2q31.2 deletion syndrome

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • 2q31.2欠失症候群
  • 2q31.2微細欠失症候群(2q31.2 microdeletion syndrome)
  • 2q31.2モノソミー(Monosomy 2q31.2)
  • SATB2関連症候群(SATB2-associated syndrome; SAS)
    • ※本症候群の主要な症状は、この領域に含まれるSATB2遺伝子の欠失によって引き起こされるため、臨床現場では包括的にこう呼ばれることが一般的です。
  • グラス症候群(Glass syndrome)
    • ※1989年にGlass博士らが報告したことに由来する別名です。
  • 2q32微細欠失症候群
    • ※欠失範囲が隣接する2q32領域にまたがる場合、このように呼ばれることもあります。

対象染色体領域

2番染色体 長腕(q)31.2領域

本疾患は、ヒトの2番染色体の長腕(qアーム)の中間付近にある「31.2」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。

【ゲノム上の詳細と最重要遺伝子:SATB2】

2q31.2領域の欠失サイズは患者さんによって異なり、数百キロベース(kb)から数メガベース(Mb)まで様々です。

しかし、この症候群の診断において最も決定的となるのは、この領域に含まれるSATB2 (Special AT-rich sequence-binding protein 2) 遺伝子が含まれているかどうかです。

  • SATB2遺伝子の役割(脳と骨の司令塔):
    • SATB2は、「クロマチンリモデリング」に関わる転写因子を作ります。簡単に言えば、DNAの収納構造を変化させることで、他の多くの遺伝子のスイッチをオンにしたりオフにしたりする**「マスター制御遺伝子」**です。
    • 脳への作用: 大脳皮質の神経細胞が正しい場所に移動し、正しい相手とネットワークを結ぶために不可欠です。特に、左右の脳をつなぐ「脳梁」の形成や、言語機能に関わる回路に深く関与しています。
    • 骨・歯への作用: 骨を作る細胞(骨芽細胞)の分化や、顎・顔面の形成をコントロールしています。
    • ハプロ不全: この遺伝子が半分(欠失)になると、脳の発達遅滞(特に言語)と、骨格・歯の形成異常が同時に引き起こされます。これが本症候群の本質です。

※なお、隣接する2q31.1領域(HOXD遺伝子群)まで欠失が及んでいる場合は、重篤な四肢奇形(裂手・裂足など)を合併することがありますが、純粋な2q31.2欠失では通常見られません。

発生頻度

稀(Rare)

正確な発生頻度は確立されていません。

マイクロアレイ染色体検査(CMA)や全エクソーム解析(WES)の普及により、診断されるケースは増えていますが、それでも世界的な報告数は数百例規模にとどまります。

しかし、特徴的な症状(発達遅滞、歯の異常)を持つ患者さんの中に、未診断のまま過ごされている方が一定数存在すると考えられており、実際の頻度はもう少し高い可能性があります。

性別による差はなく、男児にも女児にも発生します。

臨床的特徴(症状)

2q31.2 deletion syndromeの症状は、「重度の言語発達遅滞」「特徴的な歯・口蓋の異常」「骨密度の低下」、そして**「陽気な性格」**が中核的な特徴です。

一見するとアンジェルマン症候群に似た行動特性を示すこともあります。

1. 神経発達・認知機能(言語の壁)

本症候群の最大の特徴であり、ご家族が最初に気づく変化です。

  • 重度の言語発達遅滞(Severe speech delay):
    • 最も顕著な症状です。
    • 多くの患者さんは、言葉を話し始めるのが非常に遅く、生涯を通じて発語がない(Non-verbal)、あるいは単語のみであるケースが少なくありません。
    • 「理解」と「発語」の解離: 非常に重要な点として、言葉を話せなくても、こちらの言っていることの理解力(受容言語)は比較的保たれていることが多いです。指示に従ったり、複雑なジェスチャーで意思を伝えたりすることができます。
  • 知的障害(ID):
    • 中等度から重度の知的障害を伴うことが一般的です。
  • 運動発達遅滞:
    • 首すわりやお座り、歩行開始が遅れます。
    • 歩行開始は平均して2歳前後とされていますが、動作がぎこちない(失調性歩行)場合があります。

2. 特徴的な顔貌・口腔所見(診断の手がかり)

