別名・関連疾患名
- クラリノ三徴候(Currarino triad)
- ※本疾患の定義である「鎖肛(肛門狭窄)」「仙骨欠損」「仙骨前部腫瘤」の3つの特徴を指す、臨床的に最も重要な別名です。
- 遺伝性仙骨形成不全(Hereditary sacral agenesis)
- 尾部退行症候群(Caudal regression syndrome)
- ※類似した疾患概念ですが、クラリノ症候群は「常染色体顕性遺伝」であり、仙骨前部腫瘤を伴う点が特徴的です。広義には尾部退行の一型に含まれることもあります。
- ASP連合(ASP association)
- ※Anal stenosis(肛門狭窄)、Sacral anomaly(仙骨異常)、Presacral mass(仙骨前部腫瘤)の頭文字をとった名称です。
対象染色体領域
7番染色体 長腕(q)36領域
本疾患は、ヒトの7番染色体の長腕(qアーム)の末端にある「36」と呼ばれるバンド領域(7q36.3)に位置する、MNX1遺伝子(旧名:HLXB9遺伝子)の変異または欠失によって引き起こされます。
【ゲノム上の詳細とMNX1遺伝子】
- MNX1 (Motor Neuron and Pancreas Homeobox 1):
- この遺伝子は、胎児が発生する初期段階において、体の「お尻側(尾側)」の組織形成を指令する「ホメオボックス遺伝子」の一つです。
- 具体的には、神経管(後の脊髄)と、後腸(後の直腸・肛門)、そして中胚葉(後の骨)が分化していく過程で、それぞれの組織が正しく分離・形成されるようにコントロールしています。
- クラリノ症候群では、この遺伝子の機能が失われる(ハプロ不全)ことで、これらの組織の分離が不完全になり、神経とお腹の臓器が癒着したり、骨が欠けたりする複合的な奇形が生じます。
発生頻度
稀(Rare)
- 推定頻度: 正確な頻度は不明ですが、出生100,000人に1人程度と推定されています。
- 過少診断(Underdiagnosis)の可能性:
- 症状が「便秘のみ」といった軽症例(不全型)が多く、X線検査を行わないと仙骨の異常に気づかないため、実際には診断されていない患者さんが相当数いると考えられています。
- 性差: 男女比はほぼ 1:1 ですが、診断されるのは女性の方が多い傾向があるという報告もあります。
臨床的特徴(症状)
Currarino syndromeの最大の特徴は、**「クラリノ三徴候(Currarino triad)」**と呼ばれる以下の3つの症状です。
しかし、3つ全てが揃う「完全型」は約30〜50%程度であり、残りは1つか2つの症状しか現れない「不全型」です。また、全く症状がない「保因者」も存在します(浸透率不全)。
1. 鎖肛・肛門狭窄(Anorectal malformation)
患者さんの約80%以上に見られる、最も一般的な症状であり、受診のきっかけとなります。
- 肛門狭窄(Anal stenosis):
- 肛門が全くない「閉鎖(鎖肛)」よりも、**「穴はあるが狭い(狭窄)」**タイプが多いのが特徴です。
- 見た目には肛門があるため、「生まれつきの便秘症」として見過ごされやすく、排便時に苦しむ、便が細い、腹部膨満などの症状が幼児期から続きます。
- 直腸肛門奇形: 直腸が尿道や膣とつながっている(瘻孔)場合もあります。
2. 仙骨欠損・変形(Sacral bony defect)
診断の決め手(Key)となる所見です。
- 三日月状仙骨(Scimitar sacrum):
- 骨盤のレントゲンを撮ると、仙骨(背骨の下にある三角形の骨)の片側が欠けており、あたかも「三日月」や「イスラム圏の曲刀(シミター)」のような形に見えます。
- 仙骨の下半分(S2以下)が欠損していることが多いです(部分欠損)。
- この骨の異常自体は痛みを伴わないことが多いですが、神経症状(排尿障害など)の原因となり得ます。
3. 仙骨前部腫瘤(Presacral mass)
仙骨の前のスペース(直腸と仙骨の間)に、本来そこにはないはずの「しこり(腫瘤)」が存在します。これが本症候群の最もリスクが高い病変です。
- 前方仙骨髄膜瘤(Anterior Sacral Meningocele):
- 脊髄を包む膜(硬膜)が、仙骨の欠けた部分からお腹側(前方)へ袋状に飛び出したものです。脳脊髄液で満たされています。
