グラス症候群(Glass Syndrome / SATB2関連症候群)

医者

医師から「グラス症候群」あるいは「SATB2関連症候群」という、あまり聞き慣れない診断名を告げられ、情報を求めてこのページにたどり着いたご家族の皆様へ。

生まれたばかりの赤ちゃん、あるいは言葉の遅れが気になり始めたお子様の診断を受け、驚きとともに、これからどのような成長をたどるのかという大きな不安の中にいらっしゃることと思います。特に、この病気は希少疾患と呼ばれる患者数の少ない病気の一つであり、日本語で書かれた詳しい情報がインターネット上でも見つかりにくく、孤独を感じている方も多いのではないでしょうか。

グラス症候群は、生まれつきの遺伝子の変化によって引き起こされる体質です。特に、言葉を話すことの難しさや、前歯が少し大きいといった特徴、そして明るく人懐っこい性格などがよく見られます。

かつては「グラス症候群」という名前で呼ばれていましたが、医学の進歩により原因となる遺伝子が特定されたため、現在では世界的に「SATB2関連症候群」と呼ばれることが一般的になっています。診断書にはこちらの名前が書かれていることも多いでしょう。

概要:どのような病気か

グラス症候群は、1989年にイアン・グラス医師らによって初めて報告されたことから、その名がつけられました。その後、遺伝子解析技術の進歩により、第2番染色体にあるSATB2という遺伝子の変化が原因であることが判明し、現在ではSATB2関連症候群という名称が広く使われています。

この病気は、体の設計図の一部に変化が生じたことで、脳や骨、歯などの発達に影響が出る疾患です。

頻度は正確には分かっていませんが、非常に稀な病気であることは間違いありません。しかし、近年の検査技術の普及により、原因不明の知的障害や発達遅滞とされていたお子さんの中に、この症候群の方が一定数含まれていることがわかってきており、診断される患者さんの数は世界的に増えてきています。

この病気の最大の特徴は、言葉の表出、つまり「お話しすること」に大きな困難を伴う点です。しかし、言葉が出にくい一方で、相手の言っていることを理解する力は比較的保たれていることが多く、ニコニコとした笑顔が魅力的な、愛嬌のあるお子さんが多いのも特徴です。

命に関わるような重篤な心臓病などを合併することは比較的少なく、適切な健康管理を行うことで、元気に成人期を迎えることができます。

主な症状

グラス症候群(SATB2関連症候群)の症状は、お子さんによって一人ひとり異なりますが、多くの患者さんに共通してみられるいくつかの特徴があります。ここでは、代表的な症状について詳しく解説します。

1. 言葉とコミュニケーションの特徴

ご家族が最も心配される点の一つが、言葉の発達です。

この病気のお子さんは、言葉を話すこと(表出言語)が非常に苦手な傾向があります。

全く言葉が出ないお子さんもいれば、「ママ」「ワンワン」などの単語や、短い文章を話せるようになるお子さんもいます。言葉が出るようになる時期も、一般的な発達よりゆっくりになることが多いです。

しかし、重要なのは「話せない=理解していない」ではないということです。

彼らは、周囲の人が話している内容や状況を、言葉にする能力以上に深く理解していることがよくあります。伝えたいことはたくさんあるのに、声に出してうまく伝えられない。そのもどかしさから、かんしゃくを起こしてしまうこともあります。

2. 口と歯の特徴

お顔や口元に、この病気特有のサインが現れることがあります。

最も特徴的なのが、上の前歯2本が大きく、幅広であることです。これを巨大歯と呼ぶこともあります。

その他にも、以下のような特徴が見られることがあります。

口蓋裂(こうがいれつ):上あごの天井部分が割れている状態です。

高口蓋(こうこうがい):上あごの天井部分がドーム状に高く持ち上がっている状態です。

小顎症(しょうがくしょう):あごが小さい状態です。

よだれが多い:飲み込む機能の発達がゆっくりであることや、口の形状が関係しています。

歯の生え変わりや噛み合わせに問題が出やすいため、歯科でのケアがとても大切になります。

3. 知的な発達と行動

知的発達には個人差がありますが、中等度から重度の知的障害を伴うことが多いとされています。

運動面では、首がすわる、お座りをする、歩き始めるといった発達のマイルストーンがゆっくりになります。歩き始めが2歳前後になることも珍しくありませんし、少し不安定な歩き方をすることもあります。

