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「朝起きるのがつらい」「立ちくらみがよく起こる」「いつも体がだるい」――こうした症状がある方は、低血圧が関係している可能性があります。
低血圧はしばしば“体質”と思われがちですが、内科では原因を見極め、適切な対策を講じることが可能です。本記事では、内科診療の視点から低血圧の原因と具体的な対策を専門的に解説します。日常生活でできる改善策から、必要に応じた検査・治療まで幅広くカバーしますので、ぜひ最後までお読みください。
1. 低血圧とは何か? — 定義と分類
まず、低血圧という言葉自体には厳密な国際基準は存在しませんが、一般には収縮期(最高血圧)が100 mmHg前後以下とされることが多く、拡張期(最低血圧)が60 mmHg前後以下を目安とすることもあります(ただし、無症状の場合は必ずしも治療対象とはなりません)。
低血圧は大きく次の3つに分類されます:
- 本態性(体質性)低血圧:明らかな器質的病変や原因疾患なく、もともとの体質として血圧が低めの状態
- 起立性低血圧/起立性調節障害:立ち上がったときに血圧が急激に下がるタイプ
- 二次性(症候性)低血圧:他の疾患や薬剤など明らかな原因があって起こるもの
この分類は、内科での診断方針や対策を立てるうえで非常に重要です。
2. 内科で評価すべき原因の分類
低血圧の背景には複数の因子が絡むことが多いため、原因を丁寧に分類することが内科診療の第一歩です。
2.1 本態性(体質性)低血圧
本態性低血圧は、病変を認めず慢性的に血圧が低めである状態です。特に若年女性ややせ型体形、筋肉量の少ない人に多くみられます。
このタイプは「日常生活に支障がなければ治療不要」と判断されることもありますが、倦怠感・めまいなど症状が強い場合には対策が必要です。
2.2 起立性低血圧・起立性調節障害
立ち上がり時に血圧が急落し、立ちくらみ・めまいを引き起こすタイプです。
機序としては、立位に移行した際に下半身に血液がたまり、脳や心臓への血流が一時的に不足することにあります。自律神経の応答(交感神経の活性化、心拍数増加、末梢血管収縮など)がうまく働かないと発症しやすくなります。
起立性低血圧には、「直後型(立ち上がってすぐ下がる)」「遅延型(時間差で下がる)」などの亜型もあり、高齢者では特に注意が必要とされます。
2.3 二次性(症候性)低血圧:病気・薬剤によるもの
明らかな原因となる疾患や薬剤の影響で低血圧が生じるタイプです。主なものを以下に挙げます:
- 心臓疾患・不整脈:心拍数の低下(徐脈性不整脈)や心拍出量低下(心不全など)による
- 内分泌疾患:甲状腺機能低下症、アジソン病(副腎不全)など
- 出血・脱水・貧血:出血性ショック、大量出血、脱水、重度の貧血
- 急性ショック(感染性ショック、アナフィラキシーなど)
- 神経・自律神経異常:パーキンソン病、神経変性疾患、糖尿病性自律神経障害など
- 薬剤の副作用:降圧薬、利尿薬、抗うつ薬、抗てんかん薬、α遮断薬、β遮断薬など
- その他代謝異常や栄養不良
これらの背景因子があるかどうかを内科で精査することが、治療戦略を決めるカギとなります。
3. 内科で行う診断プロセス
低血圧の患者を診る際、内科医は以下のステップを踏みながら原因を絞り込みます。
3.1 問診で把握すべきポイント
問診は診断の基本です。次のような観点を詳細に聴取します:
- 症状:めまい、立ちくらみ、失神、倦怠感、頭痛、冷え、動悸など
- 発症時期、頻度、持続時間、誘因(起床時、入浴後、長時間立位後など)
- 悪化要因:脱水、発汗、発熱、下痢、嘔吐、食事、アルコール、睡眠不足など
- 既往歴:心疾患、腎疾患、ホルモン異常、神経疾患など
- 服薬歴:降圧薬、利尿薬、抗うつ薬、抗精神病薬など
- 栄養状態・食事パターン:減食、偏食、ダイエット歴など
- 家族歴・体質:同様の症状を持つ家族の有無、体質傾向
問診により、「何が引き金になっているか」「症状の変動パターン」などが把握できれば、次の検査選択もスムーズになります。
3.2 身体所見・血圧測定(臥位・座位・立位)
血圧測定では、ただ“1回測って低かった”というだけでは診断には足りません。内科では以下のような測定を行います:
- 臥位血圧・脈拍
- 座位血圧・脈拍
- 立位血圧・脈拍(起立後1分・3分・5分などで測定)
- 血圧変動(収縮期/拡張期・変動幅を確認)
- 心音・雑音聴診、心拍リズム、末梢循環の確認(四肢冷感・浮腫など)
- 脱水所見(皮膚緊張、口腔乾燥、眼球陥没など)
- 神経所見:神経学的異常の有無
