フェラン・マクダーミド症候群(Phelan-McDermid Syndrome)

妊婦

フェラン・マクダーミド症候群(PMS)という診断名を聞き、あるいは医師からその疑いがあると言われ、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。

聞き慣れない病名に、戸惑いや不安を感じていらっしゃるかもしれません。この病気は「希少疾患(きしょうしっかん)」の一つであり、一般的な育児書には載っていません。インターネットで検索しても、専門的な遺伝子の話ばかりが出てきて、具体的な生活のイメージが湧きにくいことが、不安を大きくさせている要因かもしれません。

しかし、近年、遺伝子解析技術の進歩により、この症候群の診断を受ける方は増えており、世界中で研究が急速に進んでいます。

かつては「原因不明の発達遅滞」とされていたお子さんの中に、この診断名がつくことで、適切なサポートにつながるケースが増えています。

まず最初にお伝えしたいのは、診断名はあくまでその子の「体質の一部」を表すものに過ぎないということです。

お子さんは「症候群」そのものではありません。豊かな感情を持ち、ご家族を愛し、愛される、かけがえのない一人の人間です。

あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。

概要:どのような病気か

フェラン・マクダーミド症候群(Phelan-McDermid Syndrome:略してPMS)は、先天性の(生まれつきの)遺伝子の変化によって起こる疾患です。

別名

以前は、原因となる染色体の場所から「22q13(ニジュウニ・キュー・ジュウサン)欠失症候群」と呼ばれていました。

その後、この病気を詳しく研究したケイティ・フェラン博士(Dr. Katy Phelan)とヘザー・マクダーミド博士(Dr. Heather McDermid)の名前にちなんで、現在の名称が使われるようになりました。

どのような病気か一言で言うと

「22番染色体の端っこが失われる(欠失する)、あるいはその場所にある特定の遺伝子に変異が起きることで、全体的な発達の遅れ、言葉の遅れ、筋肉の低緊張などが見られる病気」です。

発生頻度

希少疾患とされていますが、正確な頻度はわかっていません。

症状が自閉スペクトラム症(ASD)や知的障害と重なる部分が多いため、診断されていない(検査を受けていない)方が相当数いらっしゃると考えられています。自閉スペクトラム症知的障害のある方のうち、約1〜2%程度がこの症候群であるという研究報告もあります。

指定難病

日本では「22q13欠失症候群」として、国の指定難病(指定難病205「染色体欠失症候群」の一部など)や小児慢性特定疾病の対象となる場合があります。申請には重症度の基準などがあるため、主治医やソーシャルワーカーへの相談が必要です。

主な症状

フェラン・マクダーミド症候群の症状は、神経系を中心に全身に現れますが、その程度には個人差が非常に大きいです。

全く歩けないお子さんもいれば、元気に走り回るお子さんもいます。言葉が出ないお子さんもいれば、会話ができるお子さんもいます。

以下に挙げるのは、比較的多くの方に見られる共通した特徴です。

1. 筋緊張低下(フロッピーインファント)

生まれた直後から乳児期にかけて、最初に見つかることが多いサインです。

筋肉の張りが弱く、抱っこした時に体がふにゃふにゃして柔らかく感じます。

これにより、首すわり、寝返り、お座り、歩行などの運動発達のマイルストーンが、一般的なお子さんよりもゆっくりになります。

多くのお子さんは最終的に歩行を獲得しますが、疲れやすかったり、バランスが悪かったりすることがあります。

2. 知的発達とコミュニケーション

知的発達症(知的障害

多くの場合、中等度から重度の知的障害を伴います。

重度の言語発達遅滞

これがPMSの最も大きな特徴の一つです。

こちらの言っていることを理解する力(受容言語)に比べて、自分から話す力(表出言語)が苦手な傾向があります。

発語(おしゃべり)が全くない、あるいは単語がいくつか出る程度の場合が多いですが、ジェスチャーや絵カード、タブレット端末などを使ってコミュニケーションを取ることは可能です。

