別名・関連疾患名
- 2p15-p16.1欠失症候群
- 2p15-p16.1微細欠失症候群(2p15-p16.1 microdeletion syndrome)
- 2p15-p16.1モノソミー(Monosomy 2p15-p16.1)
- 染色体2p15-16.1欠失症候群
- 関連:BCL11A関連知的障害(BCL11A-related intellectual disability)
- ※主要な責任遺伝子であるBCL11Aの変異でも類似の症状(Dias-Logan症候群)を呈するため、鑑別や関連疾患として挙げられます。
対象染色体領域
2番染色体 短腕(p)15から16.1領域
本疾患は、ヒトの2番染色体の短腕(pアーム)にある「15」から「16.1」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細と責任遺伝子】
2007年にRajcan-Separovicらによって初めて報告されたこの症候群は、染色体上の欠失範囲が患者さんによって異なります(約200kb〜6Mb程度)。しかし、共通する症状を引き起こす「クリティカルリージョン(責任領域)」が特定されつつあります。
この領域にはいくつかの遺伝子が含まれていますが、特に以下の遺伝子の欠失が、本症候群の特徴的な症状形成に関与していると考えられています。
- BCL11A (B-Cell CLL/Lymphoma 11A):
- 最も重要な責任遺伝子と考えられています。
- 脳の発生やリンパ球の分化に関わる転写因子です。
- この遺伝子の機能不全は、「小頭症」、「知的障害」、「言語発達遅滞」、および**「自閉スペクトラム症」**などの神経発達症状の主な原因であることが分かっています。
- また、胎児ヘモグロビン(HbF)から成人ヘモグロビン(HbA)へのスイッチングにも関与しています(ただし、本症候群で重篤な貧血が主訴となることは稀です)。
- REL (REL Proto-Oncogene, NF-KB Subunit):
- 細胞の成長や生存に関わるシグナル伝達(NF-κB経路)の成分です。
- この遺伝子の欠失は、**「成長障害」**や特徴的な顔貌に関与している可能性があります。
- XPO1 (Exportin 1) / USP34 / PUS10:
- これらの遺伝子も欠失領域に含まれることが多く、複合的に作用して症状(骨格異常や顔貌など)を形成していると考えられています(隣接遺伝子症候群)。
発生頻度
極めて稀(Ultra-rare)
正確な発生頻度は確立されていません。
世界的な医学文献における詳細な症例報告数は、現時点で50例〜100例未満と推測されます。
Orphanet(世界的な希少疾患データベース)では、100万人に1人未満(<1 / 1,000,000)の発生率とされています。
しかし、これは「疾患が存在しない」のではなく、以下の理由による**「過少診断(Underdiagnosis)」**である可能性が高いです。
- 診断技術の壁: 一般的な染色体検査(Gバンド法)では、この領域の微細な欠失は見逃されることが多く、マイクロアレイ染色体検査(CMA)を行わないと診断できません。
- 疾患概念のあたらしさ: 2007年に確立された比較的新しい疾患であるため、それ以前に「原因不明の発達遅滞」と診断された成人患者さんが多数存在する可能性があります。
臨床的特徴(症状)
2p15-p16.1 deletion syndromeの症状は、**「神経発達遅滞」「特徴的な頭部・顔貌」「成長障害」「骨格・四肢の異常」**の4つが大きな柱となります。
特に、頭の形や目の特徴は、診断のきっかけとなる重要なサインです。
1. 特徴的な頭部・顔貌(Craniofacial features)
この症候群には、非常に特徴的なお顔立ちや頭の形が見られます。
- 小頭症(Microcephaly):
- ほぼ全ての患者さん(約95%以上)に見られる最も一般的な特徴です。出生時から頭囲が小さい、あるいは成長とともに頭囲の伸びが緩やかになります。
- 頭蓋の形状異常:
- **「箱型の頭(Boxy head shape)」**と表現されることがあります。前頭部(おでこ)が狭く、側頭部(こめかみ)も狭まっているため、四角張ったような印象を与えます(Bitemporal narrowing)。
- 後頭部が平坦(Flat occiput)であることも多いです。
- 目の特徴:
- 眼間開離(目が離れている:Telecanthus)。
- 眼瞼裂狭小(目が細い)。
- 眼瞼下垂(まぶたが下がっている:Ptosis)。
- 内眼角贅皮(目頭の皮膚の被さり)。
- 斜視。
- 鼻・口の特徴:
- 鼻根部が高く広い。鼻先がふっくらしている(Bulbous nasal tip)。
- 人中(鼻の下)が長く、滑らか。
- 上唇が薄い、下唇が反り返っている(Everted lower lip)。
