2p16.3 deletion syndrome

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • 2p16.3欠失症候群
  • NRXN1欠失症候群(NRXN1 deletion syndrome)
    • ※本疾患の主症状は、この領域に含まれるNRXN1遺伝子の欠失によって引き起こされるため、臨床現場ではこう呼ばれることが一般的です。
  • NRXN1関連神経発達障害(NRXN1-related neurodevelopmental disorder)
  • 2p16.3微細欠失(2p16.3 microdeletion)
  • 関連:自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder; ASD)
  • 関連:統合失調症感受性遺伝子座(Susceptibility locus for Schizophrenia)
  • ピット・ホプキンス様症候群2(Pitt-Hopkins-like syndrome 2)
    • ※過去にこのように分類されたことがありますが、現在は独立した疾患概念(NRXN1欠失)として扱われます。

対象染色体領域

2番染色体 短腕(p)16.3領域

本疾患は、ヒトの2番染色体の短腕(pアーム)の「16.3」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。

【ゲノム上の詳細と最重要遺伝子:NRXN1】

2p16.3領域の欠失サイズは患者さんによって異なり、数キロベース(kb)から数メガベース(Mb)まで様々です。

しかし、この症候群の本質は、欠失の「大きさ」よりも、**「NRXN1遺伝子が含まれているかどうか」**にあります。

  • NRXN1 (Neurexin 1) 遺伝子:
    • ヒトゲノムの中で最も巨大な遺伝子の一つです。
    • 役割: 脳の神経細胞(ニューロン)同士がつながる接合部である**「シナプス」**の形成と機能維持に決定的な役割を果たしています。
    • シナプス接着分子: NRXN1タンパク質は、シナプスの「シナプス前部(プレシナプス)」に存在し、向かい側の「シナプス後部(ポストシナプス)」にあるニューロリギン(Neuroligin)などのタンパク質と握手をするように結合します。
    • これにより、神経細胞同士の物理的な結合がつなぎ止められ、情報の受け渡し(神経伝達)がスムーズに行われます。
    • 2p16.3欠失によりこの遺伝子が半分(ハプロ不全)になると、シナプスの結合が不安定になり、脳内の情報ネットワークの形成に偏りや遅れが生じると考えられています。

発生頻度

稀(Rare)だが、発達障害を持つ集団の中では比較的頻度が高い

一般集団における正確な頻度は、約2,000〜3,000人に1人程度とする推計もありますが、多くは未診断です。

しかし、「自閉スペクトラム症(ASD)」や「原因不明の発達遅滞」、**「統合失調症」**を持つ患者さんを対象にマイクロアレイ染色体検査を行うと、約0.2%〜0.5% 程度の頻度でこの欠失が見つかると報告されています。

これは、特定の遺伝子変異としては比較的高い頻度であり、神経精神疾患の重要なリスク因子(CNV)として世界中で研究が進められています。

臨床的特徴(症状)

2p16.3 deletion syndromeの最大の特徴は、**「身体的な奇形はほとんどない(あるいは軽微である)」一方で、「多様な神経精神症状」が現れることです。

また、「不完全浸透(Incomplete Penetrance)」と「可変表現性(Variable Expressivity)」**が顕著であり、同じ欠失を持っていても、重度の障害がある人から、健常な社会生活を送っている人まで、症状の幅が極めて広いです。

1. 神経発達症(発達障害)

最も中核的な症状です。小児期に診断されるきっかけの多くは、言葉の遅れや行動の問題です。

  • 言語発達遅滞:
    • 最も一般的な初期症状です。
    • 発語の開始が遅い(Speech delay)、発音が不明瞭、会話のキャッチボールが苦手といった特徴が見られます。
    • 多くの患者さんは言葉を獲得しますが、表現性言語(話すこと)に苦労する傾向があります。
  • 自閉スペクトラム症(ASD):
    • 患者さんの多くがASDの診断基準を満たします。
    • 視線が合わない、社会的な関わりが苦手、特定の物事への強いこだわり、感覚過敏(音や触覚)などが見られます。
    • NRXN1遺伝子は「自閉症関連遺伝子」の代表格として知られています。
  • 知的障害(ID):
    • 軽度から重度まで様々です。
    • しかし、知的障害を伴わない(IQが正常範囲の)患者さんも数多く存在します。学習障害(LD)として現れることもあります。

2. 精神医学的特徴(メンタルヘルス)