特に、立位時に収縮期血圧が20 mmHg以上下がる、または拡張期血圧が10 mmHg以上低下するような変化があれば起立性低血圧が疑われます。
3.3 血液検査・ホルモン検査・心電図・超音波など
血液検査や画像検査は、二次性低血圧を見つけるための手段です。主な検査例を挙げます:
- 一般血液検査:貧血、電解質異常(ナトリウム・カリウム・カルシウムなど)、腎機能、肝機能、血糖、炎症マーカー
- ホルモン検査:甲状腺刺激ホルモン(TSH、FT3/FT4)、副腎皮質ホルモン(コルチゾール、ACTH)、副腎機能検査、アルドステロンなど
- 腎ホルモン・レニン-アルドステロン系検査
- 心電図(ECG):不整脈、心筋虚血所見
- 心エコー検査:心拍出量、心室・弁機能、心筋疾患の有無
- 頸動脈超音波検査・血管径評価
- 傾斜試験(ティルトテーブル試験):起立による血圧・心拍応答を精密に評価
- 負荷試験:心臓負荷など必要時
- 神経検査:自律神経機能検査(バリアブル比、Valsalva試験など)
これらを組み合わせ、原因を“本態性か/二次性か”に分類し、治療方針を決めます。
4. 症状が重いときのリスクと見逃してはいけないサイン
軽度の低血圧であっても、放置していると以下のようなリスクが考えられます:
- 転倒・外傷リスク:めまいや失神による転倒・骨折
- 意識障害・ショック:重度の低血圧が続くと、臓器灌流不全を来す可能性
- 隠れた疾患の見逃し:心疾患、内分泌異常、出血性疾患などの悪化
- 生活の質の低下:慢性的な疲労・集中力低下・起床困難など
以下の所見があれば、早急に内科・専門医への受診を検討すべきです:
- 起立時・立位で頻回に失神・意識消失を起こす
- 動悸・胸痛・呼吸困難を伴う
- 血圧が急激に低下してショック様状態(冷感、冷や汗、意識低下)
- 出血傾向、急激な体重減少、嘔吐・下痢による脱水
- ホルモン異常を示唆する所見(色素沈着、低ナトリウム症、体重減少、食欲不振など)
こうしたケースでは、ただの体質性低血圧とは異なる対応が必要です。
5. 生活改善による対策 — 日常でできること
多くの低血圧症例では、適切な生活改善だけで症状が軽減することがあります。以下は、実践的かつ専門性もある対策案です。
5.1 食事・水分・塩分管理
- 十分な水分補給:脱水を防ぎ、循環血液量を維持することが不可欠。1日1.5~2リットルを目安に(症状や腎機能を考慮)
- 適度な塩分摂取:高血圧患者とは異なり、低血圧傾向の人ではやや多めの塩分(医師の指導下で)を意識することがあります。
- バランスの良い栄養摂取:特に タンパク質(肉・魚・大豆類・乳製品など)、ビタミン(B群・E)、ミネラル(カリウム・マグネシウムなど) を意識して摂る。
- 朝食をしっかりとる:起床後すぐの血糖低下を防ぎ、血圧低下傾向を抑える
- 少量頻回食:一度に大量の食事をとると内臓血流に血液が集中し、全身への血流が弱くなることがあるため
- ミネラル飲料やスープ活用:塩分・水分補給を兼ねて、味噌汁・梅干し・薄めの塩スープなども有効
- アルコール制限:アルコールは血管拡張作用があり、低血圧傾向を助長するため注意が必要
5.2 運動・ストレッチ・血行促進法
- 有酸素運動(ウォーキング・軽いジョギング・水泳など):血液循環を促し、心血管系の適応力を高める(ただし無理のない範囲で)
- ふくらはぎ筋ポンプ強化運動:立位時の血液戻しを改善
- ストレッチ・軽い体操:特に朝・就寝前に筋肉をほぐすことで血流改善
- 交感神経刺激法:軽く手足をたたく・足首体操・首回しなど、軽刺激で血行促進
- 温冷刺激:足湯、半身浴、交互浴などで血管拡張収縮を刺激

5.3 起床・立ち上がりの工夫、冷え対策
- ゆっくり起きる(2段階起床法):いきなり起き上がらず、徐々に体を起こしてから立ち上がる(ベッド上で足ぶみ、体を動かすなど)
- 立ち上がり時の補助:壁につかまる、手すりを使う
- 冷え対策を徹底:腹巻・レッグウォーマー・靴下・重ね着などで末梢血管の収縮を防ぐ
- 室温の管理:寒暖差を緩和し、急激な血管拡張・収縮を避ける
- 圧迫下肢着(弾性ストッキング):立ちくらみを防ぐ補助具として有効とされることもある
5.4 自律神経を整える生活リズム
- 規則正しい睡眠・起床時間:自律神経のバランスを安定させる基盤
- ストレス軽減:趣味・リラクゼーション、呼吸法、マインドフルネスなど
- 適度な日光浴(午前中15分程度):概日リズム(体内時計)を整える
- 電子機器使用時間の制限・入眠前の画面刺激軽減
- 深呼吸・ゆったりした呼吸訓練:交感/副交感の切り替えを助ける
