9q33.3-q34.11 microdeletion syndrome

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • 9q33.3-q34.11微細欠失症候群
  • 9q33-q34欠失症候群(9q33-q34 deletion syndrome)
  • 9q34.1欠失症候群(9q34.1 deletion syndrome)
  • 9q近位末端欠失症候群
  • STXBP1脳症(STXBP1 encephalopathy)関連
    • ※本症候群の神経症状の中核は、この領域に含まれるSTXBP1遺伝子の欠失によるものです。
  • 爪・膝蓋骨症候群(Nail-Patella syndrome; NPS)関連
    • ※本症候群の骨格・腎症状は、この領域に含まれるLMX1B遺伝子の欠失によるものです。
  • 遺伝性出血性末梢血管拡張症(HHT)関連

対象染色体領域

9番染色体 長腕(q)33.3から34.11領域

本疾患は、ヒトの9番染色体の長腕(qアーム)の末端に近い「33.3」から「34.11」と呼ばれるバンド領域にかけて、DNA配列の一部が欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。

【ゲノム上の詳細と隣接遺伝子症候群】

この領域の欠失は、単一の遺伝子だけでなく、隣り合う複数の重要な遺伝子がまとめて失われる**「隣接遺伝子症候群」**を引き起こします。

欠失の範囲(サイズ)は患者さんによって異なり、どの遺伝子が含まれているかによって症状の組み合わせが決まります。

特に重要なのが以下の3つの遺伝子です。

【含まれる重要な遺伝子(責任遺伝子)】

  • STXBP1 (Syntaxin Binding Protein 1): 9q34.11に位置。
    • 役割: 脳の神経細胞(シナプス)において、神経伝達物質を放出するために不可欠なタンパク質(Munc18-1)を作ります。
    • 欠失の影響: この遺伝子が半分(ハプロ不全)になると、神経伝達がうまくいかず、**「大田原症候群」「ウエスト症候群」**といった難治性のてんかん性脳症、重度の知的障害、運動失調を引き起こします。
  • LMX1B (LIM Homeobox Transcription Factor 1 Beta): 9q33.3に位置。
    • 役割: 手足(特に爪や膝)の骨格形成や、腎臓のフィルター(糸球体)の発達に関わる転写因子です。
    • 欠失の影響: **「爪・膝蓋骨症候群(Nail-Patella syndrome)」**の特徴である、爪の形成不全、膝のお皿(膝蓋骨)の欠損・低形成、腎障害を引き起こします。
  • ENG (Endoglin): 9q34.11に位置。
    • 役割: 血管の形成に関わる遺伝子です。
    • 欠失の影響: **「遺伝性出血性末梢血管拡張症(オスラー病)1型」**の特徴である、鼻血の出やすさや、肺・脳などの動静脈奇形(AVM)のリスクを高める可能性があります。

発生頻度

極めて稀(Ultra-rare)

正確な発生頻度は確立されていません。

それぞれの単一遺伝子疾患(STXBP1脳症、爪・膝蓋骨症候群)自体も希少ですが、それらが合併するこの微細欠失症候群の報告数は、世界的な医学文献においても数十例規模にとどまります。

しかし、マイクロアレイ染色体検査(CMA)の普及により、これまで「原因不明のてんかん」とされていた患者さんの中から発見されるケースが増えてきています。

性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。

臨床的特徴(症状)

9q33.3-q34.11 microdeletion syndromeの症状は、**「重度のてんかん・発達遅滞(STXBP1由来)」と「骨格・腎臓の異常(LMX1B由来)」**のハイブリッド(複合体)です。

さらに血管系の異常が加わることもあり、全身的な管理が必要となります。

1. 神経学的症状(Neurological features):STXBP1関連

ご家族にとって最もケアの比重が大きくなるのが、この神経症状です。

  • 早期発症てんかん性脳症(DEE):
    • 生後数日〜数ヶ月という非常に早い時期にてんかん発作が始まります。
    • 大田原症候群: 生後間もなく発症し、短い強直発作(体が硬くなる)を繰り返します。
    • ウエスト症候群(点頭てんかん): シリーズ形成性のスパズム(お辞儀をするような発作)が見られます。
    • 多くの抗てんかん薬に抵抗性を示し(難治性)、発作のコントロールが難しい場合があります。
  • 重度の知的障害・発達遅滞:
    • てんかん発作の影響もあり、精神運動発達は重度に遅れます。
    • 首すわりやお座りが遅れる、あるいは獲得できない場合もあります。
    • 言葉の獲得(発語)がない(Non-verbal)ことが多いですが、表情や声のトーンでのコミュニケーションは可能です。
  • 運動失調・不随意運動:
    • 意図せず体が動いてしまう(ジスキネジア)、震える(振戦)、ふらつく(運動失調)などの症状が見られることがあります。
  • 筋緊張低下:
    • 全身の筋肉の張りが弱く、ぐにゃぐにゃとした抱き心地(フロッピーインファント)であることが多いです。

