Coffin-Siris syndrome 1 (CSS1)

Posted on 2026年 1月 22日

別名・関連疾患名

  • コフィン・シリス症候群(Coffin-Siris syndrome; CSS)
    • ※臨床的には1型〜12型などのサブタイプを区別せず、総称としてこう呼ばれることが一般的です。
  • 第五指症候群(Fifth digit syndrome)
    • ※本疾患の最大の特徴である「小指(第五指)の低形成」に由来する、歴史的な別名です。
  • ARID1B関連障害(ARID1B-related disorder)
    • ※CSS1の原因遺伝子であるARID1Bの変異による疾患群を指す名称です。CSSの典型的な特徴を持たない知的障害のみのケースも含めてこう呼ばれることがあります。
  • 関連:ニコライデス・バライツァー症候群(Nicolaides-Baraitser syndrome)
    • ※CSSと症状が似ており、同じ遺伝子複合体(SWI/SNF複合体)の異常によって起こる類縁疾患です。

対象染色体領域

6番染色体 長腕(q)25.3領域

本疾患は、ヒトの6番染色体の長腕(qアーム)の末端に近い「25.3」と呼ばれるバンド領域に位置する、ARID1B遺伝子の変異または欠失によって引き起こされます。

【ゲノム上の詳細とSWI/SNF複合体】

コフィン・シリス症候群(CSS)は、単一の遺伝子疾患ではなく、「SWI/SNF(スウィ・スニフ)複合体」というグループに関わる遺伝子のいずれかに異常が起きることで発症する疾患群です。

現在までに10種類以上の原因遺伝子が特定されていますが、その中で最も頻度が高く、代表的なタイプが、このARID1B遺伝子の異常による「CSS1」です。

  • ARID1B (AT-Rich Interaction Domain 1B):
    • 役割: 細胞核の中で、DNAが巻き付いている「クロマチン」という構造の形を変える(リモデリングする)働きを担っています。
    • イメージ: 人間の体には膨大な数の遺伝子(本)がありますが、普段はきつく梱包されていて読めない状態になっています。ARID1Bを含むSWI/SNF複合体は、必要な時に必要なページを開いて「本を読める状態にする(遺伝子のスイッチを入れる)」図書館司書のような役割をしています。
    • CSS1: この司書さんが不在(ハプロ不全)になることで、脳の発達や骨の形成に必要な遺伝子のスイッチが正しいタイミングで入らなくなり、全身に症状が現れます。

発生頻度

稀だが、知的障害の原因としては比較的多い

  • 全体頻度: 正確な有病率は不明ですが、出生10,000人〜100,000人に1人程度と推定されています。
  • 知的障害における頻度: ここが重要なポイントです。CSSとしての診断名がつかない「原因不明の知的障害」の患者さんを網羅的に調べると、約1%にこのARID1B遺伝子の変異が見つかるという報告があります。これはダウン症などの染色体異常を除けば、単一遺伝子疾患としては非常に高い頻度です。
  • 性別による発生頻度の差はなく、男児にも女児にも発生します。

臨床的特徴(症状)

Coffin-Siris syndrome 1 (CSS1) の症状は、**「小指の低形成」「特徴的な顔貌」「多毛」「発達遅滞」**が4大特徴です。

ただし、ARID1B変異(CSS1)は、他の原因遺伝子によるCSS(例えばSMARCB1など)に比べて、身体的な奇形が軽度であり、重度の身体障害を伴わないケースも多いことが分かってきています。

1. 骨格・四肢の特徴(Skeletal features)

診断の最大の決め手となる特徴です。

  • 第五指(小指)の低形成:
    • 爪の低形成・無形成: 手や足の小指の爪が、生まれつき無かったり、非常に小さかったりします。
    • 末節骨の低形成: レントゲンを撮ると、小指の一番先の骨(末節骨)が小さくなっています。
    • この特徴はCSSのほぼ全例に見られますが、CSS1(ARID1B)では比較的マイルドで、爪はあっても小さいだけ、という場合もあります。

2. 特徴的な顔貌(Craniofacial features)

「Coarse(コース)」と表現される、彫りの深い顔立ちが特徴です。成長とともに特徴がはっきりしてきます。

  • 眉・目: 濃くて太い眉毛、長いまつ毛。
  • 鼻: 鼻根部が低く、鼻先が幅広で丸い。
  • 口: 口が大きい(大口症)、唇が厚い(特に下唇)。
  • その他: 口蓋裂や口蓋垂裂(のどちんこが割れている)を合併することがあります。

3. 皮膚・毛髪の特徴

  • 多毛症(Hypertrichosis):
    • 背中、腕、顔(額やこめかみ)などの産毛が濃い傾向があります。
  • 頭髪:
    • 生まれた時は髪の毛が薄い(特に前頭部〜側頭部)ことが多いですが、成長とともに増えてきます。髪質は剛毛や癖毛のことが多いです。

