お子様やご家族が「内臓筋症1型(Visceral myopathy 1)」、あるいは「ACTG2関連内臓筋症」という診断を受けたとき、聞き慣れない病名に、大きな不安と戸惑いを感じられたことでしょう。
「内臓の筋肉の病気ってどういうこと?」
「腸が動かないと言われたけれど、治るの?」
「慢性偽性腸閉塞症(CIPO)と同じなの?」
この病気は非常に希少な難病であり、消化器内科や小児外科の専門医でも、詳しく診たことがある医師は限られています。そのため、インターネットで検索しても日本語の詳しい情報は少なく、途方に暮れている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、医学的な知識がない方でも理解できるよう、この病気の正体、体の中で何が起きているのか、そしてこれからの治療と生活で大切にしてほしいことを、4000字以上のボリュームで丁寧に解説していきます。
概要:どのような病気か
内臓筋症1型(Visceral myopathy 1: VSCM1)は、消化管(食道、胃、小腸、大腸)や膀胱などの「平滑筋(へいかつきん)」と呼ばれる筋肉が、生まれつき、あるいは徐々に変性して薄くなり、収縮する力が弱くなってしまう遺伝性の病気です。
「平滑筋」とは?
私たちの体には、大きく分けて2種類の筋肉があります。
- 骨格筋(こっかくきん): 手足を動かす筋肉。自分の意思で動かせます。
- 平滑筋(へいかつきん): 内臓(胃腸や膀胱、血管など)の壁を作っている筋肉。自分の意思では動かせず、自律神経などの指令で自動的に動いています。
内臓筋症1型は、この「平滑筋」だけがうまく働かなくなる病気です。手足の力(骨格筋)は正常であることが多いのが特徴です。
「ベルトコンベア」が止まった状態
健康な腸は、平滑筋が「蠕動(ぜんどう)運動」という波のような動きをして、食べたものを口から肛門へと送り出します。これは工場のベルトコンベアのようなものです。
内臓筋症では、このベルトコンベアのモーター(筋肉)が壊れているため、食べ物が途中で止まってしまいます。
- 物理的に何かが詰まっているわけではないのに、腸が詰まったような症状が出るため、「慢性偽性腸閉塞症(CIPO)」という状態になります。
- 膀胱の筋肉も弱いため、尿を押し出すことができず、膀胱がパンパンに膨らんでしまいます(巨大膀胱)。
病名の整理
この病気は、以下のような診断名で呼ばれることもあります。これらは症状の程度や発見された時期による呼び方の違いであり、根本原因(ACTG2遺伝子など)は同じであることが多いです。
- 家族性内臓筋症(Familial Visceral Myopathy)
- ACTG2関連疾患
- 巨大膀胱短小結腸腸管蠕動不全症(MMIHS): 重症型の場合、この診断名がつくことが多いです。
- 慢性偽性腸閉塞症(CIPO): 症状を表す診断名です。
主な症状
内臓筋症1型の症状は、「消化管(お腹)」と「泌尿器(おしっこ)」に集中します。症状の重さは個人差が大きく、生まれた直後から重い症状が出る場合もあれば、成人してから診断される場合もあります。
1. 消化器症状(慢性偽性腸閉塞)
腸が動かないことによる様々なトラブルが起きます。
- 腹部膨満(お腹の張り):
腸の中にガスや食べ物が溜まり、お腹が太鼓のようにパンパンに膨らみます。 - 嘔吐・胆汁性嘔吐:
胃や腸の内容物が流れず、逆流して吐いてしまいます。特に新生児期には、緑色の液体(胆汁)を吐くことが特徴的です。 - 腹痛:
腸が無理に動こうとしたり、ガスで引き伸ばされたりすることで、強い痛みを感じることがあります。 - 便秘・下痢:
頑固な便秘になることが多いですが、腸内細菌のバランスが崩れて下痢になることもあります。 - 栄養吸収障害:
食べたものがうまく消化・吸収されないため、体重が増えなかったり、栄養失調になったりします(Failure to thrive)。
2. 泌尿器症状(巨大膀胱)
膀胱の筋肉が収縮しないため、尿を出し切ることができません。
- 巨大膀胱(Megacystis):
尿が溜まりすぎて膀胱が巨大化します。出生前診断(胎児エコー)で指摘されることもあります。 - 排尿障害:
自力でおしっこが出せない、または出し切れません。 - 尿路感染症:
尿が膀胱に残ると細菌が繁殖しやすく、腎盂腎炎などを繰り返すリスクがあります。 - 水腎症:
尿が逆流したり、膀胱が尿管を圧迫したりして、腎臓が腫れることがあります。
3. その他の症状
平滑筋は全身にあるため、他の臓器にも影響が出ることがあります。
- 瞳孔の異常: 光に対する反応が弱いことがあります(瞳孔括約筋の影響)。
- 子宮・妊娠への影響: 女性の場合、子宮の筋肉も平滑筋であるため、妊娠中や出産時に問題が生じることがあります(子宮収縮不全など)。
- 胆嚢: 胆石ができやすくなることがあります。
原因:なぜ起きたのか
ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。しかし、声を大にしてお伝えしたいのは、「ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではない」ということです。
1. ACTG2遺伝子の変異
内臓筋症1型の主な原因は、ACTG2(アクチン・ガンマ2)という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、平滑筋の細胞の中で「骨組み」や「収縮装置」の役割をするタンパク質(γ-2アクチン)を作っています。
- 変異があるとどうなる?
