医師から「発作性運動失調症9型」あるいは「EA9」という聞き慣れない診断名を告げられ、情報を求めてこのページにたどり着いたご家族の皆様へ。
お子様やご自身がこの診断を受け、驚きとともに、これからどのような生活になるのかという大きな不安の中にいらっしゃることと思います。特にこの病気は、世界的に見ても報告数が限られている希少疾患の一つであり、日本語で書かれた詳しい情報はインターネット上でも非常に少ないのが現状です。そのため、具体的にどうすればよいのか分からず、孤独を感じてしまっている方もいるかもしれません。
発作性運動失調症9型は、遺伝子の変化によって、一時的に体のバランスが取りにくくなったり、ふらついたりする発作を繰り返す病気です。普段は元気に過ごせることも多いため、周囲に辛さが伝わりにくいという側面もあります。しかし、近年の遺伝子研究の進歩により、原因となる遺伝子が特定され、どのようなメカニズムで症状が起きるのかが少しずつ分かってきました。
概要:どのような病気か
発作性運動失調症は、英語でEpisodic Ataxiaと表記され、医療現場では頭文字をとってEA(イーエー)と呼ばれます。その後に続く数字は、原因となる遺伝子の発見順や種類によって分類された型を表しており、9型はその中の一つです。
この病気の全体像を理解するために、病名を分解して解説します。
発作性とは、症状がずっと続いているのではなく、ある時突然現れて、しばらくすると消えるという性質を指します。
運動失調とは、手足の麻痺はないのに、筋肉を協調させて動かすことが難しくなり、バランスが取れなくなったり、動きがぎこちなくなったりする状態のことです。酔っ払って千鳥足になっている状態をイメージすると分かりやすいかもしれません。
つまり、普段は普通に動けるのに、突然スイッチが入ったようにふらつきやめまいなどの症状が現れ、また元の状態に戻るというエピソードを繰り返す病気です。
発作性運動失調症には1型から数多くの型が存在しますが、その中でも9型は、SCN2A(エスシーエヌツーエー)という特定の遺伝子の変化に関連していることが分かっています。この遺伝子は、てんかんなどの他の神経疾患とも深く関わっている重要な遺伝子です。
非常に稀な病気であるため、専門医であっても頻繁に出会うものではありません。しかし、適切な診断を受けることで、症状を和らげる薬が見つかる可能性や、生活の中で避けるべき誘因が明確になる可能性があります。
主な症状
発作性運動失調症9型の症状は、人によって重さや頻度が異なりますが、最大の特徴は「発作的に現れる運動失調」です。また、この9型には、他の型とは少し異なる特徴的な経過が見られることがあります。
1. 運動失調の発作
この病気の中心となる症状です。以下のような症状が数分から数時間、時には数日にわたって続くことがあります。
- 歩行の障害
まっすぐ歩けなくなる、足がもつれる、ふらふらして転びそうになるといった症状が出ます。ひどい場合には、支えがないと立てなくなることもあります。 - バランス感覚の低下
座っていても体がグラグラしたり、姿勢を保つのが難しくなったりします。 - 言葉の話しにくさ
構音障害といって、ろれつが回らなくなったり、話し方がたどたどしくなったりすることがあります。 - 手の使いにくさ
字を書く、箸を使う、ボタンを留めるといった細かい動作がぎこちなくなり、手が震えることもあります。
2. めまいと眼振
運動失調とセットで現れることが多いのが、めまいや目の異常です。
天井がぐるぐる回るような回転性のめまいを感じたり、乗り物酔いのような気持ち悪さを伴ったりすることがあります。
また、眼振といって、本人の意思とは関係なく眼球が小刻みに揺れる症状が見られることもあります。これにより、物が揺れて見えたり、視点が定まりにくくなったりします。
3. 発作に伴うその他の症状
発作中には、以下のような症状を伴うことがあります。
- 頭痛(片頭痛のようなズキズキする痛み)
- 吐き気や嘔吐
- 耳鳴り
- 全身の脱力感
4. 9型に特徴的な経過:てんかん発作の既往
発作性運動失調症9型の大きな特徴として、乳児期(生まれてから1歳くらいまで)に、てんかん発作を起こした経験を持つ患者さんが多いことが挙げられます。