思春期から成人期にかけて注意が必要な特徴です。

  • 統合失調症(Schizophrenia):
    • 一般集団に比べて発症リスクが有意に高いことが知られています。
    • 幻聴、妄想、意欲の低下などが現れることがあります。
    • NRXN1欠失は、生物学的な統合失調症のリスク因子(CNV)として確立されています。
  • その他の精神症状:
    • 不安障害、うつ病、双極性障害、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、チック症などが合併することがあります。
    • 感情のコントロールが苦手で、かんしゃくやパニックを起こしやすい場合があります。

3. 身体的特徴・顔貌

特異的な顔貌(Dysmorphism)は**乏しい(目立たない)**ことが多く、見た目だけでこの疾患を疑うことは困難です。

  • 軽微な特徴:
    • 強いて挙げれば、高い額、深いくぼんだ目、大きな耳などが報告されていますが、家族に似ている範囲内であることがほとんどです。
  • 頭囲:
    • 大頭症(頭が大きい)または小頭症(頭が大きい)の報告がありますが、一定しません。
  • 筋緊張低下(Hypotonia):
    • 乳幼児期に体が少し柔らかい、運動発達(歩行など)がやや遅れるといったことがあります。
  • てんかん:
    • 約10〜20%程度の患者さんでけいれん発作が見られます。多くは薬物療法でコントロール可能です。

4. その他の合併症

内臓の奇形を合併することは稀です。

  • 骨格: 側弯症や関節の過伸展(体が柔らかい)。
  • その他: 睡眠障害、肥満傾向などが報告されることがありますが、必須の症状ではありません。

原因

**2番染色体短腕(2p16.3)におけるNRXN1遺伝子の欠失(ハプロ不全)**が原因です。

1. シナプス機能不全(Synaptopathy)

この疾患の本質は、染色体異常であると同時に**「シナプス病(シナプトパチー)」**です。

  • 通常2つあるNRXN1遺伝子が1つ欠失することで、ニューレキシンタンパク質の量が不足します。
  • これにより、脳の発達期において神経細胞同士の接続(シナプス)が不安定になったり、興奮と抑制のバランス(E/Iバランス)が崩れたりします。
  • この「微細な配線の不具合」が、言葉の遅れや、社会性の問題、あるいは将来的な精神疾患のリスクとして現れると考えられています。

2. 遺伝形式と不完全浸透

  • De novo(新生突然変異):
    • 患者さんの一部は、両親からの遺伝ではなく、突然変異で発生します。
  • 家族性(Inherited)の頻度が高い:
    • ここが非常に重要なポイントです。
    • 本疾患は、**「親からの遺伝」**であるケースが非常に多いです。
    • 親自身も同じ欠失を持っていますが、親は「無症状(健常)」であったり、「少し内気な性格」「勉強が苦手だった」程度であったりして、診断されていないことがよくあります。
    • これを**「不完全浸透(Incomplete Penetrance)」**と呼びます。
    • つまり、2p16.3欠失は、「持っていると必ず病気になる」という決定的な因子というよりは、**「神経発達症になりやすくなる強力なリスク因子(感受性因子)」**として働くと考えられています。

診断方法

身体的な特徴が少ないため、外見からは診断できません。発達の遅れや自閉傾向の精査として遺伝学的検査が行われ、発見されます。

  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
    • 2p16.3領域(特にNRXN1遺伝子部分)の欠失を確実に検出できます。
    • NRXN1遺伝子内の特定のエクソン(断片)だけが欠失しているような微細な変化も検出可能です。
  • 両親の解析(Parental Testing):
    • お子さんに欠失が見つかった場合、両親の検査を行うことが強く推奨されます。
    • 親が同じ欠失を持っていた場合、その親の健康状態や特性(軽度の学習障害など)は、お子さんの将来を予測する上で重要な参考情報となります。
    • 親が健常であれば、お子さんも重篤な障害を持たずに成長する可能性(良性な経過)も十分にあると考えられます。

