1p21.3 microdeletion syndrome

Posted on 2026年 1月 20日

別名・関連疾患名

  • 1p21.3微細欠失症候群
  • 1p21.3欠失症候群(1p21.3 deletion syndrome)
  • 1p21.3モノソミー(Monosomy 1p21.3)
  • MIR137関連知的障害(MIR137-related intellectual disability)
  • DPYD関連欠失(DPYD-related deletion)※DPYD遺伝子を含む場合

※疾患名の重要性:

染色体上の「1p21.3」という住所(バンド)が欠失することで起こる疾患です。

この領域には、脳の発達に重要なMIR137遺伝子や、薬の代謝に関わるDPYD遺伝子が含まれており、これらの遺伝子が失われること(ハプロ不全)によって特徴的な症状が現れます。

比較的新しい疾患概念であり、特定の「〇〇症候群」という人名がついた別名は現在一般的ではありません。

対象染色体領域

1番染色体 短腕(p)21.3領域

本疾患は、ヒトの1番染色体の短腕(pアーム)にある「21.3」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる)によって生じます。

【ゲノム上の詳細と重要遺伝子】

1番染色体はヒトで最も大きな染色体ですが、この「1p21.3」というごく限られた領域には、非常に重要な機能を持つ遺伝子が存在します。欠失のサイズは患者さんによって異なります(数100kb〜数Mb)が、主に以下の遺伝子の欠失が症状形成に関与しています。

  • MIR137 (MicroRNA 137):
    • 最重要の責任遺伝子の一つです。
    • これはタンパク質を作る遺伝子ではなく、「マイクロRNA」という、他の多くの遺伝子の働きを調整する小さなRNAを作る遺伝子です。
    • MIR137は、脳の神経細胞(ニューロン)の成長、シナプスの形成、神経伝達物質の放出などをコントロールする「指揮者」のような役割を果たしています。
    • この遺伝子が欠失すると、脳のネットワーク形成がうまくいかず、知的障害や自閉スペクトラム症(ASD)の原因となります。
  • DPYD (Dihydropyrimidine Dehydrogenase):
    • 抗がん剤(5-FU系薬剤)の分解酵素を作る遺伝子です。
    • この遺伝子が欠失しても、日常生活に支障はありません(無症状であることが多いです)。
    • しかし、将来もし**「5-フルオロウラシル(5-FU)」系の抗がん剤を使用することになった場合、薬を分解できずに血中濃度が危険なレベルまで上昇し、重篤な副作用(骨髄抑制、神経毒性など)を引き起こすリスクがあります。これは「生命に関わる重要な医療情報」**です。

発生頻度

極めて稀(Ultra-rare)

正確な発生頻度は確立されていません。

世界的な医学文献における詳細な症例報告数は数十例程度にとどまります。

しかし、これは「発生していない」のではなく、以下の理由による「過少診断」である可能性が高いです。

  1. 診断技術: 従来の染色体検査(Gバンド法)では微細な欠失が見逃されやすく、マイクロアレイ染色体検査(CMA)を行わないと発見できないため。
  2. 症状の非特異性: 特徴的な外見が少ないため、単なる「原因不明の発達遅滞」や「自閉症」として診断されているケースの中に、本疾患が含まれている可能性があります。

臨床的特徴(症状)

1p21.3 microdeletion syndromeの症状は、**「発達の遅れ」「自閉スペクトラム症」「軽度の身体的特徴」**が主となります。

重篤な内臓奇形を伴うことは比較的稀ですが、発達面でのサポートが生涯にわたり重要となります。

1. 神経発達・認知機能(MIR137関連)

ほぼ全ての患者さんにおいて、何らかの発達への影響が認められます。

  • 知的障害(ID):
    • 軽度から重度まで幅がありますが、多くは中等度の知的障害を呈します。
    • 学習のペースがゆっくりであり、抽象的な概念の理解に時間を要することがあります。
  • 言語発達遅滞:
    • 言葉の遅れが顕著です。
    • 特に**「表出性言語(話すこと)」**の遅れが目立ち、理解している内容に比べて、言葉で伝えることが苦手な傾向があります。数語文での会話にとどまる場合もあります。
  • 自閉スペクトラム症(ASD):
    • 本症候群の約30〜50%以上の患者さんにASDの特性が見られます。
    • 視線が合わない、社会的コミュニケーションの困難、こだわり行動、反復行動(常同行動)などが特徴です。
    • MIR137遺伝子は、統合失調症やASDのリスク遺伝子としても知られており、精神神経学的な特性との関連が深いです。
  • その他の行動特性:
    • 注意欠陥・多動性障害(ADHD)のような多動、衝動性、不安の強さ、内気(Shyness)などが報告されています。

