip)、口角が下がっている。
- その他: 髪の毛や肌の色素が薄い、または髪質が特徴的(縮れ毛など)な場合があります。
2. 神経発達・認知機能
ほぼ全例で乳幼児期からの発達支援が必要です。
- 知的障害(ID):
- 軽度から中等度の知的障害を伴うことが多く、重度は比較的少ない傾向にあります。
- IQスコアは平均して60〜70前後(軽度〜境界域)の方から、中等度の方まで幅広いです。
- 言語発達の遅れ:
- 特に**「口腔顔面失行(Oral-facial apraxia)」**を伴うことが多く、口の筋肉をうまく動かせないために、言葉が出るのが遅れたり、発音が不明瞭になったりします。
- しかし、理解する力(受容言語)は比較的保たれており、ジェスチャーやサイン言語でのコミュニケーションは得意な場合が多いです。
- 筋緊張低下(Hypotonia):
- 乳幼児期に体が柔らかく、首すわりや歩行開始などの運動発達が遅れます。
- 哺乳障害(吸う力が弱い)が見られることもあります。
3. 行動・性格(Behavior)
- 人懐っこい性格(Amiable personality):
- 多くの患者さんが、非常に社交的で、笑顔が多く、人懐っこい性格をしています。これはウィリアムズ症候群とも共通する特徴ですが、KdVSのお子さんも「Happy demeanor(幸せそうな態度)」と表現されることが多いです。
- その他の特性:
- 不安を感じやすい、注意欠陥・多動性障害(ADHD)傾向、感覚過敏などが見られることがあります。
4. てんかん(Epilepsy)
- 患者さんの**約50%**にてんかん発作が見られます。
- 発症時期は乳児期から学童期が多く、発作タイプは部分発作や全般発作など様々です。多くは抗てんかん薬でコントロール可能ですが、定期的な脳波検査が必要です。
5. その他の身体的合併症
- 心疾患: 心房中隔欠損症(ASD)、心室中隔欠損症(VSD)、肺動脈弁狭窄症などが約30〜50%に見られます。
- 腎・泌尿器: 水腎症、腎盂拡張、停留精巣(男児)などが約30%に見られます。
- 骨格: 関節の過伸展(体が柔らかすぎる)、股関節脱臼、側弯症、胸郭の変形(漏斗胸など)、細長い指などが報告されています。
眼・聴覚: 斜視、遠視、難聴(伝音性・感音性)など。
原因
17番染色体長腕(17q21.31)における約500-600kbの微細欠失が原因です。
1. 責任遺伝子:KANSL1
前述の通り、この領域に含まれるKANSL1遺伝子が片方なくなること(ハプロ不全)が、症状の主因です。
KANSL1タンパク質は、「NSL複合体」というチームの一員として働き、ヒストン(DNAが巻き付いているタンパク質)に「アセチル化」という目印をつける酵素の働きを助けます。
この目印がつくと、DNAの折りたたみが緩んで遺伝子が読み取れる状態(スイッチON)になります。
つまり、KANSL1が足りないと、本来働くべき多くの遺伝子のスイッチが入らなくなり、脳や体の発達に遅れが生じるのです。
2. 発生機序:親の染色体多型(H2ハプロタイプ)
なぜこの場所で欠失が起こりやすいのでしょうか? ここには非常に興味深い遺伝学的背景があります。
- H1とH2という2つの型:
ヒトの17q21.31領域には、**「H1」と「H2」**という2種類の染色体の並び方(ハプロタイプ)が存在します。- H1: 世界的に最も多い一般的な並び方。
- H2: ヨーロッパ系の家系に多く見られる並び方で、この領域が**「反転(Inversion)」**しています(DNAの向きが逆になっている)。
- H2型は欠失のリスク因子:
親が「H2型」の染色体を持っている場合、その領域にはDNA配列がよく似た「反復配列(LCR)」が複雑に配置されています。
精子や卵子が作られる際、この反復配列同士が誤って結びつきやすく、結果としてその間の領域が抜け落ちてしまう(NAHR:非アリル間同源組換え)リスクが高くなります。
実際、17q21.31欠失を持つ患者さんの親のほとんどが、この「H2型」の保因者であることが分かっています。
3. 遺伝形式
- De novo(新生突然変異):
患者さんのほとんどは、親からの遺伝(親も症状がある)ではなく、受精の過程で新たに発生した突然変異です。
親の影響:
親が「H2型(反転)」を持っていても、親自身は遺伝子の量が変わらないため健康(無症状)です。あくまで「欠失が起こりやすい土壌」を持っているだけです。
したがって、次子への再発リスクは一般集団よりはわずかに高い可能性がありますが、基本的には低いです。
診断方法
特徴的な顔貌があるため、専門医であれば見た目で疑うことも可能ですが、確定診断には遺伝学的検査が必須です。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 17q21.31領域の欠失を検出するゴールドスタンダードです。
- 遺伝子パネル検査 / 全エクソーム解析:
- 欠失だけでなく、KANSL1遺伝子の点変異(欠失はないが遺伝子が壊れているタイプ)も見つけることができます。臨床的にはどちらも「クーレン・デ・フリース症候群」と診断されます。
治療方法
根本的な遺伝子治療法はありません。
