別名・関連疾患名
- 8q12微細重複症候群
- 8q12重複症候群(8q12 duplication syndrome)
- 8q12トリソミー(Trisomy 8q12)
- CHD7重複症候群(CHD7 duplication syndrome)
- ※本症候群の主要な症状(特に神経発達面)に、この領域に含まれるCHD7遺伝子の重複が関与していると考えられる場合に使われる名称です。
- 部分的8qトリソミー(Partial trisomy 8q)
- 関連:チャージ症候群(CHARGE syndrome)
- ※CHD7遺伝子の機能喪失(変異や欠失)によって起こる疾患です。本疾患とは遺伝学的に対(つい)になる関係ですが、臨床像は異なります。
対象染色体領域
8番染色体 長腕(q)12領域
本疾患は、ヒトの8番染色体の長腕(qアーム)の付け根に近い「12」と呼ばれるバンド領域(8q12.1〜8q12.3)において、DNA配列の一部が重複(コピー数が通常の2本から3本に増加)することによって生じます。
【ゲノム上の詳細とクリティカルリージョン】
8q12領域の重複サイズは患者さんによって異なり、数百キロベース(kb)の小さなものから数メガベース(Mb)に及ぶものまで様々です。
この領域には複数の遺伝子が含まれていますが、本症候群の病態を理解する上で最も重要なのが、CHD7遺伝子とPLAG1遺伝子です。
【重要な遺伝子(責任遺伝子)】
- CHD7 (Chromodomain Helicase DNA Binding Protein 7): 8q12.2に位置。
- 役割: 遺伝子の「指揮者」とも呼ばれるタンパク質を作ります。DNAが巻き付いている構造(クロマチン)を緩めたり締めたりすることで、胎児期の様々な臓器や脳の発達に必要な遺伝子のスイッチをオン・オフする「クロマチンリモデリング因子」です。
- 遺伝子量効果:
- 不足(欠失・変異): 多発奇形を伴う重篤な**「チャージ症候群」**を引き起こします(眼のコロボーマ、心疾患、後鼻孔閉鎖、成長障害、性器発育不全、耳の奇形など)。
- 過剰(重複・本疾患): 脳の発達プログラムに混乱が生じ、発達遅滞や知的障害を引き起こしますが、チャージ症候群のような重篤な身体奇形(コロボーマなど)は伴わない傾向があります。
- PLAG1 (Pleomorphic Adenoma Gene 1): 8q12.1に位置。
- 役割: 胎児期の成長を促進する転写因子です。
- 重複の影響: この遺伝子を含む重複の場合、過成長(高身長)や唾液腺腫瘍のリスクに関連する可能性があります。Silver-Russell症候群(低身長)と逆のメカニズムに関与するとも考えられています。
発生頻度
極めて稀(Ultra-rare)
正確な発生頻度は確立されていません。
チャージ症候群(出生8,500〜10,000人に1人)に比べると、8q12重複症候群の報告数は圧倒的に少なく、世界的な医学文献における詳細な症例報告数は数十例規模にとどまります。
しかし、これは疾患が存在しないのではなく、以下の理由による**「過少診断(Underdiagnosis)」**である可能性が高いです。
- 特徴が非特異的: チャージ症候群のような特徴的な大奇形(コロボーマや後鼻孔閉鎖)がないことが多く、単なる「原因不明の発達遅滞」や「自閉スペクトラム症」として診断されている可能性があります。
- 検査技術: 一般的なGバンド染色体検査では見逃される微細な重複であり、マイクロアレイ染色体検査(CMA)を行わないと発見できません。
性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。
臨床的特徴(症状)
8q12 microduplication syndromeの症状は、重複の範囲や含まれる遺伝子によって異なりますが、主に**「発達遅滞」「特徴的な顔貌」「筋緊張低下」**が見られます。
チャージ症候群と共通する点もあれば、全く異なる点(例えば身長)もあります。
1. 神経発達・認知機能
ほぼ全例で、中等度から重度の発達への影響が認められます。
- 知的障害(ID) / 発達遅滞(DD):
- 多くの患者さんで中等度〜重度の知的障害を伴います。
- 特に、抽象的な思考や学習に困難さを抱えることが多いです。
- 言語発達遅滞:
- 言葉の獲得が遅く、表出(話すこと)が苦手な傾向があります。
- 一部の患者さんでは、発語が数語にとどまる(Non-verbal)こともあります。
- 運動発達遅滞:
- 首すわり、お座り、歩行開始などのマイルストーンが遅れます。
- 筋緊張低下(Hypotonia): 乳幼児期に体が柔らかく(フロッピーインファント)、体幹が弱いため、運動発達の遅れの一因となります。
2. 行動・精神面の特性
- 行動異常:
- 多動(ADHD様)、攻撃性、自傷行為、かんしゃくなどが見られることがあります。
- 自閉スペクトラム症(ASD):
