別名・関連疾患名
- 8p重複症候群(8p duplication syndrome)
- 8p部分トリソミー(Partial trisomy 8p)
- 8番染色体短腕トリソミー
- 関連:8p23.1微小重複症候群(8p23.1 microduplication syndrome)
- 関連:反転重複・欠失8p症候群(Inv dup del(8p) syndrome)
- ※8pトリソミーの中でも、短腕の一部が反転して重複し、さらに末端が欠失している複雑なタイプを指します。臨床像が共通するため、広い意味で含まれることがあります。
対象染色体領域
8番染色体 短腕(p)全体、または 8p11-p21から末端にかけての領域
本症候群は、8番染色体の短腕(p)部分が通常よりも1つ多く、細胞内に合計3つ存在することによって発症します。
【ゲノム上の詳細と病態メカニズム】
8番染色体短腕には、神経系の発達、心臓の形成、および細胞間のシグナル伝達を制御する重要な遺伝子が密集しています。
- 責任領域: 臨床研究によれば、8p21から8p23にかけての領域の重複が、本症候群特有の知的障害や顔貌、内部奇形に強く寄与していると考えられています。
- 主要な関与遺伝子(例):
- GATA4 (8p23.1): 心臓の形成に不可欠な転写因子です。この遺伝子の重複は先天性心疾患のリスクを高めます。
- SOX7 (8p23.1): 胚発生や血管形成に関与します。
- TNCS (8p23.1): 神経発達に関連が示唆されています。
- 遺伝子量効果: 染色体の微小な重複であっても、含まれる遺伝子が「1.5倍」存在することで、タンパク質の産生バランスが崩れ、胎児期の組織分化にエラーが生じます。
発生頻度
出生児 30,000人 〜 50,000人に1人
- 希少性: 比較的稀な染色体異常ですが、13トリソミーや18トリソミーのような全染色体トリソミーに比べると、部分トリソミー(8pのみの重複)として出生に至るケースは一定数存在します。
- 診断の現状: かつてはGバンド分染法(顕微鏡検査)で大きな重複のみが特定されていましたが、現在はマイクロアレイ染色体検査(CMA)の普及により、外見的な特徴が軽微な微小重複の症例も診断されるようになっています。
- 性差: 男女差はなく、どちらの性別でも同等に発症します。
臨床的特徴(症状)
Trisomy 8p syndromeの症状は多系統にわたり、身体的特徴、知的発達、内部奇形の3つの側面で顕著な所見が見られます。
1. 特徴的な顔貌(Facial Features)
年齢とともに特徴がはっきりしてきます。
- 高い額と広い前頭部: 額が突き出しており、広く見えます。
- 眼間開離: 両目の間隔が広く離れている(Hypertelorism)。
- 鼻: 鼻根部が平坦で、鼻先が幅広く、鼻孔が前を向いている(獅子鼻様)。
- 口唇・口蓋: 上唇が薄く、口角が下がっている。また、高口蓋や口蓋裂を伴うことがあります。
- 耳: 低位付着耳(耳の位置が低い)、あるいは耳介が大きく後方に回転している。
- 短頸: 首が短く、皮膚の余剰が見られることがあります。
2. 神経発達と知能
- 知的障害: ほぼすべての症例で、軽度から重度の知的発達の遅れが認められます。
- 言語発達の遅れ: 運動発達に比べても、特に言葉の獲得(表出言語)に強い遅れが見られることが一般的です。
- 筋緊張の異常:
- 乳児期: 著しい筋緊張低下(低緊張)が見られ、「フロッピーインファント」の状態となります。
- 成長期: 逆に手足の筋肉が硬くなる痙性(けいせい)や、歩行の不安定さ、失調が見られることがあります。
- 脳の構造異常: **脳梁欠損(左右の脳をつなぐ組織の欠損)**や、脳室拡大が高頻度(約50%以上)で認められます。
3. 内部奇形および身体的異常
- 先天性心疾患: 約25〜50%の症例で見られます。心房中隔欠損(ASD)、心室中隔欠損(VSD)、動脈管開存症(PDA)など。
- 骨格異常: 脊柱側弯症、胸郭の変形、および指の変形(細長い指や、重なり指、偏平足)。
- 成長障害: 出生時は標準的でも、その後の身長・体重の増加がゆっくりであり、低身長を呈することが多いです。
- 泌尿生殖器異常: 男児における停留精巣、尿道下裂、腎奇形。
- 消化器異常: 著しい便秘や、腸回転異常が報告されることがあります。
原因
8p領域の重複(不均衡転座または新生突然変異)
8pトリソミーが生じるメカニズムには、主に以下のパターンがあります。
1. 親の均衡型転座からの継承(約70〜80%)
最も一般的な原因です。
- メカニズム: 両親のどちらかが「均衡型転座(染色体の一部が入れ替わっているが、量は正常なので本人は健康)」の保因者である場合です。
- 不均衡転座: 減数分裂の際に、8pの断片が余分に含まれた染色体が受精卵に受け継がれると、8pトリソミーが生じます。この場合、別の染色体の末端部分が「欠失(モノソミー)」していることが多く、症状がより複雑化する傾向があります。
2. 新生突然変異(De novo)
親の染色体構成は正常であり、受精の過程、あるいは受精卵が分裂する初期段階で偶然に8pの重複が生じるケースです。
- 等腕染色体8p: 8番染色体が横に割れ、短腕(p)だけを2つ持つ等腕染色体が形成されるタイプなどが含まれます。
- 微小重複: 8p領域内の組換えエラーにより、偶然に微小な重複が生じることもあります。
診断方法
臨床的な顔貌や多発奇形、発達遅滞から本症候群を疑い、染色体・ゲノム検査で確定します。
