次世代シークエンサー(NGS)が「大量のPCR」と称されるのは、数百万から数十億ものDNA断片を同時並行で読み取る処理規模がPCRの発想と似て見えるためですが、実際にはPCRとNGSは目的も仕組みも異なる技術です。この記事では、PCRとNGSそれぞれの基本原理から、両者がどう関係し合っているのか、そして出生前・出生後親子鑑定でこれらの技術がどのように活用されているのかを、専門用語をできるだけかみ砕きながら解説します。
この記事でわかること
- PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)の基本原理
- 次世代シークエンサー(NGS)の基本原理
- なぜNGSが「大量のPCR」と称されるのか、その正確な理由
- NGSの中で実際にPCRが使われる場面
- 親子鑑定の現場でPCRとNGSがどう活かされているか
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PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)とは特定のDNA領域を大量に複製する技術です
PCRは、特定のDNA領域を狙って選択的に大量複製する技術です。短い「プライマー」と呼ばれるDNA断片で目的の領域の両端を指定し、DNAポリメラーゼという酵素の働きで、その領域だけを何千、何万回と繰り返し複製します。
PCRの基本原理
PCRは、加熱・冷却を繰り返すサイクル反応によって進みます。1サイクルごとに目的のDNA領域が理論上2倍に増えるため、数十サイクルを経ると、ごく微量のDNAサンプルからでも解析に十分な量を得ることができます。
PCRが得意なこと・限界
PCRは比較的簡便かつ短時間で行え、特定の遺伝子の有無を調べるのに適した技術です。一方で、PCR単体では「あらかじめ狙った特定の領域」しか増幅できず、ゲノム全体のように広範囲かつ多数の領域を同時に調べる用途には不向きという限界があります。調べたい領域が事前にわかっている検査には適していますが、未知の領域を幅広く探索するような解析には別の技術が必要になります。
PCRが遺伝子検査に広く使われるようになった背景
PCRは1983年にキャリー・マリス氏が考案した技術で、その功績により1993年にノーベル化学賞が贈られています。それまで多くの手間と時間を要していたDNAの増幅を、短時間かつ簡便に行えるようにした点で、分子生物学における画期的な技術とされています。現在では感染症検査や遺伝子検査など、幅広い分野の基盤技術として使われています。
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次世代シークエンサー(NGS)とは多数のDNA断片を同時に読み取る技術です
NGSは、PCRのように単一の領域を増幅するのではなく、多数のDNA断片を同時に高速で配列決定する技術です。ヒトゲノムのように膨大な情報量を扱う解析でも、現実的な時間とコストで処理できるのが特徴です。
NGSの基本原理
- 断片化:解析対象のDNAをランダムに多数の小片に断片化します。
- アダプター付加:それぞれの断片に、目印となる短いDNA配列(アダプター)を付加します。
- フローセルへの固定:断片を「フローセル」と呼ばれる基盤の表面に固定し、多数の断片を同時並行でシークエンスできる状態にします。
- 配列決定(SBS技術):蛍光標識されたヌクレオチドを1塩基ずつ取り込ませ、その蛍光をレーザーで読み取ることでDNA配列を決定します。
NGSが得意なこと
NGSの最大の強みは、一度に数百万から数十億のDNA断片を同時に処理できる点にあります。全ゲノムシークエンスや、遺伝子発現のプロファイリング、そして親子鑑定で使われるSTR(Short Tandem Repeat)型の解析など、幅広い応用が可能です。
「次世代」と呼ばれる理由
NGSが「次世代」と呼ばれるのは、それ以前に主流だったサンガー法(第一世代シークエンサー)と比べて、圧倒的に多くの断片を同時並行で処理できるようになったためです。サンガー法は、1回の解析で1本のDNA鎖を読む方式が基本で、ヒトゲノム計画のように膨大な情報を扱う解析には長い時間とコストがかかっていました。NGSの登場により、同様の解析が現実的な時間とコストで行えるようになった経緯があります。
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なぜNGSは「大量のPCR」と称されるのか
