別名・関連疾患名
- 7q31微細欠失症候群
- 7q31欠失症候群(7q31 deletion syndrome)
- 7q31モノソミー(Monosomy 7q31)
- FOXP2関連言語障害(FOXP2-related speech and language disorder)
- ※本症候群の最も中核的な症状である「発語失行」は、この領域に含まれるFOXP2遺伝子の欠失によって引き起こされるため、臨床的にはこの名称で分類されることが多いです。
- 語音-言語障害 1型(Speech-language disorder 1; SPCH1)
- 関連:自閉スペクトラム症(ASD)、トゥレット症候群
- ※7q31領域には、これらの疾患の発症に関与する遺伝子(IMMP2L, DOCK4など)も含まれており、症状が重複することがあります。
対象染色体領域
7番染色体 長腕(q)31領域
本疾患は、ヒトの7番染色体の長腕(qアーム)の中間付近にある「31」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細とクリティカルリージョン】
7q31領域は比較的広い領域ですが、本症候群の特徴的な症状を引き起こす鍵となるのは、以下の遺伝子群です。欠失の範囲は患者さんごとに異なり、どの遺伝子が含まれているかによって症状のバリエーションが生まれます。
【含まれる重要な遺伝子(責任遺伝子)】
- FOXP2 (Forkhead Box P2): 7q31.1に位置。
- 最重要の責任遺伝子です。「言語遺伝子」として世界的に有名です。
- 脳の神経回路、特に大脳皮質、大脳基底核、小脳といった「運動制御」や「言語処理」に関わる部分の発達を制御する転写因子です。
- 欠失の影響: この遺伝子が半分(ハプロ不全)になると、口や舌を動かすための複雑な運動プログラムが脳内でうまく作れなくなり、**「小児期発語失行(CAS)」**という重度の言語障害が生じます。
- IMMP2L (Inner Mitochondrial Membrane Peptidase Subunit 2): 7q31.1に位置。
- 役割: 脳の発達やシナプスの機能に関与していると考えられています。
- 関連: この遺伝子の欠失は、**トゥレット症候群(チック症)や自閉スペクトラム症(ASD)**のリスク因子として知られています。
- DOCK4 (Dedicator Of Cytokinesis 4): 7q31.1に位置。
- 神経細胞の樹状突起の成長に関わります。
- 関連: 自閉スペクトラム症や読字障害(ディスレクシア)との関連が報告されています。
- WNT2:
- 社会性発達に関わる遺伝子とされ、ASDのリスクに関連する可能性があります。
発生頻度
稀(Rare)
正確な発生頻度は確立されていません。
7番染色体の欠失自体は報告されていますが、7q31領域に限局した微細欠失の報告数は世界的に見ても数百例規模にとどまります。
しかし、これは疾患が存在しないのではなく、以下の理由による**「過少診断(Underdiagnosis)」**である可能性が高いです。
- 症状の重複: 重篤な身体奇形を伴わない場合が多く、単なる「重度の言葉の遅れ」や「自閉症」、「知的障害」として診断されているケースの中に、本疾患が隠れている可能性があります。
- 検査の壁: 一般的なGバンド染色体検査では見逃される微細な欠失であり、マイクロアレイ染色体検査(CMA)を行わないと診断できません。
性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。
臨床的特徴(症状)
7q31 microdeletion syndromeの症状は、**「小児期発語失行(CAS)を中心とした言語障害」**が最大の特徴です。
それに加え、軽度〜中等度の発達遅滞、運動の不器用さ、行動面の特徴が見られます。
1. 言語・コミュニケーション障害(Speech & Language)
本症候群の中核症状であり、診断の手がかりとなります。
- 小児期発語失行(Childhood Apraxia of Speech; CAS):
- 最も重要なキーワードです。
- 筋肉の麻痺はないのに、脳から口や舌への「動け」という指令がうまく伝わらない状態です。
- 症状:
- 「あー」「うー」などの喃語(なんご)が少ない、あるいは静かな赤ちゃんだった。
- 話そうとすると口をモゴモゴさせるが、音にならない(模索行動)。
- 母音や子音の歪みがあり、発音が非常に不明瞭。
- 「パパ」は言えても「パパ、キテ」のように繋げることが難しい(プロソディの障害)。
- 表出性言語遅滞:
- 理解している言葉(受容言語)に比べて、話せる言葉(表出言語)が著しく少ないのが特徴です。
- こちらの言っていることは分かっているのに、言葉で返せないため、かんしゃくを起こしやすくなります。
- 口腔顔面運動障害:
- 話す時だけでなく、食事の際にも舌の動きがぎこちなく、咀嚼(噛むこと)や嚥下(飲み込み)が苦手な場合があります。よだれが多いこともあります。
2. 神経発達・認知機能