多くのケースでは、赤ちゃんの頃にけいれん発作があり、それは成長とともに落ち着いて消失します。そして、その後しばらくしてから、あるいは入れ替わるようにして、幼児期や学童期になってから今回のような運動失調の発作が現れ始めます。
もちろん、すべての患者さんにこの経過が当てはまるわけではありませんが、過去のてんかんの病歴は診断の重要な手がかりとなります。
5. 発作の間(間欠期)の状態
発作が起きていない時は、症状が全くなくなり、健康な人と同じように生活できる方もいます。一方で、発作がない時でも、軽いふらつきや眼振が残る方もいます。また、慢性的な頭痛持ちである方も少なくありません。
原因
なぜ、突然バランスが取れなくなったり、赤ちゃんの頃にてんかんがあったりするのでしょうか。その原因は、脳の神経細胞にある「電気信号のスイッチ」の不具合にあります。
SCN2A遺伝子の変異
発作性運動失調症9型の原因は、第2番染色体にあるSCN2Aという遺伝子の変異です。
この遺伝子は、脳の神経細胞が情報を伝えるために必要な「ナトリウムチャネル」という部品の設計図となっています。
人間の脳や神経は、電気信号を使って情報をやり取りしています。この電気信号を生み出すために、細胞の外にあるナトリウムイオンを細胞の中に取り込むための小さな通り道、つまりドアのようなものが存在します。これがナトリウムチャネルです。
SCN2A遺伝子は、主に脳の中に存在するNav1.2という名前のナトリウムチャネルを作っています。
チャネル病(チャネルオパチー)
遺伝子の変異によって、このナトリウムチャネルの形や働きが少し変わってしまうと、電気信号の調節がうまくいかなくなります。
例えば、ドアが開きやすくなりすぎて電気が流れすぎてしまったり、逆に開きにくくなったりします。
赤ちゃんの頃は、この電気信号の乱れが「てんかん発作」として現れやすい時期です。そして脳が成長して神経のネットワークが変わっていくにつれて、影響の出方が変わり、小脳というバランスをつかさどる部分の働きが一時的に乱れることで「運動失調」として現れるようになると考えられています。
このように、イオンチャネルの異常によって起きる病気を総称して「チャネル病」と呼びます。
誘因(トリガー)の存在
チャネル病の特徴として、普段はなんとかバランスを保っていても、何らかのストレスがかかると機能が保てなくなり、発作が起きることがあります。
発作性運動失調症全般において、以下のようなものが発作の引き金(トリガー)になりやすいと知られています。
- 精神的なストレス(緊張、不安、興奮など)
- 身体的な疲労、睡眠不足
- 急な運動や動作
- 発熱や体調不良
- カフェインやアルコールの摂取
- 気圧や気温の変化
9型において何が特定のトリガーになるかは個人差がありますが、自分の発作がどのような時に起きやすいかを知ることは、予防のために非常に重要です。
遺伝のしくみ
この病気は「常染色体顕性遺伝(以前の優性遺伝)」という形式をとることが多いです。
これは、両親のどちらかが同じ遺伝子の変異を持っている場合、50パーセントの確率でお子さんに伝わるというものです。
しかし、必ずしも親から受け継ぐわけではありません。ご両親は健康で遺伝子にも異常がなく、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起きた「新生突然変異」によるケースも多くあります。
遺伝子の変化は誰にでも起こりうる自然な現象であり、誰のせいでもありません。

診断と検査
発作性運動失調症は、症状だけでは診断が難しく、他の病気ではないことを確認する除外診断と、遺伝子検査が重要になります。
1. 問診と神経学的診察
医師は、どのような症状が、いつから、どのくらい続き、何がきっかけで起きるかを詳しく聞き取ります。
特に、以下の点は診断の手がかりになります。
- 発作的に繰り返していること
- 発作がない時は比較的元気であること
- 赤ちゃんの頃にけいれん発作があったかどうか
- 家族に似たような症状の人がいるかどうか(頭痛持ちやめまい持ちなども含む)
診察では、目の動き(眼振の有無)や、歩き方、手足の動きのチェックを行います。
