STRを用いた尤度比の計算方法

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STR(Short Tandem Repeat)を用いた尤度比(Likelihood Ratio, LR)は、親子鑑定の統計計算に使われる考え方です。「被検者が生物学的な父親である確率」を数値で評価します。この記事では、LRの基本的な考え方から、実際の計算ステップ、複数の遺伝子座を掛け合わせる手順までを解説します。数式だけを見ると難しく感じるかもしれませんが、実際の数値を当てはめながら順を追えば、考え方自体はシンプルです。

この記事でわかること

  • 尤度比(LR)が何を意味する数値なのか
  • STRの型を使ったLRの具体的な計算手順
  • 複数の遺伝子座のLRをどう掛け合わせるか
  • ヒロクリニックのSTR52座位解析がどのようにこの計算に基づいているか

尤度比(LR)とは?

尤度比(LR)とは、2つの仮説のどちらがより正しいかを数値で評価するための指標です。尤度比(LR)は、2つの仮説のうち、どちらがより有力かを数値で示す指標です。親子鑑定では、次の2つの仮説を比較します。

  • 仮説1(H1): 被検者Aが子供の生物学的な父親である。
  • 仮説2(H2): 被検者Aは子供の父親ではなく、無関係な人物である。

LRの値が大きいほど、H1(父親である)が支持されます。この考え方は国際法科学遺伝学会(ISFG)親子鑑定委員会が発表した統計手法の勧告にも準拠しており、世界の法医学分野で標準的に使われています。1つの座位だけでなく、複数の座位で同じ考え方を繰り返し適用する点が、この手法の信頼性を支えています。

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STRを用いた尤度比の計算方法

STRを用いた尤度比の計算は、STR型の一致度を2つの仮説それぞれの確率に置き換えて比較する手順です。STRは、遺伝子上の特定の場所(遺伝子座)にある繰り返し配列の長さ(型)を指します。子供と被検者のSTR型を比較し、一致度から尤度比を求めます。以下の手順で計算します。

1. H1(父親である場合)の尤度

被検者Aが本当の父親で、かつ子供と一致したSTR型についてAがヘテロ接合体(2つの型が異なる)である場合、Aがそのうちの一方を子供に受け継がせる確率は1/2です。なお、Aが両方とも同じ型(ホモ接合体)を持つ場合は、確率は1になります。多くの入門的な解説では、計算を分かりやすくするためヘテロ接合体のケースを例に説明します。

例えば、Aの型がホモ接合体(同じ型が2つ)だった場合、Aは必ずその型を子供に受け継がせるため、H1の尤度は1になります。ヘテロ接合体(1/2)とホモ接合体(1)では、この時点でLRの値が2倍変わるため、型判定の段階で接合の状態を正確に見極めることが計算の精度に直結します。

2. H2(父親でない場合)の尤度

Aが父親でない場合、子供のSTR型が偶然一致する確率は、その型が集団内に存在する頻度(アリル頻度)に依存します。この頻度は、大規模な集団データベースから統計的に求められた値(例えば0.05など)を使用します。

3. 尤度比の計算

尤度比(LR)は、2つの仮説の下で得られた尤度の比として求められます。

尤度比LRはH1の尤度をH2の尤度で割って求める
  • H1(父親である場合)の尤度 = 1/2(ヘテロ接合体の場合)
  • H2(父親でない場合)の尤度 = アリル頻度(p)

したがって、この1座位あたりのLRは次の式で表せます。

LRは2分の1をアリル頻度pで割った値になる

この計算をすべての解析対象座位で行い、各座位のLRを掛け合わせることで、最終的な総合LRを求めます。

4. 複数座位のLRを掛け合わせる

実際の親子鑑定では、1つの座位だけで判定することはありません。複数の座位を独立した証拠として扱い、各座位のLRを掛け合わせることで、判定の精度を飛躍的に高めます。各座位のSTR型は互いに独立して遺伝すると考えられるため、単純な掛け算で総合LRを求めることができます。

総合LRは各座位のLRをすべて掛け合わせて求める

ヒロクリニックの出生前親子鑑定では、STRを52座位解析することで、この掛け合わせによって総合父性除外率99.99%以上を実現しています。座位数が多いほど、偶然の一致による誤判定のリスクは低くなります。

5. LRの解釈

  • LRが1より大きい場合: 被検者Aが父親であるという仮説(H1)が、父親でないという仮説(H2)よりも有力であることを示します。例えばLR=1,000であれば、H1がH2の1,000倍支持されるという意味です。
  • LRが1より小さい場合: 父親でないという仮説(H2)がより有力であることを示します。

