毛髪・鼻・指節症候群 1型(TRPS1)

医者

お子様やご自身が「毛髪・鼻・指節症候群(もうはつ・び・しせつ・しょうこうぐん)」、あるいは英語の頭文字をとって「TRPS(トリプス)1型」という診断を受けたとき、あまりに長く複雑な病名に驚き、戸惑われたことでしょう。

「髪と鼻と指?どういう関係があるの?」

「遺伝子の病気って、治るの?」

「将来、普通に生活できるの?」

この病気は非常に希少な疾患(指定難病)の一つであり、インターネットで検索しても、専門的な難しい言葉ばかりが出てきて、具体的な生活のイメージが湧きにくいのが現状です。

しかし、この病名は、実は症状の特徴をそのまま並べただけのものです。

Trichor(トリコ)=毛髪

Rhino(ライノ)=鼻

Phalangeal(ファランジアル)=指の骨(指節骨)

つまり、「髪の毛と、鼻と、指の骨に特徴が出る体質」という意味です。

この病気の患者さんは、見た目の特徴や関節の悩みを持つことはありますが、1型の方の多くは知的な発達に問題はなく、学校に通い、仕事をし、家庭を持って社会生活を送っています。

概要:どのような病気か

毛髪・鼻・指節症候群(以下、TRPS)は、生まれつきの遺伝子の変化によって、髪の毛、顔立ち(特に鼻)、骨格(特に手足の指)に共通した特徴が現れる先天異常症候群です。

3つのタイプについて

TRPSには、症状や原因の違いによって1型、2型、3型の3つのタイプがあります。今回解説するのは、最も頻度が高い「1型」です。

1型(TRPS I)

最も典型的なタイプです。髪、鼻、指の特徴が見られますが、知的な発達は通常正常です。

2型(TRPS II / ランガー・ギーディオン症候群)

1型の症状に加えて、「多発性外骨腫(骨のコブができる)」と「知的障害」を伴うタイプです。遺伝子の欠失範囲が広いために起こります。

3型(TRPS III)

1型の症状が重くなったタイプで、特に低身長や指の短さが顕著です。

診断されたのが「1型」であれば、2型に見られるような重度の知的障害や多発性の骨腫瘍の心配は、基本的にはないと考えて大丈夫です。

頻度について

非常に稀な病気で、正確な頻度はわかっていませんが、数万人に1人程度ではないかと推定されています。性別に関係なく、男性にも女性にも現れます。

主な症状

TRPS1型の症状は、病名の通り「毛髪」「鼻」「指(骨)」に現れますが、その程度は個人差が大きいです。同じ家族内でも、特徴がはっきりしている人もいれば、ほとんど目立たない人もいます。

1. 毛髪の特徴

ご家族が最初に「あれ?」と気づくポイントの一つです。

髪の毛が薄い・伸びにくい

生まれた時から髪の毛が少なく、幼児期になってもなかなか伸びないことがあります。髪質は細く、乾燥していることが多いです。

生え際の特徴

額の生え際が後退している(おでこが広い)傾向があります。また、男性型脱毛のように、頭頂部や前頭部が薄くなりやすい方もいます。

眉毛の特徴

眉毛の内側(鼻に近い方)は太くしっかりしていますが、外側(耳に近い方)にいくにつれて薄くなったり、生えていなかったりすることがあります。

2. 顔貌(お顔立ち)の特徴

TRPS1型の患者さんには、共通した愛らしいお顔立ちが見られます。

洋梨状の鼻(ようなしじょう・び)

この病気の最も特徴的なサインです。鼻の先(鼻尖)が丸く膨らんでおり、小鼻(鼻翼)にかけての形が、果物の洋梨のような形に見えます。

人中(じんちゅう)が長い

鼻の下から上唇までの溝(人中)が長く、平坦であることが多いです。

上唇が薄い

上唇が薄く、笑うと一直線に見えることがあります。

耳の形

耳が大きかったり、立ち耳だったりすることがあります。

3. 骨・関節の特徴(指節・四肢)

