Trisomy 9p syndrome

Posted on 2026年 1月 22日

別名・関連疾患名

  • 9p重複症候群(9p duplication syndrome)
  • 9p部分トリソミー(Partial trisomy 9p)
  • 9番染色体短腕トリソミー
  • レチュン症候群(Rethoré syndrome)
    • ※1970年に本症候群を初めて詳細に報告したフランスの遺伝学者、Marie-Odile Rethoré博士にちなんで名付けられました。
  • 関連:9p微小重複症候群(9p microduplication syndrome)
    • ※9p24.3領域や9p13.1領域など、特定の狭い範囲に限定された重複。

対象染色体領域

9番染色体 短腕(p)全体、または 9p11から末端(pter)にかけての領域

本症候群は、9番染色体の短腕(p)部分が通常よりも1つ多く、細胞内に合計3つ存在することによって発症します。

【ゲノム上の詳細と病態メカニズム】

9番染色体短腕には、脳の発達、顔面および骨格の形成、性分化に関わる重要な遺伝子が密集しています。

  • 責任領域: 多くの研究により、9p22領域から9p24領域(末端に近い部分)の重複が、本症候群に特有の知的障害や特徴的な顔貌に最も強く寄与していると考えられています。
  • 主要な関与遺伝子(例):
    • DMRT1 / DMRT2 (9p24.3): 性決定や発達に関与します。これらの重複は性分化の異常に関連することがあります。
    • SMARCA2 (9p24.2): 神経発達に関連するクロマチンリモデリング因子です。
    • GLDC (9p24.1): グリシン代謝に関わり、神経学的症状に影響を与える可能性があります。
  • 遺伝子量効果: 染色体の微小な重複であっても、含まれる遺伝子が「1.5倍」存在することで、タンパク質の産生バランスが崩れ、胎児期の組織分化や神経ネットワークの構築にエラーが生じます。

発生頻度

出生児 30,000人 〜 50,000人に1人

  • 頻度: 比較的稀な染色体異常ですが、常染色体の部分トリソミー(染色体の一部が重複するタイプ)の中では、4pトリソミーや10pトリソミーと並んで、比較的報告数が多い疾患の一つです。
  • 診断の現状: 以前は染色体分染法(Gバンド法)で大きな重複のみが特定されていましたが、現在はマイクロアレイ染色体検査(CMA)の普及により、外見的な特徴が軽微な微小重複の症例も正確に診断されるようになっています。
  • 性差: 性別による頻度の差はなく、男女ともに発症します。

臨床的特徴(症状)

Trisomy 9p syndromeの症状は多系統にわたり、身体的特徴、知的発達、骨格異常の3つの側面で顕著な所見が見られます。

1. 特徴的な顔貌(Facial Features)

診断の示唆となる非常に特異的な顔立ちが見られ、成長とともに特徴がはっきりしてきます。

  • 眼球陥凹(Enophthalmos): 目が奥まっているように見えます。これは本症候群に非常に特徴的な所見です。
  • 眼間開離: 両目の間隔が広く離れている(Hypertelorism)。
  • 眼瞼裂斜下: 目尻が下がっている(Antimongoloid slant)。
  • 鼻: 鼻根部が平坦で、鼻先が大きく丸い(球状の鼻)。
  • 口: 口角が下がっており、弓状の薄い上唇(テント状上唇)を呈します。
  • 耳: 低位付着耳(耳の位置が低い)、あるいは耳介が大きく突出している。

2. 神経発達と知能

  • 知的障害: ほぼすべての症例で、中等度から重度の知的発達の遅れが認められます。
  • 言語発達の著しい遅れ: 運動発達に比べても、特に言葉の獲得(表出言語)に強い遅れが見られることが一般的です。
  • 筋緊張の異常: 乳児期には筋緊張低下(低緊張)が見られ、成長とともに一部で筋緊張亢進(痙性)が見られることがあります。
  • 行動特性: 多動性や自閉スペクトラム症的な特性が見られることが報告されています。

3. 指および骨格の異常

  • 指の形成不全: 親指が短く、位置がずれている(低位付着母指)。また、指の先端の節(末節骨)が短いことが多く、爪が未発達(爪低形成)であることも特徴です。
  • 猿線: 手のひらを横切る一本の太いしわが見られることがあります。
  • 骨年齢の遅れ: 骨の成長が実年齢よりも遅れる傾向があります。
  • 脊柱側弯症: 筋肉のバランスや骨格の影響で、成長とともに背骨が曲がることがあります。

4. 内部奇形およびその他の合併症

  • 小頭症: 脳の容積が相対的に小さく、頭囲が標準を下回ります。
  • 先天性心疾患(約10〜20%): 頻度は高くありませんが、心室中隔欠損(VSD)などの合併が見られることがあります。
  • 泌尿生殖器異常: 腎奇形や、男児における停留精巣、尿道下裂。
  • 成長不全: 出生時より体格が小さく、出生後も身長・体重の増加がゆっくりです。

原因

9p領域の重複(不均衡転座または新生突然変異)

9pトリソミーが生じるメカニズムには、主に以下のパターンがあります。

1. 親の均衡型転座からの継承(約60〜70%)

最も一般的な原因です。

  • メカニズム: 両親のどちらかが「均衡型転座(染色体の一部が入れ替わっているが、量は正常なので本人は健康)」の保因者である場合です。
  • 不均衡転座: 減数分裂の際に、9pの断片が余分に含まれた染色体が受精卵に受け継がれると、9pトリソミーが生じます。この場合、別の染色体の末端部分が「欠失(モノソミー)」していることが多く、症状がより複雑化する傾向があります。

