1p35.2 microdeletion syndrome

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • 1p35.2微細欠失症候群
  • 1p35.2欠失症候群(1p35.2 deletion syndrome)
  • 1p35.2モノソミー(Monosomy 1p35.2)
  • 部分的1番染色体短腕欠失(Partial deletion of chromosome 1p)
  • 関連:1p36欠失症候群(1p36 deletion syndrome)
    • ※位置が近く、症状の一部が重複しますが、明確に区別される別の疾患です。

対象染色体領域

1番染色体 短腕(p)35.2領域

本疾患は、ヒトの1番染色体の短腕(pアーム)にある「35.2」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。

【ゲノム上の詳細と重要遺伝子】

1番染色体はヒトで最も大きな染色体であり、多くの遺伝疾患の舞台となります。特に先端に近い「1p36」領域の欠失は比較的頻度が高いことで知られていますが、その少し内側にある「1p35.2」領域の欠失は非常に稀です。

近年の研究により、この領域の欠失が特定の臨床症状(表現型)を引き起こすことが明らかになりつつあります。特に注目されている責任遺伝子は以下の通りです。

  • HDAC1 (Histone Deacetylase 1):
    • 最重要の責任遺伝子候補です。
    • HDAC1タンパク質は、「ヒストン脱アセチル化」という化学反応を行う酵素です。これは、DNAが巻き付いている「ヒストン」というタンパク質の構造を変化させることで、**遺伝子のスイッチをオンにしたりオフにしたりする(エピジェネティクス制御)**極めて重要な役割を担っています。
    • この遺伝子が欠失して量が半分になると、胎児期の発生において、多数の遺伝子の発現タイミングや量が乱れ、本症候群の特徴である「特異な顔貌」や「発達の遅れ」につながると考えられています。
  • KPNA6 (Karyopherin Subunit Alpha 6):
    • 細胞質から核内へのタンパク質輸送に関わる遺伝子です。
    • この遺伝子の欠失は、女性患者における妊孕性(妊娠しやすさ)や、受精卵の初期発生に関与している可能性が示唆されています。
  • COL11A1 (Collagen Type XI Alpha 1 Chain):
    • 1p21領域との関連が深いですが、欠失範囲が広い場合、周辺のコラーゲン関連遺伝子の影響で、骨格や聴覚、視覚(硝子体)に影響が出る可能性があります。

発生頻度

極めて稀(Ultra-rare)

正確な発生頻度は確立されていません。

Orphanet(世界的な希少疾患データベース)などの統計では、100万人に1人未満 (<1 / 1,000,000) とされています。

医学文献として詳細に報告されている症例数は世界でも数例〜数十例程度にとどまります。

しかし、これは「疾患が存在しない」ことを意味するのではなく、以下の理由により診断されていない「隠れた患者さん」がいる可能性が高いです。

  1. 症状の非特異性: 低身長や発達遅滞は他の多くの疾患でも見られるため、特徴的な顔貌に気づかれない限り、染色体検査が行われないことがあります。
  2. 検査技術の進歩: 従来のGバンド検査では見逃されるような微細な欠失であるため、近年のマイクロアレイ染色体検査(CMA)の普及によって初めて発見されるようになった新しい疾患単位です。

臨床的特徴(症状)

1p35.2 microdeletion syndromeの臨床像は、2015年にWilsonらによって詳細に報告され、**「特徴的な顔貌」「低身長」「発達遅滞」「感覚器(目・耳)の異常」**の4つが中核的な特徴として定義されました。

1. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)

本症候群を疑う最大のきっかけとなる特徴です。一見すると「筋力が弱い病気(ミオパチー)」のような印象を与える独特のお顔立ち(Myopathic facies)をしています。

  • 筋障害様顔貌(Myopathic facies): 表情が乏しく、顔の筋肉の張りが弱い印象を与えます。
  • 長い顔(Long face): 顔全体が縦に長い印象です。
  • 前頭部の突出: おでこが前に出ている、または広い。
  • 眉毛の特徴: 眉毛が細い(Fine eyebrows)、あるいは薄い。
  • 目: 眼瞼裂斜下(タレ目)、眼瞼下垂(まぶたが下がっている)。
  • 口・顎: 小さな口(Microstomia)、小顎症(あごが小さい)、人中(鼻の下)が平坦。

