別名・関連疾患名
- 1p36欠失症候群
- 1p36微細欠失症候群(1p36 microdeletion syndrome)
- 1p36モノソミー(Monosomy 1p36)
- 1番染色体短腕末端欠失症候群(Deletion 1pter syndrome)
- 関連:染色体末端欠失症候群
※疾患名の解説:
ヒトの1番染色体の「短腕(pアーム)」の最も端っこ(末端)にある「36」というバンド領域が欠失することで生じる疾患です。
以前は「1p36モノソミー」と呼ばれることもありましたが、現在は欠失(deletion)という言葉を用いた「1p36欠失症候群」が国際的にも一般的な呼称となっています。
対象染色体領域
1番染色体 短腕(p)36領域
本疾患は、ヒトの染色体の中で最も大きい1番染色体の、短腕の最末端(テロメア側)に位置する「1p36」領域のDNA配列が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細と特徴】
この「1p36」領域は、遺伝子密度が比較的高い場所であり、多くの重要な遺伝子が含まれています。
欠失のサイズは患者さんによって大きく異なり、数100キロベース(kb)程度の微細なものから、10メガベース(Mb)を超える大きな欠失まで様々です。
しかし、これまでの研究により、本症候群の主要な症状を引き起こす「責任領域(Critical Region)」や「責任遺伝子」が特定されつつあります。
【重要な責任遺伝子】
- GABRD (Gamma-Aminobutyric Acid Type A Receptor Delta Subunit):
- 神経伝達物質GABAの受容体を作る遺伝子です。この欠失は、本症候群に見られる**「てんかん(痙攣発作)」**や神経発達の問題に深く関わっていると考えられています。
- SKI (SKI Proto-Oncogene):
- 頭蓋顔面の形成や筋肉の発達に関わる遺伝子です。この欠失は、**「口唇口蓋裂」**などの顔面形成異常や、発達遅滞に関与します。
- PRDM16 (PR/SET Domain 16):
- 心臓の発生や代謝に関わる遺伝子です。この欠失は、**「拡張型心筋症」や「左室緻密化障害」**などの重篤な心疾患のリスク因子とされています。
- KCNQ4 / MMP23B:
- 聴覚や頭蓋縫合の形成に関連しています。
このように、1p36欠失症候群は、隣り合った複数の遺伝子がまとめて失われることで、脳、心臓、顔、筋肉など多臓器にわたる症状が出る**「隣接遺伝子症候群(Contiguous gene syndrome)」**の代表例です。
発生頻度
約5,000人 〜 10,000人に1人
- 最も頻度の高い末端欠失:
- 染色体の「端っこ」が欠けるタイプの疾患(末端欠失症候群)の中では、最も頻度が高い疾患です。
- ダウン症候群などの染色体数異常に比べると知名度は低いですが、臨床現場では決して稀な疾患ではありません。
- 過少診断の歴史:
- かつての顕微鏡検査(Gバンド法)では、欠失が小さすぎて見つけられないケースが多くありました。近年の「マイクロアレイ染色体検査(CMA)」や「FISH法」の普及により、これまで「原因不明の発達遅滞」とされていた患者さんが、実はこの症候群であったと判明するケースが増えています。
- 性差:
- 女性の患者さんが男性よりもやや多い傾向があります(女:男 = 約2:1)。
臨床的特徴(症状)
1p36 deletion syndromeの症状は非常に多彩ですが、**「特徴的な顔貌」「重度の発達遅滞」「難治性てんかん」**の3つが中核的な特徴です。
すべての患者さんにすべての症状が出るわけではありませんが、多くの症状が重複して現れます。
1. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)
お顔立ちに共通する特徴があり、診断の重要な手がかりとなります。
- 眉毛: 直線的で、眉尻が下がっていない「一本眉(Straight eyebrows)」が特徴的です。
- 目: 深い眼窩(目が奥まっている:Deep-set eyes)、やや吊り上がった目、眼間開離。
- 鼻: 鼻根部が平坦で、鼻梁が広い。
- 顎: 顎が尖っている(Pointed chin)。
- 頭の形: 小頭症(Microcephaly)や、大泉門(赤ちゃんの頭のぺこぺこした部分)が大きく、閉じるのが遅い(Late closing anterior fontanelle)ことがよく見られます。
2. 神経発達・認知機能
ほぼ全例で、中等度から重度の発達への影響が認められます。
- 重度の知的障害(ID):
- 多くの患者さんが重度の知的障害を伴います。
- 言語発達の著しい遅れ:
- 「言葉が出ない(Non-verbal)」、あるいは数語の単語のみというケースが非常に多いです。
