別名・関連疾患名
- ミラー・ディーカー症候群 (Miller-Dieker Syndrome; MDS)
- 17p13.3微小欠失症候群 (17p13.3 microdeletion syndrome)
- 滑脳症 1型 (Lissencephaly type 1)
- ※広義には、滑脳症そのものを指しますが、MDLSはその中でも特定の染色体異常を伴う「症候群性」のものを指します。
- 17番染色体短腕部分モノソミー
対象染色体領域
17番染色体 短腕(p)13.3領域
本症候群は、17番染色体の短腕末端付近(17p13.3)にある特定のゲノム領域が失われる**「微小欠失」**によって引き起こされます。
【ゲノム上の詳細と病態メカニズム】
MDLSは、複数の遺伝子が一度に失われることで発症する「隣接遺伝子欠失症候群」です。特に以下の2つの遺伝子が臨床像に深く関わっています。
- PAFAH1B1遺伝子(旧名:LIS1遺伝子):
この領域に含まれる最重要の遺伝子です。胎児期(特に妊娠12週〜24週頃)において、脳の神経細胞が作られた場所(脳室帯)から脳の表面(皮質)へと正しく移動するプロセス(神経細胞移動)を制御するタンパク質を作ります。この遺伝子が微小欠失により1つ失われる(ハプロ不全)ことで、神経細胞の移動が途中で止まってしまい、脳の表面が滑らかになる「滑脳症」が引き起こされます。 - YWHAE遺伝子:
PAFAH1B1遺伝子の働きを助けるとともに、脳の発達をさらに調整する役割を担っています。この遺伝子も同時に欠失することで、単一のPAFAH1B1変異よりも滑脳症の程度が重篤になり、さらに特徴的な顔貌や成長障害、多奇形を伴うことになります。
発生頻度
約100,000人に1人
- 希少疾患: 非常に稀な疾患に分類されますが、滑脳症を呈する症候群の中では最も頻度が高く、かつ詳細に研究されているものの一つです。
- 性差: 性別による発症頻度の差はなく、男女ともに発症します。
- 人種: 特定の人種や地域に偏るという報告はなく、全世界的に散発します。
臨床的特徴(症状)
MDLSは、脳の重篤な形成異常である「滑脳症」を核として、多系統にわたる神経学的症状と身体的特徴を呈します。
1. 滑脳症(Lissencephaly)
脳のMRI検査等で確認される、本症候群の最も中心的な特徴です。
- 無脳回(Agyria): 通常、人間の脳の表面には複雑な溝(脳溝)と盛り上がり(脳回)がありますが、これが消失して表面が平滑になります。
- 厚い皮質: 正常な脳は6層構造の薄い皮質を持ちますが、MDLSでは神経細胞の移動不全により、4層程度の非常に厚い皮質(10mm以上になることもある)を形成します。
- シルビウス裂の垂直化: 脳の外側の大きな溝(シルビウス裂)が正しく閉じず、脳の形が「砂時計型」や「8の字型」に見えることがあります。
2. 重篤な神経発達および運動症状
- 著しい発達遅滞・知的障害: ほぼすべての患者において、運動・認知の両面で重度の遅滞が見られます。多くの場合、首すわりやお座り、歩行といった運動発達段階の獲得は困難です。
- てんかん(難治性): 生後半年以内に「点頭てんかん(ウエスト症候群)」や強直間代発作などの激しいけいれんが始まることが非常に多いです。一般的な抗てんかん薬に抵抗性を示す「難治性てんかん」となる傾向が強く、発作そのものがさらなる発達阻害の要因となります。
- 筋緊張の異常: 乳児期は筋緊張低下(フロッピーインファント)が見られ、成長とともに手足の緊張が強まる「痙性(けいせい)」や、体が硬くなる「除脳硬直様」の状態へ移行することが多いです。
- 摂食・嚥下障害: 脳幹機能や筋緊張の異常により、飲み込みがうまくできません。誤嚥(ごえん)による繰り返す肺炎が、生命予後における大きな課題となります。
3. 特徴的な顔貌(Facial Features)
MDLSを臨床的に診断する上での重要な指標です。
- 高い額: 前頭部が前方に張り出しています。
- こめかみの陥凹(Bitemporal narrowing): 顔の横側(こめかみ付近)がくぼんで見えます。
- 短い鼻と上向きの鼻孔: 鼻が短く、鼻の穴が前を向いています。
- 突き出た上唇(富士山型): 上唇の中央が盛り上がり、山のような形をしています。
- 小顎症: 下あごが非常に小さく、後ろに下がっています。
4. その他の身体的異常
- 成長障害: 栄養摂取の問題に加え、遺伝子欠失の影響により、身長・体重ともに増加が著しく不良です。
- 先天性心疾患: 約20%程度の症例で、心室中隔欠損症などの心奇形が報告されています。
- 泌尿生殖器奇形: 腎欠損や男児における停留精巣など。
- 指の異常: 多指(趾)症や指の変形が見られることがあります。
原因
17p13.3領域の微小欠失(常染色体顕性遺伝形式)
MDLSは、17番染色体の短腕末端の微小欠失が原因で起こりますが、その発生パターンには2つあります。
