Alpha-thalassemia/mental retardation syndrome, chromosome 16-related (ATR-16 syndrome)

Posted on 2026年 1月 21日

別名・関連疾患名

  • ATR-16症候群(ATR-16 syndrome)
    • ※最も一般的に使用される略称です。
  • 16p13.3欠失症候群(16p13.3 deletion syndrome)
    • ※染色体の欠失部位に基づいた名称です。
  • HbH病を伴う精神遅滞(Hemoglobin H disease with mental retardation)
  • アルファ・サラセミア精神遅滞症候群(非欠失型を除く)

【重要:混同しやすい疾患(鑑別疾患)】

  • ATR-X症候群(Alpha-thalassemia X-linked intellectual disability syndrome):
    • 名前が非常に似ていますが、全く異なる疾患です。
    • ATR-16は「16番染色体の欠失」が原因ですが、ATR-Xは「X染色体上のATRX遺伝子の変異」が原因です。
    • ATR-Xは性連鎖性遺伝であり、特徴的な顔貌や重度の知的障害が見られます。ATR-16との鑑別は遺伝学的検査で明確に行われます。

対象染色体領域

16番染色体 短腕(p)13.3領域

本疾患は、ヒトの16番染色体の短腕(pアーム)の最も先端(テロメア側)にある「13.3」と呼ばれるバンド領域において、DNA配列の一部が大きく欠失すること(コピー数が1つになる:ハプロ不全)によって生じます。

【ゲノム上の詳細と隣接遺伝子症候群】

ATR-16症候群は、単一の遺伝子が壊れたのではなく、隣り合う複数の遺伝子がまとめて抜け落ちてしまう**「隣接遺伝子症候群(Contiguous gene syndrome)」**の典型例です。

欠失する範囲は患者さんによって異なり、800kbから2Mb(メガベース)以上に及ぶこともあります。この範囲に含まれる遺伝子の種類と数によって、症状の重さが変わります。

【含まれる重要な遺伝子(責任遺伝子)】

  • HBA1 / HBA2 (Alpha-globin genes):
    • 役割: 赤血球の中にある「ヘモグロビン(酸素を運ぶタンパク質)」の構成成分である「αグロビン鎖」を作ります。
    • 欠失の影響: これらの遺伝子が失われると、αグロビンが十分に作られず、**「αサラセミア(貧血)」**を引き起こします。
  • SOX8:
    • 役割: 神経系の発生や発達に関与する転写因子です。
    • 欠失の影響: 知的障害や発達遅滞の一因となっている可能性が示唆されています。
  • LUC7L / ITFG3など:
    • 周辺にある他の遺伝子の欠失も、顔貌の特徴や発達への影響に関与していると考えられています(詳細な機能は研究段階のものもあります)。

発生頻度

極めて稀(Ultra-rare)

正確な発生頻度は確立されていません。

αサラセミア自体は、マラリア流行地域(東南アジア、地中海沿岸、アフリカなど)にルーツを持つ人々に多い疾患ですが、ATR-16症候群のような「大きな欠失」によるケースは非常に稀です。

世界的な医学文献における報告数も限られていますが、日本国内でも散発的に報告されています。

性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。

臨床的特徴(症状)

ATR-16症候群の症状は、その名の通り**「αサラセミア(血液の症状)」「精神遅滞(脳・発達の症状)」**の2つが大きな柱となります。これに加えて、特徴的な顔貌や身体的特徴が見られることがあります。

1. 血液学的特徴:αサラセミア(Alpha-thalassemia)

ATR-16症候群の患者さんは、必ずαサラセミアの素因を持っています。

  • メカニズム:
    • ヒトは通常、16番染色体に2つずつ、合計4つのαグロビン遺伝子を持っています(父方2つ、母方2つ)。
    • ATR-16症候群では、片方の染色体の先端が欠失するため、2つの遺伝子(HBA1, HBA2)が同時に失われます。
  • 症状の出方:
    • 軽症型(αサラセミア特性): もう片方の染色体が正常な場合、合計2つの遺伝子が残っているため、軽度の小球性貧血(赤血球が小さい)が見られる程度で、輸血などは不要なことが多いです。
    • HbH病(Hemoglobin H disease): もう片方の染色体にも一般的なαサラセミアの変異がある場合、合計3つの遺伝子が失われることになります。この場合、中等度〜重度の溶血性貧血(赤血球が壊れやすい)が生じ、脾臓の腫大や黄疸、輸血が必要になることがあります。
    • 特徴: 一般的な鉄欠乏性貧血と間違われやすいですが、鉄剤を飲んでも改善しません(むしろ鉄過剰になるリスクがあります)。