NGSが「大量のPCR」と称されるのは、数百万から数十億のシークエンス反応が同時に走る処理規模の大きさが、PCRの増幅という発想に似て見えるためです。ただし、この表現はあくまで比喩であり、技術的に正確な説明ではありません。
PCRは「特定の一領域を増幅する」ことが目的であるのに対し、NGSは「多数の断片を並列的に配列決定(シークエンス)する」ことが目的です。NGSは単なる複製・増幅にとどまらず、複製した断片の配列そのものを読み取り、膨大な情報を一度に取得できる点がPCR単体との決定的な違いです。
NGSの前段階で実際にPCRが使われる場面があります
NGSのサンプル調製(ライブラリ作製)段階では、PCR技術が実際に利用されることがあります。断片化したDNAにアダプターを付加した後、シークエンスに十分な量を確保するために、PCRで断片を増幅するステップが組み込まれることが一般的です。
つまり、NGSの一部の工程でPCRが使われているという意味では、両者は無関係ではありません。しかし、NGSの本質的な強みは、その後段の「多数の断片を同時に配列決定する」プロセスにあり、PCRはあくまで前段階のサンプル調製を支える技術という位置づけになります。この関係性を押さえておくと、「大量のPCR」という比喩がどこまで正しく、どこが誤解を招きやすいのかが見えてきます。
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PCRとNGSの違いを比較表で整理します
| 比較項目 | PCR | NGS(次世代シークエンサー) |
|---|---|---|
| 目的 | 特定領域の選択的な増幅 | 多数の断片の並列的な配列決定 |
| 処理対象 | あらかじめ指定した1〜数領域 | 断片化した多数の領域を同時処理 |
| 得られる情報 | 対象領域の有無・量 | 対象領域の塩基配列そのもの |
| 処理規模 | 反応系ごとに限定的 | 一度に数百万〜数十億断片 |
| 親子鑑定での主な役割 | サンプル調製段階での増幅 | STR型・SNP型の配列決定 |
両者は対立する技術ではなく、役割の異なる技術として組み合わせて使われています。PCRで増幅した断片を、NGSで一度に読み取るという流れを理解しておくと、検査結果がどのような技術的裏付けのもとで得られているのかが把握しやすくなります。
コストや所要時間の面でも違いがあります。PCRは装置・試薬のコストが比較的抑えられ、結果も短時間で得られる一方、調べられる領域は限定的です。NGSは装置・キットのコストが高く、ラン(1回の解析)にも数時間から数十時間を要しますが、その分一度に得られる情報量は桁違いに多くなります。目的に応じてどちらの技術を選ぶか、あるいは組み合わせるかが決まる仕組みです。
親子鑑定の現場でPCRとNGSはどう活かされているか
ヒロクリニックの自社ラボ「東京衛生検査所」では、STR法(Short Tandem Repeat)による解析に次世代シーケンサーを活用しています。検査機器にはQiagen(Verogen)社の「MiSeq FGx Forensic Genomics System」を採用しており、この機器は東京衛生検査所が日本で初めて導入したものです。
MiSeq FGxは、専用の解析キット(ForenSeq DNA Signature Prep Kit)と組み合わせて使用され、公表されている検証データでは、STR型判定でキャピラリー電気泳動法(CE法)との一致率100%(1,260検体)、SNP判定でビーズアレイ法との一致率99.1%超という結果が示されています。世界では10万件以上の実績を持つシステムです。
共同監修者であり、ゲノム医学・エピゲノム解析を専門とする堤修一(博多駅前院院長、医学博士、元東京大学先端科学技術研究センター准教授)は「STR解析の現場では、PCRによる増幅とNGSによる配列決定を組み合わせることで、少ない検体量からでも高い再現性を得られるようになりました。技術の役割分担を正しく理解することが、検査結果への納得感にもつながると考えています」と話しています。
MiSeq FGxの詳しいスペックや、小型機種(MiniSeq)がSTR解析に向かない技術的な理由については、MiSeqによる次世代シーケンス解析の魅力、MiniSeqではSTR解析が難しい理由で詳しく解説しています。
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技術を理解しておくことが検査結果への納得感につながります
PCRとNGSの違いを理解しておくと、検査結果がどのような技術的プロセスを経て得られているのかがわかりやすくなり、検査機関選びの判断材料にもなります。
