8p23.1 duplication syndrome

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • 8p23.1重複症候群
  • 8p23.1微細重複症候群(8p23.1 microduplication syndrome)
  • 8p23.1トリソミー(Trisomy 8p23.1)
  • 部分的8pトリソミー(Partial trisomy 8p)
  • 関連:8p23.1欠失症候群(8p23.1 deletion syndrome)
    • ※本疾患と同じ領域が「欠失」する疾患です。欠失型は重篤な心疾患や横隔膜ヘルニアが特徴ですが、重複型(本疾患)は症状の出方が異なります。
  • 関連:8p逆位重複欠失症候群(Inv-dup del 8p)
    • 【重要】 8番染色体の異常には様々なタイプがありますが、この「Inv-dup del 8p」は本疾患(8p23.1単独重複)よりも範囲が広く、重度の知的障害を伴う別の疾患単位です。インターネット検索時に混同しやすいため注意が必要です。

対象染色体領域

8番染色体 短腕(p)23.1領域

本疾患は、ヒトの8番染色体の短腕(pアーム)の先端に近い「23.1」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が重複(コピー数が通常の2本から3本に増加)することによって生じます。

【ゲノム上の詳細とクリティカルリージョン】

8p23.1領域の重複サイズは患者さんによって異なり、平均して約3.7Mb(メガベース)程度の重複が見られます。

この領域は、遺伝学的に非常に特殊な構造をしています。重複しやすい領域の両端には、**「嗅覚受容体遺伝子クラスター(REPDとREPP)」**と呼ばれる、DNA配列がそっくりなブロック(反復配列)が存在します。これが細胞分裂の際に「糊代(のりしろ)」のような役割を果たしてしまい、誤って結合することで、その間の遺伝子が抜け落ちたり(欠失)、逆に増えたり(重複)するのです。

つまり、8p23.1重複症候群と欠失症候群は、同じメカニズムで起こる「表と裏」の関係にあります。

【含まれる重要な遺伝子(責任遺伝子)】

この領域には複数の遺伝子が含まれていますが、特に以下の遺伝子の「量が増えること(トリプロセンシティ)」が、症状に関与していると考えられています。

  • GATA4 (GATA Binding Protein 4):
    • 心臓の発生に不可欠な転写因子です。
    • 欠失の場合: 心房中隔欠損症などの心疾患が高頻度で起こります。
    • 重複の場合: 欠失ほどではありませんが、一部の患者さんで心疾患のリスクに関連すると考えられています。
  • SOX7 (SRY-Box Transcription Factor 7):
    • 発生段階での組織形成に関わります。
    • 重複の影響: 発達遅滞や軽度の身体的特徴に関与している可能性があります。
  • TNKS (Tankyrase) / MSRA:
    • 神経系や行動に関与する遺伝子であり、本症候群で見られる行動特性(多動や学習障害など)に関連していると推測されています。
  • MCPH1 (Microcephalin 1):
    • 脳のサイズ制御に関わります。欠失では小頭症になりますが、重複では頭囲が正常〜大きめになる傾向があります。

発生頻度

稀だが、実際はもっと多い可能性が高い(過少診断)

正確な発生頻度は確立されていません。

推定では、出生64,000人に1人程度と考えられています。

しかし、これは氷山の一角である可能性が高いです。その理由は以下の通りです。

  1. 症状がマイルド: 多くの患者さんは、重篤な身体奇形を持たず、「言葉が少し遅い」「勉強が苦手」といった特徴のみで生活しています。そのため、染色体検査を受ける機会がなく、診断されていない方が相当数いると考えられます。
  2. 検査技術: 一般的なGバンド染色体検査(顕微鏡検査)では見逃される微細な重複であり、マイクロアレイ染色体検査(CMA)を行わないと発見できません。

性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。

臨床的特徴(症状)

8p23.1 duplication syndromeの症状は、**「発達の遅れ(特に言語)」「学習障害」「行動面の特性」**が中心です。

欠失症候群と比べて、身体的な合併症は少なく軽度である傾向があります。また、同じ重複を持っていても、症状の重さには大きな個人差(Variable Expressivity)があります。

1. 神経発達・認知機能

ほぼ全例で何らかの発達への影響が見られますが、重度の知的障害を伴うことは稀です。

  • 言語発達遅滞(Speech delay):
    • 最も一般的な特徴です。
    • 言葉が出始めるのが遅かったり、発音が不明瞭だったりすることがあります。
    • 成長とともに改善していきますが、就学後も言語療法(ST)によるサポートが有効な場合があります。
  • 運動発達遅滞:
    • 首すわりや歩行開始などのマイルストーンが、平均よりややゆっくりな場合があります。
    • 不器用さ(協調運動障害)が見られることもあります。
  • 知的発達:
    • 幅が広いです。軽度〜中等度の知的障害を伴う場合もあれば、境界域、あるいは正常知能で学習障害(LD)のみを持つ場合もあります。
    • 特に、読み書きや計算など、学校での学習に困難を感じるケースが多いです。

