お子様が「SBBYSS症候群(エス・ビー・ビー・ワイ・エス・エスしょうこうぐん)」、あるいは「Say-Barber-Biesecker-Young-Simpson症候群」という診断を受けたとき、あまりにも長く、聞き慣れない病名に戸惑いを感じられたことでしょう。
医師からは「Ohdo(オオドウ)症候群の一種」と説明されたかもしれませんし、「KAT6B(キャット・シックス・ビー)遺伝子の変異」と言われたかもしれません。
この病気は非常に希少な疾患(指定難病)であり、インターネットで検索しても、専門的な英語の論文や、非常に難しい医学用語ばかりが出てきて、具体的な生活のイメージが湧きにくいのが現状です。
しかし、近年遺伝子解析技術が進歩したことで、この病気の原因や特徴がかなり詳しく分かってきました。原因が分かるということは、気をつけるべき合併症や、どのようにサポートすればよいかという道筋が見えてくるということです。
概要:どのような病気か
SBBYSS症候群は、生まれつきの遺伝子の変化によって、特徴的なお顔立ち、知的発達の遅れ、骨格の特徴などが現れる先天性の疾患です。
名前の由来と歴史
この非常に長い名前は、1986年にこの疾患の特徴を報告した5人の研究者(Say, Barber, Biesecker, Young, Simpson)の名前を並べたものです。
また、歴史的には1986年に日本の大堂(Ohdo)医師らが報告した「Ohdo(オオドウ)症候群」という病気と症状が非常に似ていたため、長らく「Ohdo症候群」という大きなグループの中に含まれていました。
そのため、古い文献や医師によっては「Ohdo症候群 SBBYS型」と呼ぶこともあります。
現在では、原因となる遺伝子が特定されたため、より正確に「KAT6B関連疾患」の一つとして分類されることが一般的になりつつあります。
KAT6B関連疾患とは
SBBYSS症候群は、10番染色体にある「KAT6B」という遺伝子の変化によって起こります。
実は、このKAT6B遺伝子の変化は、別の名前の病気(膝蓋骨・性器症候群:Genitopatellar syndrome)の原因でもあることが分かっています。
つまり、これらは全く別の病気というよりは、同じ遺伝子の変化によって起こる「兄弟のような病気」であり、症状の重なり合い(スペクトラム)があると考えられています。
主な症状
SBBYSS症候群の症状は、患者さん一人ひとりによって程度や現れ方が異なります。すべてのお子様にすべての症状が出るわけではありませんが、比較的共通してみられる特徴について解説します。
1. 特徴的なお顔立ち
この症候群の診断のきっかけとなりやすい、最も際立った特徴です。多くの場合、「仮面様顔貌(かめんようがんぼう)」と表現される、表情の動きが少ない、整ったお顔立ちをしています。
眼の特徴(眼瞼裂狭小・眼瞼下垂)
目がパッチリと開かず、細い糸のように見えることがあります。
眼瞼裂狭小(がんけんれつきょうしょう):目の横幅が狭い状態です。
眼瞼下垂(がんけんかすい):まぶたを持ち上げる筋肉が弱く、まぶたが下がっている状態です。
内眼角贅皮(ないがんかくぜいひ):目頭の皮膚が被さっている状態(蒙古ひだ)が強いことがあります。
鼻の特徴
鼻筋が太く、鼻先が丸くて大きい(団子鼻のような)形状をしていることが多いです。鼻翼(小鼻)が低形成(小さい)こともあります。
口の特徴
口が小さい(小口症)傾向があり、唇が薄いことがあります。また、人中(鼻の下の溝)が長いことも特徴です。
耳の特徴
耳の位置が低かったり、耳たぶの形が特徴的だったりすることがあります。
2. 発達と神経系の特徴
ご家族が育児の中で気づきやすいポイントです。
精神運動発達遅滞
首のすわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動発達が、平均よりも遅れる傾向があります。
多くの患者さんで、歩行開始が遅れますが、成長とともに歩けるようになることが多いです。
重度の知的障害を伴うことが多いとされています。
特に「言葉の遅れ」が顕著です。こちらの言っていることは理解していても、自分から言葉を発することが苦手な場合が多いです(受容言語よりも表出言語の遅れが目立ちます)。
筋緊張低下(ハイポトニア)
赤ちゃんの頃、体が柔らかく、抱っこした時にふにゃっとしている(フロッピーインファント)ことがあります。これが運動発達の遅れにつながります。
3. 骨格・四肢の特徴
手足や関節にも特徴が現れることがあります。