事前確率は常に50%とは限らない

ここまでの解説では、父親である確率と父親でない確率を五分五分(事前確率50%ずつ)と仮定して計算しています。これは、被検者以外に手がかりがない場合の標準的な前提です。実際の裁判や個別の事情によっては、この事前確率が異なる場合もありますが、通常のDNA親子鑑定ではこの中立的な前提のもとでLRを算出し、その数値を判断材料として提示する形が一般的です。

6. LRを父権肯定確率に変換する

LRの値は、一定の前提のもとで「父権肯定確率」という百分率にも変換できます。父親である確率と父親でない確率があらかじめ五分五分(事前確率50%ずつ)だったと仮定すると、父権肯定確率は次の式で求められます(Essen-Möller式と呼ばれる考え方に基づく計算です)。

父権肯定確率(%) = LR ÷(LR+1)× 100

この式を使うと、代表的なLRの値が何%の父権肯定確率に相当するかを、以下のように早見表として整理できます。

総合LR父権肯定確率目安となる支持の強さ
10約90.9%弱い支持
100約99.0%中程度の支持
1,000約99.9%強い支持
10,000約99.99%非常に強い支持
1,000,000約99.9999%極めて強い支持

この計算はあくまで事前確率を50%と仮定した場合の目安です。実際の鑑定では、この前提を踏まえたうえで、複数座位を掛け合わせた総合LRから父権肯定確率が算出されます。私自身、結果報告書を確認する際は、総合LRの数値だけでなく、この確率換算がどの水準にあるかもあわせて見るようにしています。数値だけを見て一喜一憂するのではなく、換算表と照らし合わせることで、結果の意味をより正確に理解していただけると考えています。

LR計算で混同しやすいポイント

LR計算では、アリル頻度の対象を取り違えるミスに注意が必要です。計算に使うアリル頻度は、あくまで「子供と一致した型が、集団内でどれくらいの頻度で存在するか」を表す数値です。被検者Aの型そのものの頻度や、子供の別の型の頻度と混同すると、LRの値が誤って算出されてしまいます。

また、「座位数が少ない検査は精度が低い」という理解も、半分正しく半分誤解を含みます。1座位あたりのLRがたまたま大きい値であれば、少ない座位数でも高い総合LRになることはあります。ただし、偶然の一致を確実に排除するためには、複数座位を組み合わせて総合的に判断する方が安定した精度を得られます。ヒロクリニックがSTR52座位という多くの座位を解析しているのは、こうした偶然性を極力排除するためです。

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具体例で見るLR計算

実際の数値を当てはめると、LRがどのように算出されるかが具体的にわかります。ある遺伝子座で子供と被検者Aの型が一致し、集団内でのその型の頻度が0.05だったとします。

  • H1(父親である場合)の尤度 = 1/2
  • H2(父親でない場合)の尤度 = 0.05
0.5割る0.05でLRは10になる計算例

この座位だけで見ると、被検者Aが父親である可能性は、父親でない可能性よりも10倍高いことになります。実際の鑑定では、この計算を52の座位すべてで行い、掛け合わせた総合LRから父権肯定確率を算出します。

複数座位を掛け合わせる場合の例

座位を増やすと総合LRがどう変化するか、簡単な例で確認してみましょう。先ほどの座位(LR=10)に加えて、もう1つの座位でアリル頻度が0.02だった場合、その座位単独のLRは0.5÷0.02で25になります。頻度が低い型ほど、1座位あたりのLRが大きくなる傾向がある点も覚えておくと理解が深まります。

  • 座位1のLR = 10
  • 座位2のLR = 25
  • 2座位を掛け合わせた総合LR = 10 × 25 = 250

先ほどの早見表に当てはめると、総合LR=250は父権肯定確率で約99.6%に相当します。実際のヒロクリニックの検査では、これと同じ考え方で52座位分のLRをすべて掛け合わせるため、総合LRはさらに大きな値となり、99.99%を超える精度での判定が可能になります。座位数を増やすほど、偶然の一致による誤判定のリスクが下がっていく様子が、この計算からもわかります。わずか2座位の掛け合わせでも数値が大きく伸びることから、52座位ではさらに桁違いの数値になることが直感的に理解できるはずです。

私自身、STR型の判定結果を確認する際は、各座位のアリル頻度が集団データベースと整合しているかを必ず見ています。アリル頻度は人種や地域集団によって分布が異なるため、対象集団に合わないデータベースを使うと計算結果に誤差が生じる可能性があります。まれに頻度データの古いバージョンを使うと総合LRが変動することもあるため、日本人集団を反映した最新の統計を使うことが精度維持の鍵だと実感しています。数値の裏側にあるこうした地道な確認作業が、最終的な結果の信頼性を支えていると感じます。

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よくある質問

Q1. LRとPI(父権指数)は同じものですか?

