別名・関連疾患名
- 1q44微細欠失症候群
- 1q44欠失症候群(1q44 deletion syndrome)
- 1q44モノソミー(Monosomy 1q44)
- 1番染色体長腕末端欠失症候群(Deletion 1qter / Terminal 1q deletion)
- 関連:脳梁欠損症(Agenesis of the corpus callosum; ACC)※主要な合併症として
対象染色体領域
1番染色体 長腕(q)44領域
本疾患は、ヒトの1番染色体の長腕(qアーム)の最も末端(テロメア側)に位置する「44」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細と重要領域】
1番染色体はヒトの染色体の中で最も大きく、多くの遺伝子を含んでいますが、その最末端である「1q43-q44領域」は、脳の発達にとって極めて重要な「重要領域(Critical Region)」とされています。
欠失のサイズは患者さんによって異なり、数百キロベース(kb)の小さなものから、6メガベース(Mb)を超える大きなものまで様々です。しかし、近年の研究により、以下の3つの遺伝子が症状形成において中心的役割を果たしていることが特定されています。
- AKT3 (AKT Serine/Threonine Kinase 3):
- 細胞の成長や生存、代謝を調整する「mTOR経路」に関わる重要な遺伝子です。
- 脳のサイズを決定する役割を持っており、この遺伝子の欠失は**「小頭症(Microcephaly)」**の直接的な原因となります。
- ZBTB18 (Zinc Finger and BTB Domain Containing 18):
- 旧名はZNF238です。脳の神経細胞の分化や移動に関わります。
- この遺伝子の欠失は、**「脳梁の形成異常(脳梁欠損・低形成)」**や、知的障害の重症度と強く関連しています。
- HNRNPU (Heterogeneous Nuclear Ribonucleoprotein U):
- 近年注目されている遺伝子で、RNAの処理に関わります。
- この遺伝子の欠失は、**「てんかん」や「重度の知的障害」**の主要な原因であると考えられています。
つまり、1q44微細欠失症候群は、単に「染色体の端っこがない」というだけでなく、これらの重要な脳形成遺伝子が失われることで起こる**「隣接遺伝子症候群」**としての側面を持っています。
発生頻度
非常に稀(Very Rare)
正確な発生頻度は確立されていません。
世界的な医学文献での報告数は数百例程度ですが、これは「診断がついた症例」に限られます。
従来の染色体検査(Gバンド法)では、欠失が微細な場合(microdeletion)は見逃されてしまうことがありました。近年の「マイクロアレイ染色体検査(CMA)」の普及により、原因不明の小頭症やてんかん、発達遅滞とされていた患者さんの中から新たに発見されるケースが増えており、実際の頻度は報告数よりも多いと考えられています。
臨床的特徴(症状)
1q44 microdeletion syndromeの症状は、欠失の範囲や、どの遺伝子が含まれているかによって個人差がありますが、**「中枢神経系の異常」「発達の遅れ」「特徴的な顔貌」**の3つが中核的な特徴です。
1. 中枢神経系の形成異常・神経症状
本症候群で最も深刻かつ高頻度に見られる特徴です。
- 小頭症(Microcephaly):
- 患者さんの約90%以上に見られる、非常に頻度の高い症状です。
- 出生時から頭囲が小さい場合もあれば、成長とともに頭囲の伸びが悪くなる(進行性)場合もあります。これはAKT3遺伝子の欠失と強く関連しています。
- 脳梁の異常(Corpus callosum anomalies):
- 脳梁は、右脳と左脳をつないで情報をやり取りする太い神経の束です。
- 本症候群の約半数以上に、脳梁が全くない(欠損)、あるいは薄い・短い(低形成)といった異常が見られます。これはZBTB18遺伝子の欠失と関連しています。
- てんかん(Seizures):
- 患者さんの多く(約80%以上)でけいれん発作が見られます。
- 発症時期は乳児期から小児期が多く、発作のタイプは多様(全般発作、部分発作、点頭てんかんなど)です。
- 薬でコントロールできる場合もありますが、難治性となるケースもあり、HNRNPU遺伝子の関与が示唆されています。
- 筋緊張低下(Hypotonia):
- 乳幼児期に体が柔らかく、ぐにゃぐにゃしている状態が見られます。
2. 神経発達・認知機能
ほぼ全例で、中等度から重度の発達への影響が見られます。
- 精神運動発達遅滞:
