別名・関連疾患名
- 17q23.1-q23.2欠失症候群
- 17q23.1-q23.2微細欠失症候群(17q23.1-q23.2 microdeletion syndrome)
- 17q23微細欠失(17q23 microdeletion)
- TBX4関連障害(TBX4-related disorder)
- 関連:小膝蓋骨症候群(Small patella syndrome; SPS)
- ※この領域に含まれるTBX4遺伝子単独の変異で起こる疾患で、本欠失症候群と症状が一部重複します。
- 関連:坐骨・膝蓋骨・形成不全症(Ischiocoxopodopatellar syndrome; ICPPS)
対象染色体領域
17番染色体 長腕(q)23.1から23.2領域
本疾患は、ヒトの17番染色体の長腕(qアーム)にある「23.1」から「23.2」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細と欠失タイプ】
- 欠失サイズ:
患者さんによって欠失の範囲は異なりますが、典型的な欠失サイズは約2.2メガベース(Mb)です。 - 主要な責任遺伝子:
この領域には約20個程度の遺伝子が含まれていますが、本症候群の主要な症状(骨格、心臓、肺)を引き起こす原因として特定されているのが、T-boxファミリーに属する以下の2つの転写因子遺伝子です。- TBX4 (T-Box Transcription Factor 4):
- 下肢の形成: 胎児期に「脚(下肢)」が作られる際の司令塔となる遺伝子です。この機能不全により、膝蓋骨(膝のお皿)や骨盤、足の骨の形成異常が起こります。
- 肺の血管形成: 肺の血管の発達にも関与しており、この遺伝子の欠失は**肺動脈性肺高血圧症(PAH)**の強力なリスク因子となります。
- TBX2 (T-Box Transcription Factor 2):
- 心臓の形成: 心臓の発生、特に弁や中隔、流出路の形成に関わる遺伝子です。この欠失が先天性心疾患の原因と考えられています。
- TBX4 (T-Box Transcription Factor 4):
つまり、17q23.1-q23.2欠失症候群は、TBX4欠失による骨・肺の症状と、TBX2欠失による心臓の症状、そして周辺遺伝子の欠失による発達への影響が合わさった**「隣接遺伝子症候群」**として理解されています。
発生頻度
非常に稀(Very Rare)
17q23.1-q23.2欠失症候群は、希少染色体異常(Rare Chromosome Disorder)の一つであり、正確な疫学的頻度は確立されていません。
世界的な医学文献での報告数は数十例規模にとどまります。
しかし、この欠失によって引き起こされる症状の一部(例えば、膝のお皿が小さいことや、軽度の発達遅滞)は見過ごされやすく、また肺高血圧症の原因として後から判明することもあるため、診断されていない潜在的な患者数は報告よりも多い可能性があります。
臨床的特徴(症状)
17q23.1-q23.2 deletion syndromeの症状は、**「骨格異常」「心疾患」「肺高血圧症」「発達遅滞」**の4つが大きな柱となります。
特に、骨の形の特徴は診断の重要な手がかりとなります。
1. 骨格・四肢の異常(TBX4関連)
TBX4遺伝子の欠失により、下半身の骨格形成に特徴的な異常が現れます。これらは「小膝蓋骨症候群(Small patella syndrome)」の症状と共通しています。
- 膝蓋骨の低形成・無形成(Small or absent patella):
- 膝のお皿(膝蓋骨)が生まれつき小さい、あるいは欠損しています。
- 外見上は膝が平坦に見えたり、膝蓋骨が外れやすい(脱臼しやすい)といった症状が出ることがあります。
- 膝のレントゲン撮影で発見されます。
- 骨盤の異常:
- 坐骨と恥骨の結合部分の骨化(骨になること)が遅れる、あるいは不完全であるという特徴(Ischiopubic ossification delay)が見られます。これはレントゲン上の特徴的な所見ですが、生活上の支障は少ないことが多いです。
- 足の異常:
- 足の指の間が広い(特に親指と人差し指の間:Sandal gap)。
- 偏平足、内反足(足が内側を向いている)。
- 第4・5中足骨(足の甲の骨)の短縮などが見られることがあります。
2. 呼吸器・循環器症状(肺高血圧症)
生命予後に関わる最も重要な合併症です。
- 肺動脈性肺高血圧症(PAH):
- 心臓から肺へ血液を送る血管(肺動脈)の血圧が異常に高くなる病気です。
- TBX4遺伝子の変異や欠失は、小児期発症または成人発症の遺伝性PAHの主要な原因の一つであることが近年明らかになりました。
- 症状: 労作時の息切れ(運動すると息が切れる)、疲れやすい、失神、胸痛など。
