Wolf-Hirshhorn syndrome (WHS)

Posted on 2026年 1月 22日

別名・関連疾患名

  • WHS
  • 4p欠失症候群(4p- syndrome)
  • 4p16.3微小欠失症候群
  • ディランシー症候群(Dillan-Syndrome) ※歴史的な呼称

対象染色体領域

4番染色体 短腕(p)16.3領域の欠失

Wolf-Hirschhorn症候群(WHS)は、4番染色体の短い方の腕(短腕)の末端にある「16.3」という非常に重要な領域が失われる(欠失)ことで発症します。この領域には、成長や脳の発達、形態形成を司る多くの遺伝子が密集しており、失われる範囲の大きさによって症状の重症度が変化する「隣接遺伝子欠失症候群」です。

【ゲノム上の詳細と主要な責任遺伝子】

WHSの症状を引き起こす鍵となる「WHS最小欠失領域(WHSCR)」には、以下の重要な遺伝子が含まれています。

  • WHSC1 (NSD2) 遺伝子:
    • 役割:ヒストンメチル化酵素をコードし、多くの遺伝子の発現を調節するエピジェネティックな制御因子です。
    • 欠失の影響:WHS特有の特徴的な顔貌成長遅滞に深く関与していると考えられています。
  • LETM1 遺伝子:
    • 役割:ミトコンドリア内のカルシウム濃度や形態を維持するタンパク質をコードします。
    • 欠失の影響:神経細胞の興奮性に影響を与え、WHSの患者に多く見られる**てんかん(けいれん発作)**の主な原因とされています。
  • MSX1 遺伝子:
    • 役割:顔面や歯の形成に関わる転写因子です。
    • 欠失の影響:口唇裂・口蓋裂、および**歯の欠損(歯の形成不全)**に関連しています。

発生頻度

出生児 約50,000人に1人

  • 頻度: 比較的希少な疾患ですが、染色体末端の欠失疾患としては、5p欠失(猫なき症候群)に次いでよく知られています。
  • 性差: 女性の方が男性よりも約2倍多く発症するという報告がありますが、その明確な理由はまだ解明されていません。
  • 過少診断の可能性: 以前は染色体検査の解像度が低く、ごく微小な欠失が見逃されていた可能性があります。現在はマイクロアレイ検査の普及により、より多くの症例が正確に診断されています。

臨床的特徴(症状)

WHSは、顔貌、成長、神経発達、内部奇形の4つの側面において顕著な特徴を示します。

1. 特徴的な顔貌(Greek warrior helmet appearance)

WHSの最も著名な特徴は、「古代ギリシャの戦士の兜」に例えられる独特の顔立ちです。

  • 前頭部の突出: おでこが広く、突き出しています。
  • 眼間開離: 両目の間隔が非常に広く離れています。
  • 高くて幅広鼻根部: 鼻の付け根が非常に高く、眉間から鼻先までが太く真っ直ぐに見えます。
  • 弓状の眉: 眉毛が高い位置で弧を描いています。
  • 眼瞼裂斜下: 目尻が下がっている(タレ目様)。
  • 短い人中と下向きの口: 鼻の下が短く、口角が下がっています。
  • 耳の異常: 耳の位置が低く、耳介の形が不完全であったり、耳の前に小さな穴(耳前瘻孔)があったりします。

2. 重度の成長障害と筋緊張

  • 胎内発育不全: 出生時から身長・体重が著しく小さいことが一般的です。
  • 出生後の成長遅滞: 授乳困難(吸う力が弱い)もあり、体重が増えにくく、身長も成長曲線の下限を大きく下回ります。
  • 筋緊張低下: 乳児期には体が非常に柔らかい(低緊張)一方で、成長とともに筋肉が硬くなる(痙性)ことがあり、これが運動発達を遅らせる原因となります。

3. 神経学的特徴(てんかんと発達)

  • 難治性てんかん: 患者の90%以上に認められ、特に生後3ヶ月から2歳頃に発症します。熱性けいれんから始まり、非定型欠神発作など複雑な発作形態に移行しやすく、管理が重要です。
  • 重度の知的障害: ほとんどの症例で重度の発達の遅れがあります。しかし、音楽に対する感受性が高く、リズムに反応したり楽しんだりする一面を持つお子様も多いことが知られています。

4. 多系統の合併症

  • 心奇形(約50%): 心房中隔欠損(ASD)や心室中隔欠損(VSD)などが多く見られます。
  • 骨格異常: 背骨の曲がり(側弯症)、胸郭の変形、内反足。
  • 泌尿生殖器異常: 腎欠損や、男児における尿道下裂、停留精巣。
  • 抗体欠損症: 免疫力が弱く、肺炎などの中耳炎や呼吸器感染症を繰り返しやすい傾向があります。

原因

4番染色体短腕(4p16.3)の欠失(新生突然変異)

WHSは、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の初期段階での「偶然のミス」によって起こります。