2. 骨格・爪の異常(Skeletal features):LMX1B関連

診断の重要な手がかりとなる「爪・膝蓋骨症候群」の特徴です。

  • 爪の形成不全(Nail dysplasia):
    • 生まれつき爪が小さい、割れている、あるいは全くない(無爪)ことがあります。特に親指の爪に顕著に現れます。
  • 膝蓋骨の低形成・欠損(Patellar hypoplasia/aplasia):
    • 膝のお皿(膝蓋骨)が小さい、あるいは触れても分からない(欠損)状態です。
    • これにより、膝が不安定になったり、膝を伸ばしにくかったりすることがあります。
  • 肘の可動域制限:
    • 肘が真っ直ぐに伸びない、あるいは回内・回外(掌を返す動作)が制限されることがあります。
  • 腸骨角(Iliac horns):
    • 骨盤のレントゲンを撮ると、腸骨の後ろに角のような突起が見えることがあります(Fong’s sign)。機能的な問題はありませんが、診断の決め手になります。

3. 腎・血管系の異常

  • 腎症(Nephropathy):
    • LMX1B欠失の影響で、腎臓のフィルター機能に障害が出ることがあります。
    • 蛋白尿や血尿が見られ、進行すると腎不全に至るリスクがあります(数%〜数割程度)。定期的な尿検査が必須です。
  • 易出血性・動静脈奇形(HHT features):
    • ENG遺伝子が欠失に含まれる場合、鼻血が出やすかったり、皮膚に赤い斑点(毛細血管拡張)が見られたりすることがあります。
    • 稀に、肺や脳に動静脈瘻(血管の奇形)を合併することがあり、注意深いスクリーニングが必要です。

4. 特徴的な顔貌

  • 広い鼻根部、丸い鼻先。
  • 口を開けていることが多い(開口)。
  • 耳の位置異常、耳介の変形。
  • 重度のてんかんを持つ患児に特有の表情(hypomimic:表情が乏しい)が見られることもあります。

原因

9番染色体長腕(9q33.3-q34.11)における微細欠失が原因です。

1. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • 本症候群の大多数は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
    • 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
    • この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(1%未満)とされています。
  • 家族性(稀):
    • 親が「均衡型転座」などの構造異常を持っている場合、不均衡な欠失として遺伝することがあります。

2. ハプロ不全(Haploinsufficiency)

  • STXBP1LMX1BENGといった遺伝子は、2本あるうちの1本が欠けて量が半分になるだけで、正常な機能を維持できなくなります。
  • 特にSTXBP1は、シナプスでの小胞輸送という、脳の信号伝達の根幹を担っているため、半分になるだけで壊滅的な影響(てんかん性脳症)が出ます。
  • 複数のハプロ不全遺伝子が隣り合っているために、神経と骨格という全く異なるシステムの異常が同時に発生するのが本疾患の特徴です。

診断方法

「難治性てんかん」に「爪や膝の異常」が合併している場合、強く疑われます。

  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
    • 9q33-q34領域の微細な欠失を検出し、その正確な範囲(bp単位)と、STXBP1LMX1BENG遺伝子が含まれているかを特定できます。
    • これにより、単なるSTXBP1脳症なのか、爪・膝蓋骨症候群や出血リスクを合併する「隣接遺伝子症候群」なのかを区別できます。
  • 画像検査(MRI / レントゲン):
    • 頭部MRI: 脳の萎縮や髄鞘化遅延、脳梁低形成などが見られることがあります。
    • 骨盤・膝レントゲン: 膝蓋骨の欠損や、腸骨角(Iliac horns)を確認します。
  • 脳波検査:
    • サプレッション・バースト(大田原症候群の特徴)や、ヒプスアリスミア(ウエスト症候群の特徴)などの特徴的な波形を確認します。
  • 尿検査・腹部エコー:
    • 腎臓の評価のために必須です。

治療方法

欠失した染色体を修復する根本的な治療法はありません。

治療は、特にてんかんのコントロール、腎臓の保護、そして療育の3本柱で行われます。

複数の専門科(小児神経科、整形外科、腎臓内科、リハビリテーション科)の連携が不可欠です。

1. 神経学的治療(てんかん・運動障害)

最優先課題です。

  • 抗てんかん薬:
    • フェノバルビタール、バルプロ酸、ビガバトリン、レベチラセタムなど、発作型に合わせて様々な薬が試されます。
    • ACTH療法: ウエスト症候群に対して行われるホルモン療法です。
    • ケトン食療法: 薬で発作が止まらない場合、食事療法が有効なことがあります。
  • 不随意運動への対応:
    • 筋肉の緊張を和らげる薬などが検討されることがあります。

