8q24.3 microdeletion syndrome

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • 8q24.3微細欠失症候群
  • 8q24.3欠失症候群(8q24.3 deletion syndrome)
  • 8q24.3モノソミー(Monosomy 8q24.3)
  • 8q末端欠失症候群(Distal 8q deletion syndrome)
  • フェルヘイ症候群(Verheij syndrome; VRJS)
    • 【重要】 本症候群の最も代表的な臨床像です。8q24.3領域にあるPUF60遺伝子の欠失や変異によって引き起こされる、「成長障害・発達遅滞・コロボーマ・骨格異常」などを特徴とする疾患です。現在では、8q24.3欠失の多くがこのフェルヘイ症候群として診断・分類されています。
  • 8q24.3重複症候群(関連疾患)
    • ※同じ領域が「重複」する疾患です。

対象染色体領域

8番染色体 長腕(q)24.3領域

本疾患は、ヒトの8番染色体の長腕(qアーム)の最も端(テロメア側)に位置する「24.3」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。

【ゲノム上の詳細とクリティカルリージョン】

8番染色体の長腕(8q)には、ランガー・ギーディオン症候群(8q24.1)などの有名な疾患がありますが、本疾患はそれよりもさらに先、染色体の一番端っこの欠失です。

欠失サイズは患者さんによって異なり、数百キロベース(kb)から数メガベース(Mb)まで様々です。

この領域にはいくつかの遺伝子が含まれていますが、近年の研究により、以下の遺伝子が症状形成の主役(責任遺伝子)であることが特定されています。

【含まれる重要な遺伝子(責任遺伝子)】

  • PUF60 (Poly(U) Binding Splicing Factor 60):
    • 最重要の責任遺伝子です。
    • 役割: 遺伝子の情報を読み取る際、不要な部分をカットしてつなぎ合わせる「スプライシング」という過程に関わるタンパク質を作ります。
    • 欠失の影響: この遺伝子が半分(ハプロ不全)になると、**「フェルヘイ症候群」**の典型的な症状(低身長、知的障害、眼のコロボーマ、腎臓・骨格異常)が引き起こされます。
  • SCRIB (Scribble Planar Cell Polarity Protein):
    • 役割: 細胞の極性(方向性)や増殖を制御する遺伝子です。
    • 欠失の影響: 成長障害(低身長)や眼のコロボーマの発症に関与していると考えられています。PUF60と協力して働く可能性があります。
  • NRBP2:
    • 神経系で発現しており、知的障害などに関与している可能性があります。

発生頻度

極めて稀(Ultra-rare)

正確な発生頻度は確立されていません。

世界的な医学文献における詳細な症例報告数は、フェルヘイ症候群としての報告を含めても数十例〜百例程度です。

しかし、これは疾患が存在しないのではなく、以下の理由による**「過少診断(Underdiagnosis)」**である可能性が高いです。

  1. 症状の多様性: 眼や腎臓の奇形を伴わない軽症例(知的障害のみなど)の場合、詳細な染色体検査が行われず、診断に至っていない可能性があります。
  2. 検査技術: 染色体の端(テロメア付近)の微細な欠失は、一般的なGバンド染色体検査では見逃されやすく、マイクロアレイ染色体検査(CMA)が普及するまでは発見が困難でした。

性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。

臨床的特徴(症状)

8q24.3 microdeletion syndrome(フェルヘイ症候群)の症状は、**「成長障害」「眼の異常」「骨格・腎臓の異常」「発達遅滞」の4つが大きな柱となります。

特に、「コロボーマ(眼)」と「腎臓・骨の異常」**の組み合わせは、この疾患を疑う重要なサインです。

1. 成長障害・体格

  • 低身長(Short stature):
    • 出生時は正常範囲の体重・身長であることが多いですが、生後数ヶ月から成長率が低下し、低身長(-2SD以下)となることが非常に多いです。
    • 成長ホルモンの分泌は正常であることが多く、骨や軟骨の代謝、あるいはPUF60/SCRIB遺伝子による細胞増殖の制御の問題と考えられています。
  • 小頭症(Microcephaly):
    • 頭囲が小さめで、小顔の印象を与えます。

2. 眼の異常(Ocular anomalies)

本症候群において最も特徴的で、診断の決め手となる症状の一つです。

  • コロボーマ(Coloboma):
    • 虹彩コロボーマ: 茶目(虹彩)の一部が欠けており、瞳孔が「鍵穴」や「涙のしずく」のような形に見えます。
    • 網膜脈絡膜コロボーマ: 眼の奥(網膜)に欠損があり、視力低下や視野欠損の原因となります。
    • 本症候群の約60〜80%に見られると報告されています。
  • その他の眼症状:
    • 小眼球症(目が小さい)、斜視、眼振、屈折異常(遠視・乱視)など。

