シュールズ・ホエイマカーズ症候群(PACS1関連症候群)

医者

お子様が「シュールズ・ホエイマカーズ症候群(Schuurs-Hoeijmakers syndrome)」、あるいは「PACS1(パックス・ワン)症候群」という診断を受けたとき、あまりにも長く、聞き慣れない病名に戸惑いを感じられたことでしょう。

「発達の遅れの原因がやっと分かった」という安堵感と同時に、「聞いたこともない病気で、これからどうなるのだろう」という不安が入り混じっているかもしれません。

この病気は、2012年にオランダの研究者たちによって報告された比較的新しい疾患概念です。そのため、まだ日本語の情報は少なく、専門的な英語の論文ばかりが出てきて、情報を集めるのに苦労されているご家族も多いのが現状です。

しかし、原因となる遺伝子が特定されたことで、世界中で少しずつ情報が集まり、どのようなケアが必要かが分かってきています。

この病気を持つお子様たちは、発達のペースはゆっくりですが、笑顔が素敵で人懐っこい性格を持つ子が多いことでも知られています。

概要:どのような病気か

シュールズ・ホエイマカーズ症候群は、生まれつきの遺伝子の変化によって、知的発達の遅れ、特徴的なお顔立ち、てんかんなどを引き起こす先天性の疾患です。

名前の由来と呼び方

この長い病名は、2012年にこの疾患の原因遺伝子を特定し報告した、オランダの遺伝学者「Schuurs-Hoeijmakers(シュールズ・ホエイマカーズ)」博士の名前に由来しています。

しかし、名前が長く発音が難しいため、医療現場や家族会の間では、原因となる遺伝子の名前をとって「PACS1症候群(パックス・ワン症候群)」や「PACS1関連症候群」と呼ばれることが一般的になりつつあります。

この記事でも、分かりやすく「PACS1症候群」という呼び方も交えて解説します。

希少疾患としての位置づけ

非常に稀な病気(希少疾患)の一つです。発見されてから日が浅いため、世界での正確な患者数は分かっていませんが、遺伝子検査(全エクソーム解析など)が普及するにつれて、診断されるお子様が増えてきています。

以前は「原因不明の発達遅滞」とされていたお子様の中に、この症候群の方が含まれていたことが分かってきています。

主な症状

シュールズ・ホエイマカーズ症候群の症状は、患者さん一人ひとりによって程度や現れ方が異なります。すべてのお子様にすべての症状が出るわけではありませんが、世界中の患者さんのデータから、共通してみられる特徴が分かっています。

1. 特徴的なお顔立ち(顔貌)

この症候群の診断の手がかりとなる、とても愛らしい特徴的なお顔立ちがあります。成長とともに特徴がはっきりしてくることが多いです。

アーチ状の眉毛

眉毛がきれいな弓形(アーチ状)を描いているのが特徴です。外側が薄くなっていることもあります。

長いまつ毛

まつ毛が長く、目がぱっちりとした印象を与えることが多いです。

耳の位置と形

耳の位置が通常より少し低い位置についていたり、耳が後ろに回転しているような形をしていたりします。

口元の特徴

上唇が薄く、口角が下がっている(への字口)傾向があります。また、笑うと口が横に広く開く特徴があります。

鼻の形

鼻の先端が丸く、小鼻が広いことがあります。

これらのお顔立ちは、「コルネリア・デ・ランゲ症候群」という別の病気と少し似ていると言われることがありますが、遺伝子検査ではっきりと区別されます。

2. 発達と神経系の特徴

ご家族が最も心配され、また日々のケアの中心となる部分です。

精神運動発達遅滞

全体的な発達のペースがゆっくりです。

首のすわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動発達が遅れる傾向があります。多くのお子様は、成長とともに歩けるようになりますが、数年単位の時間がかかることもあります。

手先の不器用さが見られることもあります。

知的障害

軽度から重度まで幅がありますが、多くのお子様に中等度〜重度の知的障害が見られます。

特に「言葉」の発達がゆっくりです。言葉が出るまでに時間がかかったり、言葉数は少なかったりしますが、ジェスチャーや絵カードなどを使ってコミュニケーションを取る意欲は持っていることが多いです。