2. 行動・精神面の特性(Behavioral phenotype)

ご家族や学校の先生が気付きやすいポイントであり、生活の質(QOL)に大きく関わります。

  • 注意欠陥・多動性障害(ADHD):
    • 不注意、落ち着きのなさ、衝動性が見られることがあります。
  • 自閉スペクトラム症(ASD):
    • こだわり、社会的なコミュニケーションの苦手さ、視線が合いにくいなどの特性が見られることがあります。
  • その他:
    • 不安の強さ、かんしゃく、気分の変動などが見られることがありますが、環境調整によって落ち着くことが多いです。

3. 身体的特徴・顔貌

「特異的顔貌」と呼ばれるほど目立つ特徴はありませんが、いくつかの共通点が報告されています。

  • 顔貌:
    • 広い額(Prominent forehead)。
    • アーチ状の眉毛。
    • 鼻根部が高い、または広い。
    • 口唇の形の特徴(薄い上唇など)。
    • これらの特徴は非常に軽微であり、ご両親に似ている範囲内であることも多いです。
  • 頭部:
    • 欠失症候群が「小頭症」になるのに対し、重複症候群では**頭囲が正常〜やや大きい(大頭症傾向)**場合があります。
  • 骨格:
    • 手足の指の形の特徴(短指症など)や、関節の柔軟性が見られることがあります。

4. その他の合併症

欠失症候群に比べて頻度は低いですが、以下の合併症が見られることがあります。

  • 先天性心疾患:
    • 心房中隔欠損症(ASD)や心室中隔欠損症(VSD)などが見られることがありますが、欠失症候群ほど高頻度・重篤ではありません。
  • 口蓋裂・口唇裂:
    • 稀に合併することがあります。
  • てんかん:
    • けいれん発作を起こすことがありますが、多くは薬物療法でコントロール可能です。
  • 横隔膜ヘルニア:
    • 欠失症候群では特徴的ですが、重複症候群での発症は非常に稀です。

原因

8番染色体短腕(8p23.1)における微細重複が原因です。

1. 発生機序:非アリル間同源組換え(NAHR)

この領域には、DNAの配列がそっくりなブロック(嗅覚受容体遺伝子クラスター)が並んでいます。

細胞分裂(減数分裂)の際、染色体がペアを作って情報を交換しますが、この「そっくりなブロック」のせいで、ペアを組む位置がずれてしまうことがあります。

その結果、片方の染色体には「欠失」が、もう片方の染色体には「重複(本疾患)」が生じます。

2. 親の「8p23.1逆位(Inversion)」との関連

ここが遺伝カウンセリング上の重要なポイントです。

  • 一般人口の約25%(4人に1人)は、8p23.1領域に「逆位」という多型(バリエーション)を持っています。
  • これは、染色体の一部がくるっとひっくり返っている状態ですが、遺伝子の量は変わらないため、健康上の問題は全くありません
  • しかし、親がこの「逆位」を持っている場合、減数分裂の際に染色体が複雑なループを作ってペアリングしようとするため、重複や欠失が生じやすくなります。
  • つまり、親の染色体検査を行うと、この逆位が見つかることがよくあります。

3. 遺伝形式:家族性が多い

  • De novo(新生突然変異):
    • 両親は正常で、受精の過程で偶然生じた突然変異です。
  • 家族性(Inherited):
    • 親からの遺伝であるケースが、本疾患では非常に多く報告されています。
    • 親自身も同じ重複を持っていて、「子供の頃は勉強が苦手だった」「話し始めるのが遅かった」といったエピソードがあるものの、大人になってからは普通に生活している(不完全浸透や軽症例)場合があります。
    • 親が重複を持っている場合、子に遺伝する確率は50%(常染色体顕性遺伝)です。

診断方法

「言葉の遅れ」や「学習障害」、「ADHD」などがあり、一般的な検査で原因が分からない場合に、詳細な遺伝学的検査を行って初めて判明します。

  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
    • 8p23.1領域の重複(コピー数3)を確実に検出できます。
    • 欠失症候群や、より重篤な「8p逆位重複欠失症候群」との鑑別も可能です。
  • 両親の解析(Parental Testing):
    • 診断確定後、家族性かどうかを確認するために両親の検査が強く推奨されます。
    • 親も同じ重複を持っていた場合、その重複の病原性は比較的マイルドである、あるいは環境要因や療育によって予後が良くなる可能性があると判断する材料になります。