特に「歯」と「口」の特徴は、医師がこの疾患を疑う際の重要なサインになります。

  • 巨大歯(Macrodontia):
    • 上の真ん中の前歯(上顎中切歯)が、他の歯に比べて幅広く大きいことが非常に特徴的です。
  • 口蓋の異常:
    • 口蓋裂(口の天井が割れている)、口蓋垂裂(のどちんこが割れている)、あるいは高口蓋(天井が高い)が高頻度で見られます。
  • 小顎症(Micrognathia):
    • あごが小さく、後退していることがあります。
  • その他の顔貌:
    • 薄い上唇、人中(鼻の下)が平坦、顔の表情が豊か(よく笑う)など。

3. 行動・精神面の特性(行動表現型)

  • 陽気な性格(Jovial personality):
    • 非常に人懐っこく、ニコニコと笑っていることが多いです。この特徴から、アンジェルマン症候群と間違われることがあります。
  • 行動の問題:
    • 多動、衝動性、注意散漫などのADHD様症状が見られることがあります。
    • 攻撃性・かんしゃく: 言葉で伝えられないフラストレーションから、叩く、噛む、物を投げるといった行動が出ることがあります。
  • 高い痛覚閾値(High pain tolerance):
    • 痛みに鈍感で、怪我をしても泣かないことがあります。
  • 睡眠障害:
    • 入眠困難や中途覚醒など、睡眠リズムの問題を抱えることがあります。

4. 骨格・成長(長期的なリスク)

SATB2遺伝子は骨の形成に関わるため、骨の強さに影響が出ます。

  • 骨密度低下(Osteopenia) / 骨粗鬆症(Osteoporosis):
    • 若い年齢から骨密度が低く、骨折しやすい傾向があります。
    • 脛骨(すねの骨)や大腿骨の骨折リスクに注意が必要です。
  • その他の骨格異常:
    • 脊柱側弯症、弯指(指が曲がっている)、関節の過伸展(体が柔らかい)など。
  • 成長障害:
    • 幼児期以降、成長率が低下し、低身長となることがあります。

5. その他の合併症

  • 摂食障害: 乳児期の哺乳困難、嚥下障害、あるいは成長後の偏食。
  • 流涎(よだれ): 口の筋肉の弱さやあごの形により、よだれが多いことがあります。
  • 脳構造異常: MRI検査で、脳梁の低形成や脳室拡大などが見つかることがあります。
  • 眼科: 斜視、屈折異常。

原因

2番染色体長腕(2q31.2)における微細欠失による、SATB2遺伝子のハプロ不全が原因です。

1. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • 2q31.2欠失症候群のほぼ全例は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
    • 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
    • この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)です。
  • 家族性(極めて稀):
    • 親が均衡型転座を持っている場合や、親自身が体細胞モザイク(体の一部だけ変異を持っている)である場合を除き、遺伝することは稀です。

2. SATB2以外の遺伝子の影響

  • 欠失範囲が広い場合、SATB2以外の隣接する遺伝子も一緒に失われることがあります。これにより、心疾患や腎疾患などの合併症が加わるなど、症状のバリエーションが生じる可能性があります。

診断方法

「言葉の遅れ」「上の前歯が大きい」「口蓋裂」という3つの特徴が揃っている場合、強く疑われます。

  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
    • 2q31.2領域の微細な欠失を検出し、その範囲にSATB2遺伝子が含まれているかを正確に特定できます。
  • 遺伝子パネル検査 / 全エクソーム解析(WES):
    • 染色体欠失ではなく、SATB2遺伝子の中の小さな点変異(文字化け)でも全く同じ症状が出るため、CMAで異常がなかった場合にこれらの検査で診断されることがあります。
    • 近年は「SATB2関連症候群」として、欠失と点変異をまとめて診断・管理する流れが主流です。

治療方法

欠失した遺伝子を修復する根本的な治療法はありません。

治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、生活の質(QOL)を高めるための包括的な療育支援が中心となります。

1. 骨・歯科の管理(重要)

他の発達障害症候群と異なり、**「骨と歯」**のケアが特に重要です。

  • 骨密度のモニタリング:
    • 定期的に骨密度検査(DEXA法など)を行い、骨粗鬆症のリスクを評価します。
    • 栄養管理: ビタミンDとカルシウムの数値を血液検査でチェックし、不足している場合はサプリメントで補充します。日光浴や適度な運動も推奨されます。
  • 歯科管理:
    • 巨大歯、歯並びの悪さ、エナメル質形成不全などに対し、定期的な歯科検診とケアを行います。虫歯になりやすいため、予防処置が大切です。
    • 口蓋裂がある場合は、形成外科と言語聴覚士によるチーム医療(手術と言語訓練)が行われます。

