5q14.3 deletion (distal) syndrome

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • 5q14.3欠失症候群
  • 5q14.3微細欠失症候群(5q14.3 microdeletion syndrome)
  • 5q14.3モノソミー(Monosomy 5q14.3)
  • MEF2Cハプロ不全症候群(MEF2C haploinsufficiency syndrome)
    • ※本疾患の本質的な原因はMEF2C遺伝子の欠失であるため、現在はこの名称が最も医学的に正確であり、世界的に統一されつつある名称です。
  • MEF2C関連神経発達症(MEF2C-related neurodevelopmental disorder)
  • レット様症候群(Rett-like syndrome)
    • ※症状(特に手の動きやコミュニケーション障害)がレット症候群に酷似しているため、歴史的にこう呼ばれることがあります。

対象染色体領域

5番染色体 長腕(q)14.3領域

本疾患は、ヒトの5番染色体の長腕(qアーム)の中間付近にある「14.3」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。

【ゲノム上の詳細とクリティカルリージョン】

5q14.3領域の欠失サイズは患者さんによって異なり、数百キロベース(kb)から数メガベース(Mb)まで様々です。

かつては「5q14欠失」としてひとまとめにされていましたが、研究が進み、より中心に近い「近位(proximal)欠失」と、末端に近い「遠位(distal)欠失」では症状が異なることが分かってきました。

本疾患(distal deletion)において、重篤な神経症状を引き起こす原因となる決定的な遺伝子(クリティカルリージョン)は、MEF2C (Myocyte Enhancer Factor 2C) 遺伝子です。

【最重要遺伝子:MEF2Cの役割】

  • MEF2Cは、脳の発生初期において、神経細胞(ニューロン)が正しい場所に移動し、適切な形に変化し、他の神経細胞とネットワーク(シナプス)を作るために不可欠な「転写因子」です。
  • 特に、興奮性シナプスと抑制性シナプスのバランス調整に深く関わっています。
  • この遺伝子が半分(ハプロ不全)になると、脳の配線が未熟なままとなり、重度の知的障害や、脳の過剰興奮(てんかん)が引き起こされます。

発生頻度

極めて稀(Ultra-rare)

正確な発生頻度は確立されていません。

世界的な医学文献における詳細な症例報告数は、数百例規模にとどまります。

しかし、これは「発生していない」のではなく、以下のような理由による**「過少診断」**である可能性が高いです。

  1. 検査の壁: 一般的なGバンド染色体検査では見逃される微細な欠失であり、マイクロアレイ染色体検査(CMA)が必須です。
  2. レット症候群との混同: 症状が似ているため、遺伝子検査を行わないまま「非典型的レット症候群」と診断されているケースが存在すると考えられています。
    性別による差はなく、男児にも女児にも発生します(レット症候群が女児に多いのとは対照的です)。

臨床的特徴(症状)

5q14.3 deletion (distal) syndromeの症状は、「重度の知的障害」「難治性てんかん」「レット症候群様の行動」、そして**「筋緊張低下」**が中核的な特徴です。

身体的な奇形は目立たないことが多いですが、神経学的な症状が非常に顕著です。

1. 神経発達・認知機能

ほぼ全例で、重度の発達への影響が認められます。

  • 重度の精神運動発達遅滞:
    • 首すわり、お座り、歩行開始などの運動発達マイルストーンが大幅に遅れます。
    • 歩行を獲得できるお子さんもいますが、失調性(ふらつき)を伴うことが多く、介助が必要な場合もあります。
  • 重度の知的障害(Severe ID):
    • 患者さんの多くは重度の知的障害を伴います。
  • 発語の欠如(Absent speech):
    • 最も顕著な特徴の一つです。
    • 生涯を通じて有意味語(意味のある言葉)が出ない(Non-verbal)、あるいは数語の単語のみであるケースが大半を占めます。
    • ただし、言葉は話せなくても、目線や表情、特有の声で感情を表現することは可能です。
  • 筋緊張低下(Hypotonia):
    • 乳幼児期に体が非常に柔らかく(フロッピーインファント)、哺乳力が弱かったり、抱っこした時にぐにゃりとしたりします。成長とともに軽減することもありますが、体幹の弱さは残ります。

2. てんかん(Epilepsy)

ご家族にとって、日常生活で最も管理が大変で、医学的介入が必要な症状です。

  • 高頻度: 患者さんの**約80〜90%**にてんかん発作が見られます。
  • 発症時期: 非常に早期、多くは生後5ヶ月〜1歳半頃に発症します。
  • 発作タイプ:
    • ミオクロニー発作(ピクッとする)、全般強直間代発作(大発作)、欠神発作、脱力発作など多彩です。
    • 発熱が誘引となることもあります。
  • 難治性:
    • 複数の抗てんかん薬を使用しても発作が止まりにくい(薬剤抵抗性)場合があります。
    • 脳波検査では、特徴的な異常波(高振幅徐波など)が見られることが多いです。