筋肉の細胞の中にある「骨組み」が弱く、うまく組み上がりません。そのため、筋肉が収縮しようとしても力が伝わらず、また、筋肉の細胞自体が壊れやすくなってしまいます(変性)。
2. 遺伝形式(常染色体顕性遺伝)
この病気は「常染色体顕性遺伝(優性遺伝)」という形式をとります。
- 突然変異(de novo変異):
患者さんの多くは、ご両親の遺伝子には異常がなく、受精卵ができる過程で偶然ACTG2遺伝子に変異が起きた「突然変異」です。この場合、誰のせいでもありません。 - 親からの遺伝:
親御さんのどちらかが同じ変異を持っている場合、50%の確率でお子様に遺伝します。ただし、親御さんが変異を持っていても症状が軽微で気づかれていない場合(浸透率の問題)もあります。
診断と検査
診断は、症状、画像検査、病理検査、そして遺伝子検査を組み合わせて行われます。
1. 画像検査
- 腹部レントゲン: 腸全体にガスが溜まり、腸が拡張している像(ニボー像など)が見られます。
- 消化管造影検査: バリウムなどの造影剤を使って、腸の動きや形を見ます。
- 短小結腸(Microcolon): 大腸が使われていないため、非常に細くなっている所見が見られることがあります(MMIHSの特徴)。
- 腹部CT: 腸閉塞の原因となる物理的な「ねじれ」や「腫瘍」がないかを確認します(これらがないことを確認して、偽性腸閉塞と診断します)。
- 膀胱エコー/造影: 膀胱の大きさや、尿管への逆流がないかを確認します。
2. 遺伝子検査(最も確実な診断法)
現在、最も推奨される診断方法はACTG2遺伝子の解析です。
血液検査でDNAを調べ、ACTG2遺伝子に変異が見つかれば、診断が確定します。これにより、不要な手術を避け、早期に適切な管理方針を立てることができます。
3. 病理検査(腸管全層生検)
以前は確定診断のために行われていました。手術で腸の一部を切り取り、顕微鏡で筋肉の状態(薄くなっているか、繊維化しているか)を調べます。
しかし、この病気の患者さんは手術の傷が治りにくかったり、手術自体が癒着(ゆちゃく)の原因となって症状を悪化させたりするリスクが高いため、遺伝子検査で診断がつく場合は無理に行わない傾向にあります。

治療と管理:これからのロードマップ
残念ながら、弱くなった平滑筋を元に戻す薬や手術(根本治療)は、現時点ではありません。
治療の目的は、「栄養状態を保つこと」と「合併症(感染症など)を防ぐこと」、そして「生活の質(QOL)を高めること」になります。
1. 栄養管理(生命線の確保)
腸が動かないため、口から食べるだけでは栄養が足りなくなります。
- 中心静脈栄養(TPN / IVH):
多くの患者さんにとって、命をつなぐ最も重要な治療です。心臓に近い太い血管(中心静脈)にカテーテル(CVカテーテル)を留置し、高カロリーの輸液を点滴します。- 在宅中心静脈栄養(HPN): ポンプをリュックに入れて持ち運び、自宅や学校で点滴を行いながら生活することが可能です。
- カテーテル感染症への注意: カテーテルから細菌が入ると「敗血症」になり命に関わるため、日々の消毒などのケアが非常に重要です。
- 経腸栄養(ED):
腸が少しでも動いている場合は、鼻からのチューブや胃ろうを使って、消化しやすい栄養剤を少しずつ注入します。腸の粘膜を健康に保つために重要です。 - 経口摂取:
症状が安定していれば、口から好きなものを食べることも可能です(消化の良いものを選ぶなどの工夫は必要です)。「食べる楽しみ」を維持することは心のケアにもなります。
2. 腸管の減圧(お腹の張りを取る)
お腹がパンパンに張ると苦しいため、溜まったガスや腸液を外に出します。
- 胃管(マーゲンチューブ): 鼻から胃へチューブを入れ、胃液を吸い出します。
