医師から「ハジュ・チェイニー症候群」という非常に珍しい病名を告げられ、情報を求めてこのページにたどり着いたご家族の皆様へ。
聞き慣れない病名、そしてインターネットで検索しても日本語の詳しい情報が極端に少ない現実に、大きな不安と孤独を感じていらっしゃるかもしれません。この病気は、世界的に見ても報告数が少なく、希少疾患(レアディジーズ)の一つに数えられます。
ハジュ・チェイニー症候群は、生まれつき骨や結合組織(体を支える組織)に特徴が現れる病気です。特に、指先の骨が少しずつ短くなることや、全身の骨が弱くなりやすいことが大きな特徴ですが、知的な発達には影響がないことが多く、適切な管理を行うことで社会生活を送ることができます。
概要:どのような病気か
ハジュ・チェイニー症候群は、骨の強さや形、そして成長に関わる遺伝子の変化によって引き起こされる疾患です。
歴史を振り返ると、1948年にハジュ医師が、そして1965年にチェイニー医師がそれぞれ似た症状の患者さんを報告したことから、二人の名前をとって名付けられました。
別名として、遺伝性骨異形成症や、先端骨溶解症を伴う関節異形成症と呼ばれることもあります。これらの難しい名前は、この病気の最も特徴的な症状である「体の先端(指先など)の骨が溶けるように減っていくこと」を表しています。
この病気の最大の特徴は、重度の骨粗鬆症(こつそしょうしょう)と、末節骨溶解(まつせつこつようかい)と呼ばれる指先の骨の変化です。
通常、骨粗鬆症は高齢の方に多い病気ですが、ハジュ・チェイニー症候群では、幼少期や若年期から骨がもろくなりやすく、骨折をしやすくなる傾向があります。
また、骨だけでなく、腎臓に嚢胞(水たまり)ができたり、心臓の構造に特徴があったりと、全身に症状が現れることがあります。しかし、症状の程度には個人差が非常に大きく、生活に少し工夫が必要な程度の方から、積極的な治療が必要な方まで様々です。
主な症状
ハジュ・チェイニー症候群の症状は、年齢とともに変化し、徐々に明らかになっていく傾向があります。生まれた直後にすべての症状が揃っているわけではありません。ここでは、体の部位ごとに見られる主な特徴を詳しく解説します。
1. 骨と関節の症状
この病気で最も注意が必要なのが、骨に関する症状です。
先端骨溶解(アクロオステオライシス)
この病気を特徴づける最も重要な症状です。手や足の指の、一番先端にある骨(末節骨)が、成長とともに徐々に吸収されて短くなっていきます。
これにより、指先が短く丸みを帯びた形になったり、爪が短く幅広くなったりします。痛みを感じることは少ないですが、指先の細かい作業が少し苦手に感じることがあるかもしれません。
若年性骨粗鬆症と骨折
骨の密度が低下し、骨がもろくなります。ちょっとした転倒や衝撃で骨折をしてしまうことがあるため、注意が必要です。背骨が押しつぶされる圧迫骨折が起きると、背中が丸くなったり、身長が縮んだりする原因になります。
背骨の変形
背骨が左右に曲がる側弯症や、後ろに曲がる後弯症が見られることがあります。成長期に進行することがあるため、定期的なチェックが欠かせません。
関節の弛緩性(しかんせい)
関節が柔らかく、本来曲がらない方向に曲がってしまうことがあります。逆に関節が硬くなることもあり、個人差があります。
頭蓋骨の特徴(ウォルム骨)
レントゲンを撮ると、頭蓋骨のつなぎ目に、小さな島のような余分な骨が見えることがあります。これをウォルム骨と呼びます。健康上の悪影響は特にありませんが、診断の手がかりとなる重要なサインです。
2. お顔立ちの特徴(顔貌)
ハジュ・チェイニー症候群の方には、いくつか共通したお顔の特徴が見られることがあります。これらは成長とともに際立ってくることが多いです。
- 眉毛が濃く、つながっているように見えることがあります。
- 目が少し離れていたり、目尻が下がっていたりすることがあります。
- 耳の位置がやや低く、耳たぶの形に特徴が出ることがあります。
- あごが小さく(小顎症)、少し後ろに下がっているように見えることがあります。
- 髪の毛が太く、量が多い傾向があります。
これらはあくまで身体的な特徴であり、それぞれの患者さんの個性の一部です。
3. 口と歯の症状
歯の健康を守ることは、この病気において非常に重要です。
- 乳歯が抜けるのが早かったり、逆に永久歯が生えてくるのが遅かったりします。
- 歯並びが悪くなりやすく、噛み合わせに問題が出ることがあります。
- 歯を支える骨(歯槽骨)が吸収されやすく、歯周病になりやすかったり、若くして歯が抜けてしまったりすることがあります。
4. その他の臓器の症状
骨以外にも、いくつかの臓器に影響が出ることがあります。
腎臓
腎臓に水がたまった袋のようなもの(嚢胞)ができる多発性嚢胞腎が見られることがあります。多くの場合、腎臓の機能は保たれますが、定期的な検査が必要です。
心臓
生まれつき心臓に穴が開いている(心室中隔欠損症など)などの先天性心疾患を合併することがあります。
聴力
耳の骨の異常や神経の問題により、難聴が見られることがあります。
声の変化
声が低く、ハスキーな声質になることがあります。

原因
なぜ、骨が溶けたりもろくなったりしてしまうのでしょうか。その原因は、近年になって特定された遺伝子の働きにあります。
NOTCH2遺伝子の変異
ハジュ・チェイニー症候群の原因は、第1番染色体にあるNOTCH2(ノッチツー)という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、私たちの体の中で「ノッチ・シグナル伝達経路」という情報の通り道を作る役割を担っています。この経路は、骨を作る細胞(骨芽細胞)や骨を壊す細胞(破骨細胞)、さらには腎臓や心臓などの臓器が作られる過程で、細胞の運命を決める重要な指令を出しています。