4. 神経発達・認知機能

ほぼ全例で、軽度から重度の発達への影響が認められます。

  • 知的障害(ID) / 発達遅滞(DD):
    • 軽度〜中等度の知的障害を伴うことが多いですが、重度の場合もあります。
    • 運動発達(首すわり、歩行)の遅れも見られますが、多くのお子さんは独歩を獲得します。
  • 言語発達遅滞:
    • 顕著な特徴です。
    • 理解している言葉(受容言語)に比べて、話す言葉(表出言語)が遅れる傾向があります。「言っていることは分かっているのに、言葉が出にくい」という状態です。
    • 粗大な発声(声が低い、ハスキーボイス)が見られることもあります。
  • 行動特性:
    • 人懐っこく、明るい性格であることが多いと報告されています。
    • 一方で、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)の特性、不安の強さが見られることもあります。

5. 成長・栄養

  • 哺乳障害・摂食障害:
    • 乳児期にミルクを飲む力が弱かったり、吸うのが下手だったりして、体重が増えにくい(Failure to thrive)ことがあります。
  • 低身長:
    • 出生時は正常範囲のことが多いですが、幼児期以降に低身長(-2SD以下)となることがあります。骨年齢の遅れが見られることもあります。

6. その他の合併症

  • 脳: 脳梁の低形成(右脳と左脳をつなぐ橋が細い)が約半数に見られます。
  • 内臓: 先天性心疾患、腎奇形、停留精巣(男児)などが合併することがありますが、重篤なものは比較的少ないです。
  • 眼・耳: 視力障害(遠視・乱視)、難聴。

原因

6番染色体(6q25.3)にあるARID1B遺伝子の機能不全が原因です。

1. 発生機序

  • De novo(新生突然変異):
    • CSS1の大多数は、両親からの遺伝ではなく、受精の過程(精子や卵子が作られる時、または受精直後)で偶然生じた突然変異です。
    • 親の年齢や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません。
    • この場合、両親の遺伝子は正常であり、次子への再発リスクは非常に低い(一般集団と同程度〜1%以下)です。
  • 家族性(稀):
    • 極めて稀ですが、親が症状の軽い(モザイクなど)保因者である場合に遺伝することがあります。

2. ハプロ不全(Haploinsufficiency)

  • ARID1B遺伝子は、通常2本(父由来・母由来)で機能していますが、CSS1ではそのうちの1本に変異や欠失が生じ、機能しなくなります。
  • 残りの1本だけでは、SWI/SNF複合体を十分に働かせるためのタンパク質量が足りず(ハプロ不全)、遺伝子の読み出し調整(クロマチンリモデリング)が不完全になり、様々な症状が現れます。

3. なぜ「小指」と「脳」なのか?

  • ARID1Bが制御している遺伝子群が、胎児期の「指先の末節骨の形成」と「神経細胞の分化・発達」に特に重要な役割を果たしているためと考えられています。

診断方法

「小指の爪がない」「多毛」「特徴的な顔貌」などの臨床症状から疑われますが、症状が多様であるため、確定診断には遺伝学的検査が不可欠です。

  • 身体診察・レントゲン:
    • 手足の小指を注意深く観察します。爪が小さい、あるいは欠損していないかを確認します。
    • 手のレントゲン撮影を行い、末節骨の低形成を確認します。これは非常に強力な診断根拠になります。
  • 遺伝学的検査(次世代シーケンサー):
    • 従来の染色体検査(Gバンド)では、微小な欠失や点変異は見つけられません。
    • 全エクソーム解析(WES)や遺伝子パネル検査が、診断のゴールドスタンダードです。
    • ARID1B遺伝子に変異が見つかれば確定診断となります。CSSを疑う場合は、他のSWI/SNF関連遺伝子(SMARCB1, SMARCA4など)も同時に調べることが一般的です。
  • 画像検査(MRI / エコー):
    • 脳梁低形成の確認のための頭部MRI、心疾患や腎奇形のスクリーニングのためのエコー検査を行います。

治療方法

根本的な遺伝子治療法はまだありません。

治療は、それぞれの症状に対する対症療法と、発達を促す**療育(ハビリテーション)**が中心となります。

1. 発達・療育的支援(最優先)

  • 早期療育:
    • 診断後、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を開始します。
  • 言語聴覚療法(ST):
    • 言語発達の遅れ(特に表出)が目立つため、早期からの介入が重要です。
    • サイン、絵カード、タブレット端末などのAAC(補助代替コミュニケーション)を活用し、「伝えたいのに伝わらない」フラストレーションを軽減します。
    • 摂食嚥下機能の評価と訓練も行います。
  • 教育:
    • 知的障害の程度に合わせて、特別支援学校や支援学級などの教育環境を選択します。
    • 視覚的な記憶力が良い場合が多いため、視覚支援を取り入れた学習が有効です。