- 胃ろう・腸ろう: お腹に小さな穴を開けてチューブを通し、そこからガス抜き(減圧)を行います。
3. 泌尿器の管理
- 自己導尿(CIC):
尿道からカテーテルを入れて、1日に数回、溜まった尿を出し切ります。 - 膀胱皮膚ろう(Vesicostomy):
乳幼児期など、導尿が難しい場合は、お臍の下あたりに膀胱の出口を作る手術を行い、尿が常にオムツに出るように管理することもあります。
4. 薬物療法
- 消化管運動機能改善薬: 腸の動きを助ける薬を使いますが、筋肉自体が弱っているため、劇的な効果は期待しにくいことがあります。
- 抗菌薬: 腸の動きが悪いと、腸内で悪い細菌が増殖しすぎること(SIBO:小腸内細菌異常増殖)があります。これに対して抗生物質を使います。
5. 外科手術について(慎重に!)
ここが非常に重要なポイントです。
一般的な腸閉塞とは異なり、内臓筋症の患者さんに対して「腸を切ったりつないだりする手術」を安易に行うと、癒着(腸同士がくっつくこと)が起きて、さらに腸が動かなくなり、症状が悪化することが多いです。
経験豊富な専門医(小児外科医など)と相談し、本当に必要な手術(胃ろう造設や、どうしても避けられない場合の人工肛門など)だけを慎重に選択する必要があります。
6. 小腸移植
TPN(点滴)での管理が難しくなった場合(カテーテルを入れる血管がなくなった、重い肝障害が出たなど)は、小腸移植や多臓器移植が検討されることがあります。
日々の生活での工夫と注意点
内臓筋症1型と付き合いながら生活するために、知っておいていただきたいポイントです。
- 感染症対策:
CVカテーテルを入れている場合、発熱は「緊急事態」のサインかもしれません。熱が出たらすぐに病院に連絡する体制を整えておきましょう。 - 排便コントロール:
便秘は大敵です。浣腸や洗腸(お尻からお湯を入れて便を洗い出す)を習慣にして、腸の中に便を溜めないようにしましょう。 - 見た目では分かりにくい:
点滴で栄養が足りていれば、見た目は元気に見えることが多いです。しかし、内部ではお腹の痛みや張りと闘っています。「怠けている」と誤解されないよう、学校や周囲への理解を求めることが大切です。
よくある質問(FAQ)
Q. 成長することはできますか?
A. 中心静脈栄養(TPN)の管理技術が進歩したため、適切な栄養管理を行えば、身長も伸び、大人になるまで成長することができます。成人して社会生活を送っている患者さんもいらっしゃいます。
Q. 遺伝子治療はありますか?
A. 現時点ではまだ実用化されていませんが、ACTG2などの原因遺伝子が特定されたことで、世界中で研究が進められています。将来的な治療法の開発が期待されています。
Q. 次の子に遺伝しますか?
A. 親御さんがACTG2変異を持っている場合は50%の確率で遺伝します。親御さんが変異を持っていない(お子様の突然変異)場合は、確率は一般と同じく非常に低いです。次の妊娠を考える際は、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを受けることを強くお勧めします。
まとめ
ここまでの重要ポイントを振り返ります。
- 内臓筋症1型(ACTG2関連)は、平滑筋の異常により、腸や膀胱が動かなくなる病気です。
- 主な症状は、慢性偽性腸閉塞(お腹の張り、嘔吐)と巨大膀胱(排尿障害)です。
- 原因はACTG2遺伝子の変異による、筋肉の骨組みの異常です。
- 診断には遺伝子検査が有効であり、安易な開腹手術は避けるべきです。
- 治療の中心は、中心静脈栄養(TPN)による栄養管理と、導尿などの対症療法です。
- 予後は、カテーテル感染症の予防と栄養管理によって大きく改善しています。
