別名・関連疾患名
- 8p欠失症候群(8p deletion syndrome)
- 8p末端欠失症候群(8p terminal deletion syndrome)
- 8番染色体短腕部分モノソミー(Partial monosomy 8p)
- 8p23.1微小欠失症候群(8p23.1 microdeletion syndrome)
- ※欠失の起点が8p23.1領域にあることが多いため、このように呼ばれることが一般的です。
対象染色体領域
8番染色体 短腕(p)23.1領域から末端(p-telomere)にかけての微小欠失
本症候群は、8番染色体の短腕の末端部分が失われることで発症します。失われる範囲の大きさによって症状の重症度が変わる「隣接遺伝子欠失症候群」です。
【ゲノム上の詳細と主要な責任遺伝子】
8p23.1領域周辺には、胎児期の臓器形成や脳の発達に不可欠な「司令塔」となる遺伝子が集中しています。この領域の微小欠失により、以下の重要な遺伝子が1本分失われる(ハプロ不全)ことが、臨床症状の直接的な原因となります。
- GATA4遺伝子 (8p23.1):
- 最も重要な責任遺伝子の一つです。心臓の形成(特に心室中隔や心房中隔、心内膜床)に必須の転写因子です。この遺伝子の欠失は、本症候群に見られる高頻度の先天性心疾患の主原因となります。
- SOX7遺伝子 (8p23.1):
- 心血管系の発達や、横隔膜の形成に関与しています。先天性横隔膜ヘルニアの合併に関連していると考えられています。
- TNKS遺伝子:
- 脳の構造的発達や知的機能に関与している可能性が示唆されています。
- DLGAP2遺伝子:
- シナプス(神経細胞の接合部)の形成に関わり、自閉スペクトラム症(ASD)的傾向や発達遅滞との関連が指摘されています。
発生頻度
約30,000人 〜 50,000人に1人
- 希少疾患: 世界的に見て稀な疾患ですが、マイクロアレイ検査の普及により、かつて「原因不明の多発奇形」とされていた症例の中から本症候群が診断されるケースが増えています。
- 性差: 性別による発症頻度の差は認められず、男女ともに発症します。
- 出生前診断: 心疾患(心室中隔欠損など)をきっかけに、胎児期の染色体検査で発見されることもあります。
臨床的特徴(症状)
Monosomy 8p syndromeの症状は、心臓、顔貌、精神発達の3つの柱を中心に、全身に及びます。
1. 先天性心疾患(約80%〜90%)
本症候群の最も重要かつ頻度の高い合併症です。GATA4遺伝子の欠失が深く関わっています。
- 心房中隔欠損症(ASD) / 心室中隔欠損症(VSD): 最も多く見られる異常です。
- 房室中隔欠損症(AVSD): 心臓の中央部の壁が作られない、より複雑な奇形です。
- 肺動脈弁狭窄症: 肺へ送る血液の出口が狭くなっている状態。
- ファロー四徴症: 紫色のチアノーゼを伴う重篤な心疾患。
2. 特徴的な顔貌(Facial Dysmorphism)
診断の示唆となるいくつかの外見的特徴があります。
- 額の突出(Frontal bossing): 額が広く、前に張り出している。
- 眼間開離(Hypertelorism): 両目の間隔が広く離れている。
- 内眼角贅皮: 目頭にひだがある。
- 鼻: 鼻根部が低く平坦で、鼻先が上を向いている(獅子鼻様)。
- 耳: 低位付着耳(耳の位置が低い)、あるいは耳介の変形。
- 口: 弓状の眉、あるいは下向きの口角。
3. 神経発達と知的機能
- 知的障害・発達遅滞: 軽度から中等度の知的障害が見られることが多いです。
- 言語発達の遅れ: 運動発達(歩行など)よりも、言葉の獲得に時間がかかる傾向があります。
- 筋緊張低下(Hypotonia): 乳児期に体が柔らかく、運動発達の遅れの原因となります。
- 行動特性: 自閉スペクトラム症(ASD)的傾向、多動性、衝動性、あるいは逆に非常に穏やかな性格など、個人差があります。
4. その他の身体的異常
- 成長障害: 身長・体重ともに増加がゆっくりであることが多いです。
- 先天性横隔膜ヘルニア: 肺を圧迫し呼吸不全の原因となる重篤な合併症(約10%〜20%)。
- 泌尿生殖器奇形: 男児における停留精巣や尿道下裂。
- 小頭症: 脳の容積が小さいことによる頭囲の小ささ。
原因
8p23.1付近から末端にかけての微小欠失(常染色体顕性遺伝形式)
- 新生突然変異(De novo deletion):約85%
両親の染色体は正常であり、受精の過程、あるいは胚発生の初期段階で偶然に8p領域の微小欠失が生じたものです。これは誰のせいでもなく、予防できるものではありません。この場合、次に生まれるお子様(きょうだい)への再発リスクは極めて低い(1%未満)とされています。 - 均衡型転座の継承(約15%)
親のどちらかが「均衡型転座(染色体の一部が入れ替わっているが、量は正常なので本人は健康)」を持っている場合、次子に不均衡な形で受け継がれ、微小欠失が生じるリスクがあります。この場合は、次子への再発リスクを考慮した遺伝カウンセリングが重要です。 - 逆位重複欠失(Inv dup del 8p)
8p領域で「一部が重複し、一部が欠失する」というより複雑な構造異常を伴う場合もあります。
診断方法
臨床的な特徴(特に心疾患)から本症候群を疑い、遺伝子検査によって確定されます。