- 染色体核型分析(Gバンド法):
顕微鏡下で染色体の数と形を調べ、8番染色体の短腕が長い、あるいは余分な断片があることを確認します。 - マイクロアレイ染色体検査(CMA):
確定診断のゴールドスタンダードです。8p領域のどの範囲が、どの程度のサイズ(微小重複の範囲)で重複しているかを精密に特定します。 - FISH法:
8p特異的なプローブ(蛍光標識)を用いて、8p領域のコピー数が3つ存在することを視覚的に証明します。親の保因状態(転座の有無)を確認する際にも非常に重要です。 - 画像診断:
- 脳MRI: 脳梁欠損や脳室拡大などの構造異常を評価します。
- 心エコー: 先天性心疾患の有無を確認します。
- 腹部エコー: 腎奇形や腸の異常を検索します。
治療方法
現代の医学において、過剰な染色体を正常化する根本的な治療法はありません。治療は、症状を管理し生活をサポートする**「多職種連携による対症療法」**が中心となります。
1. リハビリテーション(早期介入)
- 理学療法(PT): 乳児期の低緊張に対する筋肉への刺激や、正しい姿勢の保持、歩行獲得の支援。
- 作業療法(OT): 手先の機能訓練や、日常生活動作(食事、更衣など)の訓練。
- 言語療法(ST): 摂食嚥下訓練(飲み込みの練習)およびコミュニケーション支援。発話が困難な場合は、サイン言語や絵カード、視覚支援デバイスなどの導入を検討します。
2. 外科的・内科的治療
- 心臓手術: 重篤な先天性心疾患がある場合、乳幼児期に外科的矯正術を行います。
- 脳外科的フォロー: 水頭症などの脳室拡大が進行する場合は、シャント手術などが検討されることがあります。
- 整形外科的フォロー: 側弯症や関節拘縮に対する定期的なチェックと、必要に応じた装具療法や手術。
- 便秘管理: 消化器症状に対する食事療法や緩下剤の使用。
3. 教育・社会的支援
- 知的発達段階に合わせた特別支援教育。
- 家族に対する心理的ケア、および地域の福祉サービス(療育手帳の取得やレスパイトケアなど)の活用。
予後
- 生存期間: 心疾患などの重要臓器の合併症の重症度に依存します。適切な医療ケアが行われれば、成人期を迎えることが可能ですが、生涯にわたり一定の社会的サポートが必要です。
- 生活の質: 重度の知的障害を伴うことが多いですが、早期からの継続的なハビリテーションにより、身の回りの動作の獲得や、周囲とのコミュニケーションの向上を期待できます。
まとめ
Trisomy 8p syndrome(8pトリソミー症候群)は、8番染色体の一部が通常より1つ分多く存在することで起こる、非常に希少な染色体異常です。
主な特徴として、広い額や丸い鼻といった独特の顔立ち、発達のゆっくりさ、そして脳梁欠損などの脳の構造的な特徴が見られることがあります。
この病気は、成長や神経の発達に大切な設計図(遺伝子)が過剰に働いてしまうことで、全身にさまざまな影響を及ぼします。
多くの場合、親御さんの染色体の構造変化(転座)がきっかけとなりますが、それは決して誰のせいでもありません。
根本的な治療法はありませんが、早くからリハビリテーションを始め、医療チームと密に連携することで、お子様の持つ可能性を最大限に引き出し、健やかな生活を支えることができます。専門医や療育チームと共に、お子様の歩幅に合わせた成長を長く温かく支えていきましょう。
参考文献元
- Rethoré, M. O., et al. (1977). Trisomie 8p: Description de deux nouveaux cas et revue de la littérature. Ann Genet.
- (8pトリソミーを臨床的な症候群として初めて体系化した歴史的論文。)
- Schinzel, A. (2001). Catalogue of Unbalanced Chromosome Aberrations in Man. Walter de Gruyter.
- (8pトリソミーを含む不均衡染色体異常の臨床的特徴を網羅した世界的文献。)
- GeneReviews® [Internet]: Trisomy 8p (Partial). (NCBI).
- (最新の医学的知見、診断、管理指針が網羅されている世界的データベース。)
- Orphanet: Trisomy 8p (ORPHA:96145).
- (希少疾患の国際的なポータルサイトによる病態概要とリソース情報。)
- Unique (The Rare Chromosome Disorder Support Group): 8p duplications: A guide for families.
- (希少染色体異常支援団体による、ご家族向けのわかりやすいガイド資料。)
- Ballarati, L., et al. (2009). 11 new patients with 8p rearrangements: Clinical and molecular characterization.
- (マイクロアレイ解析を用いて8p重複領域の責任遺伝子を詳細に分析した近年の研究。)
- Zou, Y. S., et al. (2014). Microduplication of 8p23.1: Clinical and molecular characterization.
- (8p23.1領域の微小重複と臨床症状の相関に関する最新の知見。)
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