お酒の歴史は紀元前までさかのぼり、神への捧げ物や人々のコミュニケーションツールとされてきました。一方で過度な飲酒を繰り返し、アルコール依存症などに陥るケースも少なくありません。この記事ではアルコールが招くさまざまな病気を医師が解説します。

アルコール依存症の歴史

「酒は百薬の長」といわれ、その言葉の通り適度な飲酒は人生や人間関係に彩りを与えます。しかし、ストレス解消や孤独を紛らわせるため多量な飲酒を繰り返すことで「アルコール依存症」に陥り、身体・精神ともに、さまざまな悪影響をもたらすことも少なくありません。

アルコール依存症は世界史の中にもたびたび登場し、健康被害や社会秩序に問題を引き起こしました。1725年イギリスではジン規制法、1920年アメリカでは禁酒法など、国がアルコールを禁止する時代は何度もあります。しかし、それらの規制もままならないほど、人々のアルコールへの渇望は根強く、現在においてもアルコール依存症で悩む方は多く見られ、その治療はとても困難といえるでしょう。

アルコール依存症と急性アルコール中毒の違い

アルコール依存症は、急性アルコール中毒(いわゆるアル中)と混同されることも多く見られます。しかし、急性アルコール中毒は一気飲みなど、短時間で多量のアルコールを摂取することで起こる酩酊や意識混濁、昏睡状態を引き起こす状態をいいます。

一方、アルコール依存症は長期にわたり、慢性的かつ多量な飲酒により「本人の意志で飲酒量をコントロールすることが困難」となった精神疾患のひとつとされています。また多量の飲酒を繰り返すことで脳や肝臓などが障害され、重篤な病気を引き起こすことも少なくありません。

アルコール依存症の診断基準

アルコール依存症は精神・行動障害のひとつとされ、WHO(世界保健機関)により診断基準が定められています。なお、アメリカ精神医学会により、「アルコール依存症」から「アルコール使用障害」と病名の改訂が行われましたが、本記事では「アルコール依存症」として表記します。

  • 飲酒の欲求を抑えることが困難な「強迫的飲酒欲求」
  • 飲酒量や飲酒行動をコントロールできない「コントロール障害」
  • 飲酒量を減らす、または断酒によりイライラや発汗・震え・幻覚などの症状が現れる「離脱症状」
  • アルコールに対し耐性がつき、酔うことができず飲酒の量が増える「耐性」
  • 飲酒以外の興味が失われ、アルコールのみに依存する「飲酒中心の生活」
  • 飲酒により肝機能障害や、うつ症状などを生じても断酒ができない「有害な結果が起きても、やめられない」

上記の診断基準が定められていましたが、2022年より「コントロール障害」「飲酒中心の生活」「生理学的特性(離脱症状・耐性)」のうち、2つが当てはまればアルコール依存症と診断されるようになりました。

つまりアルコール依存症とは、飲酒欲求が本人の意志ではコントロールできず、仕事や生活・健康に支障をきたし、家族など周囲の人間関係にまで影響を及ぼす病気であるといえるでしょう。

アルコール依存症の男女比

依存症対策全国センターによると飲酒人口は減少傾向にあるものの、アルコール依存症の診断基準を満たす患者の数は約57万人ともいわれています。男女比は、男性1.0%に対し女性0.1%と女性が下回るものの、女性の方がアルコールの害を受けやすく、依存症となるケースも少なくありません。

女性とアルコール代謝

アルコールは肝臓で分解されアセトアルデヒドとなり、さらに酢酸(さくさん)へと分解されます。男性と比べ女性は肝臓が小さく、また女性ホルモンがアルコール代謝を阻害することからアルコールが体内に残りやすいとされています。そのため、肝機能障害や糖尿病などの合併症を引き起こすリスクが高いといえるでしょう。

また、男性がアルコール依存症と診断されるまでの飲酒期間が10〜20年程度に対し、女性はその半分の期間で、アルコール依存症になるという報告もあげられています。

妊娠中・授乳中の飲酒の影響

アルコール依存症は、本人の意志で断酒を行うことが困難な病気です。そのため妊娠中や授乳中も断酒できないことも少なくありません。妊娠中であれば胎児に低体重や脳障害のリスクが高まり、授乳中の飲酒は赤ちゃんの低体重や、成長障害を引き起こすとされています。

【参考】妊娠中に食べた方が良いもの・気をつけたいものとNIPT(新型出生前診断)について|ヒロクリニックNIPT

妊娠中や授乳中も断酒ができない場合は、一刻も早く家族や周囲の人に相談のうえ、医療機関でアルコール依存症の治療を受けることが重要です。

お酒によるストレス解消は自己治療?