2. 成長障害・骨格

出生前から出生後にかけて、全体的に小柄な傾向があります。

  • 子宮内発育不全(IUGR): 妊娠中から胎児の体重が増えにくく、小さく生まれる(SGA児)ことが多いです。
  • 低身長(Short stature): 出生後も身長の伸びが緩やかで、-2SDを下回る低身長を示すことが多いです。
  • 骨格: 手足が小さい、指が細長いなどの軽微な特徴が見られることがあります。

3. 神経発達・認知機能

全例で何らかの発達への影響が認められますが、重症度は個人差があります。

  • 全般的発達遅滞(GDD):
    • 首すわり、お座り、歩行などの運動発達のマイルストーンが遅れます。
  • 学習障害(Learning difficulties):
    • 知的障害の程度は軽度から中等度であることが多いですが、具体的な学習(読み書き、計算など)に困難を伴うことがあります。
  • 筋緊張低下(Hypotonia):
    • 体幹の筋肉が柔らかく、姿勢を保つのが苦手な場合があります。これが顔貌の特徴(口が開いたままになるなど)にも影響している可能性があります。

4. 感覚器(目・耳)の異常

生活の質(QOL)や学習に直結するため、早期発見が重要な症状です。

  • 聴覚障害(Hearing loss):
    • 感音性難聴または伝音性難聴の合併が報告されています。難聴は言語発達の遅れに直結するため、新生児スクリーニングで見逃された場合でも注意が必要です。
  • 眼科的異常:
    • **遠視(Hypermetropia)**が高頻度で見られます。強度の遠視は弱視の原因となるため、早期の眼鏡装用が必要です。
    • その他、斜視などの報告もあります。

5. その他の合併症

  • 摂食障害: 乳幼児期の哺乳不良、嚥下困難が見られることがあります。

心疾患: 頻度は不明ですが、染色体異常症一般として、心房中隔欠損症などの先天性心疾患のリスクを考慮する必要があります。

原因

1番染色体短腕(1p35.2)における微細欠失が原因です。

1. HDAC1のハプロ不全とエピジェネティクス

この疾患の根本的な原因として最も有力視されているのが、HDAC1遺伝子の機能不全です。

私たちの体は、約2万個の遺伝子を持っていますが、それらが「いつ」「どこで」「どれくらい」働くかを決めているのが「エピジェネティクス」という仕組みです。

HDAC1は、この仕組みにおいて、不要な遺伝子のスイッチをオフにする(クロマチンを凝縮させる)役割を持っています。

  • 顔貌への影響: 顔面の形成には、非常に複雑な遺伝子のオン・オフの切り替えが必要です。HDAC1が不足すると、この制御がうまくいかず、本症候群に特徴的な「筋障害様顔貌」が形成されると考えられています。
  • 成長への影響: 骨や筋肉の細胞分裂の制御にも関わるため、低身長の原因となります。

2. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • 1p35.2微細欠失症候群の多くは、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
    • 染色体の「コピーミス」のようなものであり、誰のせいでもありません。
    • この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)とされています。
  • 家族性(親の均衡型転座):
    • 極めて稀ですが、親が「均衡型転座(染色体の場所が入れ替わっているが量は正常)」の保因者である場合があります。その場合、不均衡が生じて子供に欠失が遺伝することがあります。

診断方法

「特徴的な顔貌」「低身長」「発達遅滞」の組み合わせから疑われますが、臨床症状だけで診断することは困難です。

  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 1p35.2領域の微細欠失を検出するための**第一選択(ゴールドスタンダード)**の検査です。
    • 欠失の正確なサイズ(bp単位)と、HDAC1遺伝子が含まれているかどうかを特定できます。これにより確定診断となります。
  • 臨床的な除外診断:
    • より頻度の高い「1p36欠失症候群」や、その他の低身長症候群(シルバー・ラッセル症候群など)ではないことを確認する過程で、この疾患に行き着くことが多いです。