行動面での特徴として、とても人懐っこく、明るい性格であることが挙げられます。これは「ハッピー・デメナー(幸福な振る舞い)」と呼ばれることもあり、アンジェルマン症候群という別の病気と似ている点です。

一方で、気分の切り替えが苦手だったり、こだわりが強かったりする一面もあります。

4. 骨の症状

SATB2遺伝子は、骨を作る細胞の働きにも関わっています。そのため、骨が弱くなりやすいという特徴があります。

骨密度が低下する骨減少症や、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)のリスクが高くなります。

骨がもろいため、ちょっとした転倒で骨折しやすかったり、背骨が曲がる側弯症や後弯症が見られたりすることがあります。幼少期からの骨の健康管理は、この病気において非常に重要なポイントです。

5. その他の身体症状

摂食・嚥下の問題:赤ちゃんの頃、ミルクを飲む力が弱かったり、むせやすかったりすることがあります。

睡眠障害:寝付きが悪かったり、夜中に何度も起きてしまったりすることがあります。

発育:身長や体重の伸びがゆっくりで、小柄な体格になることがあります。

原因

なぜ、言葉が出にくかったり、骨が弱くなったりするのでしょうか。その原因は、遺伝子の働きを詳しく見ることで理解できます。

SATB2遺伝子の役割

この病気の原因は、第2番染色体にある「SATB2(サット・ビーツー)」という遺伝子の変異です。

人間の体は、たくさんの遺伝子という設計図をもとに作られています。SATB2遺伝子は、その中でも特に重要な「指揮者」のような役割を果たしています。

この遺伝子は、脳(特に大脳皮質という部分)が作られるときに、神経細胞が正しい場所に移動して、正しくつながるように指令を出します。また、あごや口の中の骨、そして全身の骨が作られるときにも、細胞に対して「骨になりなさい」という重要な指令を出しています。

遺伝子の変化(変異)

グラス症候群の患者さんでは、このSATB2遺伝子の一部が欠けていたり、配列の文字が書き換わっていたりします。

すると、指揮者であるSATB2タンパク質がうまく作られなくなったり、機能しなくなったりします。その結果、脳の神経回路の形成や、骨の形成に対する指令が十分に届かず、言葉の遅れや歯の特徴、骨の弱さといった症状が現れるのです。

遺伝について

多くのご家族が「親から遺伝したのか?」「妊娠中の過ごし方が悪かったのか?」とご自身を責めてしまわれます。

しかし、グラス症候群(SATB2関連症候群)のほとんどのケースは、新生突然変異(de novo変異)によるものです。

これは、ご両親の遺伝子には全く異常がなく、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精した直後の細胞分裂の段階で、偶然にSATB2遺伝子に変化が起きたことを意味します。

つまり、ご両親のどちらかのせいで遺伝したわけではありません。また、妊娠中の食べ物、お薬、ストレス、環境などが原因で起きるものでも決してありません。誰にでも起こりうる、生命の誕生における偶然の現象なのです。

ごく稀に、親御さんが症状のないまま遺伝子の変化を持っていて遺伝するケースもありますが、これは非常に珍しい例外です。次のお子さんへの影響などが心配な場合は、遺伝カウンセリングで専門家に相談することをお勧めします。

赤ちゃん

診断と検査

診断は、特徴的な症状の観察と、遺伝子検査によって行われます。

臨床診断

医師は、以下のような特徴がある場合にこの病気を疑います。

言葉の遅れが顕著である(特に話すこと)。

上の前歯が大きいなどの特徴的な歯の所見がある。

人懐っこい性格である。

しかし、見た目だけで診断を確定することは難しいため、遺伝子検査へ進むことが一般的です。

遺伝学的検査

確定診断のためには、血液を採取してDNAを調べる検査が必要です。

染色体マイクロアレイ検査(CMA)