2. 発達・療育的支援

  • 言語聴覚療法(ST):
    • 最優先の療育課題です。
    • 発語が困難な場合、無理に話させるのではなく、**AAC(補助代替コミュニケーション)**の導入を積極的に進めます。
    • サイン、絵カード(PECS)、タブレット端末(VOCA)などを使うことで、本人の「伝えたい」という意欲を満たし、かんしゃくなどの行動問題を減らすことができます。
  • 理学療法(PT)・作業療法(OT):
    • 運動機能の向上や、手先の不器用さ(微細運動)の改善を目指します。

3. 行動・生活支援

  • 行動療法:
    • 攻撃性や多動に対し、応用行動分析(ABA)などの手法を用いて、望ましい行動を増やします。
    • 痛みに鈍感なため、怪我をしていないか、体調が悪くないか、周囲の大人が気をつけて観察する必要があります。
  • 睡眠ケア:
    • 睡眠障害がある場合、生活リズムの調整や、医師の指示によるメラトニンなどの使用を検討します。

4. 遺伝カウンセリング

  • 希少疾患であり、情報の少なさから不安を感じやすいです。
  • 臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーから、疾患の特性(特に骨の管理など長期的な視点)について説明を受けます。
  • 次子のリスク評価や、きょうだいへの説明についても相談します。

まとめ

2q31.2 deletion syndrome(SATB2関連症候群)は、2番染色体の一部、特にSATB2という遺伝子が欠失することで起こる疾患です。

この遺伝子は、言葉を話すための脳の回路や、骨や歯を丈夫にするためにとても大切な働きをしています。

そのため、お子さんは言葉を話すのが苦手だったり、上の前歯が大きかったり、骨が少し弱かったりするという特徴を持っています。

ご家族にとって、「言葉が出ない」というのは大きな心配事だと思います。

しかし、ぜひ知っておいていただきたいのは、この病気のお子さんは、言葉は話せなくても**「こちらの言っていることはよく分かっている」**ということです。

人懐っこい笑顔で、身振り手振りを交えて一生懸命に気持ちを伝えようとしてくれます。絵カードやタブレットを使えば、豊かなコミュニケーションができるようになります。

また、骨が弱い傾向があるため、カルシウムを摂ったり、定期的に骨の検査を受けたりすることで、骨折を防ぐことができます。

「話せないから分からない」のではありません。お子さんの豊かな内面を理解し、その子に合った方法でコミュニケーションを育んでいくことが、一番の治療になります。

医師、歯科医、療育スタッフとチームを組み、ニコニコ笑顔が素敵なお子さんの成長を支えていきましょう。

参考文献

  • Zarate, Y.A., et al. (2019). Natural history and genotype-phenotype correlations in 72 individuals with SATB2-associated syndrome. American Journal of Medical Genetics Part A.
    • (※世界最大規模の患者コホート研究。言語障害の特徴(理解>表出)、巨大歯、骨密度低下などの臨床的特徴を詳細に解析し、SATB2関連症候群の自然歴を明らかにした最重要文献。)
  • Rosenfeld, J.A., et al. (2009). Small deletions of SATB2 cause some of the clinical features of the 2q31.1 microdeletion syndrome.
    • (※2q31.2領域の欠失が、2q31.1(HOXD)欠失とは異なる臨床像(口蓋裂、歯の異常など)を持つことを示し、SATB2遺伝子のハプロ不全の影響を定義した初期の重要論文。)
  • Glass, I.A., et al. (1989). Two unrelated patients with de novo microdeletion of 2q31.1-q33: a recognizable syndrome?
    • (※本症候群の別名「Glass症候群」の由来となった最初の報告。特徴的な顔貌や知的障害について記述。)
  • Zarate, Y.A., et al. (2018). SATB2-associated syndrome: Mechanisms, phenotype, and practical management.
    • (※SATB2の分子メカニズムから、臨床現場での具体的な管理方法(骨密度検査の推奨など)までを網羅したレビュー。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 2q31.2 microdeletion syndrome and SATB2-associated syndrome (2020).
    • (※患者家族向けに、言葉の遅れへの対応(AACの活用)、歯と骨のケア、日常生活のヒントを平易にまとめたガイドブック。)
  • GeneReviews® [Internet]: SATB2-Associated Syndrome. Initial Posting: October 12, 2017; Last Update: January 23, 2020. Authors: Zarate YA, Fish JL.
    • (※診断基準、最新のサーベイランス(定期検査)項目、遺伝カウンセリング情報を網羅した、臨床現場で最も信頼されるデータベース。)

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