長い親指と足の親指
手足の親指が、他の指に比べて長く、幅広であることが特徴的です。これは診断の重要な手がかりになります。
関節の弛緩性(しかんせい)
関節が柔らかく、可動域が広いことがあります。逆に、関節が硬くなる(拘縮)こともあります。
膝蓋骨(お皿)の異常
膝のお皿が小さい、あるいは欠損していることがあります。また、脱臼しやすいこともあります。
4. 甲状腺機能の問題
これは健康管理上、非常に重要なポイントです。
SBBYSS症候群の患者さんでは、「甲状腺機能低下症」を合併する頻度が高いことが知られています。
甲状腺ホルモンは、体の元気を出したり、成長を促したりする大切なホルモンです。これが不足すると、活気がなくなる、便秘になる、体重が増えにくい、発達がさらに遅れるなどの影響が出ます。
血液検査で早期に発見し、薬で補充することで改善できます。
5. その他の合併症
すべての患者さんにあるわけではありませんが、注意が必要な合併症です。
心臓の異常
心房中隔欠損症や心室中隔欠損症などの先天性心疾患を合併することがあります。
性器の異常
特に男の子の場合、停留精巣(金玉が袋に降りてきていない)や、陰茎が小さいなどの特徴が見られることがあります。
歯の問題
歯が生えるのが遅い、歯並びが悪い、歯の形が小さいなどの特徴が見られることがあります。
聴覚障害
難聴を合併することがあります。
原因:なぜ起きたのか
ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。しかし、声を大にしてお伝えしたいのは、ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではないということです。
KAT6B遺伝子の変異
概要でも触れましたが、SBBYSS症候群の主な原因は、10番染色体にある「KAT6B(キャット・シックス・ビー)」という遺伝子の機能不全です。
この遺伝子は、「ヒストンアセチルトランスフェラーゼ」という酵素の設計図になっています。
少し難しい言葉ですが、簡単に言うと、遺伝子はテープのように巻かれて収納されているのですが、KAT6Bはそのテープを緩めて「読み取りやすくする」役割を持っています。
つまり、KAT6Bは、脳や骨格を作るための「他のたくさんの遺伝子のスイッチを入れる調整役(指揮者)」なのです。
この指揮者の指示がうまくいかないため、まぶたの形成、脳の発達、骨の成長など、全身のさまざまな場所でマイナーなトラブルが同時に起きてしまうと考えられています。
突然変異(de novo変異)
SBBYSS症候群の大多数は、「de novo(デ・ノボ)」と呼ばれる突然変異で発症します。
これは、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の細胞分裂の非常に早い段階で、偶然KAT6B遺伝子に変化が起きたものです。
ご両親の遺伝子には全く異常がないケースがほとんどです。つまり、誰にでも起こりうる、自然の確率的な現象であり、防ぐことは現代の医学では不可能です。
極めて稀に、症状の軽い親御さんから遺伝するケースも報告されていますが、基本的には「たまたま起きた変化」と考えて間違いありません。
診断と検査
診断は、特徴的な見た目や症状の組み合わせから疑われ、最終的には遺伝学的検査で確定することが一般的です。
1. 臨床診断
医師は、以下のような特徴があるか詳しく診察します。
仮面様顔貌(表情が少ない、整った顔)
眼瞼裂狭小、眼瞼下垂
球状の鼻(団子鼻)
長い親指、足の親指
これらが揃っている場合、SBBYSS症候群が強く疑われます。
2. 遺伝学的検査(確定診断)
診断を確実にするために、血液検査でDNAを調べます。
全エクソーム解析(WES)
現在の主流な検査方法です。患者さんの持つ全ての遺伝子を網羅的に調べ、KAT6B遺伝子に変異があるかどうかを確認します。
この検査により、Ohdo症候群の他のタイプ(KAT6B以外が原因のもの)や、他の類似疾患と明確に区別することができます。
3. 画像検査
合併症のチェックのために行われます。
頭部MRI:脳梁(右脳と左脳をつなぐ橋)が薄いなどの構造的な特徴がないか確認します。
心臓エコー:心臓の奇形がないか確認します。
レントゲン:骨格の状態、特に膝蓋骨の有無や股関節の状態を確認します。
4. 血液検査(甲状腺)
甲状腺刺激ホルモン(TSH)や甲状腺ホルモン(FT4)の値を測定し、甲状腺機能低下症がないか確認します。

