別名・関連疾患名
- 22q13欠失症候群
- フェラン・マクダーミド症候群(Phelan-McDermid syndrome; PMS)
- ※現在、国際的にも臨床現場でも最も一般的な呼称です。
- 22q13.3欠失症候群(22q13.3 deletion syndrome)
- 22q13モノソミー(Monosomy 22q13)
- SHANK3関連障害(SHANK3-related disorder)
- ※遺伝子欠失だけでなく、SHANK3遺伝子の変異のみでも同様の症状を呈するため、より広義の概念として使われます。
- リング22番染色体症候群(Ring chromosome 22 syndrome)
- ※リング染色体の形成に伴い、22q13領域が欠失する場合が含まれます。
対象染色体領域
22番染色体 長腕(q)13.3領域
本疾患は、ヒトの22番染色体の長腕(qアーム)の最も末端(テロメア側)に位置する「13.3」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細と最重要遺伝子:SHANK3】
22q13領域の欠失サイズは患者さんによって大きく異なり、数百キロベース(kb)から9メガベース(Mb)以上の大きな欠失まで様々です。
しかし、本症候群の特徴的な神経症状(自閉症、言語障害、筋緊張低下など)を引き起こす決定的な要因は、この領域に含まれるSHANK3 (SH3 and multiple ankyrin repeat domains 3) 遺伝子の欠失であることが解明されています。
- SHANK3遺伝子の役割(シナプスの足場):
- 脳の神経細胞(ニューロン)同士がつながる接合部を「シナプス」と呼びます。
- SHANK3タンパク質は、このシナプスの「シナプス後部(ポストシナプス)」において、様々な受容体やシグナル伝達物質を適切な場所に配置し、固定するための**「足場(Scaffold)」**となるタンパク質です。
- ちょうど、建物の鉄骨のような役割を果たしており、SHANK3が不足するとシナプスの構造が維持できず、神経細胞間の情報伝達がうまく行われなくなります。
- これが、学習、記憶、コミュニケーションに障害が生じる根本的なメカニズムです。
発生頻度
稀(Rare)だが、過少診断の可能性が高い
正確な発生頻度は確立されていません。
これまでに世界で数千例が報告されていますが、実際の頻度はもっと高いと考えられています。
近年の研究では、**「知的障害を伴う自閉スペクトラム症(ASD)」の患者さんの約0.5%〜2.0%**に、このSHANK3遺伝子の欠失や変異が見つかると言われています。
マイクロアレイ染色体検査(CMA)の普及以前は、特徴的な身体所見が目立たないこともあり、単なる「原因不明の自閉症」や「知的障害」と診断されていたケースが多いと推測されます。男女差はなく、性別に関係なく発症します。
臨床的特徴(症状)
22q13 deletion syndromeの症状は、**「新生児期の筋緊張低下」「重度の言語発達遅滞」「自閉傾向」**の3つが中核的な特徴です。
身体的な奇形は軽微であることが多いですが、成長に伴う行動面や精神面の特徴が顕著になります。
1. 新生児期〜乳児期の特徴
- 筋緊張低下(Hypotonia):
- ほぼ全ての患者さんに見られる最初の徴候です。
- 体が柔らかく、抱っこした時にぐにゃっとする(フロッピーインファント)。
- これに伴い、哺乳力が弱かったり、ミルクを飲むのに時間がかかったりすることがあります。
- 運動発達の遅れ:
- 首すわり、お座り、ハイハイ、歩行などのマイルストーンが遅れます。
- しかし、多くの患者さんは最終的に独歩(一人歩き)を獲得します(平均3歳頃)。歩き方は不安定で、疲れやすい傾向があります。
2. 言語・コミュニケーション(Speech & Language)
本症候群の最も深刻かつ特徴的な症状の一つです。
- 重度の言語表出障害:
- 「発語がない(Non-verbal)」、あるいは単語のみで、文章を話すことが難しいケースが非常に多い(約75%以上)です。
- 一時的に言葉が出ても、その後消失する(退行)こともあります。
- 受容言語との解離:
- 重要な点として、「話すこと(表出)」は苦手でも、「聞くこと・理解すること(受容)」の能力は比較的保たれていることが多いです。
- 親の言うことを理解し、指示に従うことができるため、タブレット端末や絵カードなどのAAC(補助代替コミュニケーション)が非常に有効です。
3. 行動・精神面の特性
- 自閉スペクトラム症(ASD):
- 患者さんの多くがASDの診断基準を満たします。
- 視線が合わない、反復行動(常同行動)、こだわり、対人関係の構築が苦手などの特徴があります。
- 痛みへの鈍感さ(High pain tolerance):
- 怪我をしたり、注射を打ったりしても泣かない、痛がらないという特徴がよく見られます。
- 骨折や虫歯、中耳炎などの発見が遅れる原因となるため、注意深い観察が必要です。