治療は、お子さんの症状に合わせた対症療法と、持っている力を伸ばすための療育的支援が中心となります。予後は比較的良好で、多くの患者さんが自立度を高めて生活しています。
1. 発達・教育的支援(療育)
- 言語聴覚療法(ST):
- 最重要の支援の一つです。口腔顔面失行(口の動かしにくさ)があるため、通常の発音練習だけでなく、口腔マッサージや、サイン言語、絵カード、AAC(タブレット等の補助代替コミュニケーション)を早期から導入します。
- 理解力は高いため、コミュニケーション手段を確保することで、かんしゃく等のフラストレーションを減らすことができます。
- 理学療法(PT):
- 筋緊張低下に対し、体幹を鍛え、歩行や運動能力の向上を目指します。関節が柔らかいため、脱臼予防の指導も行います。
- 作業療法(OT):
- 手先の微細運動や、日常生活動作(着替え、食事)の自立を支援します。
2. 医学的管理
- 定期検診:
- 診断時に心エコー、腎エコー、眼科、聴力検査を行います。
- 側弯症のチェックや、歯科検診(歯並びや虫歯予防)も重要です。
- てんかん:
- 脳波検査を行い、発作がある場合は抗てんかん薬で治療します。
- 手術:
- 心疾患や停留精巣、重度の側弯症などがある場合は、適切な時期に手術を行います。
3. 心理・社会的支援
- 親の会・患者会:
- 「クーレン・デ・フリース症候群」の患者会(海外では非常に活発、日本でもSNS等でつながりがあります)に参加し、情報交換を行うことは大きな支えになります。
- 同じような「人懐っこいけれど、少し不器用」な特徴を持つ子供たちの成長記録を知ることは、将来の見通しを持つ上で役立ちます。
まとめ
17q21.31 deletion syndrome(クーレン・デ・フリース症候群)は、17番染色体の一部が欠けることで、KANSL1という遺伝子が不足して起こる疾患です。
ゆっくりとした発達や、口の筋肉の使いにくさによる言葉の遅れがありますが、最大の特徴は「笑顔が多く、社交的で人懐っこい」その愛すべき性格です。
言葉で話すのが苦手でも、こちらの言っていることはよく理解しています。サインやジェスチャーを使えば、豊かなコミュニケーションが可能です。
てんかんや心臓などの医学的ケアは必要ですが、適切な療育と環境調整を行えば、学校生活を楽しみ、将来的には就労や自立した生活を送っている方もいらっしゃいます。
「できないこと」よりも「得意なこと(人との関わりや理解力)」に目を向け、医療と療育のチームでお子さんの成長を応援していくことが大切です。
参考文献
- GeneReviews® [Internet]: Koolen-de Vries Syndrome. Initial Posting: January 26, 2010; Last Update: January 17, 2019. Authors: Koolen DA, et al.
- (※発見者であるKoolen博士らによる、最も信頼性が高く包括的なガイドライン。)
- Koolen, D.A., et al. (2006). A new chromosome 17q21.31 microdeletion syndrome associated with a common inversion polymorphism. Nature Genetics.
- (※本症候群を初めて報告し、H2ハプロタイプ(反転)との関連を解明した記念碑的な論文。)
- Koolen, D.A., et al. (2012). Mutations in the chromatin modifier gene KANSL1 cause the 17q21.31 microdeletion syndrome. Nature Genetics.
- (※KANSL1遺伝子が本症候群の真の責任遺伝子であることを突き止めた重要論文。)
- Koolen, D.A., et al. (2016). The Koolen-de Vries syndrome: a phenotypic comparison of patients with a 17q21.31 microdeletion versus a KANSL1 sequence variant. European Journal of Human Genetics.
- (※欠失型と変異型の患者の症状を比較し、臨床的にほぼ区別がつかないことを示した研究。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): Koolen-de Vries Syndrome (17q21.31 microdeletion syndrome) (2019).
- (患者家族向けのガイドライン。生活面での具体的なアドバイスが充実しています。)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: KANSL1 (Haploinsufficiency score: 3 – Sufficient evidence).
- (KANSL1遺伝子のハプロ不全が疾患原因であることの科学的評価。)
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