2. 神経発達・認知機能

  • 知的障害(ID) / 発達遅滞(DD):
    • 軽度から重度まで幅がありますが、多くは軽度〜中等度です。
    • 言葉の遅れ(Speech delay)が顕著に見られることがあります。
    • 言語理解や表現において、年齢相応の発達よりもゆっくりなペースとなります。
  • 運動発達遅滞:
    • 首すわりや歩行開始などの運動マイルストーンが遅れることがあります。
    • 筋緊張低下(Hypotonia)が見られる場合もあります。

3. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)

「特異的顔貌」とされますが、ATR-X症候群ほど特徴的で目立つものではありません。ご両親に似ている範囲内であることも多いですが、以下の特徴が報告されています。

  • 眼: 眼間開離(目が離れている)、内眼角贅皮(目頭のひだ)、眼瞼裂斜下(タレ目)。
  • 鼻: 鼻根部が広く平坦、鼻梁が低い。
  • 耳: 耳の位置が低い、耳介の変形、小さな耳。
  • 頭部: 小頭症(Microcephaly)が見られることがあります。

4. 筋骨格・その他の身体的特徴

  • 内反足(Clubfoot / Talipes equinovarus):
    • 足の裏が内側を向いている状態です。本症候群において比較的高い頻度で見られる重要な合併症です。
  • 指の異常:
    • 短指症、第5指の湾曲(Clinodactyly)など。
  • 性器:
    • 男児において、停留精巣(タマが降りてこない)や尿道下裂(おしっこの出口がずれている)が見られることがあります。
  • 成長:
    • 出生前後の発育遅延や、小柄な体格(低身長)が見られることがあります。

原因

16番染色体短腕末端(16p13.3)における大規模欠失が原因です。

1. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • 多くのケースは、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた染色体の切断(欠失)です。
    • この場合、両親の染色体は正常であり、次子への再発リスクは低いです。
  • 家族性(親の転座由来):重要
    • 親が**「均衡型転座」**を持っているケースが比較的多く見られます。
    • 例えば、親の16番染色体の先端と、別の染色体の先端が入れ替わっている場合です。親自身は遺伝子の量が変わらないので健康ですが、子に染色体が受け継がれる際に、16番染色体の先端部分が足りなくなったり(欠失)、過剰になったり(重複)します。
    • この場合、次子への再発リスクが高くなるため、両親の染色体検査が非常に重要です。

2. ハプロ不全(Haploinsufficiency)

  • 本症候群の本質は、HBA遺伝子やSOX8遺伝子などが片方なくなることで、正常な機能を維持するのに必要なタンパク質の量が不足することにあります。
  • 特にαグロビン遺伝子は量に敏感であり、数が減ると即座に血液検査データに反映されます。

診断方法

「原因不明の発達遅滞」に「小球性貧血(鉄欠乏ではない)」が合併している場合、強く疑われます。

  • 血液検査:
    • 血算(CBC): MCV(赤血球の大きさ)とMCH(赤血球中のヘモグロビン量)が低値を示します(小球性低色素性貧血)。
    • フェリチン: 鉄欠乏性貧血との鑑別のため測定します。ATR-16では正常または高値です。
    • ヘモグロビン電気泳動: HbH(異常ヘモグロビン)の出現を確認します。
  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 本症候群の診断における**ゴールドスタンダード(第一選択)**の検査です。
    • 16p13.3領域の欠失を検出し、その正確なサイズ(bp単位)と、HBA1/2遺伝子が含まれているかを特定できます。
    • 通常のGバンド検査(顕微鏡検査)では、欠失が小さすぎる場合に見逃されることがあるため、CMAやFISH法が必須です。
  • 両親の染色体検査:
    • 診断確定後、家族性(親の転座など)かどうかを確認するために推奨されます。

治療方法

欠失した染色体を修復する根本的な治療法はありません。

治療は、血液症状と発達症状に対する対症療法と、生活の質を高めるための療育が中心となります。

1. 血液学的管理(αサラセミアに対して)

  • 貧血の評価:
    • 通常のATR-16症候群(2遺伝子欠失相当)であれば、貧血は軽度であり、特別な治療は不要です。
    • ただし、感染症にかかった時などに一時的に貧血が進むことがあるため、注意が必要です。
  • HbH病の場合:
    • 貧血が中等度〜重度になる場合があり、定期的な血液検査が必要です。
    • 必要に応じて葉酸の投与や、著しい貧血時の輸血が行われます。
  • 禁忌(やってはいけないこと):
    • 鉄剤の投与: 鉄欠乏性貧血と誤診して鉄剤を飲み続けると、体内に鉄が過剰に蓄積し、臓器障害(ヘモクロマトーシス)を起こす危険があります。診断がついたら、不必要な鉄剤投与は避ける必要があります。