- マイクロアレイ染色体検査(CMA):
確定診断の第一選択です。8p領域のどの部分が、どのくらいのサイズで欠けているかを正確に特定できます。これにより「GATA4が含まれているか」などの詳細な予後予測が可能です。 - FISH法:
特定の8p末端プローブを用いて、欠失の有無を視覚的に確認します。親の染色体構成を調べる際にも有用です。 - 心エコー検査:
診断確定後、あるいは疑われた時点で、心疾患の有無と詳細を評価するために必須の検査です。 - 腹部・胸部レントゲン・エコー:
横隔膜ヘルニアや腎奇形の検索。
治療方法
現代の医学において、染色体の欠失を修復する根本的な治療法はありません。治療の主眼は、心疾患への対応と、各症状に対する**「多職種連携による対症療法」**に置かれます。
1. 心臓外科的治療(最優先)
- 外科的手術: 先天性心疾患がある場合、多くは乳幼児期に外科的な矯正手術(シャント術、根治術など)が必要になります。心臓の状態が安定することが、その後の発達において極めて重要です。
2. 呼吸・栄養管理
- 横隔膜ヘルニアがある場合は、出生直後からの人工呼吸管理と外科的修復術が行われます。
- 筋緊張低下により哺乳が難しい場合は、経管栄養などのサポートを検討します。
3. 発達支援・療育(早期介入)
- 理学療法(PT)および作業療法(OT): 筋緊張低下や運動発達遅滞に対するリハビリテーション。
- 言語療法(ST): 言葉の遅れに対し、早期からコミュニケーション支援(サイン、絵カードなど)を行います。
- 特別支援教育: 知的レベルや個々の特性に合わせた個別の教育支援計画。
4. 継続的なスクリーニング
- 眼科・耳鼻科: 斜視、屈折異常、難聴のチェック。
- 内分泌科: 成長ホルモン分泌不全などの成長障害のモニタリング。
予後
予後は合併症、特に先天性心疾患の重症度と、手術の成功の可否に大きく左右されます。
- 心臓の手術が成功し、適切な周産期管理が行われれば、多くの方が成人期を迎えることができます。
- 知的発達の遅れに対しては長期的なサポートが必要になりますが、適切な療育によりそれぞれのペースで成長し、社会参加を目指すことが可能です。
まとめ
Monosomy 8p syndrome(8pモノソミー症候群)は、8番染色体の末端にある「心臓を作る」「脳の発達を促す」といった大切な設計図(遺伝子)が、ほんのわずかに失われる微小欠失によって起こる病気です。
特に心臓に壁の穴(心室中隔欠損など)が見つかることが多く、生まれてすぐ、あるいは乳児期に心臓の手術を必要とすることがこの病気の大きな特徴です。
診断がついたとき、ご家族は将来への不安を感じられるかもしれませんが、現在は小児科、心臓外科、そして発達の専門家がチームを組んで、お子様を多角的にサポートできる体制が整っています。
心臓の状態が落ち着けば、ゆっくりですが確実に発達のステップを登っていきます。お子様の歩幅に合わせた成長を、医療チームと共に長く温かく支えていきましょう。
参考文献元
- Claeys, I., et al. (1997). A terminal deletion of 8p23.1: case report and review of the literature. Journal of Medical Genetics.
- (8p末端欠失の臨床像を整理し、症候群として定義した初期の重要論文。)
- Pehlivan, T., et al. (1999). GATA4 haploinsufficiency deficiency causes congenital heart defects in 8p23.1 deletion syndrome. American Journal of Medical Genetics.
- (GATA4遺伝子の欠失が心疾患の原因であることを証明した画期的な研究。)
- Bhatia, S., et al. (1999). The 8p23.1 deletion syndrome. Clinical Genetics.
- (顔貌的特徴や発達遅滞を含む、臨床スペクトラムを詳述した文献。)
- Wat, M. J., et al. (2009). 23.1 microdeletion syndrome: clinical and molecular characterization.
- (マイクロアレイ解析を用いた最新の分子遺伝学的診断に関する報告。)
- GeneReviews® [Internet]: 8p23.1 Microdeletion Syndrome. (NCBI).
- (最新の医学的知見に基づく診断・管理・遺伝カウンセリングの標準的データベース。)
- Unique (The Rare Chromosome Disorder Support Group): 8p deletions: terminal deletions: A guide for families.
- (希少染色体異常支援団体による、ご家族向けの実践的ガイドブック。)
- Orphanet: 8p23.1 microdeletion syndrome (ORPHA:251025).
- (希少疾患の国際的なポータルサイトによる病態概要。)
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