- 発症時期: 乳幼児期に発症することもあれば、成人になってから発症することもあり、個人差が大きいです。また、全ての患者さんが発症するわけではありませんが、リスクが高い状態にあることは間違いありません。
3. 先天性心疾患(TBX2関連)
TBX2遺伝子などの欠失により、約半数以上の患者さんに心疾患が見られます。
- 心房中隔欠損症(ASD): 最も頻度の高い心疾患の一つです。
- 心室中隔欠損症(VSD): 心室の壁に穴が開いている状態です。
- その他: 動脈管開存症(PDA)、大動脈の異常などが報告されています。
4. 神経発達・認知機能
身体的な症状に加えて、発達面への影響も多くの患者さんに見られます。
- 発達遅滞(DD):
- 首すわり、お座り、歩行などの運動発達が遅れる傾向があります(骨格の問題も影響している可能性があります)。
- 言葉の遅れも見られます。
- 知的障害(ID):
- 軽度から中等度の知的障害を伴うことが多いですが、正常範囲の知能を持つ方も報告されています。重度の障害は比較的稀です。
- 行動特性:
- 自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの行動特性が見られる場合があります。
5. その他の身体的特徴
- 顔貌:
- 特異的な顔貌(Dysmorphism)は目立たないことが多いですが、小頭症(頭が小さい)、広い額、眼間開離、低い鼻根、小さな顎などの微細な特徴が報告されています。
- 成長:
- 出生時の体格は正常範囲内でも、出生後に成長がゆっくりとなり、低身長になる傾向があります(Postnatal growth retardation)。
- 聴覚:
- 難聴(感音性または伝音性)の合併例が報告されています。
原因
17番染色体長腕(17q23.1-q23.2)における約2.2Mbの微細欠失が原因です。
1. TBX4とTBX2のハプロ不全
この疾患のメカニズムを理解するには、「T-box(ティーボックス)」遺伝子ファミリーの役割を知ることが重要です。
T-box遺伝子は、体の設計図における「建築家」のような存在で、手足や心臓をどこに、どのような形で作るかを指令します。
- TBX4の役割:
- 主に**「後ろ足(下肢)」と「肺・気管」**の形成を指令します。
- 胎児期にTBX4が不足すると(ハプロ不全)、膝のお皿や骨盤が十分に発達しません。また、肺の中の血管網が正しく作られず、将来的に肺高血圧症を引き起こす素地ができてしまいます。
- TBX2の役割:
- 心臓の部屋を分ける壁や、弁の形成に関わります。
- TBX2が不足すると、心房中隔欠損症などの構造異常が起こりやすくなります。
17q23.1-q23.2欠失症候群では、これら2つの重要な「建築家」がいっぺんに不足してしまうため、骨と心臓と肺に複合的なトラブルが生じるのです。
2. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 多くの症例は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程で偶発的に生じた突然変異です。
- 家族性(遺伝):
- 親が同じ欠失(あるいはTBX4変異)を持っている場合があります。
- 親は「膝が少し小さいだけ」「軽度の肺高血圧」などで診断されておらず、子供が重症化して初めて遺伝要因が判明するケースもあります。
- 親が保因者の場合、子への遺伝確率は50%(常染色体顕性遺伝)です。
診断方法
「膝のお皿が小さい」「心臓病がある」「発育がゆっくり」といった症状の組み合わせから疑われます。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 17q23.1-q23.2領域の欠失を確実に検出できる、現在のゴールドスタンダード検査です。
- 欠失範囲にTBX4とTBX2が含まれているかを確認します。
- 骨格レントゲン検査:
- 膝(膝蓋骨低形成)、骨盤(坐骨恥骨の骨化遅延)の特徴的な所見を確認します。これらは診断の強力な手がかりになります。
- 心エコー検査:
- 先天性心疾患の有無を確認します。
- 同時に、肺動脈圧の推定を行い、肺高血圧症の兆候がないかチェックすることが極めて重要です。
治療方法
欠失した染色体を修復する根本治療法はありません。
治療は、それぞれの臓器症状に対する対症療法と、長期的な**サーベイランス(監視)**が中心となります。
1. 肺高血圧症(PAH)の管理
最優先の管理項目です。
- 定期スクリーニング:
- 症状(息切れなど)がなくても、定期的に心エコー検査を行い、肺高血圧の兆候を早期に発見します。
- 確定診断や重症度評価のために、心臓カテーテル検査が必要になる場合があります。
- 薬物療法:
- 肺高血圧症と診断された場合、肺血管拡張薬(内服、吸入、点滴など)を用いた専門的な治療が行われます。早期治療が予後を改善します。
