別名・関連疾患名
- 8q21.11欠失症候群
- 8q21.11微細欠失症候群(8q21.11 microdeletion syndrome)
- 8q21.11モノソミー(Monosomy 8q21.11)
- ZFHX4関連神経発達症(ZFHX4-related neurodevelopmental disorder)
- ※本症候群の主要な症状(眼瞼下垂、知的障害など)は、この領域に含まれるZFHX4遺伝子の欠失によって引き起こされるため、原因遺伝子に基づいてこう呼ばれることが増えています。
- ZFHX4欠失症候群(ZFHX4 deletion syndrome)
対象染色体領域
8番染色体 長腕(q)21.11領域
本疾患は、ヒトの8番染色体の長腕(qアーム)の中間付近にある「21.11」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が微細に欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。
【ゲノム上の詳細とクリティカルリージョン】
8q21.11領域の欠失サイズは患者さんによって異なり、数百キロベース(kb)から数メガベース(Mb)まで様々です。
この領域にはいくつかの遺伝子が含まれていますが、本症候群の特徴的な症状を引き起こす決定的な原因(責任遺伝子)として、以下の遺伝子が特定されています。
【最重要遺伝子:ZFHX4】
- ZFHX4 (Zinc Finger Homeobox 4):
- 役割: 脳の神経細胞や筋肉の発達を制御する「転写因子」です。特に、神経細胞が正しい場所に移動したり(神経遊走)、分化したりする過程で重要な役割を果たしています。
- 欠失の影響: この遺伝子が半分(ハプロ不全)になると、脳の発達や顔面の筋肉(特にまぶたを持ち上げる筋肉)の形成に影響が出ます。これが、本症候群の特徴である**「眼瞼下垂」や「知的障害」**の直接的な原因と考えられています。
【その他の関連遺伝子】
- HEY1 (Hairy/Enhancer-of-split Related with YRPW Motif 1):
- 心臓や神経系の発達に関与しており、欠失に含まれる場合は心疾患のリスクなどに関連する可能性があります。
- PEX2 (PXMP3):
- ペルオキシソーム病(Zellweger症候群など)の原因遺伝子ですが、通常は劣性遺伝(両方の遺伝子がダメになって発症)するため、欠失症候群(片方だけ欠失)の場合は保因者となるだけで、重篤な代謝異常は出ないことが多いです。
発生頻度
極めて稀(Ultra-rare)
正確な発生頻度は確立されていません。
マイクロアレイ染色体検査(CMA)の普及により発見されるようになった新しい疾患概念であり、世界的な医学文献における詳細な症例報告数は数十例程度にとどまります。
しかし、特徴的な身体所見(眼瞼下垂など)があるため、今後診断数は増えていく可能性があります。
性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。
臨床的特徴(症状)
8q21.11 deletion syndromeの症状は、**「特徴的な顔貌(特に眼瞼下垂)」「知的障害」「筋緊張低下」**が3大特徴です。
特に、生まれつき目が開きにくいという症状は、診断の重要な手がかりになります。
1. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)
多くの患者さんに共通する、愛らしい特徴的なお顔立ちが見られます。
- 眼瞼下垂(Ptosis):
- 本症候群の最も象徴的な特徴です。
- 片側または両側のまぶたが下がっており、目が細く見えたり、物を見る時に顎を上げたりする仕草が見られます。
- ZFHX4遺伝子の欠失による、まぶたを持ち上げる筋肉(眼瞼挙筋)や神経の発達不全が原因と考えられています。
- 丸い顔(Round face):
- 頬がふっくらとしており、顔の輪郭が丸い傾向があります。
- その他の顔貌特徴:
- 短い人中(鼻の下)、上唇の山(キューピッド弓)がはっきりしている、口角が下がっている。
- 広い鼻根部、鼻翼(小鼻)の低形成。
- 耳の位置が低い、耳が突出している。
- 小顎症(あごが小さい)。
2. 神経発達・認知機能
ほぼ全例で、軽度から中等度(時に重度)の発達への影響が認められます。
- 知的障害(ID) / 発達遅滞(DD):
- 多くの場合、軽度〜中等度の知的障害を伴います。
- 言葉の獲得や、運動発達(首すわり、歩行など)がゆっくりです。
- 理解力は比較的良好なことが多く、ニコニコとした愛想の良い性格であることも報告されています。
- 運動発達遅滞:
- 筋緊張低下(Hypotonia): 乳幼児期に体が柔らかく(フロッピーインファント)、お座りや歩行の獲得に時間を要します。