生活の質(QOL)に最も関わってくるのが、骨や関節の症状です。

指の変形(短指・側彎)

手足の指が短い(短指症)ことがあります。

また、指の関節が少し腫れたように太くなったり、指が左右に曲がったり(側彎)することがあります。特に人差し指や中指の真ん中の関節によく見られます。

錐体状骨端(すいたいじょう・こったん)

これはレントゲンを撮ると分かる、この病気の決定的な特徴です。

指の骨の端っこ(成長線がある部分)が、通常は平らな形をしていますが、この病気では「三角コーン(円錐)」のような形をして、隣の骨にめり込むような形になります。これを「錐体状骨端」と呼びます。これにより、指が短くなったり曲がったりします。

低身長

同年代の子に比べて、背が低い傾向があります。成長ホルモンの分泌は正常なことが多いですが、骨の成長そのものにブレーキがかかりやすいためです。

股関節の異常(ペルテス病類似変化)

これが最も注意すべき整形外科的な問題です。

大腿骨(太ももの骨)の付け根の形が悪くなったり、壊死したりする「ペルテス病」に似た変化が起きることがあります。

股関節に痛みが出たり、歩き方が変わったり(足を引きずるなど)することがあり、若いうちから変形性股関節症になりやすいリスクがあります。

4. 爪の特徴

爪が薄く、スプーンのように反り返っていたり、割れやすかったりすることがあります。

原因:なぜ起きたのか

ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。しかし、声を大にしてお伝えしたいのは、ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではないということです。

TRPS1遺伝子の変異

TRPS1型の原因は、8番染色体にある「TRPS1(ティー・アール・ピー・エス・ワン)」という遺伝子の変化(変異)です。

この遺伝子は、「ジンクフィンガー転写因子」というタンパク質の設計図になっています。

少し難しい言葉ですが、簡単に言うと「骨や髪の毛を作るときの現場監督」のような役割をしています。

軟骨細胞が骨に変わっていくスピードを調節したり、毛包(毛根)の働きを維持したりする指令を出しています。

この現場監督(TRPS1遺伝子)の指示書に書き間違いがあるため、骨の成長バランスが崩れたり、髪の毛の成長が維持できなかったりするのです。

遺伝の仕組み(常染色体顕性遺伝)

この病気は「顕性遺伝(以前は優性遺伝と呼ばれました)」という形式をとります。

人間は遺伝子を2つセット(父から1つ、母から1つ)持っています。顕性遺伝とは、2つのうち片方のTRPS1遺伝子に変異があれば、症状が出るタイプです。

この場合、以下の2つのパターンが考えられます。

  1. 親からの遺伝
    ご両親のどちらかが同じ体質を持っており、その遺伝子が50%の確率でお子様に受け継がれたケース。
    親御さんの症状が非常に軽く(少し髪が薄い、指が少し曲がっている程度)、お子様が診断されて初めて「実はお父さんもそうだった」と判明することも珍しくありません。
  2. 突然変異(de novo変異)
    ご両親の遺伝子には全く異常がなく、受精卵ができる過程で偶然TRPS1遺伝子に変化が起きたケース。
    実は、TRPSの多くの患者さんがこの「突然変異」で生まれています。この場合、誰のせいでもありません。自然の確率的な現象です。

診断と検査

診断は、見た目の特徴とレントゲン検査、そして遺伝学的検査を組み合わせて行われます。

1. 身体診察

医師は、以下の特徴があるかを確認します。

髪の毛が薄いか、眉毛の外側が薄いか。

鼻の形が洋梨状か。

指の関節が太くなっていたり、曲がっていたりしないか。

爪の状態。

2. 画像検査(レントゲン)

診断の決め手となる重要な検査です。

手のレントゲン:指の骨に「錐体状骨端(骨が三角コーンのような形)」があるかを確認します。これはTRPSに非常に特徴的な所見です(ギーディオン徴候とも呼ばれます)。

股関節のレントゲン:股関節の変形や、ペルテス病のような変化がないかをチェックします。

3. 遺伝学的検査(確定診断)