- 高口蓋(口の中の天井が高い)。
2. 神経発達・認知機能
全例で、中等度から重度の発達への影響が認められます。
- 知的障害(ID):
- 多くの患者さんが中等度から重度の知的障害を伴います。
- 言語発達遅滞:
- 言葉の遅れが顕著です。発語の獲得が遅く、コミュニケーションに課題を持つことが多いですが、理解力(受容言語)は比較的保たれている場合があります。
- 運動発達遅滞:
- 首すわり、お座り、歩行開始などの運動マイルストーンが遅れます。
- 行動特性:
- 自閉スペクトラム症(ASD)様の特徴(社会性の弱さ、常同行動)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、不安障害などの行動特性が見られることがあります。
3. 視覚器・神経系の異常
- 視神経低形成(Optic nerve hypoplasia):重要
- 視神経が十分に発達しない状態で、視力低下や視野異常の原因となります。これは本症候群において比較的特異的な所見であり、眼科的な精査が重要です。
- 皮質視覚障害(CVI): 脳の処理の問題による視覚障害。
- 脳構造異常: MRI検査で、脳梁の形成異常や、小脳の異常、皮質異形成などが見つかることがあります。
- てんかん: 一部の患者さんでけいれん発作が報告されています。
4. 成長・骨格異常
- 子宮内発育遅延(IUGR):
- 妊娠中から胎児が小さめである(SGA児)ことが多いです。
- 出生後の成長障害:
- 哺乳不良や摂食障害も相まって、体重・身長ともに増えにくく、低身長となる傾向があります。
- 四肢の異常:
- 指の異常: カンプトダクティリー(指が曲がったまま伸びない)、指が先細りしている(Tapering fingers)、第4・5指の短縮。
- 足の異常: 合指症(指がくっついている)、第2-3趾の癒合、内反足など。
- その他: 側弯症、関節の過伸展(体が柔らかい)。
5. その他の合併症
- 腎・泌尿器: 水腎症、多嚢胞腎、停留精巣(男児)など。
- 消化器: 胃食道逆流症、便秘、嚥下困難。
原因
2番染色体短腕(2p15-p16.1)における微細欠失が原因です。
1. BCL11A遺伝子のハプロ不全
原因の中心は、BCL11A遺伝子が片方失われる(ハプロ不全)ことにあると考えられています。
BCL11Aは、脳の大脳皮質の神経細胞が正しい場所に移動し、正しいネットワークを作るために不可欠な遺伝子です。
これが不足することで、脳の容積が増えず(小頭症)、神経回路の形成不全(知的障害・自閉症)が起こります。
また、REL遺伝子の欠失は、細胞の生存シグナルを弱め、全体的な成長障害(低身長)に寄与している可能性があります。
2. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 2p15-p16.1欠失症候群のほぼ全例は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
- 誰のせいでもなく、妊娠中の行動などが原因ではありません。
- この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)です。
- 家族性(極めて稀):
- 親が均衡型転座を持っているケースは理論上あり得ますが、本疾患においては非常に稀です。
診断方法
「小頭症」「特徴的な顔貌」「発達遅滞」の3つが揃った場合に疑われますが、確定診断には遺伝学的検査が必須です。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
- 2p15-p16.1領域の微細な欠失を検出し、欠失の正確なサイズ(bp単位)と、BCL11Aなどの重要遺伝子が含まれているかを特定できます。
- 従来のGバンド検査では、欠失が小さすぎる場合に見逃されることが多いため、CMAが不可欠です。
- 頭部MRI検査:
- 小頭症の原因精査や、脳梁欠損などの構造異常を確認するために行われます。
- 眼科的精査:
- 視神経低形成の有無を確認するため、眼底検査などが行われます。
治療方法
欠失した染色体を修復する根本的な治療法はありません。
治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、生活の質(QOL)を高めるための包括的な療育支援が中心となります。
1. 発達・療育的支援
- 早期療育:
- 診断後早期から、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
- 摂食・嚥下指導:
- 哺乳不良や嚥下困難がある場合、誤嚥を防ぎ、適切な栄養を摂取するための指導や、食事形態の工夫を行います。
- 言語聴覚療法(ST):
- 言語発達の遅れに対し、コミュニケーション指導を行います。発語が難しい場合は、サインや絵カード、AAC(補助代替コミュニケーション)の導入を検討します。