親子鑑定の文脈では、LRは「父権指数(Paternity Index, PI)」とほぼ同義で使われます。1座位ごとのPIを掛け合わせた総合PIから、父権肯定確率(Probability of Paternity)を算出する流れです。呼び方が違うだけで、計算の考え方自体は本記事で解説したLRの手順と同じです。

Q2. アリル頻度はどこから得られますか?

日本人集団を含む大規模な遺伝子データベースから統計的に算出された値を使用します。集団によって頻度が異なるため、対象集団に適したデータベースを使うことが計算精度に直結します。データベースは定期的に更新されるため、検査機関が最新の統計を反映しているかどうかも、精度を左右するポイントのひとつです。

Q3. なぜ1つの座位だけで判定しないのですか?

1座位だけでは、偶然の一致(他人が同じ型を持つ可能性)を排除しきれないためです。複数座位のLRを掛け合わせることで、偶然の一致が起こる確率を極めて小さくできます。本記事で紹介した2座位の例のように、座位を1つ追加するだけでもLRは大きく変化することがわかります。

Q4. SNPを使った尤度比計算とは何が違いますか?

基本的な考え方は共通していますが、SNPは多型性がSTRより低いため、同等の精度を得るにはより多くの座位数が必要になります。STRは1つの座位が持つ型のバリエーションが多く、少ない座位数でも高い識別力を発揮しやすいのが特徴です。詳細はSNPを用いた尤度比の計算方法で解説しています。

Q5. 総合LRの値はどのくらいあれば「父親である」と判定されますか?

国際的な基準では、総合LRが概ね100万(父権肯定確率99.99%相当)を超えると、父権が強く支持されると判断されます。前述の早見表で示した通り、LRが大きくなるほど父権肯定確率は100%に近づいていきます。ヒロクリニックでは52座位を解析することで、この水準を安定して達成しています。

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まとめ

STRを用いた尤度比の計算は、2つの仮説の尤度比を全座位で掛け合わせるというシンプルな仕組みです。H1とH2という2つの仮説の尤度を比較し、その比をすべての座位で掛け合わせるという明快な仕組みです。1座位あたりの計算はシンプルでも、座位数を増やすほど判定の信頼性は高まります。ヒロクリニックではSTR52座位の解析により、こうした統計的な裏付けのある高精度な結果を提供しています。計算の考え方が気になる方は、あわせて総合父性除外率(排除確率)とは尤度比とは?基準の見方をわかりやすく解説もご覧ください。

SNPを用いた尤度比の計算方法はこちらです。

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医師監修 監修日:2024年9月15日

岡 博史 (おか ひろし)

医師・医学博士 ヒロクリニック統括院長

YouTubeチャンネルなどを通じて、遺伝子やNIPT(新型出生前診断)についてわかりやすく発信しています。

略歴

  • 1996年 慶應義塾大学医学部 卒業
  • 2004年 慶應義塾大学 医学博士号 取得
  • 2005年 慶應義塾大学 皮膚科学教室 助手
  • 2008年 ヒロ皮フ形成クリニック 開業
  • 2009年 医療法人社団福美会 理事長
  • 2015年 医療法人社団福美会 理事

資格・所属

  • CAPラボディレクター
  • 日本皮膚科学会 皮膚科専門医
  • 日本医師会 産業医
  • 東京衛生検査所 指導監督医

この記事は、 ヒロクリニックNIPPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。

医師監修 監修日:2024年9月15日

堤 修一 (つつみ しゅういち)

医師・医学博士 ヒロクリニック博多駅前院 院長

略歴

  • 1993年 東京大学医学部医学科 卒業
  • 2016〜2019年 東京大学先端科学技術研究センター 准教授

発信・関連リンク

この記事は、 ヒロクリニックNIPPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。

参考文献

  1. Gill P, Brenner CH, Buckleton JS, Carracedo A, Krawczak M, Mayr WR, et al. DNA commission of the International Society of Forensic Genetics: Recommendations on the interpretation of mixtures. Forensic Sci Int. 2006;160(2-3):90-101.
  2. Weir BS, Triggs CM, Starling L, Stowell LI, Walsh KA, Buckleton J. Interpreting DNA mixtures. J Forensic Sci. 1997;42(2):213-222.
  3. Lo YMD, Corbetta N, Chamberlain PF, Rai V, Sargent IL, Redman CW, et al. Presence of fetal DNA in maternal plasma and serum. Lancet. 1997;350(9076):485-487.

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