2. 栄養・成長管理

  • 栄養サポート:
    • 乳児期の哺乳障害に対し、高カロリーミルクの使用や、経管栄養(鼻からチューブ)を一時的に行うことがあります。
    • 重度の摂食障害がある場合は、胃瘻造設が検討されることもありますが、CSS1ではそこまで至らないケースも多いです。
    • 成長曲線をモニタリングし、低身長が著しい場合は内分泌科での精査を行います。

3. 合併症の管理

  • 眼科・耳鼻科:
    • 視力・聴力の定期検査を行い、眼鏡や補聴器で補正します。
  • 歯科:
    • 歯並びの問題や虫歯になりやすいため、定期的な歯科検診とケアを行います。
  • 外科的治療:
    • 停留精巣やヘルニア、心疾患などがある場合は、適切な時期に手術を行います。

4. 遺伝カウンセリング

  • 情報の整理:
    • 「コフィン・シリス症候群」という名前で検索すると、重症例の古い情報が出てきて不安になることがあります。「CSS1(ARID1B型)」は比較的マイルドな経過をたどることも多いという最新の知見を共有し、見通しを立てます。
  • 家族支援:
    • ほとんどが突然変異であるため、親御さんが自分を責める必要はないことを伝えます。次子再発リスクについても説明します。

まとめ

Coffin-Siris syndrome 1 (CSS1) は、体の設計図の読み方を調整する「ARID1B遺伝子」の働きが変わることで起こる疾患です。

この病気は、「小指の爪が小さい」という可愛らしい特徴が、診断の大きなヒントになります。

また、まつ毛が長く、きりっとした眉毛の、印象的なお顔立ちをしているお子さんが多いです。

ご家族にとって、発達の遅れや言葉の遅れは大きな心配事かと思います。

しかし、CSS1のお子さんは、言葉で話すのが少し苦手でも、こちらの言っていることはよく理解しており、身振りや表情で豊かにコミュニケーションを取ることができます。

性格は明るく、人懐っこい子が多いと言われており、周囲の人々に愛される存在になるでしょう。

乳児期にはミルクを飲むのが下手だったり、体が小さかったりと心配な時期もありますが、成長とともに食べる量も増え、体もしっかりしてきます。

重篤な心臓病などの合併症を持つことは比較的少なく、多くのお子さんが元気に学校生活を送っています。

近年、この遺伝子の研究は急速に進んでおり、これまで「原因不明」とされていた多くのお子さんが、実はこのCSS1であることが分かってきています。

小児科医、療育スタッフ、心理士、そして遺伝カウンセラーとチームを組み、お子さんのゆっくりですが着実な成長を、長く、温かく支えていきましょう。

参考文献

  • Santen, G.W., et al. (2012). Mutations in SWI/SNF chromatin remodeling complex gene ARID1B cause Coffin-Siris syndrome. Nature Genetics.
    • (※ARID1B遺伝子の変異がコフィン・シリス症候群の主要な原因であることを突き止めた、歴史的かつ最も重要な原著論文。)
  • Tsurusaki, Y., et al. (2012). Mutations affecting components of the SWI/SNF complex cause Coffin-Siris syndrome. Nature Genetics.
    • (※日本の研究グループによる発見。SWI/SNF複合体(SMARCB1, SMARCA4, ARID1A, ARID1Bなど)の異常がCSSの原因であることを包括的に解明。)
  • Santen, G.W., et al. (2014). The ARID1B phenotype: what we have learned so far.
    • (※ARID1B変異を持つ多数の患者データを解析し、CSSの典型的な特徴を持たない知的障害のみの症例も多いこと(表現型の広がり)を報告したレビュー。)
  • Hoyer, J., et al. (2012). Haploinsufficiency of ARID1B causes severe to mild intellectual disability with variable physical features.
    • (※ARID1Bのハプロ不全が、身体的特徴の有無に関わらず、知的障害の主要な原因遺伝子の一つであることを示した研究。)
  • GeneReviews® [Internet]: Coffin-Siris Syndrome. Initial Posting: 2013; Last Update: 2021. Authors: Schrier Vergano SA, et al.
    • (※診断基準、最新の管理指針、遺伝カウンセリング情報を網羅した、臨床現場で最も信頼されるデータベース。)
  • Unique (Rare Chromosome Disorder Support Group): Coffin-Siris syndrome (2019).
    • (※患者家族向けに、小指の特徴、摂食の問題、発達の目安、療育のアドバイスなどを平易にまとめたガイドブック。)

詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。