治療方法

欠失した染色体を修復する根本的な治療法は、現時点では存在しません。

治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、成長・発達を支えるための**包括的な支援(トータルケア)**が中心となります。

1. 感覚器の管理(最優先事項)

  • 眼科:
    • 診断後速やかに眼科を受診し、屈折検査(遠視・乱視)を行います。
    • 遠視が見つかった場合は、早期から眼鏡を装用し、弱視を予防します。
  • 耳鼻科:
    • 精密な聴力検査を行います。難聴がある場合は、補聴器の使用や、言語聴覚療法との連携を行います。

2. 発達・療育的支援

  • 早期療育:
    • 発達の遅れがある場合、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
  • 摂食指導:
    • 哺乳不良や偏食がある場合、栄養士やSTによる摂食指導を行い、適切な栄養摂取をサポートします。
  • 教育環境:
    • 学習障害や知的障害の程度に合わせ、特別支援学級や通級指導教室など、個別に適した教育環境を選択します。視覚的支援(遠視への配慮など)も重要です。

3. 成長・内分泌管理

  • 成長モニタリング:
    • 定期的に身長・体重を計測し、成長曲線を評価します。
    • 著しい低身長がある場合は、内分泌科で成長ホルモンの分泌能を調べることがあります。成長ホルモン療法が適応となるかどうかは、分泌不全の有無や、SGA性低身長の基準を満たすかによって判断されます。

4. 遺伝カウンセリング

  • 本疾患は非常に稀であり、情報の少なさがご家族の不安につながりやすいです。
  • 次子の再発リスクや、将来の見通しについて、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーと相談し、正確な情報を得ることが大切です。
  • 特に「1p36欠失症候群」と混同されやすいですが、予後や合併症のリスクが異なるため、正確な診断名に基づいた情報を得ることが重要です。

まとめ

1p35.2 microdeletion syndromeは、1番染色体のごく一部、特にHDAC1遺伝子周辺が欠失することで生じる希少な疾患です。

「表情が穏やかで、面長なお顔立ち」「体が小さい」「遠視や難聴がある」「発達がゆっくり」といった特徴が組み合わさって現れます。

非常に稀な病気であるため、診断がつくまでに長い時間がかかったり、インターネットで情報が見つからずに不安を感じたりされたかもしれません。

しかし、この疾患の主な症状である「遠視」や「低身長」、「発達の遅れ」には、それぞれ確立された対応策があります。

眼鏡をかけて世界をくっきり見ること、補聴器で音を聞くこと、そして療育で体の使い方を学ぶこと。これら一つひとつの積み重ねが、お子さんの可能性を大きく広げます。

お子さんは、それぞれのペースで確実に成長していきます。医療チームと連携し、定期的な検診を受けながら、お子さんの健やかな成長を温かく見守っていきましょう。

参考文献

  • Wilson, B.T., et al. (2015). Microdeletion 1p35.2: a recognizable facial phenotype with developmental delay. American Journal of Medical Genetics Part A.
    • (※1p35.2微細欠失症候群を新たな臨床単位として提唱した最重要論文。2名の患者の詳細な臨床像(筋障害様顔貌、低身長、遠視など)と、HDAC1遺伝子の関与について報告しています。)
  • Orphanet: 1p35.2 microdeletion syndrome.
    • (※世界的な希少疾患データベースにおける定義と概要。)
  • Loddo, G., et al. (2020). Intellectual disability in a patient with 1p35.2 microdeletion: A case report and review of the literature.
    • (※新たな症例報告と、過去の文献レビュー。発達特性に関する詳細な記述が含まれます。)
  • ClinGen Dosage Sensitivity Curation: HDAC1.
    • (※HDAC1遺伝子のハプロ不全(欠失)が疾患を引き起こす可能性についての科学的評価。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 1p deletions (General guide).
    • (※1番染色体短腕欠失全般に関する家族向けガイドライン。)

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