3. 骨格の異常(Skeletal anomalies)

背骨や関節に特徴が出やすいです。

  • 椎骨異常:
    • 脊椎の形がいびつである(半椎体)、癒合している(ブロック椎)、蝶形椎などが見られることがあります。
    • これにより、**側弯症(Scoliosis)**や後弯症を発症するリスクが高くなります。
  • 関節:
    • 関節の過伸展(体が柔らかすぎる)が見られる一方で、関節拘縮(硬くなる)が見られることもあります。
    • 親指の付け根が小さい(母指低形成)などの指の異常も報告されています。

4. 腎・泌尿器の異常

  • 腎奇形:
    • 腎臓が片方しかない(腎無形成)、腎臓が小さい(低形成)、馬蹄腎(左右がつながっている)などが見られることがあります。
    • 腎機能自体は保たれていることが多いですが、定期的なチェックが必要です。

5. 神経発達・認知機能

ほぼ全例で、中等度から重度の発達への影響が認められます。

  • 知的障害(ID) / 発達遅滞(DD):
    • 多くの場合、中等度〜重度の知的障害を伴います。
    • 言葉の獲得はゆっくりで、発語までに時間がかかります。
  • 運動発達遅滞:
    • 首すわり、お座り、歩行開始などのマイルストーンが遅れます。
  • 行動特性:
    • 注意欠陥・多動性障害(ADHD)様の行動(落ち着きのなさ)、自閉スペクトラム症(ASD)様の行動、不安の強さなどが見られることがあります。

6. 特徴的な顔貌

  • 高く広い額、アーチ状の眉。
  • 鼻根部が広く、鼻先が平坦または幅広い。
  • 人中(鼻の下)が短い、薄い上唇。
  • 耳の位置が低い、耳介の変形。
  • これらは「フェルヘイ様顔貌」と呼ばれますが、成長とともに変化します。

7. その他の合併症

  • 心疾患: 心房中隔欠損症(ASD)や心室中隔欠損症(VSD)、動脈管開存症(PDA)などの先天性心疾患(約30%)。
  • 難聴: 伝音性または感音性難聴。
  • てんかん: けいれん発作を合併することがあります。

原因

8番染色体長腕末端(8q24.3)における微細欠失が原因です。

1. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • 8q24.3欠失症候群の大多数は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
    • 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
    • この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度)です。
  • 家族性(稀):
    • 非常に稀ですが、親が均衡型転座保因者である場合や、親自身が軽症のモザイクである場合に遺伝することがあります。

2. ハプロ不全(Haploinsufficiency)

  • PUF60SCRIBといった遺伝子は、発生の過程で非常に繊細な調整を行っています。
  • これらの遺伝子が1本欠けて量が半分になると、眼球が閉じるタイミングがずれてコロボーマになったり、背骨の形成がうまくいかなかったりと、複数の臓器形成にエラーが生じます。

診断方法

「低身長」「コロボーマ」「発達遅滞」の組み合わせから疑われますが、確定診断には遺伝学的検査が必要です。

  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
    • 8q24.3領域の微細な欠失を検出し、その正確なサイズ(bp単位)と、PUF60遺伝子などが含まれているかを特定できます。
    • 従来のGバンド検査(顕微鏡検査)では、欠失が末端すぎて見逃されることがあるため、CMAが必須です。
  • 全エクソーム解析(WES) / 遺伝子パネル検査:
    • 染色体欠失ではなく、PUF60遺伝子の中の小さな点変異でも、全く同じ症状(フェルヘイ症候群)が出ます。
    • CMAで異常がなかった場合でも、症状が合致する場合はこれらの検査で診断されることがあります。
  • 画像検査:
    • 腎エコー: 腎臓の奇形がないか確認します。
    • 脊椎レントゲン: 椎骨の異常や側弯症がないか確認します。
    • 眼科検査: 眼底検査で網膜コロボーマの有無を確認します。

治療方法

欠失した染色体を修復する根本的な治療法はありません。

治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、発達を促す**療育(ハビリテーション)**が中心となります。

1. 眼科的治療(重要)