治療と管理:これからのロードマップ
KAT6B遺伝子の変化そのものを治す治療法(根本治療)は、現代の医療ではまだ確立されていません。
しかし、「治療法がない」=「何もできない」ではありません。
それぞれの症状に対する適切な医療的介入(対症療法)と療育(ハビリテーション)を行うことで、お子様の能力を最大限に引き出し、生活の質(QOL)を高めることができます。
1. 眼科的治療
まぶたが下がっていて見えにくい(眼瞼下垂)状態が強い場合、視力の発達を妨げる「弱視」になるリスクがあります。
視力の発達を促すために、まぶたを持ち上げる手術(眼瞼挙筋短縮術や吊り上げ術)を行うことがあります。
手術の時期は、視力への影響度合いや、全身の状態(麻酔のリスクなど)を考慮して、眼科医と形成外科医が相談して決めます。
2. 甲状腺機能の管理
甲状腺機能低下症が見つかった場合は、不足している甲状腺ホルモンを補う薬(レボチロキシンなど)を飲みます。
これは非常に効果的な治療であり、薬を飲むことで活気が出たり、便秘が治ったり、発達に良い影響を与えたりします。
3. 早期療育(ハビリテーション)
脳や体の発達を促すために、早期からの療育が非常に重要です。
理学療法(PT)
筋緊張低下に対して、体幹を鍛えたり、歩行の安定を目指したりします。
作業療法(OT)
手先の細かい動きを練習したり、日常生活動作(着替え、食事)の自立を目指します。
言語聴覚療法(ST)
言葉の遅れに対して、発語の練習だけでなく、ジェスチャーや絵カード、タブレット端末などを使ったコミュニケーション方法の獲得を目指します。
SBBYSS症候群のお子様は、「話すこと」が苦手でも「理解すること」はできている場合が多いので、意思伝達の手段を増やすことは、お子様のストレスを減らすためにとても大切です。
4. 整形外科的治療
関節が緩かったり、膝のお皿の問題があったりする場合、整形外科での定期的なフォローが必要です。
必要に応じて、足底板(インソール)や装具を使って歩行をサポートすることもあります。
5. 歯科ケア
歯の生え変わりや歯並びの問題、虫歯のリスクに対して、定期的な歯科検診とケアが必要です。
日々の生活での工夫
SBBYSS症候群のお子様との生活で、ヒントになるポイントをまとめました。
食事の工夫
口が小さかったり、噛む力が弱かったりすることがあります。一口量を少なくする、柔らかく調理するなどの工夫が必要です。また、便秘になりやすい場合は、食物繊維や水分を意識して摂るようにしましょう。
コミュニケーション
言葉が出にくい時期は、どうしても「伝わらない」ことによるかんしゃくやイライラが起こりがちです。
「指差し」や「絵カード」など、視覚的な手がかりを使うと、スムーズに意思疎通ができることがあります。
目の保護
まぶたの手術をした後などは、目をこすらないように注意が必要です。また、逆まつげがある場合は、角膜を傷つけないように眼科でのケアが必要です。
感染症対策
甲状腺機能が低下している時などは、体調を崩しやすいことがあります。基本的な感染対策を心がけましょう。
よくある質問(FAQ)
Q. 寿命に影響はありますか?
A. 重篤な心臓疾患などを合併していなければ、基本的には長期生存が可能であり、生命予後(寿命)は良好と考えられています。ただし、甲状腺機能の管理や、誤嚥(飲み込みの失敗)による肺炎などには注意が必要です。
Q. 歩けるようになりますか?
A. 個人差はありますが、多くのお子様が遅れながらも独り歩きを獲得します。歩行開始時期は3歳〜6歳くらいになることもありますが、焦らずリハビリを続けることが大切です。
Q. 次の子に遺伝しますか?
A. お子様が「突然変異(de novo)」で発症した場合、ご両親の遺伝子に異常はないため、次のお子様が同じ病気になる確率は、一般の確率とほぼ変わりません(1%以下)。詳しくは臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを受けることをお勧めします。
まとめ
ここまでの重要ポイントを振り返ります。
- SBBYSS症候群は、KAT6B遺伝子の変化による先天性疾患です。
- 特徴的なお顔立ち(細い目、団子鼻)、知的障害、親指の形状などが主な特徴です。
- 甲状腺機能低下症を合併しやすいため、定期的な検査と治療が重要です。
- 眼瞼下垂が強い場合は、視力発達のために手術を検討します。
- 言葉の遅れがあっても、理解力は育っていることが多く、療育によるコミュニケーション支援が有効です。