- 髄膜炎のリスク: この髄膜瘤が直腸とつながっていたり(瘻孔)、便秘による圧迫で壁が薄くなって破れたりすると、腸内細菌が脊髄内に入り込み、重篤な細菌性髄膜炎を引き起こします。「原因不明の髄膜炎を繰り返す」場合、この疾患を疑う必要があります。
- 奇形腫(Teratoma):
- 様々な組織(髪の毛、歯、脂など)を含んだ腫瘍です。良性のことが多いですが、稀に悪性化(がん化)するリスクがあります。
- その他: 類表皮嚢胞(Epidermoid cyst)、神経腸嚢胞など。
4. その他の合併症
- 係留脊髄(Tethered cord):
- 脊髄の末端が腫瘤や脂肪腫によって引っ張られ、固定されてしまう状態です。
- 成長とともに脊髄が引き伸ばされ、足の麻痺、しびれ、尿失禁(神経因性膀胱)などが徐々に進行することがあります。
- 泌尿生殖器奇形: 重複尿管、子宮奇形など。
原因
7番染色体(7q36)のMNX1遺伝子の異常が原因です。
1. 発生機序:神経腸管の分離不全
胎児の初期(妊娠3〜4週頃)、脊髄の元となる「神経管」と、腸の元となる「後腸」はくっついていますが、通常はすぐに分離し、その間に脊椎骨(仙骨)が形成されます。
MNX1遺伝子の機能不全により、この分離プロセスが失敗します(Split notochord syndrome)。
その結果、
- 脊髄と腸がつながったまま残る(瘻孔、腫瘤)。
- その間に骨が作られない(仙骨欠損)。
- 腸の末端が正しく作られない(鎖肛)。
という一連の異常が発生すると考えられています。
2. 遺伝形式:常染色体顕性遺伝(優性遺伝)
- 家族性発症: 患者さんの約50%以上に家族歴(親も同じ遺伝子変異を持つ)が認められます。
- 50%の確率: 親のどちらかが保因者である場合、子に遺伝する確率は50%です。
- 表現型の多様性: 全く同じ遺伝子変異を持つ家族であっても、「親は無症状(潜在的な仙骨欠損のみ)」で「子は重度の鎖肛と髄膜瘤」というように、症状の重さに大きな個人差が出ることが本症候群の特徴です。
診断方法
「難治性の便秘」に「仙骨の形」をチェックすることが診断の第一歩です。
- 単純X線検査(レントゲン):
- 骨盤正面像で、特徴的な**「三日月状仙骨(Scimitar sacrum)」**を確認します。
- 便秘の検査でたまたまレントゲンを撮って発見されることも多いです。
- 身体診察(直腸診):
- 肛門から指を入れると、狭窄の有無とともに、仙骨の前に「腫瘤」を触れることがあります。
- 画像検査(MRI / CT):
- 骨盤MRI: 仙骨前部腫瘤の正体(髄膜瘤なのか、奇形腫なのか)、脊髄の状態(係留脊髄の有無)、瘻孔の有無を詳細に評価するために必須です。
- 脊髄造影CT: 髄膜瘤とクモ膜下腔(脊髄液の通り道)の交通を確認するために行われることがあります。
- 遺伝学的検査:
- 血液からDNAを抽出し、MNX1遺伝子のシークエンス解析や欠失解析を行います。
- 確定診断および家族(親族)のリスク評価に有用です。
治療方法
根治には外科的手術が必要ですが、病態が複雑なため、小児外科と脳神経外科の連携(チーム医療)が不可欠です。
1. 外科的治療(手術)
手術の優先順位とアプローチ法(お腹からか、背中からか)は、腫瘤のタイプや位置によって慎重に決定されます。
- 第一段階:神経・腫瘤の処置(最優先)
- 髄膜炎のリスクがある場合や、腫瘍がある場合は、まずこれらを処理します。
- 前方仙骨髄膜瘤: 脳神経外科的に、髄膜瘤の入り口(交通部)を閉鎖し、瘤を切除または縮小させます。
- 奇形腫: 悪性化のリスクがあるため、完全に切除します。
- 係留脊髄: 脊髄のひっかかりを解除(係留解除術)し、神経機能の悪化を防ぎます。
- 第二段階:肛門形成術
- 肛門狭窄に対しては、ブジー(拡張器)による拡張療法を行いますが、改善しない場合や位置異常がある場合は、肛門形成術(肛門を正しい位置に作り直す、あるいは広げる手術)を行います。
- ※腫瘤の処置をせずに肛門の手術を行うと、感染して髄膜炎を起こす危険があるため、通常は神経系の評価・処置を先行させます。
2. 保存的治療・管理
- 排便管理:
- 術後も便秘が続くことがあるため、緩下剤(便を柔らかくする薬)や浣腸を用いて、適切な排便習慣を維持します。
- 経過観察:
- 腫瘤を切除しなかった場合(小さな嚢胞など)や、術後の再発がないか、定期的にMRI検査を行います。
3. 遺伝カウンセリング
- 家族への支援:
- 本症候群は遺伝性(優性遺伝)であるため、患児が診断された場合、両親やきょうだいも検査(少なくとも骨盤レントゲン)を受けることが強く推奨されます。
- 「無症状の家族」にも仙骨前部腫瘤が隠れている可能性があり、将来的な髄膜炎や難産のリスクを予防するために重要です。
まとめ
Currarino syndrome(クラリノ症候群)は、「肛門」「仙骨(お尻の骨)」「仙骨の前にあるしこり」の3つに異常が起きる、生まれつきの病気です。
この病気は、「ひどい便秘」だと思って病院に行ったら、レントゲンで「お尻の骨の形が独特(三日月型)」だったことで偶然見つかる、というケースがよくあります。
ご家族に知っていただきたい最も大切なことは、この病気が単なる便秘や骨の病気ではなく、**「脳や脊髄とつながっている可能性がある」**ということです。
お尻にある「しこり」が脊髄とつながっている場合、そこからバイ菌が入ると「髄膜炎」という重い感染症を起こすリスクがあります。
そのため、診断がついたら、たとえ元気であってもMRI検査などで詳しい体の構造を調べることが非常に重要です。
もし手術が必要になっても、現在は小児外科や脳神経外科の専門チームが連携し、安全に治療を行うことができます。
また、この病気はご家族の中で遺伝することがあります。「私も子供の頃から便秘だった」「おばあちゃんもそうだった」という場合、実は同じ体質を持っているかもしれません。
一度専門医に相談し、ご家族みんなでチェックを受けることで、将来のトラブルを未然に防ぐことができます。
適切な治療と排便管理を行えば、通常の学校生活を送り、元気に成長することができます。
「たかが便秘」とあなどらず、専門医、そして遺伝カウンセリングの力を借りて、お子さんの健康を長く、しっかりと守っていきましょう。
参考文献
- Currarino, G., et al. (1981). The triad of anorectal, sacral, and presacral anomalies. American Journal of Roentgenology.
- (※この疾患概念(三徴候)を初めて体系的に報告し、疾患名の由来となった歴史的な原著論文。小児放射線科医Currarino博士による詳細な症例記述。)
- Ross, A.J., et al. (1998). MNX1, the gene mutated in Currarino triad… Nature Genetics.
- (※7q36領域のHLXB9(現在のMNX1)遺伝子がCurrarino症候群の原因であることを突き止めた、遺伝学的背景に関する最重要文献。)
- Lynch, S.A., et al. (2000). The phenotypic spectrum of Currarino syndrome: full penetrance but variable expression.
- (※多数の家系調査を行い、症状の個人差(表現型の多様性)や、無症状の保因者の存在について明らかにした臨床研究。)
- Cretolle, C., et al. (2008). Spectrum of HLXB9 gene mutations in Currarino syndrome and genotype-phenotype correlation.
- (※MNX1遺伝子の変異の種類と臨床症状の関連(遺伝子型-表現型相関)について解析した大規模研究。)
- GeneReviews® [Internet]: MNX1-Related Congenital Sacral Agenesis / Currarino Syndrome. Initial Posting: 2024 (Updated).
- (※診断基準、最新の管理指針、遺伝カウンセリング情報を網羅した、臨床現場で最も信頼されるデータベース。)
- 日本小児外科学会: 直腸肛門奇形(鎖肛).
- (※日本国内における外科的治療や管理に関する情報源。クラリノ症候群を含む特殊型鎖肛の治療指針。)
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