- バランス感覚が弱く、歩き始めが遅れることがあります。
3. 眼の異常(Ocular anomalies)
眼瞼下垂以外にも、眼の構造や機能に問題が生じることがあります。
- 斜視(Strabismus): 視線が合わない。
- 屈折異常: 高度近視や遠視、乱視。
- 小眼球症・強膜化角膜: 稀に、眼球が小さい、あるいは黒目(角膜)の一部が白目(強膜)のように白く濁るなどの構造異常が見られることがあります。
4. 行動・精神面の特性
- 行動異常:
- 自閉スペクトラム症(ASD)様の行動(こだわり、コミュニケーションの苦手さ)、多動、注意散漫などが見られることがあります。
- 聴覚過敏や、特定の音に対する反応が見られることもあります。
- 睡眠障害:
- 入眠困難や中途覚醒など、睡眠のリズムが整いにくい場合があります。
5. その他の合併症
- 聴覚:
- 感音性難聴を合併することがあります。
- 手足の異常:
- 手足の指が曲がっている(屈指症)、指が短い、第3-4指の合指症など、軽微な骨格異常が見られることがあります。
- 脳画像所見:
- MRI検査で、脳梁の低形成や髄鞘化の遅れが見られることがありますが、特異的なものではありません。
- 心疾患:
- 心房中隔欠損症などの軽微な心疾患が報告されています(HEY1遺伝子の関与が疑われています)。
原因
8番染色体長腕(8q21.11)における微細欠失が原因です。
1. 発生機序
- De novo(新生突然変異):
- 8q21.11欠失症候群のほぼ全例は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
- 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
- この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)です。
- 家族性(稀):
- 極めて稀ですが、親が症状の軽い(モザイクなど)保因者である可能性もゼロではないため、念のため確認されることがあります。
2. ZFHX4のハプロ不全
- 本質的な原因は、ZFHX4遺伝子が片方欠けることで、作られるタンパク質の量が半分になってしまうことです。
- 脳や筋肉を作るための「指令」が量的に不足するため、眼瞼下垂や知的障害といった症状が現れます。
診断方法
「眼瞼下垂」「丸い顔」「発達遅滞」の組み合わせから疑われますが、確定診断には詳細な遺伝学的検査が必要です。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
- 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
- 8q21.11領域の微細な欠失を検出し、その正確なサイズ(bp単位)と、ZFHX4遺伝子が含まれているかを特定できます。
- 従来のGバンド検査(顕微鏡検査)では、欠失が小さすぎる場合に見逃されることがあるため、CMAが必須です。
- 全エクソーム解析(WES) / 遺伝子パネル検査:
- 染色体欠失ではなく、ZFHX4遺伝子の中の小さな点変異(Loss-of-function variants)でも、本症候群と全く同じ症状が出ることが分かっています。
- CMAで異常がなかった場合でも、症状が強く疑われる場合はこれらの検査で診断されることがあります。
- 眼科的検査:
- 眼瞼下垂の程度、斜視、視力、眼底検査などを行い、視覚機能への影響を評価します。
治療方法
欠失した遺伝子を修復する根本的な治療法はありません。
治療は、症状(特に眼瞼下垂と発達)に対する対症療法と、生活の質を高めるための療育が中心となります。
1. 眼科的治療(重要)
- 眼瞼下垂の手術:
- まぶたが下がって瞳孔(黒目)を覆ってしまうと、視力の発達が妨げられ、弱視になるリスクがあります。
- そのため、視野を確保するために、まぶたを持ち上げる手術(吊り上げ術など)が必要になることがあります。手術の時期は、下垂の程度や視力発達への影響を考慮して眼科医と相談して決定します。
- 視力矯正:
- 近視や乱視がある場合は、眼鏡を装用して視力の発達を促します。
2. 発達・療育的支援
- 早期療育:
- 診断後、早期から理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
- 理学療法(PT):
- 筋緊張低下に対し、体幹を鍛え、歩行や姿勢保持の安定を目指します。
- 言語聴覚療法(ST):
- 言葉の遅れに対し、コミュニケーション指導を行います。鼻咽腔閉鎖不全(鼻に声が抜ける)がある場合は、その改善訓練も行います。
- 教育:
- 知的障害の程度に合わせて、特別支援学校や支援学級などの教育環境を選択します。視覚的な支援(絵カードなど)を取り入れることも有効です。