3. 自閉スペクトラム症(ASD)様の特性

PMSと診断される方の多く(約75%以上)が、自閉スペクトラム症の診断基準も満たすと言われています。

人との関わりが独特(目が合いにくい、呼んでも振り向かない)。

こだわりが強い。

感覚過敏(音や光に敏感)あるいは感覚鈍麻(痛みや温度に鈍感)。

手をパタパタさせたり、体を揺らしたりする常同行動。

ものを口に入れたがる(異食)傾向。

これらの特性が見られます。

4. 特徴的なお顔立ちと身体的特徴

お顔立ち

成長とともに、いくつかの共通した特徴が見られることがあります。

まつ毛が長い。

眉毛が濃い。

耳が大きめで、位置が少し低い。

鼻が少し上向きで、鼻筋が平ら。

顎(あご)が少し尖っている。

これらは「病気の顔」というよりも、ご家族に似ている要素も混ざった、その子らしい愛嬌のあるお顔立ちです。

手足の特徴

手が大きめで、ふっくらしている(肉厚)。

足の爪の発育が悪かったり、薄かったりする(足趾爪形成不全)。

足の裏が扁平足である。

5. 痛覚鈍麻(痛みに強い)

痛みをあまり感じない、あるいは痛みの感じ方が鈍いという特徴があります。

転んで怪我をしても泣かない、熱いものを触っても平気でいる、といったことがあります。

これは、怪我や病気(中耳炎や骨折など)の発見が遅れる原因になるため、ご家族が注意深く体をチェックしてあげる必要があります。

6. てんかん発作

約30〜40%の患者さんに、てんかん発作が見られます。

発症時期は小児期から思春期、成人期まで幅広いです。

ぼーっとするだけの発作もあれば、全身をガクガクさせる発作もあります。発作が起きると、一時的に発達が停滞したり、できていたことができなくなったり(退行)することがあるため、適切な治療が重要です。

7. その他の症状

腎臓の異常

水腎症(腎臓が腫れる)や、腎臓の形の問題が見られることがあります。

消化器症状

便秘、下痢、胃食道逆流(吐き戻し)などがよく見られます。特に周期的な嘔吐を繰り返す(周期性嘔吐症候群)ことがあります。

睡眠障害

寝付きが悪い、夜中に何度も起きるなど、睡眠のリズムが整いにくいことがあります。

リンパ浮腫

足などがむくみやすい体質を持つことがあります。

原因

なぜ、このような多様な症状が現れるのでしょうか。その原因は、脳の神経伝達に関わる重要な遺伝子の変化にあります。

22番染色体の欠失とSHANK3遺伝子

人間の細胞には23対(46本)の染色体があります。

フェラン・マクダーミド症候群の原因は、22番染色体の長腕(長い方のアーム)の端っこ(22q13.3という場所)が欠けてなくなってしまう(欠失)ことです。

この欠失した部分には、多くの遺伝子が含まれていますが、その中で最も症状に影響を与えているのが「SHANK3(シャンクスリー)」という遺伝子です。

また、染色体の欠失はなく、このSHANK3遺伝子そのものに小さな変異(点変異)がある場合も、同じ症状が現れ、フェラン・マクダーミド症候群と診断されます。

SHANK3遺伝子の役割:脳のシナプスをつなぐ

SHANK3遺伝子は、脳の神経細胞同士がつながる場所である「シナプス」で働くタンパク質を作ります。

少し難しい話になりますが、神経細胞同士は直接くっついているのではなく、シナプスという隙間を介して情報をやり取りしています。

SHANK3タンパク質は、このシナプスの受け手側(後シナプス)で、足場(スキャフォールド)のような役割をしています。

家を建てるときの「骨組み」や「土台」をイメージしてください。この骨組みがしっかりしていないと、他の重要な部品(受容体など)が正しい場所に配置されず、神経の情報伝達がうまくいかなくなります。

PMSの患者さんでは、このSHANK3タンパク質が不足しているため、シナプスの構造が弱くなり、脳の神経回路がうまく働かなくなっていると考えられています。

遺伝について

非常に重要な点ですが、フェラン・マクダーミド症候群のほとんど(約80%以上)は、「突然変異(de novo変異)」によるものです。

つまり、ご両親から遺伝したものではなく、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で、偶然に染色体の一部が切れてしまったり、遺伝子が変化したりしたものです。

「妊娠中のお母さんの行動が悪かった」とか「家系のせい」といったことは一切ありません。誰のせいでもない、生命の神秘的なプロセスの中で偶然起きた変化です。

ただし、稀に(約20%以下)、ご両親のどちらかが「均衡型転座」などの染色体の特徴を持っていて、それがきっかけで遺伝的に生じることがあります。

そのため、次のお子さんを考える際などには、遺伝カウンセリングで詳しく相談することをお勧めします。

医者

診断と検査

診断は、特徴的な症状の観察だけでは難しいため、遺伝学的検査によって確定されます。

1. 染色体マイクロアレイ検査(CMA)

現在、最も一般的に行われている検査です。

血液を採取し、染色体全体を細かくスキャンします。通常の染色体検査(Gバンド法)では見つけられないような、微細な欠失(マイクロデリーション)を見つけることができます。