2. 身体的特徴・顔貌

「この病気特有」というほど強い特徴ではありませんが、いくつかの共通点(Dysmorphism)が報告されています。

  • 顔貌:
    • 深い眼窩(目が奥まっている)。
    • 鼻根部が広い、または高い。
    • 耳の位置が低い、耳の形の変形。
    • 薄い上唇。
    • これらの特徴は成長とともに変化し、目立たなくなることも多いです。
  • 成長:
    • 出生時の体重や身長は正常範囲内のことが多いです。
    • 一部の患者さんでは、**過成長(高身長、肥満傾向)**が見られるという報告があります(他の1番染色体欠失症候群とは対照的な特徴です)。BMIが高くなりやすいため、栄養管理が必要な場合があります。
  • 眼科:
    • 斜視、遠視、近視などの屈折異常。

3. DPYD欠失に関連するリスク

  • 薬物代謝異常:
    • 前述の通り、日常生活では無症状ですが、医療行為を受ける際に極めて重要になります。
    • **DPD欠損症(Dihydropyrimidine dehydrogenase deficiency)**のリスク状態となります。

4. その他の合併症

頻度は低いですが、以下の報告があります。

  • 筋緊張低下(乳幼児期の体の柔らかさ)。
  • てんかん発作。
  • 軽度の骨格異常(側弯症など)。

原因

1番染色体短腕(1p21.3)における微細欠失が原因です。

1. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • 1p21.3微細欠失症候群の大多数は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
    • 染色体の特定の部分が「コピーミス」で抜け落ちてしまった状態です。
    • この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)とされています。
  • 家族性(遺伝):
    • 稀に、親が同じ欠失を持っている場合があります。
    • 親の症状が非常に軽度(軽度の学習障害や、単なる「個性」と思われている程度)である場合、親も診断されておらず、子供が診断された後に親も検査をして初めて判明することがあります。
    • 親が保因者の場合、子へ遺伝する確率は50%(常染色体顕性遺伝)となります。

2. 遺伝子型と表現型の相関

  • MIR137のハプロ不全:
    • 神経細胞のシナプス可塑性(学習や記憶の基礎)が低下し、知的障害やASD症状を引き起こします。
  • DPYDのハプロ不全:
    • 薬物代謝酵素(DPD)の活性が約半分になります。通常は半分あれば生活できますが、大量の薬剤(抗がん剤)が入ってきた時に処理しきれなくなります。

診断方法

特徴的な外見が少ないため、臨床症状だけで診断することは困難です。「原因不明の発達遅滞」として検査が進められる中で発見されることが一般的です。

  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 1p21.3領域の微細な欠失を検出するための**第一選択(ゴールドスタンダード)**の検査です。
    • 欠失の正確なサイズと、MIR137DPYDなどの重要遺伝子が含まれているかどうかを特定できます。
  • 全エクソーム解析(WES):
    • 染色体欠失ではなく、MIR137遺伝子そのものの点変異(遺伝子の文字化け)でも類似の症状が出るため、CMAで異常がなかった場合に行われることがあります。

治療方法

欠失した染色体を修復する根本的な治療法は、現時点ではありません。

治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、生活の質(QOL)を高めるための療育的支援、そして将来のリスク管理が中心となります。

1. 発達・療育的支援

  • 早期療育(Early Intervention):
    • 診断後早期から、個々の発達段階に合わせた療育を開始します。
  • 言語聴覚療法(ST):
    • 言葉の遅れに対し、コミュニケーション能力を高める支援を行います。
    • 言葉での表現が苦手な場合、絵カードやサイン、AAC(補助代替コミュニケーション)を活用し、意思伝達のフラストレーションを軽減します。
  • 作業療法(OT):
    • 手先の不器用さの改善や、感覚過敏(特定の音や触感への過敏さ)がある場合の感覚統合療法を行います。
  • ソーシャルスキルトレーニング(SST):
    • 自閉スペクトラム症の特性に対し、集団生活でのルールや対人関係のスキルを学びます。