2. 整形外科的・腎臓内科的治療

  • 骨格ケア:
    • 膝の不安定性がある場合、装具を使用したり、激しい運動を制限したりすることがあります(重度の運動障害がある場合は、日常生活でのケアが中心となります)。
    • 関節拘縮(体が固くなること)を防ぐため、リハビリテーションで関節の可動域を保ちます。
  • 腎臓ケア:
    • 定期的な尿検査(蛋白尿のチェック)を行います。
    • 蛋白尿が出た場合は、腎保護作用のある降圧薬(ACE阻害薬など)を使用し、腎機能の悪化を防ぎます。

3. 全身管理・血管ケア

  • 出血への注意:
    • ENG欠失がある場合、鼻血が出やすいため、乾燥を防ぐなどのケアをします。
    • 肺などの動静脈瘻の疑いがある場合は、カテーテル治療などが検討されます。

4. 発達・療育的支援

  • 早期療育:
    • 診断後、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
  • 摂食・嚥下指導:
    • 飲み込みが悪い(嚥下障害)場合、食事形態の工夫や、必要に応じて経管栄養(鼻からチューブ)や胃瘻(お腹から直接栄養を入れる)を検討し、十分な栄養と水分を確保します。
    • 胃瘻は、お薬を確実に飲ませるためにも非常に有効な手段です。
  • コミュニケーション:
    • 発語が難しくても、スイッチ教材や視線入力装置などのテクノロジーを活用し、意思伝達の可能性を広げます。

5. 遺伝カウンセリング

  • 情報の整理:
    • 「9q欠失」といっても範囲によって症状が全く異なります。本症候群特有の「てんかん+骨+腎」のリスクを整理し、長期的な見通しを伝えます。
  • 家族支援:
    • 次子再発リスクや、きょうだいへの説明について相談に乗ります。

まとめ

9q33.3-q34.11 microdeletion syndromeは、9番染色体の一部が欠失することで、脳、骨、腎臓などに影響が出る複合的な疾患です。

この病気の大きな特徴は、赤ちゃんの頃から「てんかん発作」が起きやすく、同時に「爪が小さい」「膝のお皿が小さい」といった体の特徴を持っていることです。

ご家族にとって、生後まもなく始まるてんかん発作や、なかなか首がすわらないといった発達の遅れは、大きな不安と心労の原因かと思います。

てんかんは「難治性」と呼ばれるタイプが多く、お薬の調整に時間がかかることがありますが、成長とともに発作の形が変わり、落ち着いてくることもあります。

また、骨や腎臓の問題(LMX1B関連)についても、定期的なチェックを行うことで、合併症を早期に発見・管理することができます。

知的な発達のペースは非常にゆっくりですが、お子さんは日々の生活の中で、笑顔を見せたり、声を出したりして、たくさんの感情を表現してくれます。

言葉は話せなくても、ご家族の愛情を感じ取り、心地よい関わりを求めています。

食事のこと、呼吸のこと、関節のことなど、ケアすることは多いですが、それぞれの専門家がサポートします。

小児神経科医、整形外科医、腎臓内科医、訪問看護師、療育スタッフ、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの尊い命と成長を、長く、温かく支えていきましょう。

参考文献

  • Saitsu, H., et al. (2011). STXBP1 encephalopathy with Nail-Patella syndrome features in a patient with a 9q33.3-q34.11 deletion.
    • (※STXBP1脳症と爪・膝蓋骨症候群の合併例を報告し、9q33.3-q34.11欠失が隣接遺伝子症候群であることを明確に示した重要な症例報告。)
  • Mignot, C., et al. (2011). Genetic and neurodevelopmental spectrum of STXBP1-associated epileptic encephalopathy.
    • (※STXBP1遺伝子の異常(変異および欠失)によるてんかん性脳症の臨床像を包括的に解析した研究。9q34欠失例における表現型の特徴にも言及。)
  • Bongers, E.M., et al. (2005). Genotype-phenotype correlation in Nail-Patella syndrome.
    • (※爪・膝蓋骨症候群の原因であるLMX1B遺伝子について、変異や欠失による症状の違いや腎症のリスクについて解析した文献。)
  • Campbell, I.M., et al. (2012). Parental somatic mosaicism is underrecognized and influences recurrence risk of genomic disorders. American Journal of Human Genetics.
    • (※染色体微細欠失症候群において、親のモザイク(体の一部だけ変異がある状態)が見逃されやすいことを指摘。本症候群のようなDe novo変異と思われたケースでも、正確なリスク評価の重要性を示唆。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 9q34 deletions (2018).
    • (※患者家族向けに、9q34領域(STXBP1含む)の欠失による症状、てんかん管理、療育、生活上のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。)
  • GeneReviews®: STXBP1 Encephalopathy with Epilepsy / Nail-Patella Syndrome / Hereditary Hemorrhagic Telangiectasia.
    • (※本症候群を構成する各単一遺伝子疾患の診断基準、最新の管理指針を網羅したデータベース。)

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