別名・関連疾患名
- WAGR症候群(広義)
- 11p13隣接遺伝子欠失症候群
- BDNF欠失を伴うWAGR症候群
- 11p13微小欠失症候群
WAGRO症候群は、WAGR症候群の4徴候に「肥満(Obesity)」が加わったものです。
W: Wilms tumor(ウィルムス腫瘍/小児腎がん)
A: Aniridia(無虹彩症)
G: Genitourinary anomalies(泌尿生殖器異常)
R: Range of developmental delays(知的障害・発達遅滞)
O: Obesity(肥満)
対象染色体領域
11番染色体 短腕(p)13領域の微小欠失(BDNF遺伝子を含む範囲)
WAGRO症候群の本態は、11番染色体短腕(11p13)における「隣接遺伝子欠失症候群」です。
通常のWAGR症候群では主に「WT1」と「PAX6」という2つの遺伝子が失われますが、WAGRO症候群ではこの欠失範囲がより遠位(端側)へ広がり、さらに「BDNF」という重要な遺伝子を巻き込んでいるのが特徴です。
【ゲノム上の主要遺伝子とその役割】
- WT1遺伝子: 腎臓と生殖器の発達を制御します。この消失が「ウィルムス腫瘍」と「泌尿生殖器異常」の原因となります。
- PAX6遺伝子: 眼の形成における「マスターコントロール遺伝子」です。この消失が「無虹彩症」を引き起こします。
- BDNF遺伝子 (Brain-Derived Neurotrophic Factor):
- 役割:脳由来神経栄養因子をコードし、神経細胞の生存や可塑性、そして脳の視床下部における「食欲抑制シグナル」の伝達に深く関与しています。
- 欠失の影響:WAGRO特有の「過食(Hyperphagia)」と「早期発症の肥満」を引き起こす最大の原因です。
発生頻度
極めて稀(推定:100万人に1人以下)
- 全体数: WAGR症候群自体の発生頻度が約50万〜100万人に1人とされています。WAGRO症候群はその中のサブタイプであり、WAGR患者のうち約30%〜50%がBDNF遺伝子の欠失を伴うWAGRO症候群であると推定されています。
- 過少診断の可能性: 以前は染色体検査の解像度が低く、BDNF領域の微小な欠失が見逃されていた可能性があります。マイクロアレイ検査の普及により、近年正確な分類が可能になっています。
臨床的特徴(症状)
WAGRO症候群は、全身の多系統にわたる複雑な症状を呈します。
1. W:ウィルムス腫瘍 (Wilms tumor)
- 概要: 腎臓に発生する小児がんの一種です。
- リスク: WAGRO患者の約半数(45〜60%)が8歳までに発症します。
- 特徴: 一般的なウィルムス腫瘍よりも発症年齢が若く、両側の腎臓に発生する(両側性)リスクが高いことが知られています。
2. A:無虹彩症 (Aniridia)
- 概要: 目の「茶目」の部分(虹彩)が部分的、あるいは完全に欠損する状態です。
- 影響: 強いまぶしさ(羞明)、視力低下、眼振(目が揺れる)、白内障、緑内障を合併しやすく、生涯にわたる眼科的フォローが必要です。
3. G:泌尿生殖器異常 (Genitourinary anomalies)
- 男児: 停留精巣(精巣が陰嚢内にない)、尿道下裂。
- 女児: 双角子宮、卵巣の筋条化。
- 腎機能: 腫瘍とは別に、慢性腎臓病(CKD)やタンパク尿などの腎機能不全を成人期にかけて発症するリスクがあります。
4. R:知的障害・発達遅滞 (Range of developmental delays)
- 認知面: 軽度から重度まで幅がありますが、多くの症例で知的障害を認めます。
- 行動面: 注意欠如・多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)、不安障害などの併発頻度が高い傾向にあります。
5. O:肥満 (Obesity) — WAGRO特有の症状
- 発症時期: 多くの場合、10歳未満(早ければ2〜3歳)から急激な体重増加が始まります。
- 原因: BDNF遺伝子の欠失により、満腹中枢が正しく機能しません。これにより、常に強い空腹感を感じる「過食症(Hyperphagia)」が生じます。
- 合併症: 若年期からの糖尿病、高脂血症、脂肪肝、睡眠時無呼吸症候群のリスクが非常に高くなります。
原因
11p13領域の微小欠失(新生突然変異)
WAGRO症候群は、遺伝子の「書き換え」ではなく、設計図の一部が「物理的に失われる(欠失)」ことによって起こります。
- 新生突然変異 (De novo): 約90%
両親の遺伝子は正常であり、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精卵の初期分裂の際に偶然に生じた微小欠失です。これは誰のせいでもなく、予防できるものではありません。 - 不均衡転座の継承:
稀に、親が「均衡型転座(染色体の入れ替わり)」を持っている場合、それが不均衡な形で子に受け継がれ、欠失が生じることがあります。 - ハプロ不全:
通常2本あるはずの11p13領域が1本分(片親由来のみ)になることで、タンパク質の産生量が半分に減り、正常な発育が阻害されます。