2. 新生突然変異(De novo)

親の染色体構成は正常であり、受精の過程、あるいは受精卵が分裂する初期段階で偶然に9pの重複が生じるケースです。

  • 等腕染色体9p [i(9p)]: 9番染色体が中心体で横に割れ、短腕(p)だけを2つ持つ等腕染色体が形成されるタイプなどが含まれます。
  • 微小重複: 9p領域内の組換えエラーにより、偶然に微小な重複が生じることもあります。

診断方法

臨床的な顔貌や指の異常、発達遅滞から本症候群を疑い、染色体・ゲノム検査で確定します。

  • 染色体核型分析(Gバンド法):
    顕微鏡下で染色体の数と形を調べ、9番染色体の短腕が長い、あるいは余分な染色体断片があることを確認します。
  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    確定診断のゴールドスタンダードです。9p領域のどの範囲が、どの程度のサイズ(微小重複の範囲)で重複しているかを精密に特定します。
  • FISH法:
    9p特異的なプローブ(蛍光標識)を用いて、9p領域のコピー数が3つ存在することを視覚的に証明します。親の保因状態(転座の有無)を確認する際にも重要です。
  • 画像診断:
    • 頭部MRI: 脳の構造異常を評価します。
    • 手足のX線: 指の骨(末節骨)の形成状態や骨年齢を確認します。
    • 心エコー・腹部エコー: 内部奇形の検索。

治療方法

現代の医学において、過剰な染色体を正常化する根本的な治療法はありません。治療は、症状を管理し生活をサポートする**「多職種連携による対症療法」**が中心となります。

1. リハビリテーション(早期介入)

  • 理学療法(PT): 乳児期の低緊張に対する筋肉への刺激や、正しい姿勢の保持、運動発達の促進。
  • 作業療法(OT): 手先の機能訓練や、日常生活動作(食事、更衣など)の訓練。指の異常がある場合の工夫を支援します。
  • 言語療法(ST): 摂食嚥下訓練およびコミュニケーション支援。表出言語の遅れが強いため、サイン言語や絵カード、タブレット端末を活用した代替コミュニケーションの導入を早期から検討します。

2. 内科的・外科的治療

  • 整形外科的フォロー: 脊柱側弯症や足の変形に対する定期的なチェックと、必要に応じた装具療法や手術。
  • 内分泌科的フォロー: 著しい低身長がある場合、必要に応じて成長の管理を行います。
  • 眼科的フォロー: 斜視や視力障害に対する矯正。
  • 泌尿器科手術: 男児の停留精巣に対する固定術など。

3. 教育・社会的支援

  • 知的発達段階に合わせた特別支援教育。
  • 家族に対する心理的ケア、および地域の福祉サービス(療育手帳の取得、レスパイトケアなど)の活用。

予後

  • 生存期間: 心疾患などの重要臓器の合併症が比較的少ないため、多くの方が成人期を迎えることが可能です。
  • 生活の質: 重度の知的障害を伴うことが多いですが、社交的な性格を持つこともあり、適切な社会的サポートを受けながら穏やかな生活を送ることができます。生涯にわたり一定の介助が必要となることが一般的です。

まとめ

Trisomy 9p syndrome(9pトリソミー症候群)は、9番染色体の一部が通常より1つ分多く存在することで起こる、染色体異常症です。

主な特徴として、目が奥まっているように見える独特の顔立ち、言葉の発達のゆっくりさ、そして指の骨の成長が未発達であることなどが挙げられます。

この病気は、成長や神経の発達に大切な設計図(遺伝子)が過剰に働いてしまうことで、全身にさまざまな影響を及ぼします。

多くの場合、親御さんの染色体の構造変化(転座)がきっかけとなりますが、それは決して誰のせいでもありません。

根本的な治療法はありませんが、早くからリハビリテーションを始め、医療チームと密に連携することで、お子様の持つ可能性を最大限に引き出し、健やかな生活を支えることができます。専門医や療育チームと共に、お子様の歩幅に合わせた成長を長く温かく支えていきましょう。

参考文献元

  • Rethoré, M. O., et al. (1970). Sur quatre cas de trisomie pour le bras court du chromosome 9. Individualisation d’une nouvelle entité morbide. Ann Genet.
    • (博士らによる最初の症例報告。9pトリソミーを独立した疾患として確立した論文。)
  • Schinzel, A. (2001). Catalogue of Unbalanced Chromosome Aberrations in Man. Walter de Gruyter.
    • (染色体異常の世界的権威による、9pトリソミーの臨床的特徴を網羅した文献。)
  • GeneReviews® [Internet]: Trisomy 9p (Partial). (NCBI).
    • (最新の医学的知見、診断、管理指針が網羅されている世界的データベース。)
  • Orphanet: Trisomy 9p (ORPHA:96146).
    • (希少疾患の国際的なポータルサイトによる病態概要とリソース情報。)
  • Unique (The Rare Chromosome Disorder Support Group): 9p duplications: A guide for families.
    • (希少染色体異常支援団体による、ご家族向けのわかりやすいガイド資料。)
  • Guilherme, R. S., et al. (2012). Clinical and molecular characterization of nine patients with 9p duplications: Evidence for a critical region in 9p22.1-p22.3.
    • (マイクロアレイ解析を用いて、症状の主因となる責任領域を分析した研究。)
  • Zou, Y. S., et al. (2015). Microduplication of 9p24.3p24.2: Report of a case and review of the literature.
    • (9p末端の微小重複と臨床症状の相関に関する最新の知見。)

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