- 噛む・舐める(Mouthing / Chewing):
- 乳幼児期を過ぎても、おもちゃや服、自分の手などを噛んだり舐めたりする行動が続くことがよくあります。
- 睡眠障害:
- 入眠困難や中途覚醒など、睡眠のリズムが整いにくいことがあります。
4. 退行(Regression)
- 思春期や成人期、あるいは感染症などのストレスをきっかけに、一度獲得したスキル(言葉や排泄の自立など)が失われる**「退行」**が見られることがあります。
- また、周期的に気分が変動したり、緊張病(カタトニア)のような症状が出たりする「精神医学的な退行」を呈することもあり、長期的なケアの課題となっています。
5. 身体的特徴・顔貌(Dysmorphism)
特徴は軽微ですが、以下のような所見が報告されています。
- 頭部・顔貌:
- 長頭(Dolichocephaly):頭が前後に長い。
- 大きな手足:身体に対して手足が大きめである。
- 長いまつ毛、眼瞼下垂。
- 平坦な中顔面、尖った顎。
- 爪の異形成:
- 足の爪が薄い、割れやすい、あるいは形成不全(Dysplastic toenails)が見られることがあり、これは乳児期の診断の小さな手がかりになります。
- 成長:
- 身長は正常〜高身長の傾向があり、成長は良好です(SHANK3遺伝子以外に、成長ホルモンに関わる遺伝子の重複が関与する場合などは例外もあります)。
6. その他の合併症
- てんかん: 約25〜40%の患者さんに見られます。発作の種類は様々です。
- 腎・泌尿器: 水腎症や多嚢胞腎など(約25%)。
- 消化器: 胃食道逆流症(GERD)、周期性嘔吐、便秘、下痢など。
- リンパ浮腫: 足のむくみが見られることがあります。
原因
22番染色体長腕末端(22q13.3)における欠失による、SHANK3遺伝子のハプロ不全が主原因です。
1. 遺伝子のハプロ不全
SHANK3遺伝子は通常2本(父由来・母由来)ありますが、欠失により1本(半分)になります。
これにより、シナプスの「足場」となるタンパク質の量が不足し、グルタミン酸受容体などが正しく機能しなくなります。結果として、神経回路の形成や可塑性(学習能力)に障害が生じます。
2. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 大多数は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程で偶然生じた突然変異です。
- 染色体末端の単純な欠失(Terminal deletion)が最も一般的です。
- リング22番染色体:
- 染色体の両端が切れてリング状につながる際に、22q13領域が失われることがあります。この場合、リング染色体の不安定さによる別の症状が加わることもあります。
- 不均衡転座:
- 親が均衡型転座を持っている場合に、子に欠失が遺伝することがあります。
診断方法
「筋緊張低下」「言葉の遅れ」「自閉傾向」があり、MRIなどで明らかな脳奇形がない場合に疑われます。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
- 22q13.3領域の欠失を確実に検出し、欠失サイズやSHANK3遺伝子の有無を特定できます。
- 従来のGバンド検査(顕微鏡)では、欠失が微細な場合に見逃されることがあったため、CMAが必須です。
- 遺伝子パネル検査 / 全エクソーム解析:
- 染色体欠失ではなく、SHANK3遺伝子の中の小さな点変異(文字化け)でも同じ症状が出るため、CMAで異常がなかった場合に、これらの遺伝子検査で診断されることがあります。
- 頭部MRI検査:
- 脳の構造を確認します。くも膜嚢胞や脳梁の菲薄化、髄鞘化遅延などが見られることがありますが、特異的な所見はありません。
治療方法
欠失した染色体を修復する根本的な治療法は、現時点では承認されていません。
しかし、SHANK3に関連するメカニズム(IGF-1など)を標的とした創薬研究や臨床試験が世界中で活発に行われています。
現在は、症状に対する対症療法と療育が中心となります。
1. 発達・療育的支援
- 早期療育(Early Intervention):
- 診断後早期から、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
- コミュニケーション支援(AAC):
- 最も重要な支援の一つです。
- 言葉が出にくくても理解力はあるため、タブレット端末(VOCA)、絵カード、サインなどを積極的に導入し、意思伝達の手段を確保します。これにより、かんしゃくや行動障害が軽減することが多いです。
- 感覚統合療法:
- 感覚過敏や鈍麻に対し、作業療法を通じて適切な感覚入力を行います。
2. 医学的管理
- てんかん治療:
- 脳波検査を行い、発作がある場合は抗てんかん薬で治療します。
- 消化器症状の管理:
- 胃食道逆流症や便秘に対し、薬物療法や食事指導を行います。
- 腎臓・尿路の管理:
- 定期的なエコー検査を行い、異常があれば泌尿器科で対応します。
3. 行動・精神面のケア
- 環境調整:
- 自閉傾向やこだわりに対し、見通しの立つ環境を作ります。
- 精神医学的介入:
- 睡眠障害や行動障害、退行症状が強い場合、精神科医による薬物療法(睡眠導入剤や抗精神病薬など)が検討されることがあります。
4. 安全管理(痛みへの鈍感さ)
- 痛みを訴えないため、原因不明の不機嫌や発熱がある場合は、骨折、虫歯、中耳炎、尿路感染症、盲腸などの身体疾患が隠れていないか、親や医師が能動的にチェックする必要があります。
5. 遺伝カウンセリング
- 次子の妊娠を考えている場合など、両親の染色体検査を行うかどうかについて相談します。
- 親が正常であれば再発リスクは低いですが、親が転座保因者の場合はリスクが高くなります。
まとめ
22q13 deletion syndrome(フェラン・マクダーミド症候群)は、22番染色体の末端にあるSHANK3という遺伝子が失われることで起こる疾患です。
この遺伝子は、脳の神経同士がつながる「シナプス」を支える重要な役割を持っています。
そのため、お子さんは言葉を話すことが難しかったり、筋肉の張りが弱かったり、痛みを感じにくかったりといった特徴を持ちます。
ご家族にとって、「言葉が出ない」というのは大きな不安要素かと思います。しかし、この疾患のお子さんの多くは、言葉で話せなくても、こちらの言っていることをよく理解しています。
タブレットや絵カードを使えば、豊かな感情や意思を伝えてくれるようになります。
また、痛みを感じにくいため、怪我や病気に気づきにくいという点には注意が必要ですが、裏を返せば、いつもニコニコと穏やかで、人懐っこい性格のお子さんが多いのもこの疾患の魅力の一つです。
現在、世界中で治療薬の研究が進んでいる希望のある分野でもあります。
医師、療法士、そして同じ悩みを持つ家族会などとつながり、お子さんのペースに合わせた成長を温かく見守っていきましょう。
参考文献
- Phelan, K., & McDermid, H.E. (2012). The 22q13.3 deletion syndrome (Phelan-McDermid Syndrome). Molecular Syndromology.
- (※疾患名の由来となったPhelan博士とMcDermid博士による、本症候群の歴史、臨床的特徴、遺伝学的背景を網羅した包括的なレビュー論文。)
- Sarasua, S.M., et al. (2014). Clinical and genomic evaluation of 201 patients with Phelan-McDermid syndrome. Human Genetics.
- (※200名以上の患者データを解析し、欠失サイズと臨床症状(言語障害、低緊張、異形性など)の相関を詳細に調査した大規模研究。)
- Kolevzon, A., et al. (2014). Phelan-McDermid syndrome: a review of the literature and practice parameters for medical assessment and monitoring. Journal of Neurodevelopmental Disorders.
- (※臨床現場における診断、評価、定期的なモニタリング(腎臓、てんかんなど)の指針をまとめたガイドライン的文献。)
- Durand, C.M., et al. (2007). Mutations in the gene encoding the synaptic scaffolding protein SHANK3 are associated with autism spectrum disorders. Nature Genetics.
- (※SHANK3遺伝子の変異が自閉スペクトラム症(ASD)の原因となることを初めて特定し、22q13欠失症候群の神経症状の主因がSHANK3であることを決定づけた記念碑的論文。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 22q13 deletions (Phelan-McDermid syndrome) (2018).
- (※患者家族向けに、症状、生活上の注意点(痛みへの鈍感さなど)、療育アドバイスを平易にまとめたガイドブック。)
- GeneReviews® [Internet]: Phelan-McDermid Syndrome. Initial Posting: May 11, 2005; Last Update: January 24, 2019. Authors: Kolevzon A, et al.
- (※診断基準、遺伝カウンセリング、最新の治療研究(臨床試験)情報を含む、信頼性の高いデータベース。)
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