骨のバランスの崩れ
私たちの骨は、一度作られたらそのままではなく、常に「古くなった骨を壊す働き(骨吸収)」と「新しい骨を作る働き(骨形成)」がバランスよく行われることで、強さを保っています。これを骨のリモデリングと呼びます。
ハジュ・チェイニー症候群の患者さんでは、NOTCH2遺伝子に変異があることで、この遺伝子が作り出すタンパク質が分解されにくくなり、指令が過剰に出続けてしまう状態になっています。これを機能獲得型変異と呼びます。
その結果、骨を壊す細胞(破骨細胞)の働きが異常に強くなってしまい、骨を作るスピードよりも壊すスピードが上回ってしまいます。これが、指先の骨が溶けたり、全身の骨がスカスカになったりする原因です。
遺伝のしくみ
この病気は常染色体顕性遺伝(以前の優性遺伝)という形式をとります。
これは、ご両親のどちらかがこの病気である場合、50パーセントの確率でお子さんに遺伝することを意味します。
しかし、実際にはご両親は健康で、この病気の遺伝子を持っていないケースが非常に多く見られます。この場合、お子さんが受精卵から成長し始めるごく初期の段階で、偶然にNOTCH2遺伝子に変化が起きたと考えられます。これを新生突然変異(de novo変異)と呼びます。
つまり、ご両親のどちらかのせいで遺伝したわけではありません。また、妊娠中のお母さんの食事や生活習慣、ストレスなどが原因で起きるものでも決してありません。誰にでも起こりうる、生命の神秘における偶然の現象なのです。
診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察、レントゲン検査、そして遺伝子検査を組み合わせて行われます。
1. 臨床診断と画像検査
医師はまず、全身を診察し、手足の指の形や顔立ち、関節の状態などを確認します。
そして、診断の決め手となるのがレントゲン検査です。
手のレントゲン
指先の骨(末節骨)の真ん中あたりがくびれていたり、帯状に透けて見えたりする「バンド状の骨溶解」という所見がないかを確認します。これはハジュ・チェイニー症候群に非常に特徴的なサインです。
全身の骨密度検査
骨粗鬆症の程度を調べます。年齢平均と比べて著しく骨密度が低い場合、この病気が疑われます。
頭蓋骨のレントゲン
頭の骨のつなぎ目に、ウォルム骨と呼ばれる特徴的な余分な骨がないかを確認します。
2. 遺伝学的検査
確定診断のために、血液を採取してDNAを調べる検査が行われます。
NOTCH2遺伝子の特定の場所(エクソン34という最後尾の部分)に変異があるかどうかを調べます。
この検査で変異が見つかれば、診断は確定します。また、将来的な見通しや治療方針を立てる上でも重要な情報となります。
治療と管理
残念ながら、現在の医学では遺伝子の変化そのものを治して病気を完治させる方法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療を行い、合併症を予防することで、生活の質(QOL)を高く保つことは十分に可能です。
1. 骨粗鬆症の治療
最も重要なのが、骨折を防ぐことです。
骨を壊す細胞(破骨細胞)の働きを抑える薬であるビスホスホネート製剤が使われることがあります。これは一般的に高齢者の骨粗鬆症に使われる薬ですが、ハジュ・チェイニー症候群の患者さんに対しても、骨密度を改善し、骨溶解の進行を遅らせる効果が期待されています。
また、活性型ビタミンD製剤などを併用し、骨の材料となるカルシウムの吸収を助けることもあります。
2. 歯科治療と口腔ケア
歯が抜けやすいため、定期的な歯科検診が欠かせません。
歯周病の予防や、噛み合わせの調整を行います。もし歯が抜けてしまった場合は、入れ歯(義歯)やインプラントなどを使って、噛む機能を維持します。ただし、インプラントを行う際は、あごの骨の状態を慎重に評価する必要があります。
3. 整形外科的な管理
背骨の曲がり(側弯症)や、骨折に対する治療を行います。
背骨の変形が進行する場合は、コルセット(装具)を使って進行を抑えたり、場合によっては手術で背骨を真っ直ぐに固定したりすることもあります。
日常生活では、転倒予防が大切ですが、過度な安静はかえって骨を弱くしてしまうため、無理のない範囲での適度な運動が推奨されます。
4. その他の臓器の管理
腎臓
超音波検査やMRI検査を定期的に行い、腎臓に嚢胞ができていないか、大きくなっていないかを確認します。血圧が高くなりやすいため、血圧の管理も重要です。
心臓
心エコー検査を行い、心臓の構造や動きに問題がないかをチェックします。
聴力
定期的に聴力検査を行い、難聴がある場合は補聴器の使用などを検討します。聞こえの悪さは学習やコミュニケーションに影響するため、早期の対応が大切です。
まとめ
ハジュ・チェイニー症候群についての重要なポイントを振り返ります。
- 病気の本質: NOTCH2遺伝子の変化により、骨を壊す働きが強くなりすぎることで起こる、骨と結合組織の病気です。
- 主な特徴: 指先の骨が短くなる(先端骨溶解)、若いうちからの骨粗鬆症、特徴的な顔立ち、歯のトラブルなどが挙げられます。
- 原因: 多くは突然変異によるもので、親のせいではありません。
- 治療の柱: 骨折の予防と治療(ビスホスホネートなど)、歯科ケア、定期的な全身のチェックが中心となります。
- 予後: 知的な発達は正常なことが多く、適切な管理を行えば、学業や仕事などの社会生活を送ることができます。
