別名・関連疾患名
- 5p重複症候群(5p duplication syndrome)
- 5p部分トリソミー(Partial trisomy 5p)
- 5番染色体短腕トリソミー
- 関連疾患:5p微小重複症候群(5p microduplication syndrome)
- ※5p15.33領域や5p13領域など、特定の狭い範囲に限定された重複。
- 対照疾患:猫なき症候群(Cri-du-chat syndrome / 5p- syndrome)
- ※5pの「欠失」による疾患ですが、臨床現場では対比として言及されることがあります。
対象染色体領域
5番染色体 短腕(p)全体、または一部(主に5p13から末端の5p15領域)
本症候群は、5番染色体の短腕(p)領域が、細胞内に通常の2本ではなく、合計3本存在することによって発症します。
【ゲノム上の詳細と病態メカニズム】
5番染色体短腕には、脳の初期発達、神経細胞の遊走、心血管系の形成、および細胞増殖の制御に深く関与する遺伝子が集中しています。
- 主要な責任領域: 多くの研究により、5p13 領域および 5p15 領域の重複が、本症候群に特有の表現型(知的障害や多発奇形)に強く寄与していることが明らかになっています。
- 遺伝子量効果: この領域に含まれる遺伝子が3コピー存在することで、タンパク質の産生バランスが著しく崩れます。例えば、脳の発達を制御する SEMA5A 遺伝子や TRIO 遺伝子などの過剰発現が、神経回路の構築に影響を与え、知的障害や行動障害を引き起こすと考えられています。
- 微小重複との関連: 従来の核型分析で見つかる大きな重複だけでなく、近年はマイクロアレイ検査の普及により、数メガベース(Mb)程度の微小重複であっても、成長遅滞や言語遅滞を呈することが確認されています。
発生頻度
極めて稀(Ultra-rare)
- 推定頻度: 正確な統計データは存在しませんが、世界的に見ても報告例は少なく、希少染色体異常症の中でも珍しい部類に入ります。
- 性差: 男女差はなく、性別に関わらず発症します。
- 診断の傾向: 多くの症例は、親の均衡型転座に由来する「不均衡転座」として発見されます。5p領域は比較的大きく、重複がある場合は出生に至ることも多いですが、広範囲なトリソミーの場合は自然流産に至る可能性も示唆されています。
臨床的特徴(症状)
Trisomy 5p syndromeの臨床像は、身体的特徴、精神運動発達、内部奇形の3つの側面から構成されます。
1. 特徴的な顔貌(Facial Features)
診断の示唆となる共通の身体的特徴が見られます。
- 丸い顔立ちと高い額: 幼少期には顔が丸く、額が広く突き出している(前額部突出)ことが一般的です。
- 眼間開離: 両目の間隔が広く離れている(Hypertelorism)。
- 眼瞼裂斜下: 目尻が下がっている(Antimongoloid slant)。
- 短い鼻と平坦な鼻根部: 鼻が小さく、鼻筋が低い。鼻孔が前を向いていることもあります。
- 長い人中: 鼻の下から唇までの距離(人中)が長い。
- 大きな耳: 耳の位置が低く(低位付着耳)、耳介が大きく、後方に回転していることがあります。
- 小顎症: あごが小さく、後ろに下がっている。
2. 神経発達と知能
- 知的障害: ほぼすべての症例で中等度から重度の知的発達の遅れが認められます。
- 言語発達の著しい遅れ: 意思疎通の能力に強い影響が出ることが多く、言葉の発話そのものが困難なケースもあります。
- 筋緊張の異常: * 乳児期: 筋緊張低下(低緊張)が目立ち、運動発達を遅らせます。
- 成長後: 逆に筋肉が硬くなる痙性(けいせい)や関節の拘縮が見られることがあります。
- 行動特性: 多動性、注意欠如、自閉症スペクトラム的な特性(こだわりやコミュニケーションの困難)が見られることがあります。
3. 成長と骨格の異常
- 成長遅滞: 胎内発育不全(IUGR)を伴うことが多く、出生後も身長・体重ともに成長曲線の下限を辿ることが一般的です。
- 小頭症: 脳の容積が相対的に小さく、頭囲が標準を下回ります。
- 骨格変形: 胸郭の変形(漏斗胸や鳩胸)、脊柱側弯症、手の指が曲がっている(屈指症)などが見られることがあります。
4. 内部奇形およびその他の合併症
- 先天性心疾患: 約30〜40%の症例で心房中隔欠損(ASD)や心室中隔欠損(VSD)などの心奇形が見られます。
- 腎異常: 腎形成不全や嚢胞性腎疾患などが報告されることがあります。
- 泌尿生殖器異常: 男児における停留精巣や尿道下裂。
- てんかん: 一部の症例で、乳児期以降にてんかん発作を発症するリスクがあります。
原因
5p領域の重複(不均衡転座または新生突然変異)
5pトリソミーが生じるメカニズムは、主に以下の2つのパターンに分類されます。
1. 親の均衡型転座からの継承(約70〜80%)
本症候群の最も一般的な原因です。
- メカニズム: 両親のどちらかが「均衡型転座」の保因者である場合です。親本人は遺伝子の量に過不足がないため健康ですが、精子や卵子を作る際の減数分裂で、5pの断片が余分に含まれた染色体が受け継がれると、不均衡転座が生じます。
- 随伴する欠失: この場合、5pが重複する一方で、別の染色体の末端が失われている(モノソミー)ことが多く、症状は10pトリソミー単独よりもさらに複雑で重篤になる傾向があります。
2. 新生突然変異(De novo)
- メカニズム: 両親の染色体は正常ですが、受精の過程、あるいは受精卵が分裂する初期段階で偶然に5pの重複が生じるケースです。