筋緊張低下(ハイポトニア)

赤ちゃんの頃、体が柔らかく、抱っこした時にふにゃっとしている(フロッピーインファント)ことがあります。これが運動発達の遅れにつながります。また、お口の周りの筋肉も弱いため、よだれが出やすかったり、口が開いたままになりやすかったりします。

てんかん

半数以上の患者さんで、けいれん発作(てんかん)を合併することが報告されています。発症時期や発作のタイプは様々ですが、適切な薬によるコントロールが必要になることがあります。

3. 行動と性格の特性

多くのご家族が、「この子はとても人懐っこい」とおっしゃいます。

社交的な性格

明るく、人が好きで、ニコニコしているお子様が多いと言われています。

自閉スペクトラム症(ASD)様の行動

一方で、こだわりが強かったり、手をヒラヒラさせたり、突然かんしゃくを起こしたりといった、自閉スペクトラム症に似た行動特性が見られることがあります。

感情のコントロール

不安を感じやすかったり、攻撃的になってしまったりする行動上の問題(行動障害)が見られることもあります。これらは、言葉でうまく伝えられないもどかしさから来ている場合もあります。

4. 身体的な合併症

すべての患者さんにあるわけではありませんが、注意が必要な合併症です。

哺乳・摂食障害

赤ちゃんの頃、おっぱいを吸う力が弱かったり、飲み込みが下手だったりして、体重が増えにくいことがあります。チューブによる栄養管理が必要になることもあります。

心臓の異常

生まれつき心臓に穴が開いている(心室中隔欠損症など)などの先天性心疾患が見つかることがあります。

眼の異常

斜視、眼振(目が揺れる)、近視や遠視などが見られることがあります。

その他の内臓

腎臓や泌尿器、生殖器に形成不全が見られることが稀にあります(停留精巣など)。

原因:なぜ起きたのか

ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。しかし、声を大にしてお伝えしたいのは、ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではないということです。

PACS1遺伝子の変異

シュールズ・ホエイマカーズ症候群の原因は、11番染色体にある「PACS1(パックス・ワン)」という遺伝子の変異です。

この遺伝子は、細胞の中でタンパク質を正しい場所に運ぶ「交通整理」の役割をするタンパク質の設計図です。

交通整理の乱れ

PACS1遺伝子に変異が起きると、作られるタンパク質の形が変わり、細胞内の交通整理がうまくいかなくなります。

特に、脳や顔が作られる時期(胎児期)に、重要な物質が正しい場所に届かないことで、発達の遅れや特徴的なお顔立ちが生じると考えられています。

特定の変異(ホットスポット)

興味深いことに、この症候群の患者さんのほとんどが、PACS1遺伝子の中の全く同じ場所(c.607C>T)に変異を持っています。これは、この特定の変化が病気を引き起こす強い要因であることを示しています。

突然変異(de novo変異)

この病気のほとんどは、「de novo(デ・ノボ)」と呼ばれる突然変異で発症します。

これは、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の細胞分裂の非常に早い段階で、偶然PACS1遺伝子に変化が起きたものです。

ご両親の遺伝子には全く異常がないケースがほとんどです。つまり、誰にでも起こりうる、自然の確率的な現象であり、防ぐことは現代の医学では不可能です。

「たまたま起きた変化」であり、誰の責任でもありません。

医者

診断と検査

診断は、特徴的な症状と遺伝学的検査によって行われます。

1. 臨床診断

医師は、以下のような特徴があるか詳しく診察します。

アーチ状の眉などの特徴的なお顔立ち

全般的な発達の遅れ

てんかんの有無

これらが揃っている場合、いくつかの症候群を疑いますが、見た目だけで確定診断することは難しいです。

2. 遺伝学的検査(確定診断)

現在、シュールズ・ホエイマカーズ症候群の診断には、遺伝子検査が必須です。

全エクソーム解析(WES)