治療方法

欠失した遺伝子を修復する根本的な治療法はありません。

治療は、症状に応じた対症療法と、特性に合わせた療育・環境調整が中心となります。

1. 発達・療育的支援

  • 早期療育:
    • 言葉の遅れや社会性の課題に対し、できるだけ早期から介入を行います。
  • 言語聴覚療法(ST):
    • 言語発達遅滞に対し、個別の指導を行います。絵カードや視覚支援を用いたコミュニケーション指導が有効です。
  • ソーシャルスキルトレーニング(SST):
    • ASD特性に対し、集団生活のルールや対人関係のスキルを学びます。
  • 学習支援:
    • 知的障害がない場合でも、学習障害やADHD傾向がある場合は、学校での個別支援(通級指導など)を活用します。

2. 精神医学的サーベイランス(予防と早期介入)

  • メンタルヘルス:
    • 思春期以降、ストレスに弱くなったり、気分の波が出たりすることがあります。
    • 統合失調症などの精神疾患のリスクがあることを念頭に置き、**「予防的なストレスケア」「早期発見」**に努めることが重要です。
    • 不眠、過度な不安、引きこもり、幻聴などのサインがあれば、早めに児童精神科や精神科に相談します。早期に治療を開始することで、予後を大きく改善できます。

3. 家族支援と遺伝カウンセリング

  • 「親から遺伝した」場合のケア:
    • 親御さんが自分を責めてしまうことがよくあります。しかし、これは誰のせいでもない自然な現象であり、親御さんがこれまで社会生活を送れてきたという事実は、お子さんにとっても希望のある情報です。
    • 「遺伝子の欠失」を「病気」と捉えすぎず、「脳のタイプ(ニューロダイバーシティ)」の一つとして捉え、その子に合った環境を整えることが大切です。

まとめ

2p16.3 deletion syndromeは、2番染色体の一部、特に脳のシナプスに関わるNRXN1という遺伝子が欠失することで生じる体質です。

この診断を受けると、「染色体異常」という言葉に驚かれるかもしれませんが、この欠失は、外見からは分からず、内臓の病気も少ないのが特徴です。

主な症状は、「言葉がゆっくり」「こだわりが強い」「人付き合いが苦手」といった、発達や行動の面に現れます。いわゆる「自閉スペクトラム症」の診断を受けるお子さんも多いです。

また、この欠失を持っていても、全く症状がなく、元気に社会で活躍している人(親御さんを含む)がたくさんいます。つまり、この欠失があるからといって、将来が悲観的なもので決定づけられているわけではありません。

大切なのは、この欠失が「脳の情報の伝え方が少し独特である」ことを示していると理解することです。

小さい頃は、言葉の練習や療育でコミュニケーションの力を育てましょう。思春期以降は、心のバランスを崩さないよう、ストレスを溜めない環境作りを心がけましょう。

お子さんの「苦手」をサポートし、「得意」を伸ばしていくことで、その子らしい豊かな人生を送ることができます。

参考文献

  • Ching, M.S., et al. (2010). Deletions of NRXN1 (neurexin-1) predispose to a wide spectrum of developmental disorders. American Journal of Medical Genetics Part B.
    • (※NRXN1欠失を持つ多数の患者を解析し、自閉症、知的障害、言語障害、筋緊張低下などの臨床スペクトラム(症状の幅)を詳細に報告した重要論文。)
  • Rujescu, D., et al. (2009). Disruption of the neurexin 1 gene is associated with schizophrenia. Human Molecular Genetics.
    • (※大規模な遺伝学的研究により、NRXN1遺伝子の欠失が統合失調症の強力なリスク因子であることを確立した研究。)
  • Lowther, C., et al. (2017). Delineating the 2p16.3 deletion phenotype: Genotype-phenotype correlations in a cohort of 20 patients.
    • (※2p16.3欠失患者の臨床像をまとめ、身体的奇形が少ないことや、不完全浸透(遺伝性)の頻度が高いことを強調した文献。)
  • Boni, C., et al. (2018). Paternal transmission of a 2p16.3 deletion involving the NRXN1 gene in a family with autism spectrum disorder and schizophrenia.
    • (※同一家系内で、同じNRXN1欠失を持っていても、ある人は自閉症、ある人は統合失調症、ある人は健常であるという「可変表現性」を報告したケーススタディ。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 2p16.3 (NRXN1) deletions (2019).
    • (※患者家族向けに、症状、不完全浸透の概念、ライフステージごとの対応(メンタルヘルス含む)を平易にまとめたガイドブック。)
  • ClinGen Dosage Sensitivity Curation: NRXN1.
    • (※NRXN1遺伝子のハプロ不全(欠失)が神経発達障害のリスクとなることの科学的根拠評価。)

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