3. 行動特性(Rett-like features)

レット症候群(MECP2異常)と非常によく似た行動が見られます。

  • 常同行動(Stereotypic movements):
    • 手を洗うような動作(Hand washing)、手を口に持っていく(Hand mouthing)、手を叩く(Hand clapping)などの繰り返しの動作が特徴的です。
    • 体を前後に揺らす(ロッキング)動作も見られます。
  • その他の行動:
    • 歯ぎしり(Bruxism)。
    • 視線が合いにくい(Poor eye contact)、あるいはじっと見つめる行動。
    • 高い痛覚閾値(痛みに鈍感)。
    • 睡眠障害(中途覚醒、早朝覚醒)。
    • 突然の笑いや叫び声など、感情の起伏が激しいことがあります。

4. 身体的特徴・顔貌

「特異的顔貌」とされますが、その特徴は非常に繊細で、専門医でないと判別は難しい場合があります。

  • 顔貌:
    • 高く広い前頭部(おでこが広い)。
    • アーチ状の眉毛。
    • 深くくぼんだ目(Deep-set eyes)。
    • 短い鼻、上向きの鼻孔。
    • 人中(鼻の下)が短い。
    • テント状の上唇(Tented upper lip): 上唇の山が尖っている形。
    • 小顎症(あごが小さい)、口が開いていることが多い。
  • 脳画像所見(MRI):
    • 脳梁の低形成または欠損。
    • 髄鞘化遅延(脳の成熟の遅れ)。
    • 大脳皮質の萎縮や脳室拡大が見られることがあります。

5. その他の合併症

  • 消化器: 胃食道逆流症(GERD)、重度の便秘、哺乳困難。
  • 眼科: 斜視、皮質盲(目は見えているが脳で認識できない)の疑い。
  • 骨格: 側弯症、関節の緩さ。

原因

5番染色体長腕(5q14.3)における微細欠失による、MEF2C遺伝子のハプロ不全が原因です。

1. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • 5q14.3欠失症候群のほぼ全例は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
    • 親の年齢や生活習慣が原因で起こるものではありません。
    • この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(1%未満)とされています。

2. MEF2C遺伝子以外の要因

  • 欠失範囲が広い場合、MEF2C以外の隣接する遺伝子も一緒に失われることがあります。これにより、症状の重症度やバリエーション(身体的な合併症の有無など)に個人差が生まれると考えられています。
  • ※逆に、染色体の欠失ではなく、MEF2C遺伝子の中の小さな点変異だけでも、全く同じ症状(MEF2C関連障害)が引き起こされます。

診断方法

「重度の発達遅滞」「てんかん」「常同行動」があり、レット症候群の遺伝子検査(MECP2)が陰性だった場合に強く疑われます。

  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
    • 5q14.3領域の微細な欠失を検出し、その範囲にMEF2C遺伝子が含まれているかを正確に特定できます。
    • 従来のGバンド検査では見逃されることが多いため、CMAが必須です。
  • 遺伝子パネル検査 / 全エクソーム解析(WES):
    • 染色体欠失ではなく、MEF2C遺伝子の点変異を検出するために行われます。近年はCMAと並行して、あるいはCMAで異常がなかった場合に行われることが増えています。
  • 脳波検査(EEG) / 頭部MRI:
    • てんかんの診断や脳の構造異常を確認するために必須です。

治療方法

欠失した遺伝子を修復する根本的な治療法は、現時点ではありません。

治療は、てんかん発作のコントロールと、生活の質(QOL)を高めるための包括的な療育・ケアが中心となります。

1. てんかんの管理(最優先課題)

  • 薬物療法:
    • バルプロ酸(VPA)、レベチラセタム(LEV)、ラモトリギン(LTG)、クロバザム(CLB)、トピラマート(TPM)などの抗てんかん薬が使用されます。
    • 単剤ではコントロールが難しい場合が多く、多剤併用療法が必要になることがあります。
    • 専門医(小児神経科医)によるきめ細やかな調整が必要です。
  • その他の治療:
    • 薬物療法で効果不十分な場合、ケトン食療法や迷走神経刺激療法(VNS)などが検討されることもあります。