- 教育:
- 知的障害や自閉特性に合わせ、特別支援学校や特別支援学級など、個別に適した教育環境を整えます。
2. 医学的管理・サーベイランス
- 眼科管理:
- 視神経低形成や斜視、屈折異常に対し、眼鏡装用や訓練、必要に応じた手術を行います。視覚の発達を守るため、定期検診が重要です。
- 整形外科:
- 側弯症や関節の問題に対し、装具療法やリハビリテーションを行います。
- 栄養管理:
- 成長障害に対し、栄養状態のモニタリングを行います。著しい低身長がある場合、内分泌的な評価を行うこともあります。
- その他:
- 腎・泌尿器系の定期チェック、てんかん発作への対応など、全身管理を行います。
3. 家族支援と遺伝カウンセリング
- 非常に希少な疾患であるため、情報の少なさや孤立感を感じやすいです。
- 臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーから、疾患の特性や将来の見通しについて正確な情報を得ることが大切です。
- また、次子の再発リスクについての相談(両親の検査を行うかどうかなど)も可能です。
まとめ
2p15-p16.1 deletion syndromeは、2番染色体の一部が微細に欠失することで起こる希少な疾患です。
「頭が小さい」「おでこが狭い」「目が離れている」といった特徴的なお顔立ちや、発達のゆっくりさが見られます。
この病気は2007年に報告されたばかりの新しい疾患概念であり、まだ世界でも報告数は多くありません。そのため、診断がつくまでに時間がかかったり、日本語の情報が見つからずに不安を感じたりされたかもしれません。
しかし、原因遺伝子(BCL11Aなど)の研究が進むにつれ、この病気の本質が「脳の神経細胞の発達に関わる変化」であることが分かってきました。
特効薬はありませんが、お子さんの症状は一人ひとり異なります。
視力の問題には眼鏡を、言葉の遅れには療育を、体の硬さにはリハビリを。
その時々のお子さんの困りごとに合わせて、医療・福祉・教育が連携してサポートすることで、お子さんはその子らしいペースで着実に成長していきます。
希少疾患だからこそ、専門家とタッグを組み、長い目で成長を見守っていくことが大切です。
参考文献
- Rajcan-Separovic, E., et al. (2007). Identification of a microdeletion at 2p15-16.1 containing the BCL11A gene in a patient with mental retardation and dysmorphic features.
- (※本症候群を初めて報告し、新たな臨床単位として確立した記念碑的な論文。BCL11A遺伝子の重要性を指摘。)
- Chabchoub, E., et al. (2008). The facial dysmorphy in the 2p15p16.1 microdeletion syndrome typified: Report of two new patients.
- (※新たな症例報告を通じて、「箱型の頭蓋」「眼間開離」「下垂したまぶた」などの特徴的な顔貌を詳細に定義した文献。)
- Piccione, M., et al. (2012). 2p15-16.1 microdeletion syndrome: molecular characterization and clinical report of two new patients.
- (※2名の患者の詳細な臨床像と分子遺伝学的解析を報告。視神経低形成や腎異常などの合併症について言及。)
- Hancarova, M., et al. (2013). A patient with de novo 0.45 Mb deletion of 2p16.1: the role of BCL11A, PAPOLG, REL, and FLJ13305 in the 2p15-p16.1 microdeletion syndrome.
- (※最小欠失領域の解析から、各遺伝子(特にBCL11AとREL)がどの症状(神経発達、成長など)に寄与しているかを考察した研究。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 2p15-p16.1 microdeletion syndrome (2018).
- (※患者家族向けに、症状、発達の経過、生活上のアドバイスなどを包括的にまとめたガイドブック。)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: BCL11A.
- (※BCL11A遺伝子のハプロ不全(欠失)が疾患を引き起こすことの科学的根拠評価。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


