Moebius syndrome

Posted on 2026年 1月 22日

別名・関連疾患名

  • メビウス症候群
  • 先天性顔面麻痺(Congenital facial diplegia)
  • 先天性眼球外転麻痺を伴う顔面神経麻痺
  • 関連:ポーランド・メビウス症候群 (Poland-Moebius syndrome)
    • ※大胸筋の欠損を伴う「ポーランド症候群」を合併するケースを指します。
  • 関連:Carey-Fineman-Ziter症候群
    • ※メビウス症候群の特徴に加え、筋病変やピエール・ロバン・シーケンス様の症状を伴う関連疾患です。

対象染色体領域

複数の領域が関与(遺伝的異質性)

メビウス症候群は、単一の原因で起こるわけではなく、複数の染色体上の変異が報告されています。

  1. 3番染色体(3q21-q22領域): PLXND1 遺伝子の関与。
  2. 13番染色体(13q12.2-q13領域): REV3L 遺伝子の関与。
  3. 10番染色体(MBS1領域): 過去に報告がある候補領域。
  4. 1番染色体(MBS3領域): 過去に報告がある候補領域。

【ゲノム上の詳細と病態メカニズム】

  • 責任遺伝子: 近年の研究により、PLXND1 および REV3L 遺伝子の変異が、メビウス症候群の特定の症例において原因となることが判明しました。
  • 役割: これらの遺伝子は、胎児期の脳幹(脳の一部)において、脳神経が作られたり、正しい場所へ伸びていったりするプロセスを制御しています。
  • 病態メカニズム: これらの遺伝子に異常が生じると、特に**第6脳神経(外転神経)第7脳神経(顔面神経)**の核が形成されなかったり、神経が筋肉まで到達しなかったりします。その結果、神経からの信号が顔の筋肉や目を動かす筋肉に伝わらず、麻痺が生じます。また、かつては「血管説(胎児期の脳幹への血流障害)」も有力視されており、遺伝的要因と環境的要因の両方が検討されています。

発生頻度

約50,000人 〜 500,000人に1人

  • 希少疾患: 世界的に見ても非常に稀な疾患です。
  • 性差: 男女差はなく、どちらの性別でも同等に発症します。
  • 日本国内: 正確な統計はありませんが、全国で数百人から千人程度の患者数が推定されています。

臨床的特徴(症状)

メビウス症候群の主な症状は、脳神経の欠損に由来する機能不全です。知能は正常であることが多いですが、外見やコミュニケーションの面で大きな困難を伴います。

1. 顔面の症状(第7脳神経麻痺)

  • 無表情(仮面様顔貌): 顔の筋肉を動かすことができないため、笑う、怒る、悲しむといった表情を作ることができません。泣いているときも声は出ますが、顔は動きません。
  • 口の機能不全: 唇を閉じることが難しく、よだれが出やすかったり、言葉の発音(特に「パ行」「マ行」「バ行」などの唇を使う音)が不明瞭になったりします。
  • 閉眼困難: 寝ているときも完全に目が閉じないことがあり、眼球の乾燥を引き起こします。

2. 眼の症状(第6脳神経麻痺)

  • 眼球外転麻痺: 目を外側(耳の方向)に動かすことができません。左右を見るときは、目を動かすのではなく、頭を横に振って対応します。
  • 斜視: 目の位置が内側に寄る内斜視が見られることが多く、立体視の障害に繋がることがあります。

3. 口腔・摂食の症状

  • 哺乳・嚥下困難: 唇や舌の動きが制限されるため、赤ちゃんの時期にミルクを吸う力が弱かったり、飲み込みに時間がかかったりします。
  • 舌の萎縮: 第12脳神経(舌下神経)が侵されている場合、舌が小さく、動きが悪くなります。
  • 高口蓋・小顎症: 口の中の天井が高かったり、あごが小さかったりすることがあります。

4. 骨格および全身の症状

  • 手足の異常: 棍棒足(足の向きが内側にねじれる)、合指症(指がくっついている)、短指症などが約30〜40%の割合で見られます。
  • ポーランド症候群の合併: 片側の大胸筋が欠損し、胸の形が左右非対称になることがあります。
  • 筋緊張の低下: 乳児期に全身の筋力が弱いことがあります。

5. 精神・発達面

  • 知能: 多くの患者において知能は正常です。
  • 自閉スペクトラム症(ASD)的傾向: 一部の症例でASD的な特性や対人関係の困難さが報告されていますが、これは「表情によるコミュニケーションが取れないこと」による二次的な影響も大きいと考えられています。

原因

遺伝的要因および環境要因(血管障害説など)