2. 発達・療育的支援

  • 理学療法(PT):
    • 筋緊張低下や運動失調に対し、体幹を支える訓練や歩行訓練を行います。座位保持装置や車椅子などの補装具の調整も重要です。
  • 作業療法(OT):
    • 手指の常同行動がある中で、少しでも手を使えるように遊びを通じた訓練を行います。また、感覚統合療法を取り入れることで、情緒の安定を図ります。
  • 言語聴覚療法(ST) / コミュニケーション支援:
    • 発語が困難なため、**AAC(補助代替コミュニケーション)**の導入が鍵となります。
    • 絵カード、スイッチ、視線入力装置などを活用し、「イエス・ノー」や要求を伝える手段を確保します。
  • 摂食指導:
    • 嚥下機能に合わせた食事形態の調整や、介助方法の指導を行います。栄養状態が悪い場合は経管栄養(胃ろうなど)を検討することもあります。

3. 生活・行動面のケア

  • 常同行動への対応:
    • 手を叩く、口に入れるなどの行動は、無理に止めさせるとストレスになることがあります。怪我(手を噛んで傷になるなど)がない限り、ある程度許容するか、他のおもちゃを持たせるなどの代替行動へ誘導します。
  • 睡眠ケア:
    • 睡眠障害がある場合、生活リズムの調整やメラトニンの使用などを検討します。家族の休息を確保することも重要です。
  • 便秘対策:
    • 緩下剤や浣腸などで排便コントロールを行います。

4. 遺伝カウンセリング

  • 疾患の遺伝学的背景や、次子のリスクについて正確な情報を共有します。
  • 「レット症候群ではないけれど、似た症状を持つ遺伝子疾患」という位置づけを理解することで、予後の見通しが立てやすくなります。

まとめ

5q14.3 deletion (distal) syndrome(MEF2C関連障害)は、5番染色体の一部、特に脳の発達に不可欠なMEF2C遺伝子が欠失することで起こる希少な疾患です。

この疾患のお子さんは、言葉を話すことが難しかったり、特徴的な手の動き(手を合わせる、口に入れるなど)をしたりすることがあります。また、多くのご家族が、生後まもなくから始まる「てんかん発作」のコントロールに向き合っています。

診断を受けた時、「重度の遅れ」や「難治性てんかん」という言葉に、将来への不安を感じられたかもしれません。

確かに、この病気は生涯にわたるサポートが必要です。

しかし、言葉は話せなくても、お子さんは豊かな感情を持っています。嬉しい時には全身で喜びを表現し、大好きな人の声には安心した表情を見せてくれます。

てんかんの治療は根気が必要ですが、新しいお薬や治療法の選択肢も増えてきています。

また、手を使えないように見えても、スイッチを押しておもちゃを動かしたり、視線で意思を伝えたりする力を持っています。

「できないこと」ではなく、「その子なりの表現」に目を向けることで、コミュニケーションの扉は開かれます。

小児神経専門医、療育スタッフ、そして同じ悩みを持つ家族会などとつながり、チームでお子さんの成長と笑顔を守っていきましょう。

参考文献

  • Le Meur, N., et al. (2010). MEF2C haploinsufficiency caused by either microdeletion of the 5q14.3 region or mutation is responsible for severe mental retardation with stereotypic movements, epilepsy and/or cerebral malformations. Journal of Medical Genetics.
    • (※5q14.3欠失症候群の原因遺伝子がMEF2Cであることを決定づけ、レット様症状やてんかんなどの臨床的特徴を詳細に定義した記念碑的な論文。)
  • Zweier, M., et al. (2010). Haploinsufficiency of MEF2C causes a syndrome of severe mental retardation and cerebrofacial features with a Rett-like phenotype. American Journal of Human Genetics.
    • (※MEF2C変異/欠失を持つ患者の顔貌や脳画像所見を解析し、レット症候群との鑑別点や、特徴的な「テント状の上唇」などを報告した重要文献。)
  • Paciorkowski, A.R., et al. (2013). MEF2C Haploinsufficiency Syndrome: Severe Neurodevelopmental Disorder with Episodic Movements and Epilepsy.
    • (※臨床症状の自然歴(年齢による変化)やてんかんの発作型について詳細に検討し、「MEF2Cハプロ不全症候群」としての疾患概念を確立した研究。)
  • Novara, F., et al. (2010). Deletions of 5q14.3 encompassing MEF2C but not RASA1 are associated with severe mental retardation and stereotypic movements.
    • (※5q14.3領域内の欠失範囲と症状の相関(Genotype-Phenotype Correlation)を解析し、MEF2C遺伝子の重要性を裏付けた文献。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 5q14.3 deletions including MEF2C (2018).
    • (※患者家族向けに、てんかんの管理、食事の工夫、コミュニケーション支援(AAC)の重要性などを平易にまとめたガイドブック。)
  • GeneReviews® [Internet]: MEF2C Haploinsufficiency Syndrome. Initial Posting: 2018. Authors: Rocha H, et al.
    • (※診断基準、最新の管理指針、遺伝カウンセリング情報を網羅した、臨床現場で最も信頼されるデータベース。)

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