2. 画像検査(MRI検査)
脳のMRI検査を行い、小脳や脳幹といったバランスに関わる部分に異常がないかを確認します。
発作性運動失調症では、画像上は明らかな異常が見られないことも多いですが、小脳が少し小さくなっている小脳萎縮が見られる場合もあります。脳腫瘍や脳梗塞などの他の病気を否定するために重要な検査です。
3. 脳波検査
てんかんの合併がないか、あるいは意識を失うような発作がてんかんによるものではないかを確認するために行われます。過去にてんかんがあった場合でも、現在は脳波が正常化していることもあります。
4. 血液検査と遺伝学的検査
一般的な血液検査で診断することはできませんが、確定診断のためには遺伝子検査が最も確実な方法です。
血液からDNAを取り出し、SCN2A遺伝子に変異があるかどうかを調べます。
ただし、SCN2A遺伝子の変異は、発作性運動失調症だけでなく、良性のてんかんから重度の発達性てんかん性脳症まで、非常に幅広い症状を引き起こすことが知られています。そのため、変異が見つかったとしても、それが現在の症状とどう結びついているかは、専門医による慎重な判断が必要です。
治療と管理
遺伝子の変化そのものを治す根本的な治療法はまだ確立されていませんが、発作の回数を減らしたり、症状を軽くしたりするための薬物療法と、生活の中での工夫が治療の柱となります。
1. 薬物療法
発作性運動失調症に対して、効果が期待できるお薬がいくつかあります。
- アセタゾラミド(ダイアモックスなど)
これはもともと利尿剤や緑内障の薬として使われているものですが、脳内のpH(酸性・アルカリ性のバランス)を調整する作用があり、多くの発作性運動失調症の患者さんに効果があることが知られています。9型の患者さんでも、この薬によって発作が減ったり軽くなったりするケースが報告されています。 - ナトリウムチャネル遮断薬
SCN2A遺伝子はナトリウムチャネルに関係しているため、その働きを調節するてんかんのお薬(フェニトイン、カルバマゼピン、ラコサミドなど)が有効な場合があります。どの薬が合うかは、遺伝子の変異のタイプ(機能が亢進しているのか低下しているのか)や個人の体質によって異なるため、医師と相談しながら調整します。
これらの薬には副作用もあるため、定期的な血液検査などで体調を確認しながら服用を続けます。
2. 誘因(トリガー)の回避
薬と同じくらい大切なのが、発作の引き金となる状況を避けることです。
日々の生活記録(発作日記)をつけ、どんな時に発作が起きたかを記録することをお勧めします。
「寝不足の翌日に起きた」「テスト前の緊張で起きた」「体育の授業の後に起きた」などのパターンが見えてくれば、対策が立てやすくなります。
無理のないスケジュールを組み、十分な睡眠をとり、ストレスを溜めすぎない生活を心がけます。
3. 発作時の対応
もし発作が起きてしまった場合は、慌てずに安全な場所で安静にすることが大切です。
転倒による怪我を防ぐため、すぐにしゃがむか、横になれる場所へ移動します。
強い光や大きな音などの刺激を避け、落ち着ける環境で症状が治まるのを待ちます。
学校や職場など、周囲の人に「発作が起きたら静かに休ませてほしい」とあらかじめ伝えておくことも、安心につながります。
4. リハビリテーション
発作がない時にもふらつきやバランスの悪さが残る場合は、理学療法などのリハビリテーションを行うことで、転びにくい体の使い方を身につけたり、体幹を鍛えたりすることができます。
まとめ
発作性運動失調症9型(EA9)についての重要なポイントを振り返ります。
- 病気の本質: SCN2A遺伝子の変化により、脳の電気信号の調節が一時的にうまくいかなくなる「チャネル病」です。
- 主な症状: 突然のふらつき、めまい、ろれつが回らないなどの運動失調発作を繰り返します。乳児期のてんかん既往があることが多いのも特徴です。
- 原因: 脳のナトリウムチャネルの不具合です。ストレスや疲労が引き金になることがあります。
- 治療: アセタゾラミドや抗てんかん薬などが症状の緩和に役立つことがあります。
- 生活の工夫: 自分の発作のトリガーを知り、無理のない生活リズムを整えることが最大の予防になります。