メビウス症候群の原因は、現在でも完全に一つには特定されておらず、以下の説が組み合わさっていると考えられています。

  • 遺伝子変異(常染色体顕性遺伝形式):
    • 前述の PLXND1REV3L 遺伝子の変異によるもの。これらは多くの場合、家族に同じ病気の人がいない「新生突然変異」として発生します。
  • 胎児期の血管障害説:
    • 妊娠初期(特に5〜8週頃)に、脳幹の一部である「橋(きょう)」への血流が一時的に遮断され、その領域の神経核が破壊されたために起こるという説です。特定の薬剤(ミソプロストールなど)の服用がリスクを高めるという報告もありますが、多くの場合は原因不明です。

診断方法

主に臨床症状に基づいて診断されます。

  • 身体診察:
    • 生まれつきの顔面神経麻痺(表情の欠如)と、外転神経麻痺(目の横方向の動きの欠如)の両方が揃っていることが診断の決め手となります。
  • 脳MRI検査:
    • 脳幹(橋の部分)が平坦になっていたり、脳神経の核が欠損している様子を確認します。
  • 筋電図検査:
    • 顔の筋肉に電気が通っているか、神経が生きているかを調べます。
  • 遺伝子検査:
    • 全エクソーム解析などにより、原因遺伝子の変異を調べることが可能になりつつありますが、すべての患者で変異が見つかるわけではありません。

治療方法

根本的な治療法(神経を再生させる方法)はありませんが、手術やリハビリテーションによって機能を改善させることが可能です。

1. 「笑顔の手術」(動的再建術)

メビウス症候群の治療において最も画期的な手術です。

  • 遊離筋肉移植: 太ももの筋肉(薄筋)などを神経や血管とともに顔に移植し、咬筋(噛むための神経)などに繋ぎ合わせます。これにより、奥歯を噛み締める動きに合わせて「口角を上げ、笑顔を作る」ことが可能になります。

2. 眼科的治療

  • 斜視手術: 内斜視を矯正し、正面を向いたときの目の位置を整えます。
  • 角膜保護: 目が閉じきらないことによる乾燥(ドライアイ)を防ぐため、点眼薬の使用や、重症の場合はまぶたを一部縫い合わせる手術を行うことがあります。

3. 歯科・口腔外科的治療

  • 言語療法(ST): 発音の訓練や、飲み込みの指導を行います。
  • 歯列矯正: あごの形や歯並びの異常に対する矯正治療。

4. 整形外科的治療

  • 棍棒足や合指症に対する矯正手術、装具療法。

5. 心理的・社会的支援

  • コミュニケーション支援: 表情が作れないことで「冷たい」「怒っている」と誤解されやすいため、身振り手振りや言葉のトーン、あるいは自身の症状について周囲に説明するスキルの獲得を支援します。
  • ピアサポート: 同じ悩みを持つ患者会への参加。

予後

  • 生存期間: 呼吸や飲み込みに重篤な問題がない限り、寿命は一般の方と変わりません。
  • 社会復帰: 多くの患者が通常の教育を受け、就職し、家庭を築いています。笑顔の手術や言語療法により、生活の質(QOL)は大きく向上します。

まとめ

Moebius syndrome(メビウス症候群)は、生まれつき表情を作ることができず、目を横に動かすことができないという、非常に珍しい特性を持つ疾患です。

「感情がない」と誤解されることもありますが、心の中は他の人と同じように豊かで、喜びも悲しみも感じています。ただ、それを顔の筋肉で表現することが難しいだけなのです。

医療の進歩により、「笑顔の手術」をはじめとする多くのサポートが可能になっています。リハビリや手術、そして周囲の理解があれば、メビウス症候群の方々は社会の中で素晴らしい才能を発揮し、自分らしい人生を歩んでいくことができます。

この病気の認知を広めることは、患者さんたちが「外見」という壁を超えて、自分らしく生きるための第一歩となります。

参考文献元

  • Möbius, P. J. (1888). Über angeborene doppelseitige Abducens-Facialis-Lähmung. Münchener Medizinische Wochenschrift.
    • (パウル・ユリウス・メビウス博士による最初の詳細な症例報告。)
  • Tomas-Roca, L., et al. (2015). De novo mutations in PLXND1 and REV3L cause Möbius syndrome. Nature Communications.
    • (メビウス症候群の主要な原因遺伝子を特定した画期的な研究。)
  • Zuker, R. M., et al. (2000). Facial animation in children with Moebius syndrome after segmental gracilis muscle transplant. Plastic and Reconstructive Surgery.
    • (「笑顔の手術」の有効性と手法を確立した重要論文。)
  • GeneReviews® [Internet]: Moebius Syndrome. (NCBI).
    • (診断、臨床像、管理に関する世界的標準データベース。)
  • Moebius Syndrome Foundation: Education and Resources for Families.
    • (国際的な患者支援団体によるガイドライン。)
  • Orphanet: Moebius syndrome (ORPHA:570).
    • (希少疾患の国際ポータルによる概要情報。)
  • Verzijl, H. T., et al. (2003). Möbius syndrome: a neurological spectrum disorder. Brain.
    • (メビウス症候群を脳神経全体のスペクトラム障害として捉えた包括的レビュー。)

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