Nablus mask-like facial syndrome (NMLFS)

Posted on 2026年 1月 22日

別名・関連疾患名

  • ナブルス症候群
  • 8q22.1微小欠失症候群(8q22.1 microdeletion syndrome)
  • 仮面様顔貌・眼瞼裂狭小・手足異常症候群
  • 関連:Blepharophimosis-ptosis-epicanthus inversus syndrome (BPES)
    • ※眼瞼下垂や眼瞼裂狭小などの目の特徴が類似するため、鑑別診断に挙げられます。

対象染色体領域

8番染色体 長腕(q)22.1領域の微小欠失

本症候群は、8番染色体の長腕に位置する「8q22.1」という特定のバンド領域が失われる微小欠失によって引き起こされます。

【ゲノム上の詳細と責任遺伝子の検討】

  • 責任領域: 8q22.1領域には複数の遺伝子が含まれていますが、近年の研究では特に GRHL2遺伝子 の周辺領域や、その発現を制御する因子の欠失が、顔面および皮膚の形成異常に関与している可能性が強く示唆されています。
  • 病態メカニズム: この領域の微小欠失により、胚発生期(胎児の体が作られる時期)における神経堤細胞由来の組織(顔の骨格、皮膚、結合組織など)の分化や移動にエラーが生じます。この「遺伝子量効果(ハプロ不全)」が、筋肉の動きを制限するような特異的な皮膚の質感や、骨格の形成不全を招くと考えられています。

発生頻度

極めて稀(Ultra-rare)

  • 正確な頻度: 世界的な統計は存在しませんが、1990年代にパレスチナのナブルス(Nablus)で最初の症例が報告されて以来、世界全体でも報告例は数十例に満たない、極めて希少な疾患です。
  • 分布: 特定の人種に限定されるものではなく、欧米、中東、アジアなど各地で散発的な報告があります。
  • 診断の現状: 外見的特徴が非常に強烈であるため、臨床的に疑われることはありますが、最終的な確定には高解像度の染色体検査(マイクロアレイ検査)が不可欠です。

臨床的特徴(症状)

NMLFSの最大の特徴は、疾患名にもある「仮面様」の顔貌ですが、症状は全身の皮膚、骨格、神経発達に及びます。

1. 特徴的な顔貌(Mask-like facies)

本症候群を定義する最も重要な臨床所見です。

  • 表情の乏しさ: 顔の皮膚が非常にタイト(突っ張ったよう)で、感情表現による筋肉の動きが制限されます。
  • 眼瞼裂狭小(Blepharophimosis): 目の横幅が狭く、目が小さく見えます。
  • 眼瞼下垂(Ptosis): まぶたが垂れ下がり、目が十分に開きません。
  • 眉: 眉毛が薄い、あるいは外側が欠損していることがあります。
  • 鼻: 鼻根部が平坦で、鼻先が幅広く、鼻孔が上を向いています。
  • 口: 常に口を半開きにしていることが多く、上唇が弓状(富士山型)で、人中(鼻の下の溝)が短く平坦です。
  • 耳: 耳の位置が低く、後方に回転しており、耳介の形が単純化していることが多く見られます。

2. 皮膚および付属器の異常

  • 皮膚の質感: 全身の皮膚が薄く、光沢があり、あるいは逆にザラザラとした質感(角化不全様)を呈することがあります。
  • 毛髪: 頭髪がまばらで細い(疎毛)、あるいは生え際が高いなどの特徴があります。
  • 歯: 歯の欠損(先天性無歯症)や、形が異常(円錐歯など)、エナメル質の形成不全が見られます。

3. 手足の異常

  • 短指症: 手足の指が全体的に短い。
  • 合指(趾)症: 指と指の間が皮膚でつながっていることがあります(特に第2指と第3指の間)。
  • 指の変形: 爪の低形成(爪が小さい、あるいは無い)や、指の関節が硬く曲がりにくい(拘縮)症状が見られます。

4. 神経発達と知的機能

  • 知的障害: 軽度から中等度の知的障害が多くの症例で認められます。
  • 発達遅滞: 運動発達(歩行など)や言語発達の遅れが幼児期から顕著になります。
  • 筋緊張低下: 乳児期に「体が柔らかい」状態が見られ、それが後の運動発達の遅れに繋がります。

5. その他の身体的合併症

  • 成長不全: 出生時より低体重・低身長であることが多く、その後も成長曲線の下限を辿る傾向があります。
  • 生殖器異常: 男児における停留精巣や尿道下裂。
  • 潜在的な内臓奇形: 頻度は低いものの、心奇形や泌尿器系の異常が報告されることがあります。

原因

8q22.1領域の微小欠失(常染色体顕性遺伝形式)

  • 遺伝形式:常染色体顕性(優性)遺伝 です。
    • 遺伝子のペア(2本)のうち、片方の染色体の該当領域が失われるだけで発症します。
  • 新生突然変異(De novo deletion):
    • これまでに報告されたほとんどの症例において、両親の染色体は正常であり、受精の過程で偶然に微小欠失が生じたものです。したがって、次に生まれるきょうだいへの再発リスクは極めて低いと考えられています。
  • 微小欠失のサイズ:
    • 欠失するサイズは症例によって異なりますが、一般的には数メガベース(Mb)程度の範囲が失われています。失われる範囲が広いほど、知的障害や全身の奇形が重篤になる傾向があります。

