お子様が「アンジェルマン症候群」という診断を受けたとき、あるいはその疑いがあると言われたとき、多くのご家族は「聞いたこともない病名だ」「これからどうなってしまうんだろう」と、深い不安と混乱の中に置かれます。
インターネットで検索すると、古い情報や難しい医学用語ばかりが出てきて、余計に怖くなってしまったかもしれません。
しかし、アンジェルマン症候群のお子様たちは、その特性ゆえに周囲の人々を自然と笑顔にする、不思議な魅力と愛らしさを持っています。
この記事では、医学的な知識がない方でも理解できるよう、この病気の正体、予想される症状、最新の遺伝学的背景、そしてこれからの生活で大切にしてほしいことを、丁寧に解説していきます。
概要:どのような病気か
アンジェルマン症候群(Angelman syndrome: AS)は、15番染色体にある特定の遺伝子の働きが失われることによって起こる、生まれつきの神経発達症(発達障害)です。
「笑顔」が特徴的な疾患
1965年、イギリスの小児科医ハリー・アンジェルマン博士によって初めて報告されました。
この病気の最大の特徴は、「よく笑い、笑顔が絶えない」こと、そして「人懐っこく、水を好む」**といった独特の行動特性にあります。その様子から、かつては「ハッピー・パペット(幸せな操り人形)症候群」と呼ばれたこともありましたが、現在は蔑称と捉えられるため使われません。代わりに、その愛らしい様子から「エンジェル(天使)」のイメージと重ねて語られることが多くなっています。
- 発生頻度: 約15,000人〜20,000人に1人とされています。男女差や人種差はありません。
- 寿命: 基本的に健康な人と変わらず、天寿を全うできる疾患です。
- 指定難病: 日本では国の指定難病(告示番号201)および小児慢性特定疾病に指定されており、医療費の助成対象となります。
主な症状
アンジェルマン症候群の症状は、年齢とともに変化します。また、個人差もありますが、非常に高い確率(ほぼ100%)で見られる症状と、人によって見られる症状に分けられます。
1. すべての患者さんに見られる特徴(100%)
- 重度の発達の遅れ:
首のすわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動発達がゆっくりです。 - 言葉の遅れ(発語がない):
言葉の理解力(言っていることは分かる)に比べ、言葉を話す力(表出)が弱いです。意味のある単語を数語話せる子もいますが、全く話さないケースも多いです。しかし、ジェスチャーや表情でのコミュニケーションは非常に豊かです。 - 運動・バランスの障害(失調):
歩くときに足を開いてバランスを取りながら歩く(失調性歩行)、手が小刻みに震える、ぎこちない動きをするなどの特徴があります。 - 独特の行動特性:
頻繁に笑う、声を立てて笑う、常に機嫌が良い、手をパタパタさせる、興奮しやすい、注意が移りやすい(多動傾向)などが見られます。
2. 多くの患者さんに見られる特徴(80%以上)
- 小頭症(しょうとうしょう):
生まれた時の頭の大きさは正常ですが、2歳頃から頭の成長が緩やかになり、頭囲が平均より小さくなる傾向があります。 - てんかん発作:
3歳頃までに約80〜90%のお子様で発症します。発作のタイプは様々ですが、年齢とともに頻度は減り、思春期以降は落ち着くことが多いです。 - 特徴的な脳波異常:
てんかん発作がなくても、脳波検査をすると非常に特徴的な波形(三相性波など)が見られ、診断の大きな手助けになります。
3. その他、よく見られる特徴(20〜80%)
- 睡眠障害:
寝付きが悪い、夜中に何度も起きる、睡眠時間が短いなど。ご家族にとって大きな負担となることが多い症状です。 - 水への強い興味:
水遊びが大好きで、蛇口の水やプール、水たまりなどに異常なほど惹きつけられます。 - 口元の特徴:
口が大きい、歯の間が開いている(すきっ歯)、舌を出していることが多い、よだれが多い、物を噛むのが好きなど。 - 色素が薄い:
遺伝子のタイプによっては、家族に比べて髪や皮膚、目の色が薄い(色素低下)ことがあります。 - 後頭部の扁平:
頭の後ろが平ら(絶壁)なことが多いです。 - 便秘:
頑固な便秘になりやすい傾向があります。
原因:15番染色体の不思議
ご家族が最も知りたいことの一つが「原因」です。