  • 視機能管理:
    • コロボーマがある場合、場所や大きさによっては視力に影響します。
    • 眩しさ(羞明)を感じやすい場合は、遮光眼鏡(サングラス)を使用します。
    • 弱視にならないよう、定期的な視力検査と眼鏡装用などの訓練を行います。
    • 網膜剥離のリスクがわずかにあるため、定期的な眼底検査が推奨されます。

2. 整形外科的治療

  • 側弯症の管理:
    • 椎骨異常がある場合、成長期に側弯(背骨の曲がり)が進行しやすいため、定期的にレントゲンを撮り、必要に応じて装具療法や手術を行います。

3. 腎・泌尿器の管理

  • 腎機能検査:
    • 腎奇形がある場合、尿路感染症に気をつけるとともに、血液検査などで腎機能を定期的にチェックします。

4. 成長・栄養管理

  • 成長モニタリング:
    • 低身長が顕著な場合、内分泌専門医による評価を受けます。成長ホルモン療法が有効なケースもあれば、効果が限定的なケースもありますが、個別に検討されます。
  • 栄養指導:
    • 哺乳困難や偏食がある場合、栄養状態を維持するためのサポートを行います。

5. 発達・療育的支援

  • 早期療育:
    • 診断後、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
  • 教育:
    • 知的障害の程度や、視力・聴力の状態に合わせて、特別支援学校や支援学級などの教育環境を選択します。視覚的な配慮(拡大教科書や座席位置など)が必要な場合もあります。

6. 遺伝カウンセリング

  • 情報の整理:
    • 希少疾患であり、情報は限られています。「フェルヘイ症候群」としての情報を共有し、将来の見通しについて話し合います。
  • 家族支援:
    • 次子再発リスクや、きょうだいへの説明について相談に乗ります。

まとめ

8q24.3 microdeletion syndrome(フェルヘイ症候群)は、8番染色体の一番端っこにある遺伝子(PUF60など)が欠けることで起こる希少な疾患です。

この疾患のお子さんは、生まれた時から少し小柄で、ゆっくりと成長していきます。

特徴的なこととして、黒目(虹彩)の形が鍵穴のようだったり(コロボーマ)、背骨の形が少し個性的だったりすることがあります。また、腎臓の形にも特徴があるかもしれません。

ご家族にとって、眼のことや内臓のこと、そして発達の遅れは大きな心配事だと思います。

しかし、この疾患に伴う合併症の多くは、現代の医療で管理が可能です。

眼のコロボーマがあっても、眼鏡や環境調整で視力を活用することができます。背骨や腎臓の問題も、定期的なチェックで健康を守ることができます。

知的な発達のペースはゆっくりですが、療育を通じて「できること」は着実に増えていきます。

言葉での表現が難しくても、ニコニコとした表情や身振りで、たくさんの気持ちを伝えてくれます。

この疾患は非常に稀ですが、世界中で研究が進んでおり、原因となる遺伝子の働きも分かってきました。

眼科医、整形外科医、小児科医、療育スタッフ、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの個性豊かな成長を、長く、温かく支えていきましょう。

参考文献

  • Verheij, J.B., et al. (2009). Microdeletion of 8q24.3 including SCRIB and PUF60 is associated with coloboma, short stature, and cardiac and renal anomalies.
    • (※8q24.3微細欠失症候群の臨床的特徴を定義し、フェルヘイ症候群の概念を確立した最も重要な原著論文。PUF60とSCRIBが責任遺伝子であることを提唱。)
  • Dauber, A., et al. (2013). Mutations in chromatin regulator genes result in a new syndrome with growth retardation, microcephaly, and intellectual disability.
    • (※PUF60遺伝子の変異がフェルヘイ症候群(8q24.3欠失症候群)の原因であることを、全エクソーム解析を用いて証明した研究。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 8q24 deletions (2018).
    • (※患者家族向けに、8q末端欠失の特徴(コロボーマ、腎臓など)、発達の目安、療育のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。)
  • El Chehadeh, S., et al. (2017). 8q24.3 microdeletions: Phenotypic heterogeneity and genotype-phenotype correlation.
    • (※8q24.3欠失を持つ多数の患者データを集積し、欠失範囲と臨床症状(特にPUF60欠失の有無による違い)を詳細に解析した文献。)
  • Low, K.J., et al. (2017). PUF60 variants cause a syndrome of intellectual disability, short stature, microcephaly, coloboma and heart defects.
    • (※PUF60遺伝子の機能喪失変異による詳細な臨床スペクトラムを報告し、8q24.3欠失症候群の症状の大部分がPUF60ハプロ不全で説明できることを示した論文。)

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