仕事がうまくいかず深酒をしてしまう、イライラして多量のアルコールを浴びるように飲んでしまうこともあるでしょう。これらの行為が一時的なものであれば、アルコール依存症に繋がる可能性は低いとされています。

しかし、悩みやストレスを抱える人の多くはアルコールやタバコなど、何らかに依存するケースが多く見られます。また、苦しみやストレスを自分で癒すため、アルコールやタバコ、過食などによる依存行為を行うことを「自己治療仮説」といいます。

アルコールでストレス解消は逆効果

アルコールを摂取すると、脳内では幸福感が高まる神経伝達物質「ドーパミン」が活性化します。飲酒によりストレスが軽減したように感じるのは、このドーパミンの影響であり、先の自己治療仮説に繋がるといえるでしょう。

しかし多量の飲酒を繰り返すことで、ドーパミン受容体は増えるといわれています。そのため以前の飲酒量では幸福感を得ることができず、通常より多くのアルコールを求めてしまうことも少なくありません。

これらのことから、飲酒によるストレス解消は逆効果となり、アルコール依存症の悪化を招くといえるでしょう。アルコールによる幸福感や開放感は一時的です。また二日酔いによる頭痛や吐き気、判断力の低下など、さらなるストレスを抱えてしまいます。悩みやストレスを感じた際は、運動や入浴など健康的な方法で回復することが大切です。

睡眠薬の代わりに飲酒は厳禁

寝付きが悪い、または不眠など睡眠障害に悩む方は少なくありません。なかには心療内科への通院や睡眠薬服用に抵抗があり、寝酒に頼るケースも多く見られます。アルコールを摂取するとドーパミンの影響で一時的な幸福感がもたらされ、寝付きは良くなるでしょう。しかし、アルコールを睡眠薬の代わりに摂取を繰り返すことで耐性がつき、飲酒量が増え、やがてアルコール依存症を招く可能性は十分考えられます。

「睡眠薬の副作用がこわい」という方も多くいますが、睡眠薬の種類や作用はさまざまです。現在、睡眠導入剤としておもに処方されるベンゾジアゼピン系薬剤は、脳の活動を抑制する作用があります。催眠作用と不安を和らげる睡眠薬であり、医師指導のもと正しい用法用量で使用する限り、高い安全性と有用性をもつといえるでしょう。

寝酒が原因でアルコール依存症に陥る前に、不眠などの睡眠障害に悩んだ際は、すみやかに心療内科で診察を受けることが重要です。

アルコール依存症の治療法

アルコール依存症は”否認の病”ともいわれています。飲酒による害に気がついても「自分は飲酒行動をコントロールできている」「アルコール依存症ではなくストレス解消法」など否認を続け、悪化の一途をたどるケースも多い病気です。そのため本人が進んで治療を行うことは、ほとんどないでしょう。

家族の飲酒量に変化が見られるなど、周囲にアルコール依存症を疑う人がいるのであれば、すみやかに心療内科や専門機関に相談をしましょう。医師の診察と指導のもと、自身で改善が可能であれば外来での治療が行われます。

しかし、飲酒を控えることで暴言や、ひどい離脱症状がある場合は入院治療となります。アルコール依存症の治療はいくつかの段階にわかれ、最終的に一生の断酒継続を目指します。

アルコール依存症のご相談はヒロクリニック心療内科へ

アルコールは「百薬の長」である一方、飲み方を誤ることで「手軽に入手可能な合法ドラッグ」ともいえるでしょう。アルコール依存症は肝臓機能障害や糖尿病など、多くの合併症を引き起こします。また、自分だけではなく家族や周囲の人を苦しめ、長い治療期間を要するつらい病気です。

カウンセリングだけで、心が軽くなることも少なくありません。ストレスや睡眠障害でアルコールに依存する前に、ヒロクリニック心療内科へご相談ください。


【参考文献】

記事の監修者

佐々木真由先生

佐々木真由先生

医療法人社団福美会ヒロクリニック 心療内科
日本精神神経学会専門医
佐賀大学医学部卒業後、大学病院、総合病院で研鑽をつんだのち、ヒロクリニックにて地域密着の寄り添う医療に取り組んでいる。

経歴

2008年 佐賀大学医学部卒業
2008年 信州大学医学部附属病院
2011年 東京医科歯科大学医学部附属病院
2014年 東京都保健医療公社 豊島病院
2016年 東京都健康長寿医療センター
2018年 千葉柏リハビリテーション病院
2019年〜 ヒロクリニック

資格

日本精神神経学会専門医
日本精神神経学会指導医
精神保健指定医