5.5 補助器具・工夫(弾性ストッキングなど)
上記に加え、以下の補助的手法も活用できます:
- 前述の 弾性ストッキング(ふくらはぎ・大腿タイプ):立ち上がり時の血液たまりを軽減
- 足置き・昇高さクッション:就寝時脚を少し高くする
- 携帯用ミネラル補給パウダー(塩分+ミネラル配合):外出時の補助的水・塩分補給
- 胸部や腹部へ軽い圧迫(腹帯など):腹部静脈還流補助
- 頭位低下法回避・ゆるやかな姿勢変化:急峻な体位変化を避ける
これらを組み合わせることで、多くの患者さんで改善が見込まれます。
6. 内科で検討される薬物治療・補助療法
生活改善だけでは不十分な場合、内科(あるいは循環器・神経内科)で薬物療法などが検討されます。
6.1 昇圧薬(ミドドリン、アメジニウムなど)
- ミドドリン(商品名:メトリジン 等)
交感神経 α 受容体を刺激し、末梢静脈収縮を促して血圧を上げる作用があります。起床時の低血圧症状が強い場合、小量から始められることがあります。 - アメジニウム(商品名:リズミック 等)
ノルアドレナリンの不活性化を防止し、血管収縮作用および心拍出量増加作用を期待する薬剤です。ミドドリンより効果が強いとされる場合もあります。 - これらはいずれも副作用(頭痛、膀胱刺激、尿閉、末梢血管虚血など)を伴う可能性があるため、使用には慎重な評価が必要です。
6.2 漢方薬の利用
内科医や漢方を扱う医師によっては、低血圧に対する漢方を併用することがあります。特に、めまい・冷え・倦怠感などを和らげる目的で処方されることが多いものを以下に紹介します。
- 五零散:むくみ、めまい、頭痛、吐き気などを含む症状群に適応されることあり
- 当帰芍薬散:冷え性・疲れ・倦怠感などを伴う場合に使用
- 桂枝茯苓丸:血流停滞傾向や冷えのある女性に用いられる
- 半夏白朮天麻湯:めまい・頭痛・肩こりなどを伴う場合
- 葛根湯:血行不良・頭痛傾向がある方に処方されることも
漢方は即効性に乏しいことが多いため、長期にわたる管理・モニタリングが必要です。
6.3 その他(ビタミン補充、補助療法)
- ビタミン B 群(特に B12):神経機能やエネルギー代謝を支える補助的手段として利用されることがあります。
- ビタミン E:血行改善を目的として補助的に使用されることがあります。
- 補助療法:電解質補正、静脈輸液(脱水時)、経過観察下で徐々に薬剤調整
内科医はこれら治療オプションと生活改善を組み合わせ、患者一人ひとりに最適なプランをデザインします。
7. 低血圧の経過と管理・フォローアップ
低血圧は、症状が軽い段階での早期対応が有効です。以下のポイントを押さえましょう。
- 定期的な血圧モニタリング:家庭血圧計を使って、朝・起床直後・立位時など一定の時間帯で測定
- 症状変化の記録:めまい頻度・起床困難・倦怠感などを日誌化
- 治療反応の評価:生活改善や薬剤導入後、症状の軽減・血圧変動の安定化を確認
- 副作用チェック:昇圧薬使用中は頭痛・浮腫・末梢虚血など副作用に注意
- 原因疾患の経過観察:ホルモン異常・心疾患・腎機能障害などが背景にあった場合、その治療進捗も評価
- ライフステージ変化への対応:年齢や体調変化(加齢、運動量の変化、体重減少など)に応じて対策を見直す
- 専門医紹介:循環器内科・神経内科・内分泌内科など、必要に応じて連携
このような継続管理体制が、症状安定およびQOL(生活の質)維持に不可欠です。
8. まとめと、早期受診すべきケース
本記事では、内科の視点で低血圧の原因と対策を整理しました。要点を以下にまとめます:
- 低血圧はただの“体質”と思われがちですが、発症の背景には多様な要因(自律神経不調、ホルモン異常、心疾患、薬剤性など)が潜んでいます
- 内科診療では、問診 → 血圧測定 → 検査 → 原因分類 → 治療方針設定という段階的アプローチが基本
- 多くの場合、**生活改善(食事、水分、運動、起床法、冷え対策など)**が第一選択肢となります
- 症状が強い、生活に支障がある、原因がはっきりしない場合には昇圧薬や漢方の併用も検討されます
- 定期モニタリングと管理体制、必要時の専門医連携が長期安定を支える要
早期受診すべきケースとしては、失神や意識消失、強い動悸・胸痛、急激な体調変化、出血性ショック疑いなどがあります。また、低血圧が続くなかで倦怠感・認知機能低下・日常生活支障を自覚する場合も、積極的な受診をお勧めします。
低血圧は「なんとなく不調」の原因になりうるものですが、正しく評価し対応すれば改善可能なケースが多いです。まずは信頼できる内科医に相談し、自身の体調変化を丁寧に伝えることがスタートです。