- ただし、言葉での表現が難しくても、こちらの言っていることの理解(受容言語)は比較的保たれていることが多く、身振りやサイン、絵カードなどでコミュニケーションを取ることが可能です。
- 筋緊張低下(Hypotonia):
- 乳幼児期に体が柔らかく、首すわり、お座り、歩行開始などの運動発達が遅れます。歩行獲得まで数年かかることが多いですが、リハビリテーションにより獲得できるケースも多いです。
3. てんかん(Epilepsy)
本症候群の**約50〜75%**の患者さんに合併する、管理上最も重要な症状の一つです。
- 発症時期: 乳児期〜小児期早期に発症することが多いです。
- 発作タイプ: 点頭てんかん(ウエスト症候群)、欠神発作、全般強直間代発作など様々です。
- 難治性: 薬が効きにくい(難治性)場合があり、複数の抗てんかん薬による調整が必要になることがあります。成長とともに発作が落ち着くこともあります。
4. 先天性心疾患(Cardiovascular)
約半数の患者さんに心疾患が見られます。
- 構造異常: 心房中隔欠損症(ASD)、心室中隔欠損症(VSD)、動脈管開存症(PDA)、ファロー四徴症など。
- 心筋症:
- 拡張型心筋症や左室緻密化障害といった心筋(心臓の筋肉)の病気が合併することが特徴的です。これはPRDM16遺伝子の欠失に関連していると考えられており、長期的なフォローアップが必要です。
5. その他の合併症
- 摂食・消化器:
- 乳児期の哺乳不良、嚥下障害(飲み込みにくい)、胃食道逆流症などが多く、経管栄養(鼻チューブや胃ろう)が必要になることがあります。
- 感覚器:
- 聴覚障害(感音性難聴)、視覚障害(屈折異常、斜視、白内障など)。
- 骨格:
- 側弯症、手足の短縮、第5指の湾曲など。
- 行動特性:
- 自傷行為(頭を叩く、手を噛むなど)、常同行動、多動などの行動面の特徴が見られることがあります。一方で、人懐っこく愛情深い性格であることも多いです。
原因
1番染色体短腕末端(1p36)における欠失が原因です。
1. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 1p36欠失症候群の**大半(約95%以上)**は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
- 染色体の末端がちぎれてなくなってしまう(Terminal deletion)や、染色体内部が欠ける(Interstitial deletion)パターンがあります。
- この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)とされています。
- 不均衡転座(Inherited translocation):
- 数%のケースでは、親が「均衡型転座(染色体の場所が入れ替わっているが量は正常)」の保因者であることに由来します。
- この場合、親御さん自身は健康ですが、子供に不均衡な状態で染色体が受け継がれ、1p36欠失が生じます。このケースでは、次子への再発リスクが高くなります。
2. 欠失サイズと症状
一般的に、欠失している範囲が大きいほど、巻き込まれる遺伝子の数が多くなるため、症状が重くなる傾向があります(特に心疾患や口蓋裂など)。しかし、小さな欠失であっても、重要な遺伝子(GABRDなど)が含まれていれば、てんかんや重度の知的障害などの主要な症状は現れます。
診断方法
特徴的な顔貌、発達遅滞、てんかんなどの症状から疑われます。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 1p36欠失症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**です。
- 非常に微細な欠失まで検出でき、正確な欠失範囲と含まれる遺伝子を特定できます。
- FISH法:
- 1p36領域に特異的なプローブ(目印)を使って、欠失の有無を確認します。臨床的に強く疑われる場合に、迅速な診断のために用いられることがあります。
- 従来の染色体検査(Gバンド法):
- 大きな欠失であれば検出できますが、微細な欠失は見逃される可能性があります。
治療方法
欠失した染色体を修復する根本的な治療法はありません。
治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、生活の質(QOL)を高めるための包括的な療育支援が中心となります。多職種によるチーム医療が不可欠です。
1. 医療的管理
- てんかん治療:
- 抗てんかん薬によるコントロールを行います。発作型に合わせた薬剤調整が必要です。
- 循環器管理:
- 先天性心疾患がある場合は、手術や内服治療を行います。
- 心筋症のリスクがあるため、心臓超音波検査による定期的なモニタリングが生涯にわたり必要です。