  1. 単純欠失(約55~60%):
    片方の4番染色体の末端が単純に失われているケースです。そのほとんどが「新生突然変異」であり、両親の染色体は正常です。この場合、次子への再発リスクは極めて低いです。
  2. 不均衡転座(約40%):
    親のどちらかが「均衡型転座(染色体の一部が入れ替わっているが、量は正常なので本人は健康)」の保因者である場合です。減数分裂の際に不均衡な形で子に受け継がれ、4pの欠失が生じます。この場合、再発リスクを考慮する必要があります。
  3. リング状4番染色体:
    4番染色体の両端が欠損して環状に繋がった状態でも、4p末端が失われるためWHSを発症します。

診断方法

臨床的な特徴(顔貌と成長遅滞)から疑い、細胞遺伝学的な検査で確定します。

  • 染色体核型分析(Gバンド法):
    顕微鏡で染色体の数と形を調べます。大きな欠失であればこれで確認できます。
  • FISH法:
    4p16.3領域を光らせる特定のプローブを用いて、欠失の有無を視覚的に証明します。
  • マイクロアレイ染色体検査(CMA):
    確定診断のゴールドスタンダードです。非常に微小な欠失(マイクロデリーション)も検出可能で、欠失した遺伝子の範囲を正確に特定できます。
  • 画像診断:
    • 心エコー: 心奇形の有無を調べます。
    • 脳MRI: 脳梁欠損や脳室拡大などの構造異常を評価します。

治療方法

根本的な「欠失した遺伝子を戻す」治療法はありません。治療は、多系統の症状に対する**「多職種連携による対症療法」**と、お子様の能力を最大限に引き出す支援が中心となります。

1. てんかんの管理(最重要)

  • 早期からの抗てんかん薬によるコントロールが必要です。LETM1遺伝子の関与により発作が起こりやすいため、神経専門医による適切な薬剤調整が行われます。

2. 栄養管理と摂食支援

  • 哺乳困難や胃食道逆流症が多いため、高カロリー食の検討や、場合によっては経管栄養や胃瘻(いろう)の造設が検討されます。これにより成長を支え、肺炎(誤嚥)のリスクを減らします。

3. 発達支援(リハビリテーション)

  • 理学療法(PT)・作業療法(OT): 筋緊張の異常に対するアプローチや、姿勢保持の支援。
  • 言語療法(ST): 嚥下訓練や、言葉以外のコミュニケーション(絵カードやサイン)の習得支援。
  • 音楽療法: 音楽への反応が良い特性を活かし、情緒的な発達や感覚統合を促すのに有効な場合があります。

4. 合併症への外科的・内科的介入

  • 心臓手術: 心奇形がある場合、適切な時期に行われます。
  • 眼科・耳鼻科: 視力障害や難聴、反復する中耳炎への対応。
  • 免疫フォロー: 感染症を繰り返す場合、免疫グロブリン補充療法などが検討されることがあります。

予後

  • 生存率: 以前は予後不良とされていましたが、現代の医療管理(特に心疾患の治療と栄養管理)の向上により、多くのお子様が成人期を迎えるようになっています。
  • 生活の質(QOL): 知的・運動面の発達はゆっくりですが、ご家族との絆を深め、独自のコミュニケーションを築く能力を持っています。成人後は社会資源を利用しながらの生活となります。

まとめ

Wolf-Hirschhorn syndrome(ウォルフ・ヒルシュホーン症候群)は、4番染色体の一部にある、成長や脳の発達に大切な設計図が欠けている(微小欠失)ことで起こる病気です。

「戦士の兜」と呼ばれる独特な凛々しい顔立ちや、胎内からの小柄な成長、そしてけいれん発作(てんかん)が主な特徴です。

診断がついた際、情報の多さに圧倒されるかもしれませんが、現在はこの病気に対する医療的ケアが非常に進歩しています。特に早期からのてんかん管理と栄養サポートは、お子様の健やかな日々を守るための大きな支えとなります。

知的発達はゆっくりですが、音楽を愛し、笑顔で感情を伝えてくれる豊かな個性を持っています。専門医や療育チームと手を携え、お子様一人ひとりの「できること」を大切に積み上げながら、歩んでいきましょう。

参考文献元

  • Wolf, U., Reinwein, H., et al. (1965). Defizienz an den kurzen Armen eines Chromosoms Nr. 4. Humangenetik.
    • (ウォルフ博士による最初の症例報告。)
  • Hirschhorn, K., Cooper, H. L., & Firschein, I. L. (1965). Deletion of short arms of chromosome 4-5 in a child with defects of midline fusion. Humangenetik.
    • (ヒルシュホーン博士らによる、4番染色体短腕欠失の特定に関する歴史的論文。)
  • Battaglia, A., et al. (2008). Wolf-Hirschhorn syndrome (WHS). American Journal of Medical Genetics.
    • (WHSの臨床像を網羅的にまとめた、現在でも基本とされる大規模研究。)
  • GeneReviews® [Internet]: Wolf-Hirschhorn Syndrome. (NCBI).
    • (最新の医学的知見、診断基準、管理ガイドラインが網羅されている世界的データベース。)
  • Unique (The Rare Chromosome Disorder Support Group): Wolf-Hirschhorn Syndrome: A guide for families.
    • (希少染色体異常支援団体による、ご家族向けの実践的かつ温かいガイド資料。)
  • Zollino, M., et al. (2003). Mapping the Wolf-Hirschhorn syndrome phenotype.
    • (4p16.3領域内の特定の遺伝子と症状の相関を解明した研究。)

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