- 検査所がどのようなシークエンサー・解析キットを使用しているか確認する
- STR型解析で公表された検証データ(他手法との一致率など)があるか確認する
- 検体量や再現性についての説明が具体的かどうかを確認する
技術的な仕組みを完全に理解する必要はありませんが、「何を根拠に精度が保証されているのか」を確認する視点を持っておくと、検査機関を選ぶ際の安心材料になります。逆に、機器やキットの名称だけを強調し、検証データを示さない説明には注意を払ったほうがよいでしょう。
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よくある質問
まとめ
PCRとNGSは、どちらもDNAの解析に欠かせない技術ですが、特定領域を増幅するPCRと、多数の断片を同時に配列決定するNGSとでは、目的も仕組みも異なります。NGSが「大量のPCR」と称されるのは処理規模の大きさによる比喩であり、実際にはNGSの中の一工程としてPCRが使われる関係にあります。
親子鑑定の現場では、この2つの技術を組み合わせることで、少ない検体量からでも高い再現性のある結果を得られるようになっています。技術の呼び名や比喩に惑わされず、それぞれの技術が担っている役割を理解しておくことが、検査結果を正しく受け止めるための一歩になります。検査機関を選ぶ際は、どのような機器・解析手法を使い、どのような検証データが公表されているかを確認しておくと安心です。関連する内容として、MiSeqによる次世代シーケンス解析の魅力、親子鑑定におけるSTRの重要性は?もあわせてご覧ください。
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略歴
- 1996年 慶應義塾大学医学部 卒業
- 2004年 慶應義塾大学 医学博士号 取得
- 2005年 慶應義塾大学 皮膚科学教室 助手
- 2008年 ヒロ皮フ形成クリニック 開業
- 2009年 医療法人社団福美会 理事長
- 2015年 医療法人社団福美会 理事
資格・所属
- CAPラボディレクター
- 日本皮膚科学会 皮膚科専門医
- 日本医師会 産業医
- 東京衛生検査所 指導監督医
この記事は、 ヒロクリニックNIPPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。
堤 修一 (つつみ しゅういち)
医師・医学博士 / ヒロクリニック博多駅前院 院長
略歴
- 1993年 東京大学医学部医学科 卒業
- 2016〜2019年 東京大学先端科学技術研究センター 准教授
発信・関連リンク
この記事は、 ヒロクリニックNIPPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。
参考文献
- Chamberlain JS, Gibbs RA, Ranier JE, Nguyen PN, Caskey CT. Deletion detection of the dystrophin gene by multiplex DNA amplification. Nucleic Acids Res. 1988 Dec 9;16(23):11141-56.
- Markoulatos P, Siafakas N, Moncany M. Multiplex polymerase chain reaction: a practical approach. J Clin Lab Anal. 2002;16(1):47-51.
- Edwards MC, Gibbs RA. Multiplex PCR: advantages, development, and applications. PCR Methods Appl. 1994 Feb;3(4):S65-75.
- Schoske R, Vallone PM, Ruitberg CM, Butler JM. Multiplex PCR design with electrophoretic detection: a systematic approach. Forensic Sci Int. 2003 Nov 26;137(2-3):165-78.
- Elnifro EM, Ashshi AM, Cooper RJ, Klapper PE. Multiplex PCR: optimization and application in diagnostic virology. Clin Microbiol Rev. 2000 Oct;13(4):559-70.