2. 発達・療育的支援

  • 早期療育:
    • 診断後、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
  • 言語聴覚療法(ST):
    • 言葉の遅れに対し、語彙を増やす訓練や、コミュニケーション能力の向上を目指した支援を行います。
  • 教育:
    • 知的障害の程度に合わせて、特別支援学校や支援学級などの教育環境を選択します。個別の教育支援計画(IEP)に基づき、得意な部分を伸ばす教育を行います。

3. 外科的・整形外科的治療

  • 内反足:
    • ギプス矯正や装具療法、必要に応じて手術(アキレス腱切断術など)を行います。早期からの治療が歩行獲得に重要です。
  • 停留精巣・尿道下裂:
    • 適切な時期に手術を行い、機能と整容を改善します。

4. 遺伝カウンセリング

  • 情報の整理:
    • 「サラセミア」と「精神遅滞」という2つの側面を持つ疾患であることを説明し、それぞれの予後について話し合います。
    • 特にATR-X症候群との違い(予後や遺伝形式が全く違う)を明確にし、混乱を防ぎます。
  • 家族への支援:
    • 親の染色体検査を行い、次子再発リスクについて相談に乗ります。親が均衡型転座保因者の場合、次の妊娠におけるリスクや出生前診断の選択肢について情報提供します。

まとめ

Alpha-thalassemia/mental retardation syndrome, chromosome 16-related (ATR-16症候群)は、16番染色体の先端が欠けることで起こる希少な疾患です。

この病気は、「貧血(サラセミア)」と「発達の遅れ」がセットで現れるのが大きな特徴です。

貧血といっても、多くの場合は軽度で、鉄分不足の貧血とは性質が違います。そのため、鉄剤を飲む必要はなく(むしろ飲んではいけません)、定期的なチェックだけで元気に過ごせることがほとんどです。

発達に関しては、言葉が出るのがゆっくりだったり、運動が少し苦手だったりすることがあります。

また、生まれた時に足の向きが内側を向いている(内反足)ことがあり、これには整形外科的な治療が必要です。

ご家族にとって、血液の病気と発達の遅れという2つの心配事が重なることは、大きな不安の種かと思います。

しかし、この疾患に伴う貧血は管理可能なものであり、発達についても、療育を受けることでお子さんなりのペースで着実に成長していきます。

内反足や停留精巣などの合併症も、手術などの適切な治療できれいに治すことができます。

大切なのは、この病気が「鉄欠乏性貧血ではない」ことを周囲の医療者(かかりつけ医など)にも知ってもらい、適切な管理を続けることです。

小児科医、血液内科医、整形外科医、療育スタッフ、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんの個性豊かな成長を、長く、温かく支えていきましょう。

参考文献

  • Wilkie, A.O., et al. (1990). Clinical features and molecular analysis of the alpha thalassemia/mental retardation syndromes. I. Cases due to deletions involving chromosome band 16p13.3. American Journal of Human Genetics.
    • (※ATR-16症候群の臨床的特徴と分子遺伝学的背景を詳細に解析し、ATR-X症候群との違いを明確にした、本疾患の概念確立における最も重要な原著論文。)
  • Gibbons, R.J., et al. (1995). Susceptibility to alpha-thalassemia/mental retardation syndrome 16 (ATR-16) is associated with a specific haplotype of the alpha-globin gene cluster.
    • (※16番染色体上のαグロビン遺伝子クラスターの欠失メカニズムと、臨床像の関連について研究した文献。)
  • Harteveld, C.L., et al. (2007). The hemoglobin H disease family: clinical and genetic aspects.
    • (※HbH病を含むαサラセミアの臨床的・遺伝的側面を包括的にレビューした論文。ATR-16症候群における血液学的管理についても言及。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): 16p13 deletions (2018).
    • (※患者家族向けに、16p13.3欠失(ATR-16含む)の特徴、貧血への対応、発達支援、療育のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。)
  • Orphanet: Alpha-thalassemia-intellectual disability syndrome composed of chromosome 16-related.
    • (※希少疾患データベースにおける疾患定義、疫学情報、および関連する遺伝子情報。)
  • GeneReviews®: Alpha-Thalassemia.
    • (※αサラセミアの診断、病型分類、管理指針を網羅したデータベース。ATR-16症候群を含む症候性サラセミアの記述あり。)

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