血液検査でDNAを調べ、TRPS1遺伝子に変異があるかを確認します。

症状が典型的であれば必須ではありませんが、診断を確定させたり、ご家族への遺伝カウンセリングを行ったりするために実施されることが増えています。

ハート

治療と管理:これからのロードマップ

遺伝子の変化そのものを治す治療法(根本治療)は、現時点では確立されていません。

しかし、それぞれの症状に対する適切な「管理」と「対症療法」を行うことで、生活の質を維持し、トラブルを未然に防ぐことができます。

1. 整形外科的治療(骨と関節のケア)

TRPS1型において、最も長く付き合っていく診療科が整形外科です。

股関節の定期チェック

股関節の痛みは、子供の頃には訴えないこともありますが、レントゲンでの定期的なチェック(年に1回程度)が推奨されます。

もしペルテス病のような変化が見つかった場合は、股関節にかかる負担を減らす装具を使ったり、場合によっては手術を行ったりすることがあります。

大人になって変形性股関節症が進んだ場合は、人工股関節の手術などが検討されます。

指のケア

指の変形に対しては、日常生活に支障がなければ特別な治療はしません。

書字や細かい作業がしにくい場合は、作業療法(OT)や自助具(持ちやすいペンなど)の活用を検討します。痛みが強い場合は、痛み止めの使用や、稀ですが手術を行うこともあります。

低身長への対応

身長の伸びが気になる場合は、内分泌科で相談します。

成長ホルモンの分泌が不足している場合はホルモン療法が有効ですが、TRPSの場合は分泌は正常なことが多く、その場合の治療効果は限定的です。

2. 毛髪・皮膚のケア

髪の悩みは、特にお子様が思春期を迎える頃に大きな心理的ストレスになることがあります。

ウィッグ(かつら)の活用

髪が薄いことを気にする場合は、ウィッグの使用もポジティブな選択肢です。最近は自然な医療用ウィッグも増えています。

育毛剤・植毛

成人してからは、一般的な薄毛治療(ミノキシジルなど)が試されることもありますが、効果には個人差があります。

スキンケア

皮膚が乾燥しやすい場合があるため、保湿剤によるスキンケアを習慣にしましょう。

3. 心理的サポート

TRPS1型のお子様は、知能は正常ですが、見た目の特徴(髪や鼻)や低身長について、学校などでからかわれたり、コンプレックスを持ったりすることがあります。

「あなたの鼻はとってもチャーミングだよ」「特別な個性だよ」と、ご家族が肯定的な言葉をかけてあげることが、自己肯定感を育む土台になります。

必要に応じて、スクールカウンセラーなどに相談し、学校での環境を整えることも大切です。

よくある質問(FAQ)

Q. 寿命に影響はありますか?

A. TRPS1型自体が直接命に関わることは基本的にはありません。心臓や内臓の重篤な合併症は稀であり、健康な方と同じくらいの寿命を全うできると考えられています。

Q. 知的障害はありますか?

A. TRPS1型では、知的な発達は正常であることがほとんどです。普通学級に通い、大学に進学し、就職されている方がたくさんいらっしゃいます。もし発達の遅れが目立つ場合は、TRPS2型など他の可能性も含めて詳しく調べる必要があります。

Q. 妊娠・出産は可能ですか?

A. はい、可能です。ただし、骨盤の形が狭い場合など、出産方法(帝王切開など)の検討が必要になることがあります。また、お子様に遺伝する確率は50%ですので、遺伝カウンセリングを受けることをお勧めします。

まとめ

ここまでの重要ポイントを振り返ります。

  1. 毛髪・鼻・指節症候群1型(TRPS1)は、髪、鼻、指の骨に特徴が出る遺伝性の体質です。
  2. 知的な発達は正常であり、自立した社会生活を送ることができます。
  3. 最も注意すべきは「股関節」です。痛みが出る前から、整形外科で定期チェックを受けましょう。
  4. 原因はTRPS1遺伝子の変化であり、親の育て方のせいではありません。
  5. 見た目の悩みには、心理的なサポートと具体的な対策(ウィッグなど)で寄り添うことが大切です。

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