アンジェルマン症候群は、15番染色体(15q11-q13)にある「UBE3A(ユビキチンリガーゼ3A)」という遺伝子が、脳の中でうまく働かないことによって起こります。
これには「ゲノム刷り込み(インプリンティング)」という少し複雑な遺伝の仕組みが関わっています。できるだけ分かりやすく解説します。
「母由来」だけが働くルール
人は誰でも、染色体を2本1組(父から1本、母から1本)持っています。
通常、遺伝子は父由来も母由来も両方働きます。しかし、この「UBE3A」という遺伝子に限っては、脳の神経細胞の中では「お母さんから貰った方だけが働き、お父さんから貰った方は眠っている(働かない)」という特別なルールがあります。
つまり、「お母さん由来のUBE3A遺伝子」が何らかの理由で無くなってしまったり、壊れてしまったりすると、代わりがいないため、脳の中でUBE3Aタンパク質が作られなくなってしまいます。 これがアンジェルマン症候群の原因です。
原因となる4つのタイプ
UBE3Aが働かなくなるメカニズムには、主に4つのタイプがあります。どのタイプかによって、症状の重さや、次のお子様への遺伝の確率(再発率)が異なります。
- 欠失型(約70%): 最も多いタイプです。母由来の15番染色体の一部がごっそり抜け落ちています。症状は比較的重い傾向があり、てんかんや色素低下も見られやすいです。
- 片親性ダイソミー(UPD)型(約5%): 2本の15番染色体の両方を「お父さん」から受け継いでしまったケースです。母由来がないため発症します。症状は比較的軽い傾向があります。
- 刷り込み変異(IC欠損)型(約3-5%): 母由来の染色体はあるのですが、「お母さん由来だよ」という目印(スイッチ)が壊れているため、父由来と同じように眠ってしまっている状態です。
- UBE3A変異型(約10%): 母由来の遺伝子はあるのですが、UBE3A遺伝子そのものに傷(変異)が入っていて機能しない状態です。
※残りの約10%は、臨床的にはアンジェルマン症候群に見えますが、遺伝子検査では原因が特定できないケースです(類似疾患の可能性も含みます)。
診断と検査
診断は、特徴的な症状(笑い、発達遅滞、失調など)と、遺伝学的検査、脳波検査を組み合わせて行われます。
1. 脳波検査
アンジェルマン症候群に特徴的な波形(高振幅徐波など)が出るため、遺伝子検査の前に非常に重要な手がかりになります。てんかん発作がなくても異常波形が見られることが多いです。
2. 遺伝学的検査(確定診断)
血液を採取して行います。
- DNAメチル化検査: まず最初に行う検査です。これにより、約80%の患者さん(欠失型、UPD型、刷り込み変異型)を診断できます。
- FISH法 / マイクロアレイ検査: メチル化検査で陽性だった場合、それが「欠失」によるものかどうかを確認します。
- UBE3A遺伝子解析: メチル化検査が陰性でも、症状から強く疑われる場合は、遺伝子の配列を細かく読む検査を行います(UBE3A変異型を見つけるため)。
治療と管理
現在、アンジェルマン症候群を根本的に治す(遺伝子の働きを戻す)治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対する対症療法と療育(ハビリテーション)を行うことで、生活の質を大きく向上させることができます。
1. てんかんの管理
てんかん発作は、放置すると脳の発達に悪影響を与えるため、抗てんかん薬でコントロールします。
- 有効な薬: バルプロ酸、クロナゼパム、レベチラセタムなどがよく使われます。
- 注意すべき薬: カルバマゼピンやビガバトリンなどは、かえって発作を悪化させる可能性があるため、避けるべきとされています(専門医の判断によります)。
2. 睡眠障害の対応
ご家族の負担を減らすためにも重要です。
- 環境調整: 寝る前のルーティンを作る、部屋を暗くする、安全なベッドを用意する。
- 薬物療法: 生活リズムを整えるために、メラトニンや睡眠導入剤を使用することがあります。
3. 運動・身体面のケア
- 理学療法 (PT): バランス感覚を養い、歩行の安定を目指します。側弯(背骨の曲がり)のチェックも定期的に行います。
- 装具療法: 足首が不安定な場合は、インソールや短下肢装具(靴型装具)を作成して歩行を助けます。
4. コミュニケーション支援(言語聴覚療法:ST)
言葉が出なくても、彼らは「伝えたい」気持ちをたくさん持っています。