- 知的障害(ID):
- 軽度から中等度の知的障害を伴うことが多いです。
- ただし、言語表出の困難さが知的能力を低く見せている場合があり(見かけ上の低知能)、非言語性の知能検査では良好なスコアが出ることもあります。
- 運動発達遅滞:
- 筋緊張低下(Hypotonia): 乳幼児期に体が柔らかいことがあります。
- 協調運動障害: 手先の不器用さ(微細運動)や、走る・ジャンプするなどの全身運動(粗大運動)のぎこちなさが見られます。
3. 行動・精神面の特性(Behavioral phenotype)
- 自閉スペクトラム症(ASD):
- 社会的なコミュニケーションの苦手さ、こだわり、視線が合いにくいなどの特性が見られることがあります。
- 7q31欠失患者の多くがASDの診断基準を満たすか、その傾向を持っています。
- 注意欠陥・多動性障害(ADHD):
- 不注意、多動、衝動性。
- チック症 / トゥレット症候群:
- IMMP2L遺伝子が含まれる場合、瞬きや咳払いなどのチック症状が出現することがあります。
- 不安障害:
- 不安が強い、新しい環境になじみにくいといった特性が見られることがあります。
4. 特徴的な顔貌・身体所見
「特異的顔貌」と呼ばれるほど目立つ特徴はありませんが、いくつかの共通点が報告されています。
- 顔貌:
- 広い額、平坦な鼻根部、球状の鼻先。
- 長い人中(鼻の下)、薄い上唇、口が開いていることが多い(低緊張のため)。
- 目と目が離れている(眼間開離)。
- その他:
- 軽度の骨格異常(小指の湾曲など)。
- 心疾患や腎奇形などの内臓合併症は、他の染色体異常に比べると頻度は低いです。
原因
7番染色体長腕(7q31)における微細欠失が原因です。
1. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 7q31欠失症候群の多くは、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
- 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
- この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)です。
- 家族性(Inherited):
- 親からの遺伝であるケースも報告されています。
- 特にFOXP2変異の場合、親が「言葉の遅れがあった」「発音が不明瞭だった」という既往歴を持ち、常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の形式で子に受け継がれることがあります。
- 親が保因者の場合、子に遺伝する確率は50%です。
2. 遺伝子量効果(FOXP2のハプロ不全)
- FOXP2遺伝子は、脳の言語回路を構築するための「現場監督」のような役割をしています。
- この監督が1人(片親分)いなくなると、現場の指示が行き届かず、神経細胞のネットワークが不完全にしか作られません。その結果、筋肉自体は正常でも、それを動かすための「プログラム」が作れなくなり、発語失行が生じます。
診断方法
「重度の発語困難(失行)」「ASD傾向」があり、一般的な検査で原因が分からない場合に疑われます。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
- 7q31領域の微細な欠失を検出し、その正確なサイズと、FOXP2やIMMP2L遺伝子が含まれているかを特定できます。
- 遺伝子パネル検査 / 全エクソーム解析(WES):
- 染色体欠失ではなく、FOXP2遺伝子の中の小さな点変異でも全く同じ症状が出るため、CMAで異常がなかった場合にこれらの検査で診断されることがあります。
- 頭部MRI検査:
- 脳の構造を確認します。7q31欠失では、大脳基底核(線条体)や小脳に微細な異常が見られることがありますが、画像上は「異常なし」とされることも多いです。
治療方法
欠失した遺伝子を修復する根本的な治療法はありません。
治療は、特に言語面に対する専門的な**リハビリテーション(療育)**が中心となります。
1. 言語聴覚療法(ST):最重要
通常の「言葉の遅れ」に対するアプローチだけでなく、発語失行(CAS)に特化した介入が必要です。
- PROMPT法などの触覚キュー:
- セラピストが顎や唇に触れて、口の形や動きを直接教える方法が有効な場合があります。
- モータープランニングの練習:
- 「パ・タ・カ」のような音の並びを繰り返し練習し、口の動きを脳に定着させます。
- AAC(補助代替コミュニケーション)の導入:
- 非常に重要です。
- 発語が難しい時期に、絵カード(PECS)、ジェスチャー、タブレット端末(VOCA)などを使って意思表示をする手段を確保します。
- 「機械を使うと喋らなくなるのでは?」と心配されることがありますが、研究では**「AACを使うことでコミュニケーション意欲が高まり、かえって発語が促される」**ことが分かっています。
2. 理学療法(PT)・作業療法(OT)
- 運動発達支援:
- 筋緊張低下や不器用さに対し、体幹機能や微細運動(手先)のトレーニングを行います。
- 感覚統合療法:
- 感覚過敏や不器用さに対し、遊びを通じたアプローチを行います。
3. 行動・心理面のサポート
- SST(ソーシャルスキルトレーニング):
- ASD特性やコミュニケーションの失敗によるフラストレーションに対し、社会的なスキルを学びます。
- 環境調整:
- 聴覚過敏や変化への不安がある場合、安心できる環境を整えます。
4. 遺伝カウンセリング
- 情報の整理:
- 「FOXP2」は有名な遺伝子ですが、ネット上には極端な情報も多いです。お子さんの欠失範囲に基づいた正確な予後を説明します。
- 家族への支援:
- 親が同じ特性(言葉の苦手さなど)を持っていた場合、親自身の自己理解にもつながります。
まとめ
7q31 microdeletion syndromeは、7番染色体の一部、特にヒトが言葉を話すために不可欠な「FOXP2遺伝子」などが欠失することで起こる疾患です。
この疾患のお子さんが抱える「言葉の遅れ」は、単にゆっくりなだけではありません。
頭の中では言いたいことが分かっているのに、それを声に出すための口の動かし方が分からなくなってしまう「発語失行」という症状が特徴です。
「ママ」と言いたいのに、口がうまく動かなくて悔しい思いをしているかもしれません。
ご家族にとって、お子さんとお話しできない時期は辛いものですが、お子さんの内面には豊かな感情と言葉の理解があります。
診断がついたことは、大きな希望の第一歩です。
なぜなら、「ただ待っていれば喋るようになる」のではなく、「口の動かし方を練習する必要がある」ことや、「絵カードやタブレットを使った方が気持ちが伝わる」という具体的な対策が分かるからです。
実際、適切な言語療法(ST)やコミュニケーションツール(AAC)を使うことで、多くのお子さんがコミュニケーション能力を伸ばし、中には流暢に話せるようになるケースもあります。
また、自閉的な傾向やチックなどの症状が出ることもありますが、それぞれの特性に合わせたサポートで生活しやすくなります。
小児科医、言語聴覚士、心理士、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの「伝えたい心」を、焦らず、温かく支えていきましょう。
参考文献
- Lai, C.S., et al. (2001). A forkhead-domain gene is mutated in a severe speech and language disorder. Nature.
- (※FOXP2遺伝子が言語障害(KE家系)の原因であることを発見した、歴史的かつ最も重要な原著論文。7q31領域と言語の関連を決定づけた研究。)
- Zeesman, S., et al. (2006). Speech and language impairment and oromotor dyspraxia due to deletion of 7q31 that involves FOXP2. American Journal of Medical Genetics.
- (※FOXP2を含む7q31欠失患者の症例を報告し、発語失行(CAS)や顔面筋の低緊張といった臨床的特徴を詳細に記述した文献。)
- Feuk, L., et al. (2006). Absence of a paternally inherited FOXP2 gene in developmental verbal dyspraxia. American Journal of Human Genetics.
- (※7q31欠失によるFOXP2のハプロ不全が、発達性発語失行の主要な原因であることを裏付けた研究。)
- Morgan, A., et al. (2010). Speech and language deficits in children with FOXP2 mutations / deletions.
- (※FOXP2変異・欠失を持つ子供たちの言語特徴を専門的に解析し、受容言語よりも表出言語が著しく障害されることや、CASの特徴をまとめた論文。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 7q deletions (7q31) (2018).
- (※患者家族向けに、言語療法(PROMPT法やAAC)の重要性、発達の目安、学校生活のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。)
- GeneReviews® [Internet]: FOXP2-Related Speech-Language Disorder. Initial Posting: 2016. Authors: Morgan A, et al.
- (※診断基準、最新の管理指針、遺伝カウンセリング情報を網羅した、臨床現場で最も信頼されるデータベース。)
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