血液からDNAを取り出し、すべての遺伝子(のエクソン部分)を網羅的に調べる検査です。

この病気は比較的新しく、また他の症候群と症状が重なるため、特定の遺伝子だけを調べる検査では見逃されることがありました。全エクソーム解析が普及したことで、ようやく診断がつくようになったお子様がたくさんいます。

3. 画像検査・その他の検査

合併症をチェックするために行われます。

頭部MRI:脳の構造に異常がないかを確認します(脳梁の異常や小脳の特徴などが見られることがあります)。

心臓エコー:心臓の奇形がないか確認します。

脳波検査:てんかんの発作波がないか調べます。

眼科・耳鼻科検診:視力や聴力の問題をチェックします。

治療と管理:これからのロードマップ

残念ながら、PACS1遺伝子の変異そのものを治す治療法(根本治療)は、現時点では確立されていません。

しかし、「治療法がない」=「何もできない」ではありません。

それぞれの症状に対する適切な医療的介入(対症療法)と療育(ハビリテーション)を行うことで、お子様の能力を最大限に引き出し、生活の質(QOL)を高めることができます。

1. 早期療育(ハビリテーション)

脳や体の発達を促すために、早期からの療育が非常に重要です。

理学療法(PT)

筋緊張低下に対して、体幹を鍛えたり、寝返り・お座り・歩行などの粗大運動をサポートします。装具(インソールや短下肢装具)を使って歩行を安定させることもあります。

作業療法(OT)

手先の細かい動きを練習したり、スプーンを持つ、着替えるといった日常生活動作の自立を目指します。感覚遊びなどを通じて、体の使い方を学びます。

言語聴覚療法(ST)

言葉の遅れに対して、発語の練習を行います。

また、言葉が出にくい場合でも、ジェスチャー、絵カード、タブレット端末(VOCA)などの「代替コミュニケーション手段(AAC)」を活用することで、意思疎通ができるようになります。

摂食指導(食べ方の練習)もSTの重要な役割です。

2. 医療的管理

てんかん治療

発作がある場合は、抗てんかん薬を服用してコントロールします。定期的な脳波検査で薬の量を調整します。

栄養管理

哺乳障害や偏食がある場合、栄養士による指導や、必要に応じて経管栄養(チューブ栄養)などで成長をサポートします。便秘になりやすいお子様も多いため、食事や薬でのコントロールが大切です。

眼科・歯科ケア

斜視や屈折異常に対しては眼鏡を使用します。また、歯並びや虫歯のケアも定期的に行います。

3. 教育と生活のサポート

就学に際しては、お子様の発達段階に合わせて、特別支援学校や特別支援学級などの環境を選びます。

個別の教育支援計画を作成し、スモールステップで「できること」を増やしていきます。

行動面での課題(パニックなど)がある場合は、応用行動分析(ABA)などのアプローチが役に立つことがあります。

予後と生活について

シュールズ・ホエイマカーズ症候群は、進行性の病気(だんだん悪くなる病気)ではありません。

ゆっくりではありますが、お子様は確実に成長し、できることが増えていきます。

寿命について

重篤な心臓疾患やコントロール不良なてんかんなどがなければ、生命予後(寿命)は良好と考えられています。成人して社会生活を送っている患者さんも報告されています。

生活の自立度

多くの場合、生涯にわたって何らかのサポートや見守りが必要になります。しかし、着替えや食事などの身の回りのことを自分でできるようになるお子様もいますし、簡単な作業や活動に参加できるようになる方もいます。

まとめ

ここまでの重要ポイントを振り返ります。

  1. シュールズ・ホエイマカーズ症候群(PACS1症候群)は、PACS1遺伝子の変異による先天性疾患です。
  2. アーチ状の眉などの愛らしいお顔立ちと、全般的な発達の遅れが特徴です。
  3. 原因は突然変異であり、親の責任ではありません。
  4. てんかんや摂食障害などの合併症管理が大切です。
  5. 進行性の病気ではなく、療育によってゆっくりと確実に成長していきます。

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