2. 教育環境の調整

  • 個別支援:
    • 知的障害の程度やASDの特性に合わせ、特別支援学級や通級指導教室など、安心して学べる環境を選択します。
    • 視覚的な支援(見てわかるスケジュールなど)を取り入れることで、活動しやすくなることが多いです。

3. DPYD欠失に関する医学的管理

  • 薬剤カルテへの記載:
    • DPYD遺伝子の欠失が確認された場合、必ずお薬手帳やカルテの重要事項欄に**「DPYD欠失あり:フルオロウラシル系抗がん剤(5-FU, TS-1, カペシタビンなど)禁忌または要減量」**と記載しておく必要があります。
    • これは将来、がん治療が必要になった際に、ご本人の命を守るための極めて重要な情報です。ご家族がこの情報を正しく理解し、医師に伝えられるようにしておくことが大切です。

4. その他・健康管理

  • 肥満予防:
    • 過成長や肥満傾向が見られる場合、小児期からの適切な食習慣と運動習慣の確立を目指します。
  • 眼科・歯科検診:
    • 定期的なチェックを受け、早期に対応します。

5. 遺伝カウンセリング

  • 次子の妊娠を考えている場合や、きょうだいへの遺伝リスクについて不安がある場合、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーと相談します。
  • 親の検査を行うかどうかについても、メリット・デメリットを含めて話し合います。

まとめ

1p21.3 microdeletion syndromeは、1番染色体の一部が微細に欠失することで生じる疾患です。

主に、言葉の遅れやコミュニケーションの苦手さ(自閉スペクトラム症の特性)といった発達面の特徴が見られますが、重篤な体の病気を合併することは少ないです。

この疾患の大きな特徴は、脳の指令役であるMIR137遺伝子の影響で発達がゆっくりになることと、薬の分解に関わるDPYD遺伝子の影響で特定のお薬に注意が必要になることです。

診断を受けたご家族は、「将来どうなるのだろう」と不安に思われるかもしれませんが、早期から療育を受けることで、言葉や社会性は着実に伸びていきます。

また、「特定のお薬に弱い」という体質をあらかじめ知ることができたのは、ある意味で「将来のリスクを回避できた」と前向きに捉えることもできます。

お子さんのペースに合わせた教育環境を整え、医療情報を適切に管理していくことで、健康で豊かな生活を送ることができます。医療・福祉の専門家とチームを組んで、お子さんの成長を見守っていきましょう。

参考文献

  • Willemsen, M.H., et al. (2011). Chromosome 1p21.3 microdeletions comprising the MIR137 gene in individuals with intellectual disability. Journal of Medical Genetics.
    • (※1p21.3微細欠失症候群において、MIR137遺伝子が知的障害の原因遺伝子であることを初めて明確に示した重要論文。)
  • Tucci, V., et al. (2016). MicroRNA-137 Loss of Function Causes Repetitive Behavior and Deregulation of Synaptic Plasticity Proteins.
    • (※MIR137の機能喪失が、自閉症様行動(反復行動など)やシナプス機能にどのような影響を与えるかを解明した基礎研究。)
  • Carter, M.T., et al. (2011). Hemizygous deletions of 1p21.3 involving the DPYD gene in individuals with autism spectrum disorder or intellectual disability. Clinical Genetics.
    • (※1p21.3欠失患者におけるDPYD遺伝子の欠失と、臨床的特徴(ASD、ID)および薬理遺伝学的リスクについて報告した文献。)
  • Amorim, M.R., et al. (2017). 1p21.3 deletion involving DPYD and MIR137 genes in a patient with autism spectrum disorder and obesity.
    • (※MIR137とDPYDを含む欠失を持つ患者における、ASDと肥満の合併についての症例報告。)
  • ClinGen Dosage Sensitivity Curation: MIR137 (Haploinsufficiency score: 3 – Sufficient evidence), DPYD.
    • (※MIR137遺伝子のハプロ不全(欠失)が疾患を引き起こすことの科学的根拠評価。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 1p21.3 microdeletions (2019).
    • (患者家族向けのガイドライン。)

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