2. 循環器管理
- 先天性心疾患:
- 心房中隔欠損症などがある場合、穴の大きさや心不全の程度に応じて、経過観察や手術(カテーテル治療や開胸手術)を行います。
3. 整形外科的治療
- 膝・足の管理:
- 膝蓋骨の脱臼を繰り返す場合や、歩行に支障がある場合は、サポーターの使用や手術(膝蓋骨の整復術など)を検討します。
- 偏平足や内反足に対しては、足底板(インソール)や矯正靴を使用し、安定した歩行をサポートします。
4. 発達・教育的支援
- 療育(ハビリテーション):
- 発達の遅れがある場合、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を早期から開始します。
- 運動発達の遅れには、筋力トレーニングだけでなく、骨格的な問題(膝や足)への配慮も必要です。
- 教育環境:
- 知的障害の程度に合わせ、特別支援学級などの適切な教育環境を選択します。
5. 遺伝カウンセリング
- 本疾患は「骨の病気」としての側面と、「肺や心臓の病気」としての側面、そして「発達の病気」としての側面を併せ持ちます。
- 特に肺高血圧症のリスクについては、家族全員(特に親やきょうだい)に関わる可能性があるため、遺伝学的リスク評価と検診の必要性について、専門家と相談することが推奨されます。
まとめ
17q23.1-q23.2 deletion syndromeは、17番染色体の一部が欠けることで、骨、心臓、肺、そして発達に影響が出る先天性の体質です。
特徴的なのは「膝のお皿が小さい」という骨の症状ですが、見た目では分からない「肺高血圧症」のリスクを持っていることが医学的に非常に重要です。
肺高血圧症は、初期には症状が出にくいため、定期的な心エコー検査によるチェックが、お子さんの健康と命を守る鍵となります。
発達のペースはゆっくりかもしれませんが、多くのお子さんは明るく成長していきます。
骨格のケア、心臓と肺の定期検診、そして発達に合わせた療育的サポート。この3つをバランスよく行うことで、合併症をコントロールしながら、その子らしい生活を送ることができます。
参考文献
- Ballif, B.C., et al. (2010). 17q23.1q23.2 microdeletion syndrome: a newly recognized contiguous gene deletion syndrome involving TBX2 and TBX4. European Journal of Human Genetics.
- (※17q23.1-q23.2欠失症候群を新しい隣接遺伝子症候群として定義し、TBX2とTBX4の関与を明らかにした、本疾患の概念を確立した最も重要な論文。)
- Szafranski, P., et al. (2016). Small patella syndrome mutations and probable copy number variations in the TBX4 gene.
- (※Small patella syndromeの原因としてのTBX4変異/欠失について解析した文献。)
- Kerstjens-Frederikse, W.S., et al. (2013). TBX4 mutations (small patella syndrome) are a common cause of childhood-onset pulmonary arterial hypertension. Journal of Medical Genetics.
- (※TBX4異常が小児期発症の肺高血圧症の主要な原因であることを突き止め、骨格異常との関連を示した画期的な研究。)
- Smets, K., et al. (2012). De novo 17q23.1q23.2 deletion in a girl with cerebellar hypoplasia and distinct dysmorphic features.
- (※小脳低形成を伴う症例報告。臨床症状の多様性についての知見。)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: TBX4 (Haploinsufficiency score: 3 – Sufficient evidence), TBX2.
- (※TBX4およびTBX2遺伝子のハプロ不全(欠失)が疾患を引き起こすことの科学的根拠評価。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 17q23 microdeletions (2017).
- (患者家族向けのガイドライン。生活上のアドバイスが記載されています。)
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