- 社会的なコミュニケーションの苦手さ、こだわり、常同行動などの自閉的特性を併せ持つことが多いです。
- CHD7遺伝子の機能異常は、量が増えても減っても、脳の神経回路形成に影響し、ASDのリスクを高めると考えられています。
3. 身体的特徴・顔貌
「特異的顔貌」とされますが、チャージ症候群ほど特徴的ではありません。
- 顔貌:
- 前頭部突出(おでこが出ている)。
- アーチ状の眉毛、濃い眉毛。
- 眼間開離(目が離れている)。
- 耳の位置が低い、耳介の変形(チャージ症候群ほど顕著な変形ではないことが多い)。
- 丸い顔、短い鼻、厚い唇など。
- 成長:
- ここが興味深い点です。
- チャージ症候群では「低身長」が特徴ですが、8q12重複(特にPLAG1を含む場合)では、身長が平均以上になる**「過成長(Overgrowth)」**が見られることがあります。
- ただし、摂食障害などにより体重が増えにくい場合もあり、個人差が大きいです。
4. その他の合併症
チャージ症候群で見られるような重篤な多発奇形は稀ですが、いくつかの合併症が報告されています。
- 眼科:
- 斜視、屈折異常。
- 注意: チャージ症候群の特徴である「コロボーマ(虹彩や網膜の欠損)」は、8q12重複では通常見られません(これが重要な鑑別点です)。
- 聴覚:
- 難聴を合併することがあります。耳の構造異常を伴うこともあります。
- 心疾患:
- 心室中隔欠損症(VSD)や動脈管開存症(PDA)などの先天性心疾患が報告されています。
- 骨格:
- 側弯症、関節の緩さ、指の異常(短指など)。
- てんかん:
- けいれん発作を合併するケースがあり、脳波検査での異常が見られることがあります。
- 腎・泌尿器:
- 水腎症や停留精巣などが稀に見られます。
原因
8番染色体長腕(8q12)における微細重複が原因です。
1. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 8q12重複症候群の多くは、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
- 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
- 家族性(Inherited):
- 親からの遺伝であるケースも報告されています。
- 親自身も同じ重複を持っていて、軽度の学習障害や特徴的な顔立ちがあるものの、診断されずに社会生活を送っている場合(不完全浸透や軽症例)があります。
- 親が重複を持っている場合、子に遺伝する確率は50%(常染色体顕性遺伝)です。
2. トリプロセンシティ(Triplosensitivity)
- 遺伝子は「あればあるほど良い」わけではありません。
- CHD7のような「指揮者」の役割をする遺伝子は、量が厳密にコントロールされています。
- 通常2本(父由来・母由来)であるはずが、重複して3本分(1.5倍)になると、指揮者が多すぎて現場(細胞)が混乱し、正常な脳の発達プログラムが実行できなくなります。これを「トリプロセンシティ(3コピーに対する感受性)」と呼びます。
診断方法
「発達遅滞」「筋緊張低下」「特徴的な顔貌」があり、一般的な検査で原因が分からない場合に、詳細な遺伝学的検査を行って初めて判明します。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
- 8q12領域の微細な重複を検出し、その正確なサイズ(bp単位)と、CHD7やPLAG1遺伝子が含まれているかを特定できます。
- 従来のGバンド検査(顕微鏡検査)では、重複が小さすぎる場合に見逃されることがあるため、CMAが必須です。
- 両親の解析(Parental Testing):
- 診断確定後、家族性かどうかを確認するために両親の検査が推奨されます。
- これにより、突然変異なのか、親から受け継いだ体質なのかが判明し、次子再発リスクの評価が可能になります。
- 画像検査(MRI / エコー):
- てんかんや発達遅滞の精査のための頭部MRI、心疾患チェックのための心エコーなどが行われます。
治療方法
重複した染色体を元に戻す治療法はありません。
治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、発達を最大限に促す**療育(ハビリテーション)**が中心となります。
1. 発達・療育的支援
- 早期療育:
- 診断後、可能な限り早期から理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
- 理学療法(PT):
- 筋緊張低下に対し、体幹を鍛え、運動発達(お座りや歩行)を促します。
- 言語聴覚療法(ST):
- 言葉の遅れに対し、コミュニケーション指導を行います。発語が難しい場合は、サインや絵カードなどのAAC(補助代替コミュニケーション)を活用し、意思伝達の手段を確保します。
- 教育:
- 知的障害の程度や行動特性に合わせて、特別支援学校や支援学級などの教育環境を選択します。
2. 合併症の管理
- てんかん:
- 発作がある場合は、抗てんかん薬による治療を行います。
- 心疾患:
- 定期的な経過観察や、必要に応じた手術・投薬を行います。
- 聴覚・視覚:
- 定期的な検査を行い、難聴や屈折異常があれば、補聴器や眼鏡で補正し、学習や生活への影響を最小限にします。
- 整形外科:
- 側弯症などがある場合、装具療法や定期チェックを行います。
3. 遺伝カウンセリング
- 情報の整理:
- 「CHD7の異常」と検索すると、重篤なチャージ症候群の情報が出てきて不安になることがあります。「重複」と「欠失(チャージ)」は別の病態であり、一般的に重複の方が身体的な奇形は少ない傾向にあることを説明し、正しい見通しを持てるよう支援します。
- 家族への支援:
- 親が保因者だった場合の次子リスクや、きょうだいへの説明について相談に乗ります。
まとめ
8q12 microduplication syndromeは、8番染色体の一部が微細に増えることで起こる、非常に希少な疾患です。
この領域には、体の発育に重要な遺伝子が含まれているため、重複すると、発達のペースがゆっくりになったり、言葉が出るのが遅かったりといった影響が出ることがあります。
ご家族にとって、「染色体異常」や「聞き慣れない病名」は大きな不安の種かと思います。
特に、インターネットで調べると、関連する「チャージ症候群」の重い症状が目に入り、心配されるかもしれません。
しかし、この「重複症候群」は、チャージ症候群とは異なる病気です。
多くの患者さんにおいて、重篤な内臓の奇形(心臓や目など)を合併することは少なく、生命予後は安定しています。
お子さんは、筋肉の張りが弱く、運動や言葉の発達に時間はかかりますが、療育を受けることで着実にできることが増えていきます。
また、人懐っこい笑顔を見せてくれたり、独自の感性を持っていたりと、その子らしい魅力にあふれています。
稀な疾患であるため、周囲の理解を得にくいことがあるかもしれませんが、診断がついたことで、必要なサポート(療育や教育支援)につながるための「パスポート」を手に入れたと言えます。
小児科医、療育スタッフ、心理士、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、焦らず、お子さんの個性豊かな成長を温かく支えていきましょう。
参考文献
- Tushe, E., et al. (2014). 8q12.1-q12.2 microduplication containing the CHD7 gene associated with developmental delay and specific facial features.
- (※CHD7遺伝子を含む8q12重複を持つ患者の症例報告。発達遅滞や顔貌の特徴を詳述し、チャージ症候群(欠失)との臨床像の違いを明確にした重要論文。)
- Balasubramanian, M., et al. (2013). Case series: 8q12 microduplication syndrome.
- (※8q12領域の重複を持つ複数の患者を比較検討したケースシリーズ。CHD7重複による表現型(知的障害、成長障害など)の共通点と個人差について分析。)
- Bergman, J.E., et al. (2011). CHD7 mutations and CHARGE syndrome: the clinical implications of an expanding phenotype.
- (※CHD7遺伝子の変異スペクトラムに関する総説だが、遺伝子量効果(ハプロ不全 vs 重複)の観点から、8q12重複の病態理解にも資する文献。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 8q duplications (2019).
- (※患者家族向けに、8q重複全般の特徴、発達の目安、療育のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。8q12領域に関する記述も含む。)
- Mastromoro, G., et al. (2020). CHD7 molecular alterations and the associated clinical spectrum.
- (※CHD7に関連する遺伝学的変異(欠失、変異、重複)と臨床像の相関を包括的にレビューした文献。)
- ClinGen Dosage Sensitivity Curation: CHD7.
- (※CHD7遺伝子のトリプロセンシティ(重複による病原性)に関する科学的評価。重複が神経発達障害を引き起こす可能性についてのエビデンスが評価されている。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