- 等腕染色体5p: 5番染色体が中心体で横に割れ、短腕のみを2つ持つ「等腕染色体」が形成されるタイプなどが含まれます。
- 再発リスク: このパターンの場合、次に生まれるお子様(きょうだい)への再発リスクは極めて低い(1%未満)とされます。
診断方法
臨床的な顔貌や多発奇形、発達遅滞から本症候群を疑い、染色体・遺伝子検査で確定します。
- 染色体核型分析(Gバンド法):
顕微鏡下で染色体の数と形を調べ、5番染色体の短腕が長い、あるいは余分な染色体断片があることを確認します。 - マイクロアレイ染色体検査(CMA):
確定診断のゴールドスタンダードです。5p領域のどの範囲が、どの程度のサイズ(微小重複の範囲)で重複しているかを精密に特定します。これにより、予後の予測や合併症の管理に役立てます。 - FISH法:
5p特異的なプローブ(蛍光標識)を用いて、5p領域のコピー数が3つ存在することを視覚的に証明します。 - 画像・機能診断:
- 心エコー: 先天性心疾患の有無を確認します。
- 頭部MRI: 脳の構造異常(脳梁欠損や皮質形成異常など)を評価します。
- 腹部超音波: 腎奇形の有無を確認します。
治療方法
現代の医学において、過剰な染色体を正常化する根本的な治療法はありません。治療は、多系統の合併症を管理し、QOL(生活の質)を向上させるための**「多職種連携による対症療法」**が中心となります。
1. リハビリテーション(早期介入)
- 理学療法(PT): 低緊張に対する筋肉への刺激や、正しい姿勢の維持、運動発達の促進。
- 作業療法(OT): 手先の機能訓練や、感覚統合、日常生活動作の支援。
- 言語療法(ST): 摂食嚥下訓練(飲み込みの練習)およびコミュニケーション支援。発話が困難な場合は、サイン言語や絵カード、視覚支援デバイスなどの導入を検討します。
2. 内科的・外科的治療
- 心臓手術: 重篤な先天性心疾患がある場合、乳幼児期に外科的矯正術を行います。
- てんかんの管理: 発作がある場合は抗てんかん薬による適切なコントロール。
- 整形外科的フォロー: 側弯症や関節拘縮、足の変形に対する定期的なチェックと、必要に応じた装具療法や手術。
- 栄養管理: 哺乳困難や成長不良に対し、栄養士や小児科医によるサポート。
3. 教育・社会的支援
- 知的発達段階に合わせた特別支援教育。
- 家族に対する心理的ケア、および地域の福祉サービス(療育手帳の取得やレスパイトケアなど)の活用。
予後
- 生存期間: 合併症(特に心疾患や呼吸器系の脆弱性)の重症度に大きく依存します。適切な医療ケアが行われれば、成人期を迎えることが可能ですが、生涯にわたり手厚い介護が必要です。
- 生活の質: 重度の知的障害と言語障害を伴うことが多いため、自立した生活は困難ですが、早期からの継続的なハビリテーションにより、周囲とのコミュニケーションを深め、穏やかな生活を送ることができます。
まとめ
Trisomy 5p syndrome(5pトリソミー症候群)は、5番染色体の一部が通常より1つ分多く存在することで起こる、非常に希少な染色体異常です。
丸みを帯びた顔立ちや、発達のゆっくりさ、そして言葉の獲得に強いサポートが必要であることが主な特徴として挙げられます。また、心臓などの内部臓器に病気を伴うこともあります。
この病気は、成長や神経の発達に大切な設計図(遺伝子)が過剰に働いてしまうことで、全身にさまざまな影響を及ぼします。
多くの場合、親御さんの染色体の構造変化がきっかけとなりますが、それは決して誰のせいでもありません。
根本的な治療法はありませんが、早くからリハビリテーションを始め、医療チームと密に連携することで、お子様の持つ可能性を最大限に引き出し、健やかな生活を支えることができます。専門医や療育チームと共に、お子様の歩幅に合わせた成長を長く温かく支えていきましょう。
参考文献元
- Lejeune, J., et al. (1964). La trisomie 5p. Ann Genet.
- (5pトリソミーを世界で初めて報告した歴史的論文。)
- Schinzel, A. (2001). Catalogue of Unbalanced Chromosome Aberrations in Man. Walter de Gruyter.
- (5pトリソミーを含む不均衡染色体異常の臨床的特徴を網羅した世界的文献。)
- GeneReviews® [Internet]: Trisomy 5p (Partial). (NCBI).
- (最新の医学的知見、診断、管理指針が網羅されている世界的データベース。)
- Orphanet: Trisomy 5p (ORPHA:96142).
- (希少疾患の国際的なポータルサイトによる病態概要とリソース情報。)
- Unique (The Rare Chromosome Disorder Support Group): 5p duplications: A guide for families.
- (希少染色体異常支援団体による、ご家族向けのわかりやすいガイド資料。)
- Cerretini, R., et al. (2012). Molecular characterization of 5p duplication cases: Insight into the Trisomy 5p phenotype.
詳しくは ヒロクリニック全国のクリニック一覧 をご覧ください。