染色体の微細な欠失などを調べる検査です。SATB2遺伝子を含む領域がごっそりと欠けているタイプの変異であれば、この検査で見つけることができます。

全エクソーム解析(WES)

遺伝子のうち、タンパク質を作る重要な部分を網羅的にすべて解読する検査です。SATB2遺伝子の中のたった1文字の変化(点変異)など、微細な変化も見つけることができます。近年、この検査技術が広まったことで、診断されるお子さんが増えてきました。

これらの検査でSATB2遺伝子の変異が見つかれば、診断が確定します。

治療と管理

現在の医学では、遺伝子の変化そのものを修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。

しかし、それぞれの症状に対して適切な治療(対症療法)とサポート(療育)を行うことで、お子さんの持っている力を最大限に引き出し、健康で豊かな生活を送ることは十分に可能です。

1. 言葉とコミュニケーションの支援

早期からの言語聴覚療法(ST)が非常に重要です。

言葉で話すことが難しい場合でも、コミュニケーションを取りたいという意欲は旺盛です。そのため、言葉だけに頼らない代替コミュニケーション手段(AAC)の活用が推奨されます。

サイン言語(手話):簡単なジェスチャーを使って意思を伝えます。

絵カード:伝えたいことの絵を指差して伝えます。

タブレット端末:音声出力装置やアプリを使って、ボタンを押すことで代わりに話してもらう方法です。

これらを使うことで、「伝わった!」という喜びを感じ、かんしゃくが減ったり、コミュニケーション能力が飛躍的に伸びたりすることがあります。

2. 歯科治療と口腔ケア

定期的な歯科検診が欠かせません。

前歯が大きいことや、あごが小さいことによる歯並びの問題に対しては、矯正治療を検討することもあります。

また、口蓋裂がある場合は、形成外科での手術や、言葉の発音を助けるための治療が行われます。よだれが多い場合には、お薬でコントロールしたり、口周りの筋肉のマッサージを行ったりすることもあります。

3. 骨の健康管理

骨が弱くなりやすいため、定期的に骨密度検査(DEXA法など)を受けることが推奨されます。

栄養面では、カルシウムとビタミンDを十分に摂ることが大切です。血液検査でビタミンDの値をチェックし、不足している場合はサプリメントやお薬で補充します。

また、適度な運動は骨を強くするために役立ちますが、転倒による骨折には注意が必要です。

4. 発達支援と療育

お子さんの発達段階に合わせた療育を受けます。

理学療法(PT):体のバランス感覚や筋力を養い、歩行などの運動発達を促します。

作業療法(OT):手先の器用さや、食事・着替えなどの日常動作の練習をします。感覚遊びなどを通じて、気分の切り替えを練習することもあります。

5. 教育と生活環境

就学に際しては、地域の小学校の特別支援学級や、特別支援学校など、お子さんのペースで安心して学べる環境を選びます。

学校や家庭では、絵や写真を使って予定を示す視覚支援を行うと、見通しが持てて安心して過ごせるようになることが多いです。

まとめ

グラス症候群(SATB2関連症候群)についての重要なポイントを振り返ります。

  • 病気の本質: SATB2遺伝子の変化により、脳や骨の形成に影響が出る生まれつきの体質です。
  • 主な症状: 言葉を話すことの困難さ、大きな前歯、骨の弱さ、そして明るく人懐っこい性格が特徴です。
  • コミュニケーション: 話すことは苦手でも、理解する力はあります。絵カードやタブレットなどのツールを使うことで、意思疎通がスムーズになります。
  • 原因: 多くは突然変異によるもので、親のせいではありません。
  • 管理の鍵: 言語療法、歯科ケア、骨密度のチェックが健康管理の柱となります。

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