3. 健康管理
- 聴覚管理:
- 難聴のスクリーニングを行い、必要に応じて補聴器を使用します。
- 歯科:
- 小顎症や歯並びの問題に対し、定期的な歯科検診とケアを行います。
4. 遺伝カウンセリング
- 情報の整理:
- 非常に新しい疾患概念であり、日本語の情報はほとんどありません。ご家族は孤独感を感じやすいため、海外の知見も含めた正確な情報提供を行います。
- 家族への支援:
- 「眼瞼下垂は手術で改善できること」「ゆっくりだが発達は進んでいくこと」など、ポジティブな見通しを共有し、不安を軽減します。
まとめ
8q21.11 deletion syndromeは、8番染色体の一部、特にまぶたや脳の発達に関わるZFHX4遺伝子が欠失することで起こる希少な疾患です。
この疾患のお子さんは、生まれつきまぶたが下がっていて(眼瞼下垂)、眠たそうな可愛らしい表情をしていることが多いです。また、お顔が丸く、ニコニコとした愛嬌のある性格であることもよく報告されています。
ご家族にとって、目の手術が必要になったり、発達がゆっくりだったりすることは、大きな心配事かと思います。
しかし、眼瞼下垂は適切な時期に手術をすれば、視野が広がり、視力も守ることができます。目がパッチリと開くことで、表情もより豊かになります。
発達に関しては、筋力が弱いために運動はゆっくりですが、リハビリテーションを通じて着実に力をつけていきます。言葉の遅れがあっても、こちらの言っていることはよく理解していることが多いです。
重篤な内臓の病気を合併することは比較的少なく、命に関わるリスクは低い傾向にあります。
この疾患は非常に稀ですが、世界中で研究が進んでおり、ZFHX4遺伝子の役割も解明されつつあります。
眼科医、形成外科医、小児科医、療育スタッフ、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの個性的な瞳が見つめる未来を、長く、温かく支えていきましょう。
参考文献
- Palomares, M., et al. (2011). Characterization of a 8q21.11 microdeletion syndrome associated with intellectual disability and a recognizable phenotype. American Journal of Human Genetics.
- (※8q21.11微細欠失症候群を新たな疾患単位として初めて定義し、ZFHX4遺伝子が主要な責任遺伝子であることを提唱した、本疾患における最も重要な原著論文。)
- Vulto-van Silfhout, A.T., et al. (2013). ZFHX4 mutations in patients with intellectual disability and ptosis.
- (※ZFHX4遺伝子の点変異を持つ患者が、8q21.11欠失症候群と同じ症状(知的障害、眼瞼下垂)を呈することを示し、ZFHX4が表現型の主要なドライバーであることを証明した研究。)
- Beriault, D.R., et al. (2012). A novel 8q21.11 microdeletion identifies ZFHX4 as a candidate gene for ptosis and intellectual disability.
- (※眼瞼下垂と知的障害を持つ患者において8q21.11微細欠失を同定し、ZFHX4の機能(神経・筋発達)と臨床症状の関連を考察した文献。)
- Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 8q21 deletions (2019).
- (※患者家族向けに、眼瞼下垂のケア、発達の目安、療育のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。)
- Vergult, S., et al. (2024). Loss-of-function of the Zinc Finger Homeobox 4 (ZFHX4) gene underlies a neurodevelopmental disorder. medRxiv.
- (※ZFHX4関連障害(欠失および変異)の大規模なコホート解析を行い、詳細な臨床スペクトラム(顔貌、行動特性など)を明らかにした最新の研究。)
- GeneReviews® / Orphanet: 8q21.11 microdeletion syndrome.
- (※希少疾患データベースにおける疾患定義と疫学情報。)
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