- 摂食・栄養管理:
- 哺乳不良や嚥下障害に対して、摂食指導や補助栄養(経管栄養など)を行います。成長に必要な栄養を確保することは、脳の発達にとっても重要です。
- 感覚器ケア:
- 眼鏡や補聴器の使用により、視覚・聴覚からの情報入力を確保し、発達を促します。
2. 発達・療育的支援
- 早期療育(Early Intervention):
- 診断後、できるだけ早期から理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
- コミュニケーション支援:
- 言葉での表出が難しいため、マカトンサイン(手話)、PECS(絵カード)、**AAC(VOCAやタブレット端末などの補助代替コミュニケーション)**を積極的に導入します。
- 「伝えたいのに伝わらない」というストレスを減らすことで、自傷行為やかんしゃくが軽減することがあります。
- 教育:
- 重度の知的障害や身体的なケアの必要性に合わせて、特別支援学校などの手厚い教育環境を選択します。
3. 家族支援と遺伝カウンセリング
- 遺伝カウンセリング:
- 次子の妊娠を考えている場合や、きょうだいへの影響を心配される場合、両親の染色体検査(転座の有無の確認)を行うかどうかについて、専門家と相談します。
- 家族会・サポート:
- 患者数が比較的多い疾患であるため、日本国内にも患者家族会が存在します。同じ悩みを持つ家族との情報交換や交流は、大きな精神的支えとなります。
まとめ
1p36 deletion syndromeは、1番染色体の末端が欠失することで生じる、比較的頻度の高い染色体疾患です。
「言葉が出にくい」「けいれん発作がある」「ミルクが飲みにくい」といった症状で気づかれることが多く、特徴的なお顔立ちをしています。
重い知的障害や身体的な合併症を伴うことが多いですが、この疾患を持つお子さんは、言葉以外の方法(サインや表情、目の動きなど)を使って、豊かな感情を伝えてくれます。人懐っこく、周囲を明るくする笑顔を見せてくれることも大きな魅力です。
現代の医療では、てんかんや心臓病の管理技術が進歩しており、早期からの適切な医療ケアと療育を受けることで、安定した生活を送ることができます。
ご家族にとっては、長期的な介護や支援が必要となる場面も多いですが、医療・福祉・教育の専門家チーム、そして患者会などのコミュニティとつながりながら、お子さん一人ひとりのペースに合わせた成長を見守っていくことが大切です。
参考文献
- GeneReviews® [Internet]: 1p36 Deletion Syndrome. Initial Posting: February 1, 2008; Last Update: March 25, 2021. Authors: Battaglia A.
- (※本疾患の世界的権威であるBattaglia医師による、診断、臨床像、管理、遺伝カウンセリングに関する最も信頼できる包括的なガイドライン。)
- Jordan, V.K., et al. (2015). 1p36 deletion syndrome: an update. The Application of Clinical Genetics.
- (※疾患の概要、原因遺伝子(GABRD, PRDM16など)と症状の関連、最新の研究知見をまとめたレビュー論文。)
- Battaglia, A., et al. (2008). The behavioral phenotype of the 1p36 deletion syndrome.
- (※1p36欠失症候群の患者における行動特性(自傷行為、常同行動、社会性など)に焦点を当てた研究。)
- Heilstedt, H.A., et al. (2003). Physical map of 1p36, placement of the key biological candidates for the 1p36 deletion syndrome, and clinical characterization of the syndrome.
- (※1p36領域の物理地図を作成し、責任遺伝子候補を同定した基礎的な重要論文。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 1p36 deletion syndrome (2019).
- (※患者家族向けに、症状や生活上のアドバイスを平易にまとめたガイドブック。)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: GABRD, SKI, PRDM16.
- (※各遺伝子のハプロ不全が疾患を引き起こすことの科学的根拠評価。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