治療方法

重複した染色体を元に戻す治療法はありません。

治療は、お子さんの困りごとに合わせた療育的・教育的支援が中心となります。

1. 発達・学習支援(最優先)

  • 言語聴覚療法(ST):
    • 言葉の遅れに対し、早期から介入します。語彙を増やしたり、発音を明瞭にしたりする練習を行います。
  • 学習支援:
    • 学校生活では、個別の教育支援計画(IEP)を作成し、学習障害(LD)の傾向がある場合は、読み書きの補助、タブレットの活用、試験時間の延長などを検討します。
    • 通常学級に進むお子さんも多いですが、通級指導教室や支援学級など、その子にとってストレスの少ない環境を選ぶことが大切です。

2. 行動・心理面のサポート

  • ADHDへの対応:
    • 環境調整(集中しやすい座席、視覚的な指示など)や、ソーシャルスキルトレーニング(SST)を行います。
    • 必要に応じて、児童精神科医による薬物療法が検討されることもあります。
  • 自己肯定感の育成:
    • 勉強や運動が苦手で自信を失いやすいため、得意なことや好きなこと(絵を描く、音楽、特定の趣味など)を見つけて伸ばし、褒める機会を増やすことが重要です。

3. 健康管理

  • 定期検診:
    • 特別な内臓の病気がなければ、頻繁な通院は不要です。
    • 診断時に心エコー検査を行い、心疾患がないことを確認しておくと安心です。

4. 遺伝カウンセリング

  • 情報の整理:
    • 「8p異常」と検索すると、重篤な疾患の情報が出てきて不安になることがあります。「8p23.1単独重複」は、比較的予後が良い疾患であることを伝え、正しい見通しを持てるよう支援します。
  • 家族への支援:
    • 親が同じ重複を持っていた場合、「自分のせいだ」と責めてしまうことがありますが、これは「体質」のようなものであり、親御さんが立派に社会生活を送れていることは、お子さんの将来にとって大きな希望となります。

まとめ

8p23.1 duplication syndromeは、8番染色体の一部が微細に増えることで起こる疾患です。

この疾患は、対となる「欠失症候群」に比べて症状がマイルドであることが多く、心臓の病気などの重い合併症を持つことは比較的稀です。

お子さんの特徴としては、言葉を話し始めるのが少しゆっくりだったり、学校の勉強でつまずきやすかったり、落ち着きがなかったりといった「育てにくさ」として現れることが多いです。

これらは「本人の努力不足」や「しつけの問題」ではなく、生まれつきの遺伝子のバランスによる特性です。

診断がついたことは、お子さんを理解するための大きな鍵を手に入れたことと同じです。

「なぜできないの?」と叱るのではなく、「どうすれば分かりやすいかな?」と考えることで、具体的な対策(療育や学習支援)が見えてきます。

また、この重複は親御さんから受け継がれていることもよくあり、その場合は「お父さんやお母さんも子供の頃はそうだったけど、今は大丈夫」という、一番身近なロールモデルがいることになります。

知的な発達のペースはゆっくりでも、適切なサポートがあれば、自立した社会生活を送ることが十分に可能です。

小児科医、心理士、学校の先生、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの個性を肯定しながら、その成長を温かく支えていきましょう。

参考文献

  • Barber, J.C.K., et al. (2008). 8p23.1 duplication syndrome; common, confirmed, and novel features in six further patients. American Journal of Medical Genetics.
    • (※8p23.1重複症候群の臨床像(発語遅滞、学習障害、異形顔貌)を詳細に報告し、欠失症候群との比較を行った、本疾患の理解における基本となる重要論文。)
  • Barber, J.C.K., et al. (2010). 8p23.1 duplication syndrome involving the GATA4 gene: a case report and review of the literature.
    • (※GATA4遺伝子を含む重複症例の報告。心疾患のリスクは欠失に比べて低いものの、注意が必要であることを示唆。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 8p23 duplications (2018).
    • (※患者家族向けに、発達の特徴、学習支援(LDへの対応)、行動面のアドバイス、親の逆位についての説明などを平易にまとめたガイドブック。)
  • Gläser, D., et al. (2011). De novo 8p23.1 interstitial microduplication involving GATA4 in a patient with congenital heart disease.
    • (※GATA4重複と心疾患の関連について、遺伝子量効果の観点から考察した研究。)
  • Cuselle, C., et al. (2013). Phenotypic variability in 8p23.1 duplication syndrome.
    • (※同じ8p23.1重複を持つ患者間でも症状に大きな個人差(Variable Expressivity)があること、および家族性発症の頻度について報告した文献。)

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