診断方法
臨床像(特に無虹彩症)から疑い、高精度の遺伝子検査で確定します。
- マイクロアレイ染色体検査 (CMA):
確定診断のゴールドスタンダードです。11p13領域のどの遺伝子が失われているかを数キロベース単位で特定できます。BDNF遺伝子の欠失が証明されれば、WAGRO症候群と確定されます。 - FISH法:
特定の遺伝子(PAX6, WT1など)を光らせて欠失を確認します。 - 画像スクリーニング:
ウィルムス腫瘍の早期発見のため、診断直後から腹部超音波検査が行われます。 - 眼科的診察:
スリットランプ検査等による無虹彩症および合併症(緑内障等)の評価。
治療方法
根本的な遺伝子治療は現在の医療では確立されていません。複数の診療科が連携する「包括的ケア」が不可欠です。
1. 腫瘍の早期発見と治療
- 定期検診: 8歳になるまで「3ヶ月に一度」の腹部超音波検査を継続することが世界的なガイドラインで推奨されています。
- がん治療: ウィルムス腫瘍が見つかった場合は、外科手術、化学療法、放射線治療が行われます。早期発見時の生存率は非常に高いです。
2. 眼科的管理
- 視覚サポート: 遮光眼鏡(サングラス)による羞明の緩和。緑内障や白内障への点眼・手術。
- 角膜保護: 角膜の不透明化を防ぐための適切な点眼。
3. 肥満と過食の管理(WAGRO特有の課題)
- 環境調整: 本人の意思で食欲を抑えることは困難(生物学的な空腹)なため、食べ物への物理的なアクセスを制限するなどの環境作りが必要です。
- 栄養指導: 若年期からの高血圧・糖尿病予防のための食事療法。
4. 泌尿生殖器・腎機能ケア
- 外科的手術: 停留精巣や尿道下裂に対する形成術。
- 腎機能モニター: タンパク尿や血圧の定期的チェックを行い、必要に応じてACE阻害薬などを使用し腎臓を保護します。
5. 発達・行動支援
- 療育介入: 理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語療法(ST)。知的障害や自閉症的特性に対する教育的支援。
予後
- 生命予後: ウィルムス腫瘍の早期発見と治療、および成人期に向けた腎不全の回避がQOLと寿命を左右します。
- 視力予後: 適切な眼科管理が行われないと、成人期に重度の視覚障害に至るリスクがあります。
- 肥満の予後: 早期からの食事管理が行われない場合、2次的な代謝性疾患(糖尿病など)が健康上の大きな負担となります。
まとめ
WAGRO症候群は、11番染色体の一部の設計図が足りないことで、目、腎臓、脳、そして食欲に関わる機能に変化が生じる病気です。
「目の色が通常と違う(無虹彩症)」ことから早期に気づかれることが多いですが、最も大切なのは、腎臓の腫瘍を早く見つけるための「3ヶ月に一度の定期エコー」を欠かさないことです。
また、WAGRO症候群のお子様は、脳の食欲ブレーキが効きにくい性質を持っており、本人の努力だけで食べる量を我慢するのは非常に困難です。ご家族が「本人のわがまま」と捉えず、医療チームと共に環境を整えてあげることが、将来の健康を守ることに繋がります。
多方面の専門家と繋がり、お子様の個性に合わせたサポートの輪を作っていきましょう。
参考文献元
- Han, J. C., et al. (2008). Brain-derived neurotrophic factor (BDNF) haploinsufficiency and “WAGRO” syndrome. New England Journal of Medicine.
- (BDNF欠失がWAGR症候群に肥満を付け加えることを証明した画期的な論文。)
- Cargile, C. B., et al. (2002). WAGR syndrome: a molecular genetic and clinical overview.
- (WAGRの分子背景と臨床像をまとめた包括的レビュー。)
- Fischbach, B. V., et al. (2005). WAGR syndrome: a clinical review of 54 cases.
- (多数の症例から臨床的特徴を分析した重要文献。)
- GeneReviews® [Internet]: WAGR Syndrome / 11p13 Deletion. (NCBI).
- (最新の管理ガイドラインやスクリーニング頻度が網羅されている世界的データベース。)
- International WAGR Syndrome Association (IWSA): WAGRO Syndrome Clinical Resources.
- (世界的な患者団体による、最新の臨床情報および家族向けガイド。)
- Beckwith, J. B. (1998). Wilms’ tumor and other renal tumors of childhood.
- (ウィルムス腫瘍の病態と治療に関する基礎文献。)
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