- 首すわり、お座り、歩行開始などの運動マイルストーンが大幅に遅れます。歩行獲得が数歳以降になることも、歩行が困難な場合もあります。
- 重度の知的障害(ID):
- 多くの患者さんで重度の知的障害を伴います。
- 言語発達の著しい遅れ:
- 言葉が出ない(Non-verbal)場合や、数語の単語のみの場合が多く、言語によるコミュニケーションが困難なケースが一般的です。ただし、理解力は表出力よりも保たれていることがあります。
3. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)
成長とともに変化することもありますが、共通した顔つきの特徴(Dysmorphism)が報告されています。
- 広い前頭部(おでこが広い)、あるいは小頭症に伴う傾斜した額
- 眉毛の異常(薄い、または濃い)
- 平坦な鼻根部(目と目の間が低い)
- 短い鼻、上向きの鼻孔
- 薄い上唇(特に赤唇部が薄い)
- 人中(鼻の下の溝)が長い、または平坦
- 小顎症(あごが小さい)
- 耳の位置が低い、耳の形の変形
4. 成長・骨格・その他の合併症
- 成長障害:
- 出生時は正常体重でも、出生後に身長・体重の伸びが悪くなり、低身長(Short stature)になることが多いです(Failure to thrive)。
- 手足の異常:
- 小さな手足、指の短縮、第5指の湾曲(内湾指)、多指症などが稀に見られます。
- その他の内臓奇形:
- 先天性心疾患(心房中隔欠損症など)、腎・泌尿器系の異常(水腎症など)、停留精巣(男児)などが合併することがありますが、頻度は神経症状に比べると低いです。
- 摂食障害:
- 乳幼児期の哺乳困難、嚥下障害、胃食道逆流などがよく見られ、経管栄養が必要になることもあります。
原因
1番染色体長腕末端(1q44)における微細欠失が原因です。
1. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 1q44微細欠失症候群の大多数は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
- この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)とされています。
- 家族性(親の転座など):
- 稀に、親が「均衡型転座(染色体の場所が入れ替わっているが量は正常)」の保因者である場合があります。
- 親が転座を持っている場合、減数分裂の際に不均衡が生じ、子供に欠失(および他の染色体の重複)が遺伝することがあります。この場合は、次子への再発リスクが高くなります。
2. 遺伝子型と表現型の相関(Genotype-Phenotype Correlation)
1q44領域の欠失は、含まれる遺伝子によって症状が異なります。
- AKT3のみ欠失: 小頭症はあるが、脳梁は正常な場合がある。
- ZBTB18のみ欠失: 脳梁欠損や知的障害が顕著。
- HNRNPUのみ欠失: てんかんや知的障害が顕著だが、脳梁は正常な場合がある。
- すべて欠失(典型的な1q44欠失): 上記すべての症状(小頭症+脳梁欠損+てんかん+重度知的障害)が合併する重症型となります。
診断方法
「小頭症」「てんかん」「発達遅滞」があり、MRIで「脳梁の異常」が見つかった場合に強く疑われます。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 1q44領域の微細な欠失を検出するための**第一選択(ゴールドスタンダード)**の検査です。
- 従来のGバンド検査(顕微鏡での観察)では、欠失が小さすぎる場合に見逃されることがありましたが、CMAでは遺伝子レベルでの欠失範囲を特定できます。
- 頭部MRI検査:
- 脳梁の欠損や低形成、大脳皮質の形成異常などを確認するために必須の検査です。
- 脳波検査:
- てんかん発作のタイプを診断し、治療方針を決めるために行われます。
治療方法
欠失した遺伝子を修復する根本的な治療法は、現時点ではありません。
治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、生活の質(QOL)を高めるための包括的な療育支援が中心となります。
1. てんかんの管理
- 薬物療法:
- てんかん発作に対し、抗てんかん薬による治療を行います。
- 難治性の場合が多いため、複数の薬剤の調整や、ケトン食療法などが検討されることもあります。発作のコントロールは、脳の発達を守るためにも極めて重要です。
2. 発達・療育的支援
- 早期療育(Early Intervention):
- 診断後、できるだけ早期から理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