診断方法

臨床的な外見的特徴に基づき、分子遺伝学的検査によって確定診断を行います。

  • 臨床評価:
    • 「仮面のような表情の乏しさ」「眼瞼裂狭小」「手足の異常」の三徴候を慎重に評価します。
  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    • 確定診断のゴールドスタンダードです。8q22.1領域の微小欠失を数万から数十万のプローブを用いて検出します。
  • 画像診断:
    • 手足のレントゲン: 骨の癒合や短縮、爪の形成不全を詳細に評価します。
    • 頭部MRI: 脳の構造的異常(脳梁の異常など)の有無を確認します。
  • 歯科検診:
    歯の欠損や形態異常を確認します。

治療方法

現代の医学において、失われた染色体領域を補う根本的な治療法はありません。治療は、機能改善とQOLの向上を目指した**「多職種連携による対症療法」**が中心となります。

1. 外科的治療

  • 眼科的手術: 眼瞼下垂が著しく、視界が遮られて弱視のリスクがある場合は、まぶたを持ち上げる形成手術を行います。
  • 形成外科的手術: 合指症の分離術や、顔面の軟部組織の引きつれを和らげる処置が検討されることがありますが、皮膚の性質上、慎重な判断が求められます。
  • 歯科的治療: 欠損歯に対する義歯や、インプラント(成長完了後)による咀嚼機能と外見の維持。

2. リハビリテーション(療育)

  • 理学療法(PT)および作業療法(OT): 手の器用さの向上、関節の可動域訓練、および運動発達の促進。
  • 言語療法(ST): 言葉の遅れや、口周りの筋肉の使いにくさによる構音障害の改善。

3. 教育支援

  • 知的レベルや個々の学習能力に合わせた特別支援教育。
  • 表情が作りにくいことが対人関係に影響を与える場合があるため、コミュニケーションスキルを補完する支援(ジェスチャーや視覚ツールの活用)。

4. 成長管理

  • 小児内分泌科による定期的な成長モニタリング。

予後

  • 生存期間: 重篤な内臓合併症(心疾患など)がなければ、寿命そのものは一般の方と変わらないと考えられています。
  • 自立性: 知的障害の程度によりますが、日常生活において一定のサポートが必要になる場合が多いです。
  • 社会性: 表情が乏しいことで「感情がない」と誤解されやすいため、周囲の正しい理解と継続的な社会的支援が、本人の精神的健康を守る上で不可欠です。

まとめ

Nablus mask-like facial syndrome(ナブルス仮面様顔貌症候群)は、8番染色体の特定の部分が、ほんのわずかに失われる微小欠失によって引き起こされる、世界でも非常に珍しい病気です。

この病気を持つお子様は、顔の皮膚や筋肉の性質により、表情の変化が少なく「仮面をかぶっているような」独特の顔立ちになります。また、目が小さかったり、指に特徴があったりすることもあります。

「笑っていない」「怒っている」と見えても、心の中は他の子と同じように豊かです。ただ、それを顔に出すことが少し苦手なだけなのです。

現在は遺伝子検査で正確な診断をつけることができ、眼科や形成外科の手術、そして療育(リハビリ)を組み合わせることで、お子様の持っている力を最大限に引き出すことができます。

情報の少ない希少な疾患ですが、専門医チームとつながり、一つひとつの症状に丁寧に向き合っていくことで、お子様とご家族が安心して歩んでいける道が見つかります。

参考文献元

  • Teebi, A. S. (2000). Nablus mask-like facial syndrome. American Journal of Medical Genetics.
    • (ナブルス症候群を初めて一つの独立した疾患として報告・命名した記念碑的論文です。)
  • Jain, M., et al. (2010). Nablus mask-like facial syndrome: Report of a new case and review of the literature. Clinical Dysmorphology.
    • (臨床的特徴の整理と、既報例の比較検討を行っている重要文献です。)
  • Mignot, C., et al. (2015). The 8q22.1 microdeletion syndrome: clinical and molecular characterization of Nablus mask-like facial syndrome. European Journal of Medical Genetics.
    • (アレイCGHを用いて8q22.1微小欠失を証明し、分子遺伝学的な背景を詳細に記述した論文です。)
  • GeneReviews® [Internet]: 8q22.1 Microdeletion Syndrome (NMLFS). (NCBI).
    • (診断、管理、遺伝カウンセリングに関する最新の標準的データベースです。)
  • Orphanet: Nablus mask-like facial syndrome (ORPHA:91136).
    • (希少疾患の国際的なポータルサイトによる病態概要とリソース情報。)
  • Unique (The Rare Chromosome Disorder Support Group): 8q deletions: 8q22 microdeletions: A guide for families.
    • (希少染色体異常支援団体による、ご家族向けの実践的ガイド資料。

詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。