- 新生突然変異(De novo deletion):約80%
両親の染色体は正常であり、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精卵の初期分裂の段階で、偶然に17p13.3領域の微小欠失が生じたものです。この場合、次に生まれるお子様(きょうだい)への再発リスクは極めて低い(1%未満)とされています。 - 均衡型転座の継承(Inherited translocation):約20%
親のどちらかが「均衡型転座(染色体の一部が入れ替わっているが、総量は正常なので本人には症状がない)」を持っている場合です。この親から不均衡な形で染色体が受け継がれると、17p13.3領域の微小欠失が生じます。この場合、次子への再発リスクが高まるため、親の染色体検査と遺伝カウンセリングが重要です。
診断方法
臨床的な顔貌や神経症状から疑われ、脳の画像診断と遺伝子検査によって確定されます。
- 画像診断(MRI / CT):
滑脳症(脳表面が滑らかであること)を確認します。胎児期の超音波検査や胎児MRIで、脳のしわ(脳溝)が形成されていないことから疑われることもあります。 - マイクロアレイ染色体検査(CMA):
確定診断のゴールドスタンダードです。17p13.3領域の微小欠失を数万塩基レベルの解像度で特定できます。 - FISH法:
17p13.3領域に特異的なプローブを用いて、欠失の有無を視覚的に確認します。親の転座の有無を確認する際にも有用です。 - 合併症の検索:
心エコー、腹部エコー、脳波検査(てんかんの評価)を診断確定後速やかに行います。
治療方法
現代の医学において、失われた遺伝子を補ったり、脳の構造を正常に作り直したりする根本的な治療法はありません。治療の主眼は、苦痛を和らげ、合併症を防ぐための**「包括的な対症療法」と「生活支援」**に置かれます。
1. てんかんの管理
- 数種類の抗てんかん薬(バルプロ酸、レベチラセタム、ゾニサミドなど)を組み合わせて投与します。
- 点頭てんかん(ウエスト症候群)に対しては、ACTH療法(副腎皮質刺激ホルモン注射)が検討されますが、MDLSの場合は発作のコントロールが非常に困難な「難治性」となることが多いです。
2. 呼吸・栄養管理(最重要)
- 嚥下サポート: 誤嚥性肺炎を防ぐため、粘度の調整(とろみ)や姿勢の工夫を行います。
- 経管栄養・胃瘻(いろう): 経口摂取が困難、あるいは誤嚥のリスクが高い場合、鼻チューブや胃瘻による栄養補給を早期に検討します。
- 排痰の補助: 咳をする力が弱いため、吸引器や排痰補助装置(カフアシスト)を用いて肺を清潔に保ちます。
3. リハビリテーション(療育)
- 理学療法(PT)や作業療法(OT)を通じて、関節の硬直(拘縮)を防ぎ、お子様が楽な姿勢で過ごせるようサポートします。また、感覚への刺激を通じて、少しでも心地よい時間を増やせるよう工夫します。
4. 家族への支援と遺伝カウンセリング
- 重い障害を持つお子様のケアは、ご家族にとって肉体的・精神的に大きな負担となります。レスパイトケア(一時預かりサービス)や訪問看護、福祉サービスの積極的な活用を促します。
- 次子へのリスク評価のため、専門の遺伝外来でのカウンセリングを提供します。
予後
MDLSは、遺伝子疾患の中でも生命予後が厳しい疾患の一つとされています。
- 生存期間: 多くの患者が、重篤なけいれん発作や繰り返す肺炎(誤嚥性肺炎)などの合併症により、乳幼児期から学童期に生命の危機に直面します。
- 近年の変化: かつては2歳前後までと言われることが多かったですが、現在は胃瘻や人工呼吸器、訪問看護などの医療的ケアが充実したことにより、10歳を超えて存命する例も増えています。
- QOL(生活の質): 本人との意思疎通は非常に困難ですが、痛みや不快感を取り除き、家族とのふれあいや穏やかな環境を維持することが、ケアの究極の目標となります。
まとめ
Miller-Dieker lissencephaly syndrome (MDLS) は、17番染色体の先端にある、脳を作るための大切な設計図(遺伝子)が、ほんのわずかに失われる**「微小欠失」**によって起こる病気です。
この設計図がないために、胎児期に脳の表面にシグナルが伝わらず、脳がしわのない滑らかな状態(滑脳症)で生まれてきます。
重い発達の遅れや難治性のてんかんを伴い、ご家族にとっては非常に厳しい現実と向き合うことになる疾患です。しかし、診断がつくことで、現在の症状の理由が分かり、専門の医療チーム(小児神経科、リハビリ科、訪問看護、栄養サポートなど)と連携して、お子様が少しでも楽に、穏やかに過ごせる環境を整えることができます。
診断名を知ることは、お子様の「今」と「これから」を支えるための第一歩です。多職種の専門家と共に、お子様を温かく支えていきましょう。
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