これにより、22番染色体の端っこが欠けていることがわかれば診断がつきます。

2. その他の遺伝子解析

全エクソーム解析(WES)など

染色体の欠失は見つからないけれど、症状からPMSが強く疑われる場合、SHANK3遺伝子そのものに変異がないかを詳しく調べます。近年の技術進歩により、この方法で見つかるケースも増えています。

3. 補助的な検査

MRI検査

脳の構造を確認します。脳梁(のうりょう)が薄かったり、クモ膜嚢胞(のうほう)があったりすることがありますが、特異的な所見ではありません。

脳波検査

てんかんの有無を調べるために重要です。

腎エコー

腎臓の形や尿路の異常がないか確認します。

治療と管理

現在の医学では、失われた染色体を元に戻したり、SHANK3遺伝子を修復したりする根本的な治療法はまだ確立されていません。

しかし、それぞれの症状に対応する「対症療法」と、能力を引き出す「療育(リハビリテーション)」を行うことで、お子さんの健やかな成長を支え、生活の質(QOL)を高めることができます。

1. 療育(リハビリテーション)

早期からの療育は、脳の発達を促すために非常に効果的です。

理学療法(PT)

筋肉の低緊張や、運動発達の遅れに対してアプローチします。お座りの練習、立ち上がり、歩行訓練などを行い、体を動かす楽しさを教えます。インソール(足底板)やハイカットシューズを使って足首を支えることもあります。

作業療法(OT)

手先の動き(微細運動)を促したり、感覚統合療法(ブランコやボールプールなど)を行ったりします。感覚の過敏さや鈍感さに対して、適切な刺激を与えることで落ち着きを取り戻す手助けをします。

言語聴覚療法(ST)とコミュニケーション支援

ここが生活の質を上げる鍵となります。

言葉を話すことが難しくても、彼らには「伝えたい気持ち」があります。

AAC(拡大代替コミュニケーション):絵カード、ジェスチャー、サイン、そしてiPadなどのタブレット端末(VOCAアプリ)を活用して、意思表示をする方法を練習します。

「お腹すいた」「トイレ」「遊びたい」といった要求を伝えられるようになると、かんしゃくなどの行動障害が減ることが多いです。

2. 医療的なケア(対症療法)

てんかんの治療

発作がある場合は、脳波検査の結果に合わせて抗てんかん薬を使用します。発作をコントロールすることは、発達の「退行(できていたことができなくなる)」を防ぐためにも重要です。

睡眠の管理

メラトニンなどの睡眠導入剤を使ったり、生活リズムを整えたりして、良質な睡眠を確保します。睡眠不足は、行動の問題(かんしゃくなど)を悪化させる大きな要因です。

消化器の管理

便秘に対しては、緩下剤(便を柔らかくする薬)を使い、排便コントロールを行います。

周期性嘔吐症候群がある場合は、点滴治療などが必要になることもあります。

温度管理

体温調節が苦手なことがあるため、夏場の熱中症対策(水分補給、エアコン)や、冬場の保温には注意が必要です。痛みに鈍感なため、怪我のチェックも欠かせません。

退行(スキルロス)への対応

思春期から成人期にかけて、ストレスや病気、環境の変化などをきっかけに、今までできていた言葉や動作ができなくなる「退行」や、精神的な不調(緊張病など)が見られることがあります。

急激な変化が見られた場合は、早めに専門医(精神科、神経内科)に相談し、環境調整や薬物療法を検討します。

3. 研究の最前線

現在、世界中でSHANK3遺伝子の機能を補うようなお薬(インスリン様成長因子1:IGF-1など)や、遺伝子治療の研究が進められています。

まだ一般的に使える段階ではありませんが、治験も行われており、将来的な治療の選択肢として大きな期待が寄せられています。

まとめ

フェラン・マクダーミド症候群(PMS)についての解説をまとめます。

病気の本質

22番染色体の欠失またはSHANK3遺伝子の変異により、脳のシナプスのつながりが弱くなる先天性の疾患です。

主な特徴

筋緊張低下、重度の言葉の遅れ、中等度〜重度の知的障害自閉スペクトラム症様の特性、痛みに強いことなどが特徴です。

原因

多くは突然変異(de novo)であり、親のせいではありません。

診断

染色体マイクロアレイ検査などの遺伝学的検査で確定します。

治療方針

てんかんや睡眠障害などの合併症管理と、コミュニケーション支援を中心とした療育が生活を支えます。根本治療の研究も進んでいます。

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