受診のご案内
睡眠中に呼吸が何度も止まる「睡眠時無呼吸症候群（SAS）」は、慢性的な疲労や生活の質（QOL）低下のみならず、心血管疾患リスクの上昇にもつながる、見逃せない疾患です。本記事では、症候に潜むメカニズムを専門医の観点から丁寧に解説し、原因・症状・診断・治療の各ステップをわかりやすく整理します。まずはご自身の症状と向き合い、最適な受診へつなげていきましょう。
1. 睡眠時無呼吸症候群（SAS）とは？
睡眠時無呼吸症候群（SAS）とは、寝ている間に呼吸が何度も止まってしまう病気です。医学的には「10秒以上の呼吸停止（無呼吸）が、1時間あたり5回以上繰り返される状態」が診断の目安とされています。本人は寝ているため気づきにくいのですが、実際には酸素が不足したり睡眠が細切れになったりするため、日中の強い眠気や集中力の低下を引き起こすことがあります。
SASには大きく2つのタイプがあります。
- 閉塞性睡眠時無呼吸（OSA）
のどの奥が狭くなることで空気の通り道（気道）がふさがれ、息が止まるタイプです。肥満や扁桃肥大、舌の大きさや顎の形などが関係しており、SASの中で最も多いタイプです。 - 中枢性睡眠時無呼吸（CSA）
脳から呼吸をするように指令がうまく出なくなり、その結果として呼吸が止まってしまうタイプです。頻度は低いものの、心不全や神経疾患など重い病気と関係していることが多いため、注意が必要です。
このようにSASは、単なる「いびき」や「寝不足」ではなく、体の構造や神経の働きに関わる深刻な病気です。放置すると高血圧や心臓病、脳卒中のリスクを高めることもわかっており、早期に発見し治療することがとても大切です。
2. 原因：どうして呼吸が止まるのか
睡眠時無呼吸症候群（SAS）の原因は一つではなく、体の構造、体質、生活習慣などが複雑に関わっています。代表的な要因を順番に見ていきましょう。
解剖学的要因
のどの奥のスペースが狭いと、眠って筋肉がゆるんだ時に空気の通り道（気道）がふさがれやすくなります。具体的には、扁桃腺の肥大、舌の付け根が落ち込む舌根沈下、もともと顎が小さく気道が狭いといった状態です。こうした構造的な特徴があると、睡眠中に気道の抵抗が増え、呼吸の停止やいびきの原因になります。
肥満と代謝異常
肥満はSASの最大のリスク要因の一つです。首や喉まわりに脂肪がつくことで気道が圧迫され、呼吸がしづらくなります。さらに、脂肪細胞から分泌されるホルモンや炎症物質（アディポサイトカイン）が神経や呼吸中枢に影響し、呼吸リズムの制御を乱すことも報告されています。そのため、体重の増加は単に気道を狭めるだけでなく、全身的に呼吸のコントロールを妨げる要因ともなります。
高齢・性差・生活習慣
年齢を重ねると、のどや舌の筋肉が緩みやすくなり、気道が塞がりやすくなります。また、統計的には男性の方がSASを発症しやすい傾向が知られています。生活習慣も重要な要因です。特にアルコールや睡眠薬は筋肉を過度に弛緩させるため、気道が閉じやすくなります。さらに、仰向けで寝る姿勢は舌が後方に落ち込みやすく、無呼吸を助長します。
3. 主な症状と合併症
睡眠時無呼吸症候群（SAS）の怖さは、「眠っている間に起きていること」だけではなく、その影響が日中の生活や全身の健康にまで広がる点にあります。主な症状と、そこから派生する合併症を見ていきましょう。
日中の眠気・疲労感
夜間に呼吸が止まるたびに脳は覚醒反応を起こし、深い眠りが途切れてしまいます。そのため、たとえ長時間眠っていても「熟睡感」が得られず、朝起きたときから疲れが残るのが特徴です。日中も強い眠気に襲われやすく、居眠りや集中力低下の原因となります。運転中の居眠り事故のリスクが高まることも社会的に大きな問題です。
いびきや呼吸停止の報告
患者本人は無自覚であることが多いため、同居している家族やパートナーから「大きないびきをかいている」「息が止まっているように見える」と指摘されて受診に至るケースも少なくありません。いびきは気道が狭くなっているサインであり、無呼吸とセットで現れることが多いため、重要な手がかりになります。
脳機能への影響（集中力低下・記憶障害・気分変動）
夜間の睡眠が細切れになることで、脳が本来必要とする休息や整理の時間が奪われます。その結果、仕事や学習での集中力や判断力が落ちるだけでなく、記憶力の低下や抑うつ気分、イライラなど感情の不安定さが現れることもあります。日常生活や社会生活に大きな影響を及ぼす可能性があるため注意が必要です。
高血圧・心血管リスク
睡眠中に繰り返される低酸素状態は、体を「酸素不足のストレス」にさらします。このストレスによって交感神経が常に緊張し、血圧が上昇しやすい状態になります。さらに動脈硬化を進め、心筋梗塞や脳卒中など命に関わる疾患のリスクを高めます。糖尿病やメタボリックシンドロームとも関連があることが知られており、SASを放置すると全身的な生活習慣病の悪化にもつながります。