- AAC(拡大代替コミュニケーション): 絵カード、サイン(ジェスチャー)、タブレット端末(VOCA)などを活用して、意思伝達の手段を確保します。理解力は高いため、こうしたツールを使いこなせるお子様は多いです。
5. 食事・消化器のケア
- 便秘に対しては、水分摂取や薬によるコントロールを積極的に行います。
- 過食や異食(食べ物でないものを口に入れる)が見られる場合は、環境調整が必要です。
臨床試験と研究の最前線(希望の光)
「治療法がない」とお伝えしましたが、実はアンジェルマン症候群は、現在世界中で最も活発に治療薬の研究が進んでいる神経疾患の一つです。
なぜなら、「父由来の眠っているUBE3A遺伝子」を薬で「目覚めさせる」ことができれば、理論上は症状を改善できる可能性があるからです。
現在、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)療法など、いくつかの有望な治療法の臨床試験(治験)が海外や日本で進行中です。数年〜十数年後には、症状を劇的に改善する治療薬が登場する可能性があり、大きな希望となっています。

日々の生活での注意点
- 水への事故防止:
水への執着が強いため、お風呂場や洗濯機、トイレ、屋外の水路や池などでの事故に十分注意が必要です。鍵をかけるなどの物理的な対策が必須です。 - 熱中症対策:
体温調節が苦手で、熱がこもりやすいお子様が多いです。夏場はこまめな水分補給と室温管理が必要です。 - 行動面:
嬉しい時に興奮して、髪を引っ張ったり、叩いたりしてしまうことがあります。これは攻撃性ではなく、コミュニケーションの一種であることも多いです。「ダメ」と叱るだけでなく、別の表現方法(手を握るなど)を教えてあげることが大切です。
まとめ
ここまでの重要ポイントを振り返ります。
- アンジェルマン症候群は、15番染色体のUBE3A遺伝子の機能不全による疾患です。
- 主な症状は、笑顔、重度の知的障害、言葉の遅れ、失調、てんかんです。
- 原因には4つのタイプ(欠失、UPD、刷り込み変異、UBE3A変異)があり、遺伝カウンセリングで確認することが重要です。
- 寿命は正常で、大人になっても笑顔の絶えない愛すべき存在です。
- 治療は、てんかん管理と療育が中心ですが、将来的な根本治療の研究が進んでいます。
家族へのメッセージ
診断を受けたばかりの今、親御さんは「一生話せないなんて」「自立できないなんて」と、絶望感に襲われているかもしれません。その悲しみや不安は、親として当然の感情です。無理に前向きになる必要はありません。
しかし、先輩家族の多くが口を揃えて言うことがあります。
それは、「この子は、家族に計り知れないほどの幸せと笑顔を運んできてくれた」ということです。
アンジェルマン症候群のお子様たちは、裏表のない純粋な心を持っています。彼らが声を上げて笑うとき、周りの大人もつられて笑ってしまいます。言葉はなくても、強いハグや満面の笑みで「大好き」を伝えてくれます。彼らは「愛される天才」であり、「愛する天才」でもあります。
一人ではありません
日本には「エンジェルの会(アンジェルマン症候群親の会)」という大きな家族会があり、活発に情報交換や交流が行われています。
悩みや不安を共有できる仲間がいることは、何よりの支えになります。
未来は変わりつつあります
医療の進歩は目覚ましく、コミュニケーションツールや支援機器も進化しています。
お子様の「できないこと」ではなく、「できること」「好きなこと」に目を向けてください。その笑顔を守るために、医師や療法士、福祉スタッフ、そして同じ境遇の仲間たちがチームとなってあなたを支えます。
焦らず、一歩ずつ。
最高にキュートな「天使」との生活を、ご自身のペースで歩んでいってください。
次のアクション
この記事を読んで、さらに具体的な行動に移したい場合は、以下を検討してみてください。
- 専門医との連携:
てんかんのコントロールや睡眠障害について、小児神経科医とよく相談しましょう。 - 療育の開始:
お住まいの自治体の福祉窓口で、児童発達支援(療育)や「受給者証」の申請について相談しましょう。 - 家族会へのアクセス:
「エンジェルの会」などのホームページを訪れ、情報誌を読んだり、先輩家族の体験談に触れたりしてみましょう。 - 遺伝カウンセリング:
次のお子様を考えている場合や、原因について詳しく知りたい場合は、臨床遺伝専門医によるカウンセリングを受けることをお勧めします。