- 理学療法(PT):
- 筋緊張低下や運動発達遅滞に対し、座位保持や立位、歩行に向けた訓練を行います。装具や車椅子などの補助具の選定も行います。
- 摂食・嚥下指導:
- 哺乳障害や嚥下障害がある場合、安全な食事形態の指導や、必要に応じて経管栄養(鼻チューブや胃ろう)の管理を行います。十分な栄養摂取は、脳と体の成長に不可欠です。
- コミュニケーション支援:
- 言語発達が遅れる場合、絵カード、サイン、AAC(補助代替コミュニケーション:タブレット端末など)を活用し、意思伝達の手段を確保します。
3. 合併症の管理
- 定期検診:
- 身体計測(特に頭囲と体重)、視力・聴力検査、心エコー検査などを定期的に行います。
- 感染症対策:
- 呼吸器感染症などを起こしやすい場合があるため、ワクチン接種や感染予防に努めます。
4. 家族支援と遺伝カウンセリング
- 次子の妊娠を考えている場合など、両親の染色体検査(転座の有無の確認)を行うかどうかについて、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーと相談します。
- 重度の障害を伴うことが多いため、福祉サービスの利用(障害者手帳、療育手帳、通所支援など)や、患者会などのコミュニティとの連携が、ご家族の生活を支える上で重要になります。
まとめ
1q44 microdeletion syndromeは、1番染色体の末端にある重要な遺伝子(AKT3, ZBTB18, HNRNPUなど)が失われることで生じる疾患です。
小頭症や脳梁の形成不全といった脳の特徴に加え、てんかんや重度の発達の遅れを伴うことが多いのが特徴です。
診断されたご家族にとっては、聞き慣れない病名や難しい症状の説明に大きな不安を感じられることと思います。
現代の医療では染色体を元に戻すことはできませんが、てんかん発作をコントロールしたり、療育によってお子さんの持っている力を引き出したりすることは十分に可能です。
言葉での会話は難しいかもしれませんが、笑顔や表情、身振りなどで豊かな感情を伝えてくれるお子さんもたくさんいます。
医療、福祉、教育の専門家とチームを組み、お子さんの成長を焦らず長い目で見守っていくことが大切です。
参考文献
- Ballif, B.C., et al. (2012). Identification of a 1q43-q44 critical region for corpus callosum abnormalities, intellectual disability, and seizures.
- (※1q44領域の遺伝子(ZBTB18など)と、脳梁欠損やてんかんなどの臨床症状との関連(クリティカルリージョン)を詳細に特定した重要論文。)
- Nagamani, S.C., et al. (2012). Microdeletions including ZNF238 (ZBTB18) at 1q44 cause intellectual disability, corpus callosum abnormalities, and microcephaly.
- (※ZBTB18遺伝子の欠失が、本症候群の主要な症状の原因であることを突き止めた研究。)
- Depienne, C., et al. (2017). Genetic and phenotypic dissection of 1q43q44 microdeletions and duplications.
- (※1q44領域の欠失と重複について、HNRNPUなどの遺伝子を含めた詳細な遺伝子型-表現型相関を解析したレビュー。)
- Thiffault, I., et al. (2013). ZNF238 is involved in cortical development and callosal projection neuron differentiation.
- (※ZBTB18(ZNF238)が脳の大脳皮質や脳梁の発達にどのように関わっているかを基礎的に解明した文献。)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: AKT3, HNRNPU, ZBTB18.
- (※各遺伝子のハプロ不全(欠失)が疾患を引き起こすことの科学的根拠レベルを評価したデータベース。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 1q4 deletion syndrome (2018).
- (患者家族向けのガイドライン。生活上のアドバイスが記載されています。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