つまり、睡眠時無呼吸症候群は単なる「いびきの問題」ではなく、脳・心臓・血管に負担を与え、長期的には命に関わる病気を引き起こす可能性がある病態です。自覚症状が軽くても、合併症リスクを考えると早めの診断と治療が不可欠です。
4. 診断の流れ：クリニックで行う精査
1. 問診と身体所見
まずは医師が丁寧に問診を行います。ここでは、夜間のいびきの有無や呼吸停止の有無、日中の強い眠気、起床時のだるさといった症状があるかを確認します。さらに、既往歴や生活習慣（飲酒、喫煙、睡眠薬の使用など）も重要なチェックポイントです。身体所見としては、肥満の有無、首回りの太さ、口や咽頭の形態、扁桃の肥大などを観察し、気道が狭くなりやすい要因があるかどうかを見極めます。これにより「SASの可能性が高いかどうか」の大まかな見立てを立てます。
2. 簡易検査（在宅睡眠検査）
次のステップは、自宅で行える簡易検査です。これは指先にセンサーを装着して睡眠中の酸素飽和度を測定したり、呼吸の流れや心拍数を記録したりするもので、初期スクリーニングとして有効です。自宅でリラックスした状態で行えるため、受診のハードルが低いのが特徴です。この結果によって「無呼吸の可能性が高いかどうか」を判定し、さらに詳しい検査が必要かを判断します。
3. 精密検査（終夜睡眠ポリグラフ検査／PSG）
最終的な確定診断には「終夜睡眠ポリグラフ検査（Polysomnography／PSG）」が用いられます。これは専門の睡眠センターや病院に一泊入院し、睡眠中の脳波、眼球の動き、筋電図、呼吸の流れ、酸素飽和度、心電図などを同時に測定するものです。SASの診断において最も信頼性の高い検査であり、無呼吸や低呼吸の回数、血中酸素の低下の程度などを正確に把握できます。これにより、軽症・中等症・重症の重症度分類が行われ、適切な治療法選択につながります。
このように、診断の流れは「問診 → 簡易検査 → 精密検査」という3段階で進みます。特に精密検査は治療方針を決めるうえで欠かせない工程であり、適切な検査を受けることが安全で効果的な治療への第一歩となります。
5. 治療選択肢：症例・重症度に応じて
- 生活習慣の改善
体重減少、禁煙・禁酒、寝姿勢の工夫などは軽症例において治療効果が期待できます。 - CPAP（持続気道陽圧法）療法
睡眠時にマスクを着用し、一定の気道圧を維持することで気道閉塞を防ぎます。最もエビデンスの豊富な第一選択療法です。 - 口腔外科的アプローチ
マウスピース型装具（下顎前進装置）の使用で気道を保持する方法や、外科的に軟口蓋や扁桃を切除する手術も重症例で検討されます。 - 新しい治療技術
神経刺激装置（舌下神経刺激療法）など、新たな選択肢も登場し、個別化医療の幅が広がっています。
6. 早期受診の重要性
受診が遅れるリスク
睡眠時無呼吸症候群（SAS）は、夜間に繰り返される呼吸停止が主な特徴であるため、本人が症状に気づきにくい病気です。いびきや無呼吸は家族や同居者から指摘されて初めて自覚するケースも多く、放置されがちです。しかし、発見が遅れることで慢性的な低酸素状態が続き、高血圧、糖尿病、心筋梗塞、脳卒中といった重大な生活習慣病や循環器疾患のリスクを高めます。つまり、早期に受診しなければ、日常生活の質が低下するだけでなく、生命予後にも悪影響を及ぼす可能性があるのです。
当院の対応と特色
当院では「早く気づき、早く対処すること」を大切にしています。まず、医師が丁寧に問診を行い、睡眠習慣や日中の眠気の程度、既往歴を確認します。そのうえで必要に応じて、在宅でできる簡易検査を実施し、呼吸状態や酸素飽和度を評価します。もし重症の可能性が疑われれば、終夜睡眠ポリグラフ検査（PSG）を手配し、より精密な診断を行います。
診断の結果、治療が必要と判断された場合には、CPAP（持続気道陽圧法）療法を速やかに導入。さらに導入後も定期的な診察やデータチェックを通じてフォローアップを行い、治療が確実に継続できるようサポート体制を整えています。検査から治療、そしてその後のケアまでを一貫して対応できることが当院の強みです。
7. まとめと行動喚起
睡眠時無呼吸症候群（SAS）は、多くの人が単なる「いびき」や「疲れやすさ」として見過ごしてしまいがちな病気です。しかし、実際には放置すると高血圧や心筋梗塞、脳卒中などの深刻な合併症につながる可能性があり、生活の質（QOL）を大きく損なうリスクがあります。
一方で、早期に気づき、適切な診断と治療を受けることで状況は大きく変わります。CPAP療法や生活習慣の改善によって、日中の眠気が改善し、仕事や学習効率が高まるだけでなく、心血管リスクの低減という医学的なメリットも得られます。
もしご自身やご家族に
- 大きないびき
- 睡眠中の呼吸停止の指摘
- 日中の強い眠気や集中力低下
といった症状が見られる場合は、自己判断で放置せず、まずは専門医へ相談することを強くおすすめします。初期段階では在宅でできる簡易検査もあり、受診のハードルは決して高くありません。
健康な毎日を取り戻す第一歩は「気づくこと」から始まります。少しでも心当たりがあれば、ぜひ早めに受診してみてください。
